第3話▶寄生魔王と俺~急募。こいつを殴る方法

―――― 祝勝会、数時間前。魔王作成精神空間。






「精神の空間だってんなら、心の形は男のままであれよ……! ざっけんなよ……!」


 魔王の前でこれ以上無防備な姿を晒したくないと思いつつ、体はいう事を聞いてくれない。

 俺は呪いを受けたあと四つん這いで膝を付き、これでもかというくらい項垂れた。その体勢だと直視したくない体の部位をもろに見てしまうためすぐ直立体勢に戻ったが。

 魔王はそんな忙しく間抜けな俺の様子を見ても、これ以上何かをしてくる様子はない。それが逆に不気味だ。



 しばらく沈黙が続く。



 精神のみが存在できるとかいうその場所で、魔王を名乗る「何か」は言った。


『はぁ……。ああもう、興ざめだ。どうせなら最後まで魔王ロールやらせろよな~』

「あ!? 何言ってんだテメェ」


 黒い靄のような魔王の精神体だが、何故か表情が分かる気がした。どこかつまらなそうで投げやりで、呆れたような様子。

 それにしてもいよいよ口調がおかしくねぇか!? さっきまでの重圧や貫禄は何処へ行ったんだよ。


 俺の疑問を見透かすように、魔王はすぐに言葉を続ける。


『僕の正体に興味はないかい? "転移者"』

「!」


 俺が異世界からの転移者であること。仲間には自分で話したが、この世界で俺の出自を言い当てたのは霊峰の大賢者だけだった。

 それをあっさり看破してみせた魔王だが……今の口ぶり。

 魔王だから見破れた、というわけでもなさそうだ。


『ピンときた顔してるね。君もその手の話を好んで読んでいたんだろう。ふふっ、僕たちは話が合いそうだ』

「……転生者」

『ご明察』


 可能性を口にすれば、帰ってきたのは是。そういうことかよ。


 異世界転生。異世界転移。……そうした類の話は昔からなかったわけじゃないが、ある時から爆発的に増えて故郷で流行っていたのだ。

 そのバリエーションは豊富で、魔王に転生ってのもあった気がする。でもってこいつは、自分もそうであると名乗ったわけだ。マジかよ。


 つまり中身は俺と同じ世界の人間。多分。


『呪いが成就したことで、僕と君の間には魂の繋がりが出来た。まさか僕を殺した英雄くんがご同郷とはね! 驚いたよ』


 自分を殺した、と言う割に口調は笑いを含んでいる。何だこいつ……。


『流行っていたよねぇ、異世界転生もの。昔は異世界転移の方が多かったのに、いつの間にかたっくさん増えてた。みんな一から人生やり直したいつまんない人生送ってる奴らばかりってことかな? あはっ』

「性格悪いなお前!」

『だって魔王だよ? 僕』


 悪びれなく返されて言葉に詰まる。


「……魔王ロールって、言ってたよな。じゃあお前は魔王として何の目的もなく、転生した体で遊んでたってわけか?」

『強いて言うなら遊んで派手に死ぬのが目的? 前は早々に死んじゃったし、生まれ変わったらあの体だしさ。どうせなら好き放題やって、次に死ぬときは盛大に、道連れいっぱい引き連れて死んでやろっかなぁって。僕にとって厄災の呪いはそのための手段だよ。世界丸ごと僕と心中! 素敵だろ?』

「うわお前生理的に受け付けない」

『え~? 酷いなぁ』


 気味悪いというより、気持ち悪い。自分に酔ってる感じが腹立つな。拳で殴らせろ拳で。

 けどそんな気持ちであれだけの巨悪を演じられるなら大したもんだぜ。劇団員か何かだったのか? ……それか、もとからヤベー犯罪者だったとか。

 旅で出くわしたもろもろを思い出すに、常人の精神では出来ないようなえげつない事を結構やっていた気ぃするが。


『まっ。それは君に阻止されて、僕は道連れも無しに消えゆく運命だったわけだけど。……でもねぇ、気が変わった』


 俺が胡乱な目で見ていることを気にも留めず、奴はクツクツと笑い声を響かせる。


『そこで! 僕は決めたよ』

「な、なにを?」


 妙に明るい調子に警戒心が増し、及び腰になる。これ、絶対俺に良くないことが起きる前触れじゃないか!? これ以上なにがあるっていうんだよ!


 そして奴は高らかに宣言した。


『君が受けた呪いのナビゲーターに再就職しようと思う! 転生の次は憑依モノってね!』

「はぁ!?」


 とんでもない事を言い出した魔王にぎょっとする。憑依って、俺にか!?


「冗談じゃねぇ! 女にされた上に体まで乗っ取られてたまるか!!」

『ああ、違う違う。ナビゲーターって言っただろ。その呪い、どうも面白い事になってるようだから。解説役が必要かなぁって。君を乗っ取れたならそれも楽しそうだけど、そもそも僕の魂の力は尽きかけている。同郷の魂を持つ君にひっついて間借りさせてもらうまでが精一杯だよ』


 そんな事言われても一切安心できないんだが!


『……本当はそんな無様な状態で残る気はなかったんだけどね。終わったらそこでゲームオーバー。次なんて無くていいって思ってた。けど……ふふっ』

「何が面白いってんだこの野郎!!」

『あっははは! だって面白いもん! 面白いだろ!? 何が面白いって、全部だよ! 女の子になっちゃうだけでも面白いのに、君があんまりいい反応するからさぁ! 魔王ロールとしては興ざめだけど、新しい楽しみを見つけたよ! これは近くで見届けないともったいないお化けが出るんじゃない? おお怖い!』

「魔王が何言ってんだぶっ飛ばすぞ!」


 続けざまに面白い面白い言いやがって! 四回は言ったぞこいつ!


『僕、ぶった切られたばかりなんだけど? ふふ、ははは。でも、っとに、面白い。馬鹿みたいで! あはははははははははははははは!』

(こ、こいつ……)

『コンティニュー無しは惜しいよこの状況。……というわけで。これからよろしくね?』



 誰がよろしくするか!!


 そう叫んだはずなのに、現実世界で目が覚めた時。

 ……奴はきっちり、俺の中に居候を決め込んでいた。










■ ■ ■











「う~ん。やはり駄目ですねぇ。原初の魔術式でがちがちに組まれています。結び目すらわたくしには見つけ出せません」

「そ、そんなぁ」

「でもそのお姿。と~っても魅力的ですわよ、ミサオ様!」

「そんなお世辞や慰めいらない!」

「お世辞ではないのですが……」


 祝勝会の前に呪いこれどうにかしてくれよ、男に戻してくれよ! と魔術に秀でた仲間に泣きついてよくよく見てもらったのだが、出てきたのは無慈悲なお言葉。

 そこをなんとか! と食い下がったが眉を八の字にされてしまった。困らせたいわけじゃないし意地悪されてるわけでもないのは分かってるんだが、俺としては死活問題なので簡単に納得できるはずもない。


『クク。そりゃぁそうさ。こんな形になったとはいえ、世界規模で影響を及ぼすはずだった大魔術。そう簡単に解かれては困る』

「ぐぎゅっ」

「どうされました? カエルが潰されたような声をだして」

「い、いや。何でもない……」


 脳裏に響いた声に叫び出しそうになるのをこらえたら変な音が出た。それを不思議そうに見てくる白髪の魔術師に曖昧な笑みを浮かべ誤魔化すと、俺は表情が仲間に見えない角度でギッと目尻を吊り上げた。


(テんメェェェ!! 俺の中からさっさと出てけ! 家賃とんぞ!!)

『家賃? 君、僕からしこたま経験値搾り取っていったじゃない。あれでいいでしょ。君、レベリング関係のチート持ちのようだし。……あ! レベル見る時ってさ、やっぱりステータスオープン! とか言うの? 今度見せてよ。というかさぁ、むしろ僕にはお給料払ってくれていいんだよ? 言ったでしょ、僕は君専属の呪いナビとして就職したって。社員にはお給料だよ、社長クン』

(一方的にな! 俺は一切納得してないんだがな! 誰が社長だ! そもそも呪いナビってのがなんだよ!!)

『説明してもいいけど、君がさせてくれないだろ』

(余計なことはべらべら喋るんだからそのノリで言えばいいじゃん! つーか今聞いたんだから今言えばいいじゃん!)

『注文が多いなぁ』


 もう魔王ロールとやらをやめたからか、奴は好き勝手喋る。そのノリは妙に軽くて、これと数時間にわたる死闘を繰り広げていたとか情けなくなるんだが。

 こう、激戦を繰り広げた敵には"格"を求めたくなるもんだろ? それがこれだぜ。嫌になる。腹も立つ。こいつ無限にムカつくな!!


『ああ、そうそう。もう魔王ではないから魔王呼びはやめてよね。長い付き合いになることだし』

(長い付き合いにするつもりねぇんだよ!)

『まあまあ。君が嫌でも、すでにこういう形になったわけだし……ね? ふふふ。せいぜいその呪い、リアルタイムで解説実況してやるよ』

(く、くそがぁぁぁぁぁぁ!!)


 死ぬはずだった魔王。否、魔王とか呼ばれていた「何か」。

 どうやら俺はそんな訳の分からんものに寄生されたらしい。



 マジでふざっけんなよ!! 絶対いつか追い出して、男にも戻ってやるからな!!



『それってフラグ?』

(心読むな!!)









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