悪役令嬢?

 それは、私が学園の廊下を歩いている時のことだった。


「ん、あれは……シェリー?」


 窓から見下ろす学園の中庭にシェリーがいた。

 だけど、なんだか変な雰囲気だ。

 シェリーを囲むように複数の女の子がいて、シェリーは小さく縮こまっている。


「あの金髪は……たしか、エリザベート」


 エリザベート・ド・レテネーブル。

 シトルイユ王国にある四つの公爵家のうちの一つであるレテネーブル公爵家のご令嬢。


 ウェーブした豪奢な金髪は華やかで、長いまつ毛の下には鋭く輝く碧眼。

 くっきりと目鼻立ちの整った美貌に、起伏のはっきりとした身体。

 同学年とは思えない、目の覚めるような美女だ。


 エリザベートは私と同じクラスに所属している。

 あまり関わったことはないけど彼女は何かにつけてシェリーを睨みつけている印象だ。

 というか私も睨まれたことがある。

 そういうときは、だいたいアルベールが関わってるのだけど。


「まるで悪役令嬢……」


 このゲームが乙女ゲームの世界だったとして。

 シェリーはまず間違いなく主人公であるヒロイン。

 アルベールは攻略対象の筆頭。

 そしてあのエリザベートは、おそらく悪役令嬢という立ち位置だ。


「シェリー、大丈夫かな」


 さすがに刃傷沙汰じんしょうざたにはならないと思うけど。

 普段からシェリーのことを目の敵にしてるっぽいエリザベートが、仲間を引き連れてシェリーを取り囲んでいる状況。

 いじめというやつかも。ちょっと心配だ。


「……行こう」


 急いで中庭へと降りていく。

 近づくにつれて、話し声が聞こえてきた。


「薄汚い平民風情が。殿下が優しいからって、勘違いしてるのかしら?」


 エリザベートの声だ。

 嘲るような声音。嫌な雰囲気を感じる。


「殿下は、平民のあなたが困っているから高貴なるものの勤めとしてお情けで助けているだけ。顔も体も凡俗な、あなた風情が釣り合うと本気で思っているのかしら」


「まったくエリザベート様の言う通りですわ!」


「恥ずかしい女ですわ!」


 エリザベートの言葉に同意するように、周りの女の子たちがくすくすと笑い声を上げる。

 そんな悪意に晒されて、シェリーはただ怯えていた。


「あらあら、怖くて何も言い返せないのね。つまらない女だわ」


「あ、あたしはっ!」


「お黙りなさいっ! 誰が声を発する許可を与えたのよ!」


「っ……」


「だっさ」


「くすくす。調子に乗るからこんな目に遭うのよ」


 いっそ清々しいほどのいじめであった。

 こんなの、見過ごせるわけがない。

 シェリーは私の友達だ。

 私が農家の娘で、相手が公爵令嬢だとしても関係ない。


「シェリー!」


「……! リ、リディちゃんっ!」


 俯いていたシェリーに声をかけるとはじかれたように顔を上げる。

 その表情は今にも泣き出しそうで。

 彼女をこんな顔にさせたエリザベートたちが一瞬で嫌いになった。


「あら? 誰かと思えば、辺境の田舎娘の取り巻きじゃない。薄汚い平民同士で助け合いかしら。感動的ね」


「あはは。泣けてしまうわ」


「素晴らしい友情ね。くすくす」


 矛先がこちらに向いてきた。

 心底馬鹿にしたような様子で、笑いながら私を三人で囲む。


「何か言ったらどうなの? 土いじりが趣味の芋娘」


「老け顔。制服がコスプレにしか見えない」


「なっ……!」


 レスバを仕掛けてきたエリザベートに、適当に思ったことを口にしたら持っていた扇子を落として固まってしまった。

 とても効いたらしい。気にしてたのかな。


「な、なんてことを言うのかしら! エリザベート様は大人びているだけよ!」


「公爵令嬢に向かって……! あなた怖いもの知らずにも程があるわ!」


「左右からきゃんきゃんうるさい。というか誰?」


「だ、誰って」


「ひ、ひどい」


 エリザベートに見習うように、二人も扇子を落として固まった。

 なんだこいつら。というか本当に誰だろう。


「ふ、ふふふふふ。良い度胸ですわね、平民!」


 硬直から立ち直ったエリザベートが、不敵に笑う。


「この人数差で、随分と強気なのね。身の程知らずは身を滅ぼすのよ?」


 彼女がそう言うと、取り巻きたちの手に魔力が集まる。

 魔法だ。


「やってしまいなさい!」


 エリザベートの号令で、取り巻きたちの魔法が発動される。

 その矛先は当然私。左右から二つの魔法が迫る。

 炎の魔法だ。

 まともに命中すれば、それなりの怪我をしてしまう威力があるだろう。


「おほほ! 平民が高貴なわたくしに逆らうからいけないのですわ! ざまぁですわぁ!!」


「リディちゃん!」


 シェリーの心配する声が聞こえる。


「大丈夫」


 炎の魔法によって発生した煙が晴れる。


「な……無傷ですの……!」


「この程度なら問題ない」


 魔法が当たる前にテオドールが超能力でバリアを張ってくれたので私は無傷だ。

 あらかじめ鑑定をして取り巻きたちのレベルが低いのはわかっていたので、焦ることもなかった。

 現在のレベリング拠点である31階のゴブリンたちの方がよっぽど強い。


「よかった……」


 私の無事な姿を見たシェリーが安心したように呟いた。

 こんなに優しい良い子をいじめて、こいつらは何がしたいんだろう。


召喚サモン:ヴィクト、リーフィス」


 魔法を発動し、ヴィクトとリーフィスを召喚する。

 この二体は私の魔物たちの中でもとにかく威圧感があって、見た目からして強そうに見える。

 その証拠に、エリザベートたちは二体を見て震えている。


「攻撃してきたってことは、攻撃されても文句は言わないよね?」


「ひ、ひぃ……!」


「や、やめて……!」


 脅しをかけると、取り巻きの二人は一目散に逃げていった。

 残されたのはエリザベートだけだ。


「ま、待ちなさい! あなたたち!」


「人望ないね」


「……くっ! あなた! 絶対後悔させてやりますわ!」


 エリザベートはそんな捨て台詞を残して逃げていく。

 追いかける気はない。最初から攻撃しようなんて思ってないし。

 それよりもシェリーだ。


「シェリー、大丈夫だっ──むぎゅ」


 シェリーに声をかけようとすると、遮るように抱きつかれた。

 大きな胸に顔を圧迫されて、声が出せない。


「リディちゃん……ありがとう。また助けられちゃったね」


「むぎゅぎゅ」


 抱きしめてくる腕をタップすると、私が喋れないことに気づいたようだ。

 やっと巨乳から解放された。恨めしい乳だ。


「ぷぁ……シェリー、怪我とかしてない?」


「うんっ! リディちゃんこそ平気?」


「もちろん、あんな奴らに負けないよ!」


 腕を曲げて力こぶを作ってみる。

 ぷにぷにだ。


「ふふ。リディちゃん、本当にかっこよかった。男の子だったら惚れてたかも」


 潤んだ視線と紅潮した顔でそんなことを言ってくる。

 どんな反応を返せばいいのだろう。

 とりあえず曖昧に笑っておいた。日本人の処世術だ。


 そのとき、がさりと草が擦れる音がする。

 音のした方へ振り返ると、そこにいたのはアルベールであった。


「……女の子同士……そういうのもあるのか」


「いや! ないよ!」


 新しい扉を開こうとしているアルベールであった。


 国の未来を左右できる王子様が開いていい扉じゃない。


 というかここにアルベールが来たってことは、今回の一連の流れは乙女ゲーム的なイベントだったのかも。

 シェリーの危機を救うアルベールとの友好度を上げるためのフラグみたいな。

 どうやら私はまたフラグをへし折ってしまったらしい。


 薄々勘付いてはいたけどさ。

 でもあんな現場見過ごせないし。仕方ないよ。


「アルベール、遅い」


「いや、すまん。シェリーも悪かったな。今回は多分俺が原因だ」


「ううん! アルベールさんが原因なんて!」


「違うんだ。もともと、エリザベートの増長には気づいていた。それを放置していた俺が悪い」


 苦々しい表情で、アルベールは語る。


「エリザベートは俺の婚約者の第一候補でな。正式な婚約はしていないが、ほぼ決定みたいなものだ。だからか、あいつはすでに俺と婚約したかのような振る舞いをしやがる」


 王族や貴族の婚約やらなんやらは私はよくわからない。

 でも乙女ゲーム的に考えてみる。


 シェリーとアルベールが付き合っている中で、本人たちの意思を無視したアルベールの婚約が決まる。

 その相手は、散々ヒロインをいじめてきた悪役令嬢のエリザベート。

 そんな障害をどうにかこうにか乗り越えて、より深い愛を。

 みたいな感じだろうか。

 たしかに燃える展開かも。


「俺としてはあんなやつと婚約なんて絶対嫌なんだがな。……それで普段から俺がよく話しているシェリーをターゲットにしたんだろう」


「アルベールが本人にはっきり言ったところで、今回のことが起きなかったとも思えないけど」


 エリザベートはなんというか、理屈が通じなさそうな相手だ。

 もう彼女の中ではすでにアルベールと婚約しているので、彼に関わる女はみんな敵だとでも思っているのだろう。

 傍迷惑な話である。


 だから、アルベールが悪いって話にはならないよ。

 というかどんな理由があれ人をいじめるやつが一番悪いに決まってる。


「とにかく二人とも気をつけてくれ。エリザベート本人は大したことのない女だが、権力だけはある。もちろん俺から抗議はするが、何をしてくるかわからねぇ」


 アルベールは不機嫌そうに、そう告げた。

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