第2話▶事の顛末~マンホール転移から魔王退治に至るまで

 素朴な宿屋の食堂で、明るい声が弾けた。


「一時はどうなるかと思いました! でも本当に、みなさまご無事でよかったです。もうもうもう、さっすがミサオ様です! 本当に魔王を倒してくださるなんて。わたくしの眼に狂いはありませんでした!  最強! 最優! 最高! ですわ~!」


 白髪の美少女が上機嫌な笑顔を浮かべ、樽に似た木のジョッキを掲げる。その際に後ろに垂らされた長い三つ編みが揺れ、前ではぽよんっとビッグで柔らかそうな塊が揺れた。ナイスおっぱいありがとうございます。

 背中から生えている二対の翼などよりよっぽど特徴として覚えてしまう。張りがあってでも柔らかそうで。何よりでかい至宝のようなおっぱいである。包まれたい。

 前から見たら清楚なのに背中はばっくり開いてる服と相まって、もうこれは童貞殺戮兵器だと思う。俺は何度か死んでる。ありがとうございます眼福です。


「だね。彼の力が無ければこの勝利はあり得なかっただろう。……随分と差をつけられてしまって悔しいけれど、それ以上に誇らしいよ。だって厄災の魔王を倒したのに誰も欠けることなく、どこも欠損することなく生還できたのだから。……素晴らしい成果だ。まさか本当に成し遂げることが出来るとは」


 艶やかな青い髪をポニーテールにした切れ長目元の美人が表情を綻ばせる。白髪美少女が差し出したジョッキに自分のそれをガツンとぶつけて酒を飲み干すさまは、豪快でありながらも洗練された所作によりどこか優美だ。

 こちらのおっぱい様は比較的慎ましやかさんだが、形が素晴らしい。あと小ぶりなお尻がきゅっと上がっていて最高ですありがとうございます。

 普段はいかつい鎧に包まれている白い肌も、今はくつろぎモードで露わになっていた。黒いノースリーブのインナーから覗いている脇やうなじ素晴らしいですありがとうございます。これは拝みたくなる。拝んだ。

 ポニテっていいよな……。



 ……あの、でも、その!

 その発言にちょっと物申したい。褒めてくれるのは嬉しいし、みんな無事だったのは本当に喜ばしいんだけども! 言わせてほしい!


「俺が無事ではないし、欠損、あるんですが……」


 病める時も健やかなるときも長年苦楽を共にしてきた相棒が、ですね……?

 代わりに「ハァイ! ワタシ、ジェーンよ! ワァオ!」とばかりに生えてきたニューフェイスがぶらさがっているわけですが……。いやジェーン誰だよ。


 二人にそっと目をそらされた。

 待ってくれ。反応に困る気持ちも分かるが、見捨てないでくれ。


「ミサオパパ……小さくなった。モモと、おなじくらい。…………。ミサオママ?」


 桃色の髪からぴょこんっとはえている大きなリボンのような黒い狼耳と、人間の耳と同じ位置にある桃色の毛におおわれた兎耳。四つの耳をぴくぴく動かしながら、赤い瞳が不思議そうにのぞき込んでくる。

 表情は幼げかつ乏しいものの、ぶんぶんと動いている尻尾を見るに好奇心が刺激されているらしい。動作可愛いな。

 でもやめて。パパ呼びでも色々とギリギリなのに、ママ呼びは駄目だって。可愛すぎて母乳出ちゃうだろって、うわいや何言ってんだ俺マジで気持ちわる自分で引くわ。ぐああああああぁぁぁぁ!!


「あっははは! そうだねぇ。背丈は同じくらいじゃないかい? いや、それにしても随分と愛らしくなったもんさ。態度までしおしおしちゃって。……ふふっ、ミサオは可愛いねぇ」


 ゴージャスな赤い巻き毛と頭部の片側にだけ捻じれた角を持つ迫力美人様が、完全に面白がっている様子でつんつんと俺のほっぺたやらわき腹をつついてくる。

 え~、こちらは筋力を兼ねそろえた、たいへん素晴らしく張りのあるお胸様でございます。黒いレザーに覆われた太もものラインも逞しく美しく、お尻様は最高の安産型。敷かれたい。

 ボンキュボンってよりはドンッキュバンッ! って擬音が似合うメリハリの神が降臨されたような絶景です。

 この世全てのおしりとおっぱいが生み出す光景は世界遺産に登録すべきだろ。


 まあ絶景かどうかはともかく今の俺にもくっついてんだけどな山が二つ。

 現実逃避してたらそこに考えが行きついてしまい心が死んだ。本日何回目の死亡かもう数えてない。


 というかさ! みんなさ! もっと他にリアクションないのかよ!? 仲間の性別が変わってるのにさ! なあ!


「まあ、そのさ。気を落とすなって方が無理だけど元気出せよ」

「サンキュ……へへ……」


 初めて気遣いの言葉をかけてくれたのは宿屋の息子だった。前からいい奴だとは思っていたが本当にいい奴。親父さんと一緒にこうして祝勝会の会場と料理まで整えてくれたし。

 だけど元気出せって言われても難しいぜ。お前も男なら、俺の気持ちがわかるだろ!?


 目で訴えれば顔をそらされ、そそくさと立ち去られた。ナンデ。何故みんな目をそらす。



(なんで。なんでこんなことに……)



 机に突っ伏す俺の周りで仲間たちがきゃいきゃいと楽しそうに、祝杯の盃を手に好き勝手言いながら騒いでいる。

 俺はと言えば祝勝会にはしゃげる余裕などあるはずもなく、どうしてこうなったのかと死んだ目でこれまでの記憶をたどっていた。










■ ■ ■











 藍染芽あいぞめ みさお。十六歳。学生。

 それが数年前までの俺のプロフィール。実にシンプルなものだ。

 二十一歳となった今。……そこには「異世界転移者」とかいう妙な称号がくっついている。


 はい、転移しました。しましたよ。現代日本から異世界にな! クソが!




 五年前、俺は異世界に来た。


 と言っても山奥の祠だとか打ち捨てられた廃墟だとか、そういった神隠しされそうなベタな場所へ行ったわけではない。

 ……なんか学校の帰り普通に歩いてたら、マンホールのふたが開いてて。気づかず穴を踏み抜いて落ちて、そのまま。

 今考えても転移の経緯が雑すぎるだろ! トラックに轢かれたいわけじゃないけどさ! いやあれは転生か! ジャンル違いだったわ!!


 気を失い、次に目覚めた時はヤバそうな鳥獣類の声に囲まれた深い深い森の中。

 この時点で「ははぁ~ん。なるほどね。俺にもようやく異世界転移の機会が訪れたってわけだな。よっしゃ! チート能力こい!」……なんて考える暇、あるわけねぇんだわ。「あ、死んだ」とは思った。だって三ヵ月くらい泣きながらモンスターに追いかけまわされたんだぞ。

 よく死ななかったと思う。正直、その期間の記憶は曖昧だ。


 で、その危険地区から抜け出したあとだよ。よ~やく、俺はこれがワープやタイムスリップでなく異世界転移だと気づいたわけで。

 街にたどり着いたらめっちゃファンタジーだったもん。モンスターに追いかけまわされてる時に気づけよって話しだが。

 これがちょっと変わった服装とか建物とかだけなら、海外って可能性も少しは考えたかもしれない。でも翼を生やしたお姉ちゃんやら、耳と尻尾をくっつけた獣人ちゃんやら普通に闊歩してるの見たからな。これはもう異世界転移で決まりだろうと。

 さすがに三カ月ものサバイバルの後で、ドッキリの可能性は捨てた。


 それで、だ。


 好んで読んでいた異世界転生や異世界転移の小説や漫画のように、俺にもいわゆる「チート」の類と思われる能力はしっかり備わっていた。神様からの説明は無かったけど、なんとかかんとか把握したわ。

 その能力っていうのが、雑に言うと「レベルアップ」。内容は「あらゆる経験値を向き不向きに関わらず確定で十倍取得」というもの。

 この世界にも強さを情報として視覚化できる方法と基準はあるが、俺の場合はゲームのような数値として見ることが出来る上に「一度レベルアップしたら弱くならない」のが最大の特徴だろう。筋力や経験も、どうしたって鍛錬をさぼって期間をおけば鈍る。それが俺には存在しない。

 俺にしか把握できない「レベル」概念の中で何を基準に十倍なのかはよく分からないし、ここはもっと百倍とか千倍とか景気よくいけよって気がしないでもないが……まあチートだわな。

 だって一度強くなったら弱くならない上に、そのための経験値の取得方法がめっちゃ簡単なのだ。本当にあらゆる経験から経験値が入る。なんたってウォーキングしてるだけで経験値たまるんだぞ。万歩計かよ。

 下手に超強力な攻撃が出来る! みたいなのよりよっぽど汎用性あるぜ。

 三か月モンスターから逃げ回れていたのも、今思えばこれが発動していたおかげだ。


 でもって帰る方法を探すために冒険者登録なんかもして、能力様のおかげでめきめきと実力を伸ばしていった操くんなわけですよ。

 腹筋が六つに割れた時は感動したね! それまでの俺って普通を絵に描いたような中肉中背だったからよ!

 俺は高校デビューする度胸も無かったから、髪も地毛の色そのまんまでかつ眼鏡。我ながらかなりもさかった。もっと言えばそばかすもあるし猫背だし、もう地味を具現化した存在か? って感じ。

 それが五年で身長は百八十センチを超え、引き締まった筋骨隆々のいい男ってもんよ。ふふん。

 鍛え抜かれた肉体ってのは最高の服であり化粧でありアクセサリーだと思ったね。高校デビューは出来なくても異世界デビューは上手くいったわけだ。能力様様である。

 多分調子に乗っていきり散らかしてたよな俺。昔の知り合いに会ったらドン引きされるやつ。


 ……まあそれも今や全部失ったんですが。


 俺の筋肉どこだよ! 一気に自信無くしたわ! しおしおもするよ!

 無駄にプロポーションよさげなのは筋肉の代わりってか!? おい!






『さすがにそこまでは分からないな。仕様だと思って諦めなよ』

(…………)


 脳内での嘆きに何故か返事が返ってきたが、無視である。

 俺は今過去を振り返る事で忙しいのだ。






 冒険者となった俺は世界中を旅した。もちろん帰る方法を探すためだ。

 だが世界一の大賢者に訊ねても帰還方法が分からなかった時、俺はついに諦めた。もうここに根を下ろして生活していくしかない、と。

 ……となれば、今まであえて無視していた存在が気にかかる。


 魔王である。


 この世界、魔族も普通にいち種族として他種族と交流しているため、明確に「悪い奴」でひとくくりに出来る魔族はいない。けど「厄災の魔王」って呼ばれてる奴は別。

 それは数百年に一度現れて、世界に厄災をまき散らしていく。その内容ってのが厄介で、侵略とかを現した比喩じゃないんだこれが。……いや、侵略もあるんだけどさ。一定数その魔王を信望する魔族も居るため、俺がゲームなどで目にしてきたような「悪い魔王軍」もばっちり居るんだわ。

 けど真に面倒なのはそこじゃない。


 第一の厄災は世界中から魔力が吸われ、その影響から自然災害などが発生する事。この時点ですでに厄介すぎるだろ。

 第二の厄災は蓄えた魔力を糧に大魔術を展開し、特級の呪いとして世界に放たれることだ。大迷惑である。


 呪いの魔術が完成する前に倒さないと、下手すりゃ文明が滅びる寸前まで弱体化するというのだから恐れ入る。ここ数千だか数百年だかは討伐に成功しているため事なきを得ているらしいんだけどな。

 この世界、長命種も多いのでかなり前の記録もわりと具体的な歴史として残されている。旅の途中で過去の勇者や軍を率いて魔王を討伐した英雄の話はよく聞いた。


 俺が転移したのはちょうど魔王が現れる「数百年に一度」のタイミングだったらしく、世間の空気はひりついていた。


 けどまあ、俺はと言えば魔王軍に出くわした時に護身のため交戦はすれど、いくらなんでも魔王退治まではちょっとなぁ~と思っていたんだ。その時は帰る気満々だったし、いくら強くなっても本質が勇敢ってわけでもないし。

 勇者でなく凡人。

 棚ぼたで凄い力を手に入れただけのいきりオタクなんだわ、俺。


 でもこの先ずっとこの世界で過ごすなら話は違ってくる。見過ごせないだろ流石に。

 ……と言っても俺が魔王退治に踏み切った決定打は、仲間になった美少女に乗せられたからなんだけども。「あなたの力は伝説の英雄様と同じです! どうか、わたくしと一緒に魔王を倒してください!」な~んてお願いされたらその気になっちまうよ。


 そんなこんなで、あれよあれよという間に魔王退治までの道を辿っていき。

 「厄災」がばら撒かれる前に魔王を倒したのが数時間前。


 魔王が最後の力を使い、俺に向けて発動した大災厄の呪い。……それはある意味。ある意味、不発に終わった。

 俺の男としての象徴を引き換えに。


 こう……なんだ。美少女に期待されたら、俺にもようやく春が来た! とかも、思うじゃん? この世界って一夫多妻制も場所や種族によっては多いようだし、ハーレムも夢じゃないって、思っちゃうじゃん?

 正直「俺がこれからモテモテになって可愛い彼女達といちゃいちゃするってのに世界を呪うとかふざけんなよぶっ飛ばすぞ!!」って気持ちで魔王倒したよね。

 そりゃ呪いもこんな形で現れるわな……。






 しかもその時、呪いに加えてとんでもねぇお荷物抱えちまった。




『ねえ、そろそろ僕に構ってくれても良くない? 過去を振り返るより今を見るのが大事だよ』

(じゃかましいわ元凶!!)



 現在、俺は何故か倒したはずの魔王に憑りつかれている。







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