第6話▶清楚(だと思ってた)系魔術師~仲間の様子がちょっとおかしい
俺の独り言を聞いていたとしか思えない内容の言葉と共に勢いよく開いた扉。
そしてその角に後頭部を強打される俺!
「ぐぇっ!?」
「きゃっ!?」
思ったより扉との距離が近かったがために、俺はべしゃっと無様に床に突っ伏す破目になった。
か、角は。角はどんなにレベルアップしても痛いんだって! ぬおぉ……!
『え、だっさ』
(馬鹿野郎! 角をなめるな! 脚の小指ぶつけた時とかも痛いんだからな!!)
人の痛みが分からない魔王野郎に文句をぶつけつつ痛みに悶えて蹲っていると、ふわりといい香に包み込まれた。
……同時に何やら後頭部に柔らかい感触。
????
え、なに。頭サイズのマシュマロ?
俺はかつてない柔らかさに一瞬思考が停止した。
「……え? ん?」
「み、ミサオ様。そんなところにいらしたのですね。ごめんなさい、気づきませんでした。……でも大丈夫。すぐにこのシャティが治してさしあげますからねっ」
申し訳なさそうな様子のあと、一瞬でとろける様な甘さを含み変化した……聞き慣れた声。
それと共に頭部へ回復の魔力がそそがれる。とても温かい。
向き的に見えないが、それをしているのが誰かは分かっている。
分かってはいるんだが……身に起きた現実があまりにもファンタジーすぎて脳が処理しきれない俺である。
だ、だって! だってこれは……!
夢にまで見た……!
(魔王魔王。ちょっと聞きたい)
恥を忍んでこの場においての唯一の第三者、魔王に問いを投げかける。
『…………。なんだい?』
しばしの沈黙のあと、どこか微妙な空気をはらみつつ魔王が答えた。
(俺もしかして今、幸せの谷に居る?)
『…………。デカパイに包まれてるよ』
(魔王でもデカパイとか言うんだ。へ~)
『君の語彙力に合わせて分かり易く言っただけだけど? どうも脳みそがお花畑に旅立っているようだし』
(誰が脳内お花畑だ!! いやでもお花畑をエデンと言い換えるならばやはりここは
『うわ……』
(急にドン引きするなよ)
……じゃなくて!!
あまりのことに魔王なんかと妙なやりとりしちまったけど、今はそうじゃなくて!!
ようやく脳内とのタイムラグに現実の思考が追い付いた俺は、体を硬直させたまま叫んだ。
「う、うおぁぁぁああああ!? しゃ、シャティ!? シャティさん!? なん、なん、なにを」
「? 治療ですよ~。大人しくしててくださいね、ミサオ様」
床に倒れた俺を抱え起こし、背後から抱きしめながら頭部を癒していたのは白髪三つ編みに神秘的な緑瞳の美少女。その背中には一対の翼が生えており、今は慎ましやかにたたまれている。
パーティの参謀兼超有能魔術師であるシャティだ。俺を魔王退治へ奮い立たせた張本人でもある。
けど、なん。なんだ!?
おかしい。この距離感はおかしいぞ!
柔らかく抱きしめられている俺の頭部は現在、シャティの豊満なおっぱい様のど真ん中に居る。
巨大マシュマロの正体はおっぱい様なのである。神々しすぎて様をつけて敬うしかない、おっぱい様! なので! ある!!
性格は陽気で親しみ易いところもあれど、基本的には清楚で潔癖。そのシャティがこんなスペシャルお色気サービスをしてくれるなんてどういうことだよ!? これって夢!?
むしろ臨死体験している可能性まで出て来た。ここはもう彼岸の先なのかもしれない。俺、魔王倒したしやっぱりいいことしたんだなぁ……。天国に行けるんだなぁ……。それとも極楽……? あ、なんかばあちゃんが手を振ってくれてる気が……。
『そこで出演させられるご祖父母かわいそうじゃない? 現実だし生きてるよ、君は』
(マジ?)
魔王の一言でふわふわしていた思考が引き戻される。しかし頭部には未だ楽園確認! 確認よぉーっし!! ヨーソロー!
『…………。僕、これに負けたのか。改めて考えると情けなくなってきた。すけべ』
(男の子だもんっ!)
『もん、とか言うなよ』
(うるせぇやいッ! これが冷静でいられる状況かよ!)
魔王にはさんざん言われるが、考えてもみてほしい。
二十一年間、女子との身体的接触がほぼなかった俺にこれはあまりに劇薬過ぎる。
俺以外のパーティメンバーが全員女子なのに、それでも一度のラッキースケベもなかったんだぞ!?
そ、それが急に……! おかしくなるわ! ふわっふわになるわッ!
シャティは二次元でも無ければお見かけしないレベルの至宝おっぱい様の持ち主であるため、俺はよくその体に鼻の下を伸ばしていた。
服も背中がドーン! とバックリあいていているものだから、隙間から横乳見えないかな~って期待してチラチラ見てしまってもいた。
それもあって「ミサオ様、えっちなのはいけないと思います」「わたくしの服は翼の動きを阻害しないための一族伝統の服です! いやらしい目で見ないでくださいまし!」と……俺とは常に一定の距離を保っていたのに!
なのに今、めちゃくちゃえっちな状態じゃない!? シャティさん、ねえ!
あ! そういえばさっき酒も飲んでたな!? なに、ちょっと酔っちゃったうふふんなイベントってこと!? マジで!? フィクションじゃなかったんだこういうの!
「ふふっ、良い子ですね。そうです……そのままじっとしていてくださいな」
「は、はい」
またとない機会にぽやぽやとした思考のまま、美しい有翼人へと身を委ねた俺だが……。
…………。
おかしいな。素晴らしいシチュエーションなのに、今までこの世界で経験値を積み重ねた防衛本能が危険信号を発している。
Hey、何を怯えてるんだ防衛本能? 初の体験にビビったか? やれやれ、喜びこそすれど何を怯えると……。
すぐさまその場から飛びのこうとする体の本能を押さえつけて、じっと大人しくしたまま未知の感触を堪能する。
意識がゆらゆら溶けていくようだ。相棒を失ってしまったので反応するものこそないが、体の熱がじわりと上がっていく。顔も熱い。
…………ん?
「ふふっ。ふふふふふ~。ミサオ様~。とぉっても、いい香りです~ぅ」
「ぅひょあッ!?」
突然頭を前に倒してきたシャティが、身体全体で俺を包むような体勢になる。
そのままくんくんと首元を嗅がれて流石に声が出た。
「俺まだ風呂入ってないぞ! あ、汗臭くない!? 大丈夫!?」
いや待て。今言うべきはもっと他にあるだろ俺! その何かがなんなのかは分からないけど!!
俺得なようでいて、体臭を美少女に嗅がれているシチュエーションはかなりの羞恥心が呼び起こす。だけどシャティはお構いなしだ。
これってやっぱり酔ってるよな!?
「と、とにかく! 嗅ぐのはやめてくれぇぇッ!」
「むぅ~。しかたありませんねー。いい匂いなのに……」
シャティはどこか不満げにしつつも(その反応自体は可愛い)俺の希望通り嗅ぐのはやめてくれたが、それでも治療をしながら俺の頭部を撫でまくってくる。その様子は酔っ払いは酔っ払いでも、マタタビの香りでもついたボールにじゃれて構い倒す猫のようにも感じられた。
いやほんと、何!?
「と、ところで! シャティは何をしにこの部屋へ!?」
混乱する中、とりあえず部屋に来た目的を聞く。
シャティは「そうでした!」と、たった今思い出しましたとばかりに俺の目の前に一つの袋を出してみせた。
「わたくしですね、ミサオ様にお着替えが無いと思い至りまして! こちらを持ってまいりましたの!」
「あ、うん。それは助かる」
まさに今このボロボロの服をどうするか考えていたのだが、元の自分の服ではサイズが合わない。
シャティはそれを考慮して、おそらくサイズの合う服を持ってきてくれたのだろう。
ただならぬ様子には戸惑うけど、服は単純に助かるぜ。でも買いに行ってる暇は無かっただろうし、そうなるといったい誰の服を……。
そんなことを考えつつシャティのもつ袋に手を伸ばす俺だったのだが、それはさっと取り上げられる。
「シャティ?」
「うふふふふっ。ミサオ様、お着替えもこのシャティめにお任せください! ええ、もうバッチリショッキリお任せくださいませ!」
「バッチリはともかくショッキリって何!?」
お任せくださいを二回も言う張り切り具合。その勢いにちょっとばかり押される。あ、圧……!
「まあまあ、細かい事はいいじゃありませんか。……慣れない体でしょう? わたくしがちゃ~んとお手伝いしますからねっ! それにご安心ください。女の子はみんな磨けば光る至宝であり宝玉なのです。地味? そんなことありません。今のミサオ様はとってもお可愛らしいです。魅力的です。ちゃんと整えて、わたくしが立派な
「いや、レディにされたくはねぇよ!?」
「まあまあ、そう言わずにぃ~遠慮なさらずぅ~。うふふふふ~」
妙に間延びした声が耳に絡みつくようで、ぞわぞわと何かが背筋を這い上がる。心なしか体に伸びてくるシャティの手の動きが怪しいような。なんかこう、ワキワキと指が動いてる。
体の奥が騒ぐような感覚を覚えながら、しかしまたとない機会でもある。
美少女による着替えお手伝いチャンス……! 言動がちょっとおかしいけど、逃すわけないだろ!
……と。我ながらだらしない顔で身を任せていたのだが。
俺はこの自分の思考をすぐに後悔する破目となる。
『あ、二回目。おめでとう』
(えっ)
そんな魔王の声と共に響く音。それは……。
【メスえろリンッ♪】
(だからなんなんだよこの音ォッッ!)
二回目に鳴り響いた間抜けな音は、さっきとは微妙に違っていた。
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