一般論として、弟とは姉貴に女装させられる生き物である
「ほら、理太郎。もっと堂々としなさいよ」
「いや、無理だって姉貴……」
俺は今にも捲れてしまいそうなスカートの裾を手で抑えた。
「こら、今は『お姉ちゃん』でしょ」
「ね、姉ちゃん、やっぱり無理だって……」
「大丈夫。今の理太郎すっごく可愛いから。どこからどう見てもウチの学校の女子にしか見えないわ。自身持って」
「ちょ、姉ちゃん名前呼ぶなって……!」
俺は慌てて姉貴にそう言った。
今の俺は女装していた。
姉貴に無理やり着せられた予備の女子制服に見を包み、黒色のウィッグを被せられている。
休日だから、という理由で急に思い立った姉貴が「女装した理太郎とお出かけしたい」と言い出したのだ。
お姉ちゃん命令に逆らえなかった俺は、当然女装することになった。
俺はたまにこうやって姉貴に女装させられている。
弟に人権はないのです……。
幸いだったのは俺が女顔だから、姉貴のメイクがあれば女装と気づけないくらいの姿になること。
それと姉貴がモデル体型で背が高く、俺が平均よりは小さめの身長で、制服がぴったりだったことだ。
「身バレを危惧してるの? 大丈夫だって、お姉ちゃんのメイクの技術を信じなさい。その顔で声を変えてればそうそうバレないわよ」
只今の俺は、姉貴のメイクによりちょっとカッコいい系の、ヅカっぽい顔にされていた。
姉貴とお揃いの黒髪ロングのウイッグを被せられているというのに、化粧でこれだけ雰囲気が変わるんだからすごい。
確かにいつもの俺とは全く別物に変わっているので、そうそうバレないかもしれないが、万が一ということがある。
姉貴の知り合いに話しかけられ「あれ、その子誰?」と言われたら誤魔化せるだろうか……。
だから俺はビクビクしているのだった。
「さて、事務所に行くまでもう少し時間あるし、女物の服を少し見に行きましょうか」
「いや、なんで事務所に行くのに女物の服買うんだよ」
「理太郎に必要でしょ?」
「俺!? 要らなけいけど!? 何するつもりなんだよ!」
「ちょっと……理太郎に女装させて、社長に『実は妹だから大丈夫です〜』って誤魔化そうかと」
「いや無理だろ!」
もうすでに弟って言ってるし!
誤魔化すには色々と無理がありすぎる。
「ま、それはそれとしてお買い物行くわよ。そろそろ理太郎に着せる他の可愛い服が欲しくなってきたのよね」
「ちょっと待って。今俺に着せるって言った?」
「細かいことは良いの。さ、行くわよ」
姉貴が俺の手を取って歩き出す。
俺はため息をついて諦めた。
鼻歌を歌って上機嫌な姉貴は、誰にも止められない。
取り敢えず手近な店に入った。
俺はいつ女装がバレるのかとヒヤヒヤしていたが、隣で服がかかったハンガーを手に取る姉貴は上機嫌に質問してきた。
「そうだ、一応聞いとくけど、どんな服着たいとかある? カッコいい系とかスポーティー系とか地雷系とか」
「一応なんだ……。別にどれも着たくないんだけど」
「じゃ、全部試せば良いわね」
「なんで!?」
「最初はこれ、ほら、着てきなさい」
姉貴に服を押し付けられ、背中を押されて試着室の方へと向かわされる。
試着室の中にポイ、と放り込まれるとシャッとカーテンを閉められた。
そしてカーテンの隙間から試着室の中に姉貴が顔だけを突っ込んできた。
「言っとくけど、着替えるまで出さないから」
「……はい」
俺は諦めて着替えはじめた。
それから俺の一人ファッションショーが始まった。
俺はカーテンを開けた。
着ているのはスーツで、ホストっぽい服だった。
「キャーッ! 似合ってるわ理太郎っ! やっぱりカッコいい系は王道よね……っ!」
姉貴が嬉しそうな悲鳴を上げてぱちぱちと手を叩く。
そしてスマホで何枚か写真を撮った。
「は、はは……」
俺はもうヤケクソ気味にカメラに向かってピースをする。
ああ、男としての尊厳が失われていく……。
そして撮影会が終わると、姉貴がまた新しい服を渡してきた。
「はい、次はこれね」
手渡されたのは、ヒラヒラとした地雷系の服。
可愛くてまさに女子、って感じの服だ。
「いや、これは俺には似合わないって……」
「そんなことないわよ。理太郎はカッコいい系の顔だから今まで試したことがないでしょうけど、可愛いのだって絶対に似合うわ。だって私の弟だから。ほら、メイクも変えてあげるから」
「いや、でもさぁ……」
「お姉ちゃんの命令」
「はい……」
俺は地雷系の服に着替えた。
数分後、俺は試着室のカーテンを開ける。
そこにはフリフリがついた黒シャツに、ピンクのスカート、そしてタイツという地雷系の服に身を包んだ俺が立っていた。
顔は姉貴に化粧され、涙袋がこれでもかと盛られている。
これで厚底の靴を履いたら完全に地雷系女子の完成だ。
「か、可愛いぃぃぃっ!? やっぱりめちゃくちゃ似合うじゃない! さすが私! 弟に似合うのはなんでも分かるのね!」
パシャシャシャシャシャシャ!!
姉貴のスマホから連写する音が聞こえてくる。
そしてしばらくして撮影会が終わると、姉貴は恍惚とした表情で頬に手を当てる。
「はぁ……これは買いね。じゃ、次はこれ」
姉貴がまた俺の手に服を乗せてきた。
「まだ着るの……?」
「当たり前じゃない。まだまだ始まったばかりよ」
「嘘じゃん……」
それから五着ほど着替え、結局地雷系の服を買うことになった。
着せ替え人形にされた俺はげっそりしていた。
店を出ると、姉貴はスマホを見て「んー」と唸る。
「まだちょっと時間が余っちゃったわね。よし、今度は私の買い物に行きましょ」
今までのも姉貴の買い物だったんじゃ、なんて言わない。
前に言って怒られたから。
そして俺が連れて来られたのは……。
「ね、姉ちゃん、ここ……」
「ん? どうしたの?」
「どうしたのって、ここランジェリーショップじゃん!」
姉貴に連れて来られたのはのはランジェリーショップだった。
色とりどりの下着か展示されている。
「別に今は女の子の恰好なんだから問題ないわよ。それとも、お姉ちゃんの下着姿を想像して興奮しちゃった?」
姉貴が小悪魔な笑みを浮かべて尋ねてくる。
「いや、それは全く興奮しないけど」
「……そう。じゃ、一緒に入っても問題ないわよね」
「うわっ……!?」
姉貴は何故かつまらなそうに頬を膨らませると、俺の手を掴みランジェリーショップの中に連れ込んだ。
それから姉貴は下着を選び始めたのだが、、俺を逃さないためかガッチリと手を掴んでいたので逃げることが出来なかった。
居心地が悪くてそわそわしていると、姉貴が注意してきた。
「理太郎、挙動不審よ」
「うっ……」
挙動不審と言われた俺は、視線を下に固定する。
姉貴はそんな俺を見て、楽しそうにニヤニヤしていた。
「よし、これに決めたわ」
そして一つ気になるものを見つけたのか、試着室の方へと向かった。
「理太郎、感想聞きたいからここで待っててね」
「は? 何言ってんの」
「だって、私の下着に興奮しないんでしょ。なら率直な意見が欲しいから、ちょうだい。ね?」
「いや、姉貴の下着姿とかあんまり見たくな……」
「そこで待っててね。逃げたら怒るから」
姉貴は俺の言葉を遮り、シャッとカーテンを閉めた。
怒られるのは怖い。
なのでその試着室の前で待っていると。
「君」
「え?」
隣の試着室から呼びかけられた。
声の方向を向くと、カーテンの隙間から顔と手だけを出した美女が手をこまねいていた。
俺は周りに誰かいないかと見渡すが、周囲には人はいない。
「君だよ君。そう、君だ。ちょっとこっちに来てくれないか」
「は、はぁ」
俺は言われた通りそちらに近づく。
試着室の前に来た途端。
カーテンの奥から伸びてきた手に、腕を掴まれた。
「えっ」
抵抗する間もなく、試着室の中に引き込まれた。
試着室の中に入ると、そこには下着姿の美女がいた。
黒髪黒目の、キリッとした感じのいかにも仕事ができそうな女性だった。
出るところは出て、引き締まるところは引き締まっている、グラビアアイドルもかくやという非常に目に毒な身体が視界いっぱいに飛び込んでくる。
そして、その美女の下着姿というだけでも大変目に毒なのに、ブラに関しては後ろのホックが外れていて半分着けていない状態だった。
「っ!?」
「すまない。ちょっと後ろのホックがつけれなくてな。つけてくれないか」
その美女はくるりと後ろを向くと、長い黒髪を手で纏めて、背中を見せてきた。
支えのない胸が揺れた。
「あ、あのっ……」
「どうした? 早くつけてくれ」
美女が急かしてきた。
そうだ、これで動じたら挙動不審だ。
女装してることがバレたら……通報される。
ぐっ、と唾を飲み込む。
震える指でブラのホックを留めた。
「ありがとう。自分でなかなか留めれなくて苦戦していたんだ。……ん?」
下着姿の美女はくるりと回って、お礼を述べた。
そして首を傾げると、ペタペタと俺の肩や腕を触り始めた。
「え、ちょっ、あのっ」
「君、もしかして……」
(バ、バレた!?)
「あ、あの本当にすみません! 全部忘れるので!」
俺は謝罪しながら大慌てて試着室から出ていく。
「ちょっと理太郎。返事しなさいよ。聞いてるの?」
外に出るとちょうど姉貴が入っている試着室の中からそんな声が聞こえたが、俺は無視して店の外に出たのだった。
……あとで姉貴にめちゃくちゃ怒られた。
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