メス堕ちしたくない俺の苦難八割TSチートハーレム記

丸焼きどらごん

1章

第1話▶呪い~魔王倒したら女の子にされた

 異世界に召喚される。

 すごい力を手に入れる。

 その力で悪い奴をぶっ倒す。

 モテ期が到来する。


 俺の現状を最低限の言葉で表すならば四行で済むだろう。

 だが待って欲しい。世の中そんなに甘くないのだ。


「まあ、体が凝っているようですわ。わたくしがほぐして差し上げます!」


 美少女の巨乳に挟まれてエッチな感じにマッサージしてもらっても。


「今日も君は素敵だね。……手を握っても良いかな」


 はにかみ笑顔の凛々しい美人に恋人つなぎを求められても。


「あのね……ぎゅっと、して?」


 拙い話し方のケモ耳美少女にハグをねだられても。


「寂しくなったらいつでも来な。優しく抱いてやるからさ。それとも熱いのがお望みかい?」


 お姉さま系迫力美人に夜のお誘いを頂いても。




 これらの欲望に身を委ねず、全て堪えぬかなければいけない現状が今の……俺なわけで……!

 何も無かったら飛び上がって喜んで身を委ねてたっつーのによ!!

 もう完っ全に!! 「これでチートハーレムだうっひょ~!」って思ってたのに! 思ってたのにぃぃ!




 俺の現状を最大限シンプルに言うと、こうなる。




 呪いで女にされた上に「メス堕ちポイント」とかいうふざけたポイントが溜まり切ると二度と男に戻れなくてしかもそんな俺が持ってるチートスキルが「あらゆる経験値を十倍取得」でつまり俺のメス堕ち経験値が溜まる速度も十倍でその上メス堕ちは相手が女の子でも適応されるらしいっていう地獄だよ誰か助けろください!!









(くそ! クソクソクソクソクソォッ! なんで俺がこんな目にぃぃッ!)



 あれもこれもそれも、全部全部全部!

 事の発端は数週間前だ!!










■ ■ ■










 死を纏う攻撃がすぐ真横を横切り、肌を淡く撫でていく。堅い建材をバターのように切り裂くそれが直撃すればただでは済まないだろう。

 そんな攻防が何時間続いただろうか。しかし不思議と高揚感は抜けず恐怖心も麻痺していた。ただただ目の前の敵を見据え、それを倒すための一撃だけを考えている。


 そして訪れた最高、最適の一瞬。その時だけ全てが噛み合った。


 上空を白銀の翼で縦横無尽に飛び回る仲間から回復の力が降り注ぎ、力がみなぎる。

 地を低姿勢のまま凄まじい速度で駆け、時に跳ねる桃色の軌跡が鋭い爪の斬撃と共に相手をかく乱する。

 こちらを仕留めんと振るわれた凶刃を、清爽な青を纏った鎧と盾が受け止める。

 遠方より飛来した流星のような無数の赤い弾丸が、相手の下半身を穿ちバランスを崩させる。



 今しかないと脳が判断する前に、体が動いていた。



「これで……しめぇだ!!」



 犬歯をむき出しにして吠えた俺は血まみれで、もとから三白眼で目つきが悪いってのに更に柄が悪い見た目になっている事だろう。これじゃどっちが悪役かわかりゃしねぇな。

 だが俺にとっての悪。否、敵は目の前のこいつ。たった今急所に剣を突き立てた。

 悪だの正義だの、正直そんな興味はないし意味も無いと思ってる。そんなもん視点次第でいくらでも変わるってもんだからな。短い間に色々見てきた。

 ……けどな。こいつが今後、俺や仲間の人生で障害になりうるって一点が分かってれば、戦う理由には十分だぜ。



「……! オ……ラァッ! くたばりやがれ! 魔王様よぉ!」



 突き立てた剣を真一文字に振り抜けば、炎と風を纏った斬撃が馬鹿でかい胴体を上下に両断する。

 ぎらぎら黒光りするムカデのように連なった堅い装甲が引き裂かれ、紫の血しぶきが舞った。剥き出しになった獣に似た頭蓋骨の眼窩がんか。そこに鎮座する赤い光がひときわ強く輝く。まるで目を見開いたかのように。


 命を絶つ手ごたえ。

 同時に己の魂へと流れ込んでくる大量の『経験値』に、残心を怠らずも勝利の確信が生まれた。


(…………っしゃあ! ようやく倒したぜぇッ! これで安心してこの世界で過ごせる。それにこの後はお楽しみの……むふふ)

『馬鹿め!』

「え」


 嘘。残心を怠らずとか嘘でした。どうしよう、あとで古参の仲間に「君は強いが油断と慢心が過ぎるといつも言っているだろう!」って説教されること確定なんだが。想像余裕すぎる。


「ぐぁっ!?」


 一瞬気がそれたタイミングに付け込まれ、ガァンと大槌で頭蓋を叩かれたような衝撃が走る。そのまま視界は明滅し……暗転。




 次に意識を取り戻した時。

 周囲から仲間は消え、俺は紫の靄に囲まれた訳の分からない空間に放り出されていた。





「な!?」

『ようこそ、我を追いつめし英雄よ。心より賛辞を送ろうではないか』


 目の前には姿かたちが判然としない黒く蠢く何かの塊。だがその気配と俺に向けられた言葉で、これがたった今倒したばかりの魔王であることを察した。


「ここは……! それに、お前!」

『ここは狭間の空間。現実時間が何倍にも引き延ばされた、精神のみが存在しうる空間だ。……安心するがよい。貴様は見事、この我を倒してみせた。今ここに居るのは肉体から零れた魂の残滓に他ならない』


 先ほどまで感じていたプレッシャーが嘘のように落ち着た声色。貫禄すら感じる。

 しかもこちらを褒め称えるような口ぶりだが……。まさかこんな所に引き込んでおいて、ただ自分を倒した相手を褒めるだけとも思えない。

 さっきは油断したが、ここで気を緩めるほど俺はお気楽じゃあないぜ。


 ……本当は一瞬でも油断しちゃ駄目だったんだけど。


 だぁっ、もう! 畜生! 勝利を確信した瞬間が一番気を付けるべきだって、俺は今まで散々漫画とかアニメとか映画とかのキャラに思ってきただろ! 自分がその立場になったらこれかよ!

 「あ~あ。馬鹿だなぁ。『倒した!』とか『やったか……!?』は口に出しても脳内で考えてもフラグなんだよ」とか言ってきた根暗オタクな過去が猛烈に恥ずかしい!! ごめん、苦戦した後でようやく倒せたら油断するよな。今ならわかる!

 こうなってしまった今、「~戦う理由には十分よ」とかキリっとモノローグしてたのも全部フラグに思えてくる。マジで恥ずかしい。死にたい。いや死にたくないけど気分的にこうなんかあれ。床をゴロゴロして死にてぇぇ!! って叫び周るテンションの死にたい感情。羞恥の極致的な? ははは。


(いや、そんな後悔今はいいんだよ。誰でも失敗する。肝心なのは失敗した後、どう行動するかだってばあちゃんが言ってた!)


 心のばあちゃんに敬礼しつつ、気を取り直して俺は魔王に止めを刺すべく剣を握ろうとしたが……手は虚空を掴んだ。

 それどころか。


「きゃー!?」

『…………。乙女のような悲鳴をあげるのだな』

「う、うううううううううるせっ! うるせーやいッ! おい、俺の服! 俺の服どこいったよ!!」

『言ったであろう。ここは精神のみが存在できる空間だと』

「だからってさぁ!!」


 剣どころか服と他装備もろもろ消えてんじゃねぇか! うおおおぉ! 魔術装甲もかよ! 弱ってるとはいえ魔王の前で勘弁しろよ死ぬわ!

 こ、こうなったら魔術攻撃で……。いやでも、魔力装甲も消えてんだ。使えるか!? 魔術!


 焦る俺の姿が愉快なのか、ノイズがかった魔王の耳障りな声が愉悦の色を含む。


『ククククク。何かしようとしても、この空間に入った時点で貴様は負けている』

「なに!?」

『英雄よ。貴様は確かに我を倒してみせた。だが……』



 瞬間。先ほどまで感じていたプレッシャーが蘇った。

 戦闘中ずっと何トンもの重りを肩に乗せられているようだった威圧感。肺に取り込む空気の量さえ減ったように感じる。

 ……ッ、クソ! これのどこが残滓だ!?


 そして魔王は先ほどまでの落ち着いた調子をかなぐり捨て、耳が腐るような哄笑をあげた。


『あっははははははははははははは!! この我が!! ただで死ぬことなどありえぬ!! 光栄に思うがよい。厄災の魔王と呼ばれた大魔族が放つ呪い。それを一身に受けることができるのだからなぁ!!』

「何!」


 ま、まずい。呪いを弾く装備もなにもかも消えている! 今の俺は文字通りの無防備だ! パンツすらないんだぞ! ざけんな!


 せめてもの悪あがきで両腕を体の前でクロスさせるも、そんなものに意味があるはずもなく。

 黒い靄が津波のごとく広がり、覆いかぶさってくる。するとその中は悲しみと怨嗟を孕んだ老若男女さまざまな声が上下左右から襲い掛かる地獄のような空間だった。

 声を聞いているだけで狂いそうになる!


 まずい。まずいまずいまずい! こいつが言う呪いはマジでやばい!!

 こいつは普通の魔王じゃない。「厄災の魔王」……災害に等しい存在だ。

 魔王が力を蓄えて、世界に放つはずの呪い。それを食い止めるためにここまで来た。だってのにその呪いが……俺ただ一人に向けられているとしたら!?


『今の我では世界を呪いで覆う事は不可能。だが貴様を媒介にすれば話は別だ。さてさて、貴様の希望はなにかな? 己や仲間の存在そのものか? 積み重ねてきた記憶か? 帰るべき故郷か? 今の貴様が最も望み求めるものの対極をくれてやる! さあ、望みを見せろ! そしてそれは……』





【反転する】





 呪言じゅごんだ。

 分かっていても防げなかった。呪いは俺の鼓膜を、脳を貫き、抜けない棘となって体に浸透していく。


「あ……がっ! あ、あああああああああああああああああああああ!!!!」


 内側から焼きごてを押し付けられているような灼熱の痛みが全身を襲った。次いでがくんっと体温が下がり極寒が体内を蹂躙する。荒れ狂う体温の波は外傷なんかよりよっぽど苦しかった。

 まさに今、俺は「厄災」に侵されている。身を焦がされている。

 しかもこれがもたらすのは単純な痛みだけじゃない。俺の望みを知り、その真逆となるよう呪いは体現されるのだという。

 冗談じゃない!


(でも、俺の希望と絶望って……なんだ?)


 故郷へ帰る術を探すのはもう諦めた。それにさすがの魔王も「あんな遠い」場所へ干渉することは不可能だろう。

 なら……他は?




 仲間達の顔が脳裏をよぎる。




「や……めろぉぉぉぉぉぉ!!」


 最悪を想像して叫ぶ。だがもう俺は呪いに飲み込まれた。あとは呪いが完成する様を見ているしか出来ない。

 無力感を噛みしめ……そして。




 呪いは"成った"。





「………………」





 ……動けない。視界も開けない。

 いや、視力は無事なんだ。ただ俺が自分で顔を覆っているだけで。


 しゅうしゅうと煙に包まれる体を縮こませてうずくまる。


『……え?』

「やめろ。やめて」


 呆然とした声は俺じゃない。というかそんな声を出さないでほしかった。

 つーかおめぇはどうやったら消えるんだよ! 今の流れは完全に最後の力を使い果たして貴様を呪ってやるぞぉ! ってやつだっただろ!! いつまで残ってんだよ! 消えろよ!! そして見るな。今の俺を見るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


『は? どういう……こと? いや呪いをかけた本人だ。理解はしている。理解はしたが……は?』

「あの、本当にやめ……」

『お前、仲間の命より性欲が勝ったの?』

「やめてえええええぇぇぇぇ!! 人間として恥ずかしくなるから言葉にしないでぇぇぇ!! ばあちゃんに顔向けできない!!」


 妙にフランクになった言葉使いが、素で話してる感伝わってきて辛いんだが! 辛いんだが!!


「ひぅっ!」


 ぶんぶんと頭をふっていると、顔を押さえていた腕の側面が柔らかいものとその先端をかすめる。思わず変な声が出て余計に居た堪れなくなった。

 おいここ精神だけの空間なんだろ? なんてこういう感覚はあるんだよ!


「せめてなんか布くれ!!」

『無理だ。ここは精神のみが存在する空間だと言ったであろう』


 恥も外聞もなく敵に助けを求めたが、それは無慈悲に叩き落された。


『……いやしかし、ふむ。ほ~う』


 顔が見えなくてもわかる。こいつ今、絶対意地が悪い顔でニヤニヤ笑っていやがる! 声がそうだ! ざーざーノイズかかったような声だけど! 分かるぞ!


『まあ納得はしよう。雌と交配して子孫を残せなくなる。雄としてはさぞ辛かろうな? だがまさか我が呪いを、そのような欲で最小限にとどめるとは……恐れ入ったぞ英雄』

「やめて! ほんとやめて! お願いします!」


 現在俺の身に起きている変化がどういったプロセスでこうした結果につながったのか。呪いをかけた魔王はもとい、受けた俺も理解している。頭に直接流れ込んできたからな!!

 確かに俺は夢見ていたさ! これが終わったら俺って大英雄じゃん! モテモテ間違いなし! 脱童貞するための確約だって取り付けてあると! 楽しみにしてたさ! ああそうだよ俺はまだ童貞だよ!


 でも、そんな、まさか。



『大災厄の呪い。よもや女になるだけの効果に置き換わるとは思わなかったぞ。よほどおなごと交わりたかったのだなぁ貴様。それが貴様の希望か。清廉潔白な英雄ならば世界平和の願いが反転し大惨事だったものを。……まあよくも低俗な煩悩で救われたものだよ、この世界も』

「やあああァぁぁめぇぇてええくぅぅれぇぇェェぇ!!」


 まっっっったく馴染みのない甲高い悲鳴が謎空間に反響する。







 魔王を倒したその日。俺は女の子になった。


 は?










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