第8話▶襲撃~服って弾け飛ぶものなんだ……(知りたくなかった)
「マジかよ……。どうすんだよ、こんなに壊しちまって」
俺は青空天井になった宿の一室を呆然と見回してから、元凶を睨む。
半壊した部屋の向こう側。二階に位置するこの部屋の外ということは空中なのだが……そこには現在招かざる客が、黒いマントを羽のように広げて浮遊していた。
青々とした快晴を背負って浮いているのは、その背景が似合わない、なまっちろくて不健康そうな肌色をした魔族。獣のようないかつい脚部と、複雑に捻じれた二本角が特徴的である。
深紅の前髪から覗く眼光が鋭く俺を捉えるが……。
そいつは俺を見た途端、きつく細めていた金眼をキョトンと丸くした。すると冷たくクールな印象が途端に間抜けになる。
「ん? アイゾメミサオでは……ない? おかしいな。奴の魔力を追ってきたはずだが……。むむぅ?」
爆破の影響で埃と煙が立ち込めている中だが、流石に前の俺と体格差がありすぎてシルエットで違和感に気付いたらしい。
今の俺の身長、パーティー内で一番背が低いモモと同じくらいだからな……。せいぜい百五十㎝そこそこだ。
三十㎝も低くなった視界には未だ慣れない。
それにしても……。
(め、面倒くさい奴が来やがった……!)
あの魔族とはそこそこ長いつきあいなのだが、ぶちのめしてもぶちのめしても復活しては挑んでくるので苦手としている相手である。しつこさが凄い。
『おや、あの子か。そういえば君たち、僕に対峙した時無傷だったけど……まさか魔王軍スルーしてきたの?』
(決まってんだろ。こっちは五人だぞ? 魔王を倒そうって時に馬鹿みたいに戦って消耗できねぇし、少人数の利点を活かさない手はねぇだろうが)
『それもそうだねぇ。ってことは魔王軍は無傷か。ふぅん』
魔王の元を目指す時、当然奴を守護する魔王軍がいたのだが。こちらには以前魔王軍に所属していた仲間が居たので、道案内をしてもらい潜伏したままラスボスの元へたどり着くことが出来た。
その後は邪魔が入らないよう結界を張り、孤立無援になった魔王を倒したってわけだ。
倒せてないけどな! そいつ今俺の中に居るけどな!!
卑怯というなかれ。俺は単発で強い奴を相手にするのは得意だが、持久戦、消耗戦には向いてない。出来なくはないが、仲間の負担を考えれば避けるのは当然だ。
誰も欠くわけにいかないからな。それが魔王と戦うにあたっての最低条件だった。そうなりゃ当然、短期速攻電撃作戦一択ってわけだ。
魔王相手に五人とかいう人数で挑もうってんなら、これくらいする。
辿りつけさえすれば俺が勝てるって確信もあったし、下手にどっかの王国の軍に頼んだり他の冒険者パーティを頼っても連携取れると思わなかったからな。
んでもって、たった今俺を襲撃してくれやがったこいつは一応……魔王軍の幹部だ。
名前はえっと……なんだっけ。いつも聞く前にぶっ飛ばしてたからよく覚えてねぇな……。
魔王城からとんずらする時にシャティが攪乱の魔術を撒いてきたはずだが、どうやらこいつはそれを突破したらしい。
俺は油断なく魔族を見つめるが……。
ふと、とんでもないことに気が付いてしまった。
「おい貴様。アイゾメミサオは何処にいる?」
当然ながら俺が本人だとは一ミリも気づいてないらしい魔族が尋ねてくるが、俺は今ちょっとそれどころじゃない。たった今なくなった。
(おいおい。おいおいおいおいおいおいおい。ちょっと待てや)
怪我はない。
体力も回復してる。
こいつごときに負ける気はしない。
だけど今、別の事でピンチだ。
大変情けなくも、死活問題である。主に俺の尊厳的なものの。
『あちゃ~。ぷふーっ』
(なんで俺はお前を殴れないんだろう)
ば、馬鹿にしやがって……!
何がピンチって、たった今こいつがぶちかましてくれた魔術でボロボロだった服が全部千切れて吹き飛んだんだよ!
おいここ魔王の時みたいに精神世界でも何でもなく現実世界だぞふざけんな!
自分自身のラッキースケベイベントはいらねぇよッ!! ラッキーでもなんでもねぇッ!!
奴の攻撃に対し、とっさの判断で防御魔術を発動出来たところまではいい。
だがすでに魔王との戦いでボロ布同然だった服は爆風と魔力障壁の摩擦に耐えられなかったらしく、ギャグ漫画かよってくらい派手に弾け飛んだ。
かろうじて煙で隠れちゃいるが、風がひゅうとでも吹けば俺はこの馬鹿野郎の前に全裸を晒すことになる。
まだ自分でもちゃんと見てないのに、何で真っ先にこんな野郎に裸を見られないといけないんだよ!?
(よし、このままぶちかまして空の星になってもらおう)
俺の判断は早かった。でかい魔術一発ぶちかまして追っ払おう。幸い相手は空だし、他に被害は出ない。
そう思い拳に魔力を溜め始めたのだが……。
「おい貴様、なんとか答えたらどうなんだ。それともアイゾメミサオはやはりこの部屋にいるのか? ……チッ、煙が邪魔だな。……はっ!」
「ぎゃあああああああ!? テメェ馬鹿やめろ!!」
この野郎、風の魔術で煙を吹き飛ばしやがったぁぁぁぁぁッ!
馬鹿ーーーーー!!
俺は咄嗟に股間と、次に今はこれがあるんだったと気づいて胸を隠した。すると両腕が塞がってしまうため、溜めていた魔力が霧散する。そんなアホな。
(し、しまった!)
「よし、これで見えるように……。……!?」
「うおおぁぁぁあああああ!! こっち見んなッ!!」
ざぁっと煙が晴れた中、隠すものが無くなった中での対峙。
大事なところを隠しちゃいるが、俺は馬鹿魔族の真ん前で裸を晒す事になってしまった。
極力見られる面積を減らすべくしゃがみ込むが、戦う者としては完全に無防備となる悪手である。
けどしょうがないじゃん!? 全裸ファイト出来るほど俺のメンタル強くはねぇよ!! 魔王戦ラストの時みたいにハイになってれば話は別かもしれないけど! 今もう完全にしらふだよ!
これどうすんだ、と頭が真っ白になった時だ。
ガァンッ
「がっ!?」
一発の銃声が鳴り響き、苦悶の声があがった。
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