校外演習

 シェリーの強化大作戦の成果を見せる機会は、意外にもすぐにやってきた。


「楽しみだね! 校外演習!」


「はい。とっても楽しみです」


 私の隣に座るアンリエットと、正面の席のシェリーがニコニコと笑い合う。


 ガタガタと揺れる魔導機関車に乗せられて、私たちは王都を離れていた。

 目的地は王都から半日ほどの距離にある山だ。


 レヴール王立学園の年間スケジュールは前期と後期に別れていて、間に冬休みと夏休みが挟まれる。

 今回の校外演習は冬休み前の秋季演習だとか。

 私たちのクラスだけでなく学年総出のイベントだ。


 王立学園の生徒のほとんどが貴族。

 それゆえ、貴族に向けた授業が多いのが特徴だ。


 シトルイユ王国の貴族の役割は大きく二つに分類される。

 一つは国家や領地を運営する政治。

 一つは野盗や魔物、あるいは敵国から民衆を守ること。


 今回は後者の貴族の役割を学ぶ。

 すなわち外敵の排除。

 目的地の山の麓でキャンプをして、魔物を倒す練習をしましょうというものだ。


 といっても危ないことはあまりない。

 レヴール王立学園の入学には実技試験があり、ある程度の実戦能力が求められるのだから生徒たちはみんな戦える。

 学園側も生徒たちの力量に見合った魔物が出てくる難易度の低い演習地を選んでいるのだ。

 その上先生たちもいるので、危険はないだろう。


 あくまでも演習。

 安全に実戦の雰囲気を学ぶことを目的とした校外演習だ。


「えへへ……早く魔物と戦いたいなぁ……」


「ですね」


 シェリーが呟くと、アンリエットも同意するように頷く。

 私はそんな二人を見て、遠い目をしてしまう。


 この校外演習でシェリーが活躍すれば、彼女を侮るエリザベート派閥の子たちが怖がっていじめが減ると思う。

 そのためにシェリーはダンジョンに潜り続け、レベリングに明け暮れてきた。


 この間アルベールと二人で20階を突破したというのだから、ある程度の実力を身につけたと言っていい。

 それはいいんだ。

 シェリーを強化していじめをなくす作戦の達成は近い。


 だけど、その弊害というか。

 なんだか、シェリーが戦闘狂っぽくなってしまったのだ。


「……どうしてこうなった」


 戦闘狂はアンリエットだけで十分だよ。


 私も魔物をしばくことを生業としているのだけど、別に戦闘狂ではない。

 私がやりたいのはレベリングであって、ひいてはその先にあるレベル差の暴力による無双である。


 戦闘狂とレベリング至上主義者は似て非なるアレなのだ。

 戦いそのものが目的なのが戦闘狂。

 戦いの結果得られる強さが目的なのがレベリング至上主義者。

 微妙に違うでしょ。


 ヒロインがこんなことになってしまって、多分もう乙女ゲームはめちゃくちゃだな。

 アルベールとの進展もなんか思ったより進んでないし、私はもう気にしないことにしたよ。


「あらあら、田舎者と薄汚い平民どもがお揃いで」


 と、そこに嫌な声が聞こえてきた。

 声を方を見やると、そこにいたのは豪奢な金髪を揺らした、派手な女。


「うげぇ……」


 エリザベートである。

 これから校外演習だというのに嫌なものを見てしまったよ。


 二人の取り巻きを従えた彼女は今日も元気いっぱい。

 というか、よく見たらこの取り巻きたちあの時シェリーをいじめてた二人だ。

 目を合わせたらぷるぷる震え出した。


「何か用ですか、レテネーブル様?」


 真っ先に反応を返したのはアンリエットだ。

 派手な金髪の美女であるエリザベートと、外見は清楚な銀髪の美少女であるアンリエット。


 しかし、方や学年の女子の半数を率いる派閥の長。

 そしてそれに唯一抗う力のある大貴族のご令嬢。


 嘲るような視線を向けてくるエリザベートと、穏やかな微笑みを浮かべるアンリエット。


 対極の二人だ。


「ふん、用などありませんわ。平民なんか侍らせて、仮にも貴族なのに品位が足りませんわ」


「うふふ。用もないのに話しかけてくるなんて、エリザベート様はお暇でいるのですね」


「……暇ではないわよ」


「そうですか? では、どうぞ私たちにはお構いなく。演習では魔物と戦うのですから、お気をつけてくださいね」


「……ふん、つまらないわね。行くわよ」


 突っかかってくるエリザベートを、アンリエットはまったく取り合わず強引に話を打ち切ってしまった。

 アンリエットが話す気がないことを理解したであろうエリザベートは、取り巻きの二人を連れて去っていく。


 本当に何しに来たのだろうか。


「ああ、そうですわ」


 帰り際、思い立ったようにエリザベートが振り返る。


「あなたたちもお気をつけなさいな。演習は、何が起こってもおかしくないものね?」


 嘲りに歪むその顔は、これでもかというほどの悪意に満ちていて。

 ――なんかしてきそうだなあ。

 なんて、疑いすぎだろうか。

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