第5話▶理想と現実~無条件で美少女になるものだと思ってました

 部屋に戻った俺はバタンと部屋の扉を閉め、そのまま扉にもたれかかりズルズルとへたりこむ。


 はぁぁ……! 焦った……!

 ったくよぉ! なんだよさっきの馬鹿みたいな音! びっくりすんだろうがッ!!


『有翼族の魔術師に、人族の騎士。獣人族の闘士、加えて半魔族の銃士……ね。なかなかの精鋭だったが、よくもまあ。この人数で僕に挑もうと思ったものだ。あ、半魔の彼女はもともとうちの子だったかな?』


 俺の中から周囲の仲間を観察していたらしき魔王は感心したように述べるが、その言いざまは上から目線だ。


(負けたくせに! 負けたくせにぃぃッ!! ばーかざーこまぬけー!!)

『勝った方が負けた雑魚の捨て台詞みたいなこと言うのはいただけないなぁ。君、自分で自分の格を下げているよ』

「うっせぇっ!」


 腹立つ物言いについ声が出てしまう。

 しかし奴はそんな俺の反応など意に介さず、余裕たっぷりといった様子で鷹揚に構えている様子だ。声だけだけど。


『確かに優秀なお仲間達だが……君がいなければ僕は負けなかったよ、大英雄くん? 誇りたまえ』


 クスリと笑ったような雰囲気と共にそんなことを言われるが、果たして俺は勝ったと言えるのだろうか。

 男としての象徴を剥奪された上に現行で魔王に寄生されてんだけど。


『寄生とは失礼だなぁ! 僕はアニサキスかなんかか?』

(それ遠回しに俺の事イカ臭いって言ってる?)

『あっははは。ずいぶん深堀りしたねぇ。疑心暗鬼かい? やっぱり君って面白いなぁ』

(不名誉!)


 この妙に軽い自称魔王……いや、自称呪いナビゲーターだったか? よくわかんねぇけど。こいつの正体が正体だけに余計に腹立つ。これ見よがしにこの世界じゃ通じない寄生虫の名前だしよってからに。

 アニサキスくらい知ってらぁ! イカとか魚とかに居るやつだろ! 昔兄貴の釣りにくっついて行くとき、散々食って腹壊すなよって脅されたんだよ!!


 ともかくこいつはめちゃくちゃ性格悪い。

 魔王に転生するのも分かるってものだ。


 俺はちらっと部屋の姿見に映った自分の姿から必死に目をそらしつつ、魔王に問いかけた。


「おい魔王。なんだよさっきの間抜けな音は。お前だろ?」

『だ~か~らぁ。もう魔王はやめてくれって。さっそくナビゲーターとしての役割もこなせそうだし、ここは可愛くナビくんとかさ』

「ナビゲーターとしての役割? その……呪いのか?」

『君、ノリ悪いね』


 お望みの呼び方をしなかったからか、どこかぶすくれた感情を滲ませる魔王。

 ……こいつの声も変なもんだな。含む感情は分かるってのに、声の音自体は機械音声みたいでどうも慣れない。


 ただ、気のせいだろうか。最初に比べてノイズらしきものは減ったように思える。だからなんだよって話だけど。


『う~ん。説明してもいいけど、その前に着替えたらどうだい? あまりに煽情的な恰好で、宿屋の彼が目のやり場に困っていたよ』

「煽情的って、あのなぁ」


 このボロボロな男物がどうしたらそう見え……。


「ああ、うん」


 改めて自分の格好を見てわかった。ああ、うん。


『彼シャツに萌え袖に破損肌チラ見え服だね』

「言い方」


 混ぜるな混ぜるな! 言いたいことは分かるが。

 ……というか俺、微妙にこいつが脳内で喋る現状に慣れてきてないか? やだやだ。そんなもんに慣れたくねぇ。


 それにしても、あれだな。確かに服まで気にする余裕無かったけど、これはよろしくない。

 まだはっきり自分の全体像は見ていないが、筋骨隆々と言って差し支えない俺のスペシャルなボディは背丈も横幅も小さくなってしまっていた。そうなれば当然、服のサイズが合うはずもない。

 腰は細くズボンはゆるゆる。これまで使ってたベルトじゃ絞められないからヒモみたいに縛って使っている有様だし、上の服はうっかりすればずり落ちて肩がむき出しになる。袖口も長すぎて手が出ないから、萌え袖ってより幽霊袖だ。まくってもすぐ落ちてくる。

 更には怪我こそ治っているものの、魔王との戦闘で服はズタボロ。結構際どい肌色が見え隠れしている。


 これが自分じゃなかったらうっひょ~ってなもんだが、自分なんだよなぁ……。はぁ……。


 宿屋の彼こと店主の息子は俺と同い年。俺の正体を知っていようが、そりゃ視線の置き場に困るだろうよ。


(…………。このまま見ないわけにもいかねぇか)


 先ほどからちらちら視界の端で姿見に映る女。当然、俺。


 まだしっかり自分の姿を見ていないんだよな。体つきと髪の色はわかるが、顔は鏡が無いと無理。

 ちなみに髪色だが黒々としたやぼったいもさもさ髪は、色素が抜けたような淡いオレンジ色に変化していた。長さも腰くらいまで伸びていて落ち着かない。


(どれどれ。こういうのはお約束として美少女になってるもんだが……)


 事実こそ認めたくないが、ちょっとばかりわくわくしながら鏡を覗き込む。そこには……。






「じ、地味……」






 思ってたよりずっと地味。

 圧倒的、地味……!


 髪と同じで目の色もオレンジに変わっていたが、三白眼がそのまんまでくりくりした可愛い眼なんてどこにも無いし、癖毛が伸びた影響で余計に暴れまわっていて野暮も野暮、さいっこうにやぼったい!

 俺の期待外れに連動するように、なかなか外れないよう特注の魔術がかけてあるはずのメガネがずり落ちた。

 妹が居たらこんな感じかなってくらい元の俺の顔をそのまま女に置き換えた容姿で、なんかめちゃくちゃ萎える。テンション駄々下がりである。


「こ、これが現実……。せめてもっとこう、可愛くあれよ」

『そう? 磨けば光るタイプじゃないの』

(中途半端になぐさめるの何、お前)


 憐れみをかけられたようで、ただただ不快である。


 もとの鍛えた体が置き換わったからか、体のメリハリはまあまあだよ? でもそこじゃねーんだよなぁぁぁぁッ!

 その割に背は縮んでてパーティー内で一番小さいモモと同じくらいの背丈になってるし。

 なんかことごとく想像していたものと違う。


「ま、まあ……。これなら逆に性別変わった自分を下手に受け入れることも無くて安心……なのか? これがめちゃくちゃ美少女だったらまんざらでもない気分になるところだったぜ。ふぅ、危ない危ない」



 そう言って自分を納得させようとした時だ。





「安心してください! あなたは磨いて光る原石です!!」

「『え?』」






 魔王と似たような台詞と共に、背後の扉が勢いよく開かれた。






 



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