殴りヒーラー
「やああ!」
シェリーが槍を振るいホブゴブリンを倒していく。
応援係の私はただ後ろから見ているだけなんだけど、彼女の動きはどんどん洗練されていく。
「はぁ!」
ここに来る前にとりあえずの武器として買った槍。
それをブンブン振り回してバッタバッタと魔物を狩る。
誰に師事を受けたわけでもない型のない槍が、実戦の中で効率的に磨かれていく姿は何とも見事だった。
どうやらシェリーが天才なのは頭だけじゃなくて、戦闘に関してもらしい。
恐るべき才能。
天に愛された乙女ゲームのヒロイン系女子である。
「ふぅ。リディちゃん、どうかな?」
「もう私より強いよ」
「リディちゃんたら冗談言って!」
くすくすと楽しそうに笑うシェリー。
冗談じゃないんだけど。
私はどれだけレベル上げても魔力しか上がらない体質らしいので、仲間の魔物がいなければとてもか弱いので。
私がシェリーと直接戦ったら多分普通に死ぬ。
秒で。
私たちは現在、王都ダンジョンの11階にやってきていた。
ダンジョンの転移陣は一度訪れたことのある階層までしか転移できないので、今の私のレベリングスポットである31階ではなく。
シェリーが来たことのある11階だ。
私にとっては馴染み深い階層である。ここのホブゴブリンたちにはとてもお世話になった。
「それより、槍はどう?」
「いい感じかも? 参考にできるものがないからわからないけど、あたし的には結構しっくりきてる!」
楽しそうに両手でくるくると槍をもて遊ぶ姿は、普通に熟練の戦士に見えてしまう。
私にはあんなことできない。多分真似したら手元が狂った結果自分に突き刺さって死ぬ。
「なら、ガンガン魔物を倒していこう」
「はーい!」
シェリーが自身に支援魔法をかけてから『ホブゴブリン』の群れへと突撃する。
シェリーを強くするにあたって、私は考えた。
彼女の魔法は『聖魔法』。回復と支援、さらに味方を守る結界。
それら三つを強力に使いこなすことができる希少魔法。
シェリーはこの魔法を使って、完全な後方支援のサポート特化として前衛のアルベールと組んでいた。
たしかに、パーティで戦うのならそれでいい。
優秀な前衛と、他に並ぶ者のいないサポート能力を持つシェリーが組む。
それだけでかなり強いパーティができるだろう。
だけど、それじゃダメだ。
個人で脅威だという認識がなくては抑止力は生まれないから。
強さを示してエリザベート派を黙らせるという今回の目的を達成することは叶わない。
仲間がいなくても一人で戦う力が必要だ。
それを叶えるために私が思いついた戦い方は、自身を支援魔法で強化して戦う前衛のヒーラー。
前世のオンライゲームなどで、殴りヒーラーとか呼ばれるようなビルドである。
支援魔法による高ステータスと、回復魔法による高耐久力。それを活かした戦い方だ。
その戦い方を完成させるため、シェリーは槍を握っているのだ。
「テオドール」
「わっ! ありがと、リディちゃん!」
シェリーの対応力を上回って攻撃を受けそうになるが、テオドールが念動力で対処する。
いくら天才とは言っても、慣れない前衛を始めて初日だからこういうこともある。
そのために私が後ろに控えているのだ。
「お礼はテオドールに」
「えへへ、そうだね! ありがと、テオドール!」
私がテオドールを顔の前に抱えて言うと、シェリーはテオドールの頭を撫でてくれる。
テオドールは彼女に撫でられて嬉しそうだ。
しかし何だか、シェリーの視線が優しい。
あれ、そういえばテオドールのことを契約魔物だって教えたことあったっけ。
……なかったかも。
「あの、シェリー。テオドールは」
「あっ! 宝箱!」
「テオドール……」
「すごいっ! これって迷宮器かも!」
「聞いて……」
誤解を解こうとするが、宝箱を見つけたシェリーはそっちに気を取られてしまった。
「リディちゃん! 鑑定お願い!」
「それより、テオドール……わかったよ」
キラキラした目で迷宮器を渡されて、私はもう何も言えなくなってしまった。
仕方ない。誤解は今度解こう。
シェリーに渡された迷宮器を鑑定する。
ネックレスの形をしたそれは、なんてことのない力を上げる効果の迷宮器だった。
効果も特筆するほど高いわけじゃない。
11階で獲得できる迷宮器なのでこんなものだろう。
「力を上げる迷宮器みたい。効果はそこそこかな」
「やったっ! 今のあたしにぴったりっ!」
だけど、シェリーはとても喜んでいる。
さっそくとばかりにネックレスを首にかけ、槍をブンブン振り回して上がった力の感触を確かめていた。
「初めての迷宮器なんだ〜、リディちゃんとの思い出の品だね!」
「そうだね」
初めての迷宮器は嬉しいよね。
私もあの水色宝石の指輪はずっと持ってるから。
中級冒険者にもなってくると、ダンジョンの一階で手に入れたあの指輪では効果が物足りなくなってしまう。
だけど思い入れはあるので、今でも大事にしている迷宮器だ。
その後もホブゴブリンたちを倒していく。
槍捌きがみるみる上達していくシェリーは、すぐに私の援護がいらないくらいに成長していった。
レベルはあまり上がっていないけど、その強さは何倍にもなったと思う。
レベルやステータスで測ることのできない技量。
ヴィクトは大剣と大盾の使い方が巧みで数値以上に強く感じるし、シェリーも同じくレベル以上に強そうだ。
気を付けておかないと、鑑定で見る数値ばかりに気を取られて足元を掬われてしまうかも。
注意しなきゃ。
もっとも、それを見越した上でなお追いつけないほどのレベルを手に入れればいいだけだとも思うけど。
「シェリー、レベリングは大事だから今日はここでひたすらホブゴブリンを狩るよ」
「うんっ!」
といっても、今日は学園の放課後にそのまま来てるから時間はあまりない。
それからしばらくホブゴブリンを狩り続けて、シェリーのレベルもそこそこ上がってきた。
だけど、もうけっこう遅い時間だ。
本当はもっとレベリングしたいのだけど、寮のご飯は食べたいのでここまでかな。
続きはまた後日だね。
「シェリー、そろそろ帰ろう」
「あれ、もうこんな時間なんだ」
時計で時間を確認したシェリーが驚く。
わかるよ。
レベリングって楽しいから気を抜いたら時間があっという間に経ってしまうのだ。
うんうんと頷く。
シェリーもレベリングを気に入ってくれて嬉しいよ。
「また来ようね」
「約束だよ!」
約束なんてしなくても、また狩りに来る。
こんな中途半端なレベルでシェリーを放逐するのは、レベル至上主義者として見過ごせないので。
私が満足するまでシェリーはホブゴブリンを狩る運命なのだ。
私はそう決めたのだ。
「今日はありがと、リディちゃん! すっごい楽しかった!」
「うん。この調子でエリザベートたちに負けないくらい強くなろう」
「頑張る!」
転移陣で一階に戻り外に出る。
ギルドに寄るには遅い時間なので、換金はまた今度だ。
夜の帳が下りる王都の街を並んで歩いて寮へと帰った。
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