やっぱりレベリングだね

 あの日以降、やはりというかエリザベートが嫌がらせをしてくるようになった。


「あら、いたのね。ちゃっちゃくて気づかなかったわ!」


 廊下を歩いていると後ろから押されて転ばされそうになったり。


「おほほ! 頭が悪いと大変なのね!」


 教室に居残って勉強していると馬鹿にしてきたり。


「うふふ、教科書がないのね? これだから貧乏人は!」


 目を離した隙に教科書を隠されたり。


「小さいわね! ここは子どもの来るところじゃなくってよ!」


 身体的特徴をあげつらって笑いものにしたり。


 まあ、そんな感じの小さな嫌がらせだ。

 実害はあんまりないし、だいたい無視するか言い返すかしてるので私はあまり気にはしていないけど。


 どうやら、ヴィクトとリーフィスの威圧が効いたようで私に何かしてくるのはエリザベート本人だけなのだ。

 そう考えると、エリザベートはさすが公爵令嬢だけあってたくましいのかもしれない。


 しかし問題はシェリーの方だった。


「シェリー、大丈夫?」


「うぅ……寒い」


 ぷるぷると震えるシェリー。

 どうやら、エリザベート一派に水をかけられたらしい。

 もう冬が近くまで迫ってきているこの時期だ。

 濡れた服なんて着ていたら風邪をひいてしまう。


 気休めだけど、私のコートをかけてあげた。


「すんすん。……えへへ。リディちゃんの匂い……」


 思ったより元気そうである。


 きっと、シェリーをいじめても私と違って反撃が帰ってこないと思われているのだろう。

 彼女への嫌がらせは私以上のものばかり。

 なるべく私かアルベール。もしくはアンリエットが一緒にいるようにしている。

 だけどどうしても一人になるときがあるのだ。

 狡猾こうかつなやつらはそんなタイミングを狙ってくる。


 アルベールもエリザベートに嫌がらせをやめるよう言ってるらしいけど、効果はまったく出ていない。


「あらあら、女の子同士なのに仲良すぎない?」


「いかがわしいわ」


 なんて声が聞こえてくる。

 エリザベートは公爵令嬢なだけあって、絶大な影響力を持っていた。

 私たちの学年の、女子生徒の半数はやつのシンパだ。


 それ以外の女子生徒は、半分が中立。

 そしてもう半分がアンリエットの派閥だった。


「シェリーさん、こちらを」


「あ、ありがとうございます!」


 アンリエットの派閥の女の子がタオルを持ってきてくれた。


 アンリエット自身はもちろん。

 その派閥の子もこうして積極的に助けてくれる。


 だけど、アンリエットの派閥は地方の貴族令嬢などが中心として集まった派閥。

 政治や王宮といった中枢に影響力を持ったレテネーブル公爵家を中心としたエリザベート派と比べて、どうしてもこういった場では力が劣る。


 アンリエット本人は別として。

 彼女たちの立場では、なかなか表立ってシェリーを庇ったりエリザベートを非難したりっていうのは難しかった。

 もし不興を買って、実家や領地に不利益があってはならないからだ。


 ゼフィール辺境伯家は家格に関してはレテネーブル公爵家と遜色そんしょくない。

 王国を外敵から守る国防の要だ。

 しかし武力一辺倒で王都からも離れている辺境伯家では政治力が弱く、派閥の子たちを万全に守ることができないのだった。


「どうすればいいのかな……」


 いっそ全部ボコボコに。

 なんて考えはさすがに暴力的すぎるだろうか。

 だけど、戦闘能力で言えば間違いなく向こうの派閥よりアンリエット派の方が上だ。

 なんなら私かアンリエットのどちらか一人だけでエリザベート派閥は全員叩き潰せる。


 向こうの武器が政治力であるのなら、こちらの武器は武力。

 現状は相手のフィールドで戦っているから後手に回っているのであって、直接の殴り合いなら絶対勝てるのに。


「アルベールがもっと頼りになったらなあ」


 思わずぼやいてしまう。

 アルベールも第二王子なだけに影響力はあるけど、それは主に男子生徒に関してのこと。

 今回のいさかいを男子生徒を味方につけて強引に解決してしまえば、それこそ軋轢あつれきが決定的なものになってしまう。


 王族という権力を使うにしてもさすがに大袈裟すぎる。

 エリザベートが実家の力を表立って使ってきていない現状、王家の介入なんてできるわけがない。

 そこらへんはやっぱり、政治の家の娘であるエリザベートのバランス感覚というべきか。


 正直、アルベールはあまり役に立っていない。

 使えない男であった。


「だけど、やっぱり力を示すことは間違いじゃないよね」


 実際、エリザベートたちを脅した私は彼女の派閥の女の子たちに怖がられているらしい。

 それで嫌がらせもエリザベート自身が行う、無視できる程度のことしかされていない。


 うん、やっぱり力を見せつけるのが一番だ。

 手っ取り早く直接殴ることができずとも『こいつはやばい』って印象を与えることができればそれが抑止力になる。


 力を付けておいて、それを発揮できるときに存分に見せつける。

 そうすればエリザベート派の女の子たちが怖がって、嫌がらせもいじめもきっとなくなる。

 決めた。方針はこうしよう。


 となればやることは一つ。


「シェリー! ダンジョンに行くよ!」


「えっ!? きゅ、急だね!」


 それしかない。

 今回の問題はダンジョンに行けば多分片付く。


 ダンジョン、そしてレベリング。

 本当に素晴らしくて偉大な言葉である。


「善は急げ! すぐ行くよ!」


「まっ、待ってリディちゃん!」


 二人で放課後の廊下を駆け出す。

 行き先はダンジョン。

 シェリーの強化大作戦の決行だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る