静けさの夜

「この辺にしましょうか」


「はーい!」


 校外演習が行われる山。

 その麓に広がる森の中で、水辺のそばにテントを広げる。


 今回の校外演習は三人一組の班に分かれて行われる。

 私が組む相手はもちろんというか、クラスで一番目と二番目に仲のいいアンリエットとシェリーだ。


「アンリエット様、テント組み立てるの上手なんだね」


「エッタはゼフィール領で似たようなことよくやってたから」


「久しぶりですが、覚えているものですね」


 テントの組み立ては主にアンリエットがやってくれる。

 ゼフィール辺境伯領の北側には、多くの魔物が出現する危険地帯である『魔の森』が広がっている。

 レヴール王立学園に入学する前のアンリエットは『魔の森』で日々、騎士たちと共に魔物との戦いに明け暮れていたのだ。


 その際、テントを張って野営することもあったらしく。

 本人は久し振りなんて言うけど、その手際は手慣れていてテントがみるみるうちに完成していった。


「ありがと、エッタ」


「いえ、こういったことは得意なのでお任せください」


 お礼を言うと、アンリエットは得意げに微笑んだ。


 校外学習の中で課せられた課題はこの森の中で一晩を明かし、最低でも一人につきひとつの魔石を持ち帰ること。


 聞いていた通り、この山麓の森にはF級やE級の弱い魔物しか生息していないようで。

 魔石をひとつ手に入れること、つまり魔物を一体狩るだけなら本当に簡単な課題だろう。

 大変なのは、どっちかと言うとこの環境の中で一晩を明かすことかもしれない。


 もし何かあったら大きな音を出す魔道具を持たされているので、これを鳴らすことになっている。


 もっとも、私たちにとっては不要なものになりそうだけど。

 F級やE級程度の魔物に今更負けるとも思えないし、深夜の見張りについても私が契約魔物を呼べば済む。


 緊張感はあまりなかった。


「では、別行動ということで。一応、一時間ほどでここに集まりましょう」


「わかった」


「了解です!」


 テントを建てた後はそれぞれ別行動になった。


 多分固まって動いた方がこの校外学習の趣旨には沿っていると思う。

 だけど、私たちはみんなここの魔物に遅れをとるほど弱くないので効率重視でそうなった。


 私は別行動を始めてすぐに魔物を倒して魔石を手に入れたので、一番目に野営地へと戻ってくる。

 F級やE級の魔物をいくら倒しても経験値は少ないし、課題の達成に必要な魔石はひとつでいいのでさっさと終わりにした。


 それからしばらく、持ってきた本を読んで時間を潰していたらシェリーが帰ってきた。

 その手には、魔物が吊るされている。


「リディちゃん、この魔物って食べれるかな?」


「ピュアラビットかあ、懐かしい」


 シェリーが捕まえてきたのは、ピュアラビットというウサギの姿をした魔物。

 多分だけど、フッドラビットの進化前の魔物だ。


 私の生まれた村ではよく食べられていたF級魔物なので、なんだか懐かしい気持ちになった。


 弱くて捕まえやすい上に、肉が淡泊で脂も少ないから食べやすいんだ。


「一応食材持ってきたけど、こっち食べよっか」


「うん!」


 テオドールの『体内収納』に忍ばせてきた食材を使うのはちょっとずるい気はしてたんだ。


 ピュアラビットを食べられるように解体する。


「串と……調味料くらいはいいよね」


 食材はずるいかもだけど、それぐらいはセーフだと気分で判断したのでテオドールのお腹から取り出す。

 切り分けた肉を串に刺して、塩と胡椒で下味を付けたらとりあえず準備完了だ。


 後は焚き火に火をおこしておく。

 アンリエットが帰ってきたら焼いて食べよう。


 と思っていたら、すぐにアンリエットが帰ってきた。


「おかえり、エッタ」


「私が最後でしたか。これ、拾ってきましたので食べましょう」


 そう言ってアンリエットが渡してきたのはきのみやキノコ。

 ピュアラビットの串焼きと、きのみとキノコ。


 野営にしてはなかなか豪華なメニューなのかもしれない。

 ……というか、私だけ何も持って帰ってこなかったな。


 焚き火で串焼きやキノコを焼いてみんなで食べる。

 野生的な味だけど、こういうのもたまに食べると美味しいものだ。


「えへへ。リディちゃんの手料理美味しい!」


「串に刺して焼いただけだよ」


 またシェリーがよくわからないことを言っている。


 食事を終えて、私はふと気になったことを尋ねた。


「そういえば、二人はもう魔物と戦わなくていいの?」


 私もだけど、アンリエットとシェリーはもう完全に休憩モード。

 これからまた森を探索して魔物を倒しにいくような雰囲気ではない。


「ここの魔物は弱すぎて……戦っててもあまり楽しくなさそうです」


「うんうん」


 アンリエットが残念そうに言うと、シェリーはぶんぶんと首を縦に振って同意する。

 なるほど、戦闘狂にもいろいろあるんだな。

 魔導機関車の中ではあんなに楽しみにしてたのに。


 それから、火を囲んで三人で思い思いに過ごした。

 女三人いればかしましいなんて言うけれど、その言葉の通りに私たちの会話はかなり弾んだ。


「アンリエット様の領地の、魔の森はどんなところ?」


「魔の森の特徴は広さと魔物の強さですね。奥に行けば行くほど強くなって、S級の魔物なんかも出てきます」


「S級かあ……あたしもいつか戦えるようになるかなあ」


「ふふ。どうでしょう」


 女子の会話にしては、殺伐としすぎているけど。


「エッタ、山の方には行かなかったの? 多分、強い魔物いるでしょ」


 この森に弱い魔物しかいないのは、おそらく山の魔物たちに生存競争で負けたから。

 弱い魔物は山では生きていけないから、その麓の森に住み着いたのだ。

 山の方まで行けば、S級なんているとは思えないけどB級の魔物くらいはいるかもしれない。


「山に行ってはいけないと、先生に言われたじゃないですか。さては、聞いてませんでしたね」


 アンリエットがじっとりとした目を向けてくる。


「あはは……聞いてなかったかも」


「まったく、リディは」


「シャグラン先生に怒られるのはさすがに怖いよね」


 恐怖の担任教師。『鉄の女』ミレーヌ・シャグラン。

 貴族すら震え上がらせる彼女を怒らせるのはたしかに怖い。


「この間、アルベールさんに怒っているところ見たよ」


「殿下に……それは中々、怖いものなしですね」


「アルベールはあんなでも、一応第二王子だからね」


 そんなふうに、三人で和気藹々と談笑しているうちに日が落ちてきた。


 肌寒くなっていく空気の中、三人で身を寄せ合って焚き火の前で暖をとる。


「もうすぐ冬休みかあ」


 なんとはなしに、シェリーが呟く。


「リディちゃんとアンリエット様はゼフィール領に帰るの?」


 たしかに、冬休みの予定は聞いていなかったかも。

 アンリエットはどうするのかな。


「冬休み中は王都の別邸で過ごす予定です。リディも一緒ですよ」


「そうだったんだ。まぁ、この時期はわざわざ向こうに帰りたくないよね」


 私の言葉に、アンリエットも頷く。

 ゼフィール辺境伯領はシトルイユ王国の最北にあり、冬は雪が降り積もる。

 お母さんたちに久しぶりに会いに行きたい気持ちもあるけど、それは来年の夏休みでもいいだろう。

 どうせ畑の収穫の手伝いに呼び出されるんだから。


 王都は雪が降っても生活に不便が生じるほどにはならないと聞いているから、こっちで過ごせるならそれがいい。


「じゃあ、二人はずっと一緒なんだ。……いいなあ」


「シェリーは帰るの?」


「んー。考え中かなあ」


「よければシェリーさんも、別邸に来ますか?」


「いいの!? 行きたい!」


「シェリーも一緒なら、冬休みはもっと楽しくなりそうだね」


「えへへ。二人とも、冬もよろしくね」


 取り止めもなく、三人で話す。

 パチパチと焚き火が弾け、木々のざわめきや虫のささやきが辺りを包む。

 なんだか落ち着いた、のどかな雰囲気で。


 こんな静かな夜を、三人で過ごすのが心地良く。

 この時間がずっと続けばいいかもなんて、思ってしまう。


 だけどふと、テオドールの思念が届いた。

 何かを見つけたようで、私はそれを確認しに行く。


 私たちのテントから少し離れた茂みの中。

 こんな自然の中にあることが不自然なガラス瓶が転がっている。

 中から何かの液体が漏れていて、それがなんなのか確認するために私は鑑定をした。


「『誘魔剤』……?」


 静寂の響く夜の森。

 その暗闇の中から、何かの気配を感じた。

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