第9話▶姉御系狙撃手~そしてほとばしるパパパッション

 ダメージを受け声を発したのは俺ではなく相手魔族のもので、見れば頬から青い血を流している。

 俺は体を抱え込んだまま……銃声の発生元、背後を振り返った。


「アルマディオ。あんた、何の用だい? ……って聞くのは愚問だけどね。けど、その子に何してるのさ。女の子を引ん剝くなんて、品の無い子だね」

「ち、ちがっ」

「この絵面で言い逃れする気かい?」

「誤解だ! ぼっ、俺様はそんな破廉恥じゃない!」

「どうだか」


 灼熱を思わせる鮮やかな赤い巻き毛を翻し、一本走る顔の傷に挟まれた金の瞳が魔族を射抜く。

 頭部の片側に位置する一本角がうねる様に伸びて腕に絡み、複雑に変化し銃の姿になっていた。

 その武器を構えているハイパーいい女の名は、ガーネッタ。元魔王軍所属の半魔族だ。

 俺のパーティーにおける超優秀な狙撃手である。


 ちなみに今撃たれてあわあわしている馬鹿野郎の姉だったりする。

 確かガーネッタ本人に聞いた話によると腹違いだっか。髪と目の色は似ているが、青白い馬鹿魔族の肌に対してガーネッタは健康的な褐色肌だ。


 そう思い出していると、「ああ、思い出した」と脳内魔王の声。


『そうだった。アルマディオだ、アルマディオ』

(俺はともかくお前は部下の名前覚えてろよ。幹部だぞ。しかもお前の仇をとるためにその日そのまま速攻で駆けつけてくれた奴。忠義者じゃねぇか)

『だって微妙に長くて覚えにくいし』

(いや……まあわかるけど……。五文字以上の名前、長いよな)

『でしょ~?』


 しまった、つい共感してしまった。


 どうやら俺と同じく名前を憶えていなかったらしい魔王。そのことについてだけ馬鹿魔族をちょっぴり不憫に思いつつも、俺はガーネッタに感謝しながらさっと物陰に隠れた。幸い先ほど受け取った着替えは無事だ! 今のうちに着替えよう……!


 サンキュー、ガーネッタ姐さん!


「……ふ、ふんっ。貴女か。魔王様亡き今、この俺様こそが魔王軍の頂点。それに角を向ける意味を分かっているのか? 姉さん!」

「あんたが? 馬鹿言うんじゃないよ。厄災の魔王は死んだ。ならあの魔王軍も誰が引き継ぐまでもなく、そこまでさ。あんたはさっさと実家帰んな」

(実家あるんだ……。兄妹の会話って感じだな)


 呆れたように述べると、ガーネッタはアルマディオへ向けて雑に銃を乱射した。

 その勢いはすさまじく、さながら地上から空へ流れる逆流星群。奴はそれをタップダンスするように避けている。

 角が変形しているガーネッタの武器は、そこから自在に魔術の弾丸を放つことが出来るのだ。つまり魔力さえあれば弾切れの概念は無い、一人マシンガンである。しかもその状態で長距離狙撃可というぶっ壊れ性能。


「う、うるさい! 魔王軍を裏切った姉さんは黙っていてくれないか! 俺様は魔王様の仇を討ちに来たのだ! ぼ……ごほん。俺様は主君の無念を晴らし、我が好敵手ライバルと決着をつける。だからそんな女になど興味はないしひん剥いてもいない! 事故だ! さ、さあ! あいつは何処だ? 死んではいないだろう。この俺様がわざわざ出向いてやったんだ。出てくるがいい! 我が宿敵、アイゾメミサオぉぉぉぉッ!」

(お前がウルセェわッ!!)


 見た目の貫録と噛み合わない間抜けさがにじみ出ているアルマディオだが、厄介なことに町一つ軽く消し飛ばすくらいの力はあるんだよな、こいつ。

 すでに宿への損害が出ているし、下手に戦うと勝つ分には問題なくとも周囲への被害が心配だ。


 ちなみに宿敵とかライバルとか言われてるが、あいつ的にはそれは奴の一方的な認識。俺はあんな暑苦しい馬鹿とそんな関係築きたくない。というかライバルか宿敵かどっちかに統一しろよ。


「……ミサオママ、大丈夫?」


 物陰に隠れて着替えを漁っていると、ひょこっと目の前に赤い瞳が収まった愛らしい顔が現れる。

 桃色の髪を高い位置でツインテールにした獣人の少女、モモだ。

 ところでごく自然に呼ばれてしまっているんだが、モモ? ママじゃないよ? パパだよ? いやパパでもないんだけど性別的に適してるのはパパ呼びだよ?


「も、モモ。なあ……ママ呼びは固定されちゃったのか?」

「だってミサオママ、いま女の子……」

「それは、そうなんですが……」


 純粋な瞳で見つめられてはどう返していいか分からなくなる。これが無垢の力というものか……!


 とりあえずその話題は落ち着いて、改めて話すとして。

 俺は姿の見えない二人の仲間の事を問いかける。


「モモ、シャティとアシュレは?」

「シャティは結界。アシュレは避難」

「おお、流石……」


 襲撃から数分も経っていないが、仲間たちはすでに自分たちの判断で動いていたようだ。

 シャティは周囲に被害が出ないための結界を。アシュレは宿に居る人間の避難誘導を。そしてガーネッタとモモは騒ぎの中心へ戦闘要員として来てくれた、といったところだろうか。


 ふと空を見れば純白の翼を広げて飛び回り空から結界を構築し始めているシャティが、地上に目を向ければ蒼銀の鎧を身に纏ったアシュレが人々を誘導しているのが見えた。


『ふぅん。君のパーティー、優秀だね』

(ふふん、そうだろう。そうだろう)


 感心する魔王に得意げに頷くが、そんな場合じゃなかった。

 シャティの結界があるなら周囲への被害は心配しなくていいな。ならさっさと着替えてあいつをぶっ飛ばし……たいところだが。


「うーん……」


 今はガーネッタが姉の貫録を発揮しているため時間稼ぎ出来ているが、実のところ純粋な力はアルマディオのが上だ。だからすぐに俺も加勢しなければならないんだけど……。

 袋から持ち上げた服……否。布を見る。


 そう、布。

 俺にこれを服と称するのはちょっと難しい。


 服より布のきれっぱしに見える面積しかないのが、さっき渡された着替えの実態である。

 めちゃくちゃざっくり言うと上はマイクロビキニ。下は超がつくミニのホットパンツ。履いたら多分、ちょっとケツがはみ出る。上はもっとやばい。


(大は小を兼ねるんだし、持ってきてくれるなら大きくても他の服でよくなくないか!? それか自分の服着るよこれ着るくらいなら! さっきの爆発で荷物全部吹き飛んだけどよォッ!)


 シャティはサイズの問題を考えてモモの服を持ってきてくれたらしいが、モモ……彼女の服は特殊すぎる。

 モモはつたない喋り方に幼げな表情こそしているが、見た目は十四歳ほど。本来その体に合う服なら縮んだ俺に問題ないはずなんだけど……これは流石に……。


「俺が、これを……?」


 一見布面積が少なくエッチな服だが、モモは獣人。各所に自前の毛皮を備えているため、そんな服でもけしてエロく見えないのだ。胸も発展途上なのでマイクロビキニに見えるこのサイズも彼女の大事なところを隠すには十分である。


 獣人はいくつかの形態を持つ場合があり、モモもそれに該当する。その変化に対応しどんな姿でも動きを阻害しない機能美に優れた逸品なのだが……。

 俺が着るには、やっぱり、ちょっと……!


 俺が服を前に渋っていると、それを見たモモがへにゃりと眉尻を下げた。それに連動して黒い狼耳もピンクの兎耳もしおっと折れる。


「ミサオママ、そのお洋服、いや? ……モモとおそろいは、いや?」

「着させていただきます」


 即答だった。

 着られる服があるだけでもありがたいことだよな!


『変わり身早くない?』

(うっせ)


 モモはとある理由から記憶喪失であり、保護して名前を付けた俺の事を親のように慕ってくれている。

 そんな子が目を潤ませながら、悲しそうにおそろいは嫌かと聞いて来たんだ。断れる奴がいるか? 居たら鬼だ。俺は違う。俺はパパだぞ!


 そんな俺の熱いパパパッションがほとばしった時である。






【メスママリンッ♪】







「今!?」

「!?」


 突然大きな声を出した俺にモモがビクッとするが、曖昧な笑みで「いや、はは。なんでもないぞモモ」と言って誤魔化した。……誤魔化せたかなぁ?




 また例の謎の音だ。今日でもう三回目。

 だからこの気が抜ける音はなんなんだよ。微妙にバリエーションあるところがなんか嫌だな!

 それとまだ意味は分からないものの、なんとなく含まれていた音にすごく不満を覚える。何故だ。


(本当になんだよこの音……)

『メス堕ちポイントが溜まる音』

(なんて?)


 聞き捨てならないワードが聞こえた気ぃするんだが。


 だが魔王に問いただしている暇はない。……アルマディオの奴、本気の気配を出し始めた。


「ええい、もういい! 出てこないなら、出てこさせるまで。仲間がいたぶられているとあらば、奴も隠れておられまい? ……姉とはいえ、容赦はせんぞ」


 アルマディオは言うなり、宙を片腕で薙ぐ。

 それを見たモモが兎耳の方をぴくぴく動かしたと思うと、四つん這いとなり戦闘態勢に入った。


 モモの耳はふたつある。

 物理的な音を鋭くとらえる狼の耳と、魔力的な反応に敏感な兎耳。

 キメラ種とも呼ばれる特殊な獣人であるモモは、あらゆる驚異を瞬時に察する。

 それがこの様子ってことは……。


「結界を張ったようだが、この数に耐えられるかな? 出でよ、我が下僕ども!」


 アルマディオの周囲に紫色と金色の魔方陣が無数に出現する。




 そしてそこから顔を覗かせ始めたのは、魔王城でスルーした魔物の軍勢だった。










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