第7話▶さらば幸せ谷~ラッキースケベメモリーを胸に抱き
妙に気が抜ける音に、桃源郷へ旅立ちかけていた意識が戻ってくる。
二度寝してる時の最高に気持ちいい微睡みに冷水をぶっかけられた気分だ。
さっきといい、本当になんだ今の音。気のせいじゃなければ「メスえろリン」とか聞こえなかったか?
もう嫌な予感しかしないんだが。
「ああ、ミサオ様。本当にお可愛らしくなって……! シャティは感動しておりますわ~!」
そんな俺に構わず背後から俺の頭やら顔やら腹やらを撫でてくるシャティだったが、少し冷静になると本当にこの様子はおかしい。俺としては大歓迎だけど、酔ってるにしてもそれだけじゃない気がする。
とはいえ振り払うにはこの極上ポジションを失うのは惜しすぎてな……! 俺の意志は弱い……!
ど、どうしよう。
そう困り果てている時だ。
「失礼するよ」
「きゃんっ!?」
再びバンっと扉が開く。
今度その角に頭をぶつけたのはシャティで、俺は前のめりに倒れる彼女の下に押しつぶされた。
…………当然!!
俺の頭部は!!
幸せの谷に挟まれたままである!!
ほわああああああああああっ!!
さっき以上に柔らかさが押し寄せてくるぅぅぅぅぅッ!!
「シャティ、やはりここに居たのか」
「アシュレ! いったい何をするんですの~!」
「あ、頭を打ってしまったことはすまない。けどシャティ、君こそ何を?」
「え? 治療ですけど。あとミサオ様のお着替えを手伝おうと思いまして~」
「……胸に挟む必要は、無いと思うのだけど」
入ってきたのはどうやらアシュレのようで何か言っているが、やわらかマシュマロ幸せの谷にぽよぽよ耳を塞がれていてよく聞こえない。
こんな贅沢な耳栓ある? え、俺って今日死ぬの? 人生の運、全部このラッキースケベに使い果たしてたりしない???
「……ともかく、治療がすんだら着替えだけ置いて出て行こうね」
「え~?」
「え~じゃないよ。君が怪しい動きをしているから、気になって来てみればこれだもの。……酒を飲んだにしても、ミサオがこんな姿になったにしても。どちらにせよ、少し抑制が外れているんじゃないか? ほらほら、抱え込まない」
胸に挟まれ押しつぶされたままの俺を、シャティがぎゅっと抱きしめてくる。それを見たアシュレが深くため息をつくと、やんわりとシャティの腕をはずさせ俺を幸せの谷から引きずり出した。
あああああ。俺の幸せの谷~!
「むぅ。見てくださいよ、ミサオ様のこの残念そうな顔。ミサオ様はさっきのままがよかったですよね~?」
「あ……えと。へへ……」
「コラ。……まったく、こういうところを見ると君はミサオだなと思い知るよ。その伸ばしている鼻の下、どうにか収納できない?」
ね? ね? と俺に聞いてくるシャティを嗜めると、アシュレは鼻の下五メートルくらい伸びてるんじゃないかって俺に呆れのこもった冷ややかな視線を向けてくる。あ、いつものアシュレだ。
アシュレがさっき見せた優しさは嬉しかったけど、いつもの調子を見ると落ち着く。シャティの様子がおかしかった分、なおさら。
……まあ、嫌ではなかったけどな! うん! たいへんご馳走様でした後生大事に大切な記憶として胸の奥に抱き続けます!
『君って……』
魔王がなにやら呆れた様子を見せるが、俺は誰が何と言おうとこの輝かしい初ラッキースケベメモリーを心の糧として生きていくぜ!
(あ、そういやいい加減さっきの妙な音のことを……)
魔王が声を発したのをきっかけに、ラッキースケベインパクトで吹き飛んでいた疑問を問いただそうとした俺だったが……今はまだ仲間達が居るから脳内会話は避けるべきだなと疑問を引っ込める。
アシュレは冷ややかな視線のままため息をつくと、少々の笑みを浮かべた。
「とりあえず、ミサオ。君に言っておくことは一つ。シャティは女性との距離感が近いから、色々と気を付けてね」
「気を付けることなんて何もなくないですか?」
「シャティ?」
少々眉尻を下げて人差し指をシャティの口元に添えるアシュレ。めちゃくちゃやんわりとした「ちょっと黙ろうか」である。
シャティは残念そうに俺を見つつも、「しょうがないですねぇ」と引き下がる様子を見せた。
「ミサオ様、こちらに着替えが入っております。わたくし達の服だと大きいですから、モモの服を借りてきました」
「あ、ありがとう」
「じゃあ、ミサオ。食堂で待っているからね」
「う、うん」
二人のやり取りに対する疑問と、先ほどまでの幸せの余韻にぼうっとしている俺。しばらくそのまま放心していたが、改めて受け取った袋を見下ろした。
確かにモモを除いてみんな今の俺に比べて身長あるからなぁ。特にシャティの服は有翼人仕様で特殊だから、まあ妥当というか……。
「ん? いやいやいや。ちょっと待てよ! モモの服って……」
考えている途中ではたと思い当たり、冷や汗を浮かべて中身を確認しようとした時だ。
「貴様がここに居ることは分かっているぞ、アイゾメミサオ! 魔王様の仇! 我が宿敵よ! 貴様はこの俺様が倒す!」
「なん!?」
『おや?』
聞き覚えのある嫌~な声と盛大な爆発音と共に、部屋の壁が屋根ごと吹き飛んだのだった。
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