痛みの刃
コーヒーの香ばしい香りが漂う落ち着くお店。
私の行きつけの『喫茶ブロカンテ』は、私の知る限りでは今までで一番の賑わいを見せていた。
「んー! 美味しい!」
「本当に、コーヒーもケーキも。何度食べても美味しいですね」
ニコニコと幸せそうな表情でケーキを食べるシェリーと、ゆったりとコーヒーを飲みながら相槌を打つアンリエット。
今日はいつぞやの勉強会のお礼で、二人を誘って『喫茶ブロカンテ』へとやってきていた。
もちろん、お礼なので私の奢り。
だけどアンリエットは貴族なのでお金はあるし、シェリーも特待生なので余裕がある。
奢る必要なんてないかもしれないけど、なんとなく。
気持ちの問題だ。
「それにしても、知らない女の子が三人もいてびっくりしました」
アンリエットが視線を向ける先には、仲良くテーブルを囲んで楽しそうにケーキを食べている少女たちがいた。
クーリエとミュール、レキのアンデッド三姉妹である。
「人間にしか見えないけど、魔物なんだよね?」
シェリーがそんなふうに聞いてくるので、私は頷いて答えた。
「うん。かわいいよね」
「リディちゃんとそっくりでかわいい!」
シェリーの言葉に、アンリエットも同意するように頷いている。
言うほどそっくりだろうか。
まぁ顔はたしかに似てるけど、髪色や肌の色などは違うのでぱっと見ではそんな似てないと思う。
でも、二人ともあの子たちのことを気に入ってくれたみたいなのが嬉しい。
「そういえば、リディはD級冒険者になったんですよね。おめでとうございます」
「ありがとー」
そうなのだ。
ヴィクトとテオドールが進化したあの後のこと。
私はそのままダンジョン攻略を進めていって、とくに苦戦することもなく31階まで簡単にたどり着いた。
20階の『
そもそも私は入念なレベリングをして安全マージンをとってから、攻略していく方針にしているのだ。
あんな特殊なケースに当たらなければダンジョン攻略なんてちょちょいのちょいだった。
その後、ギルドで正式にD級冒険者の認定をしてもらっている。
D級やC級は、小さな町や村のエースとなれるほどの強さの冒険者。
数の極めて少ないA級やB級と比較して、それなりの数がいて実力もたしか。
D級冒険者は中級冒険者と呼ばれて多くの人たちに頼られる存在だ。
「リディちゃんもう中級冒険者なんてすごい! あたしはまだ16階だからまだまだだよ」
「シェリーの場合は仕方ないよ。支援特化の『聖魔法』なんだし」
希少魔法の『聖魔法』は回復、防御、強化において極めて強力な魔法だけど直接攻撃手段を持たない支援特化。
そのためシェリーは一人ではダンジョンに行くことができない。
今は基本的にアルベールと二人でダンジョンに挑戦しているのだという。
なので。
「ふがいないのはアルベール」
私の言葉が聞こえたのか、カウンターの方でマスターと二人で何やら話していたアルベールがうなだれた。
アルベールは勉強会で世話になった覚えがないので誘わなかったのだけど、なんかついてきた。
ついてきたはいいけど、私たち三人に加えてクーリエたち三姉妹で女子が六人だ。
まるで女子会のようなかしましい雰囲気に耐えられなかったらしく。
ここに来てからずっとマスターと男同士一緒にいる。
ちなみにもちろんだけど、彼の分は私の奢りではない。
「そう言ってやるな嬢ちゃん。たった二人の三ヶ月で16階まで行けてるんだから上等じゃねぇか」
「そ、そうだよな! 俺も結構やれてるよな!」
マスターの言葉にうなだれていたアルベールが復活する。
「でも、私は31階だよ」
復活したアルベールが崩れ落ちた。
「そりゃあ、嬢ちゃんが異常だ」
苦笑を浮かべたマスターは、アルベールの肩に手を置いて慰め始めた。
「そういえば、エッタは? もうダンジョンに行ってるんだよね」
ゼフィール辺境伯家の誇る戦闘狂、アンリエット。
趣味は魔物と戦うこと。特技は魔物を殺すこと。好きなものは強者。
そんな彼女は入学してからしばらく社交などに手一杯で戦いから遠のいていた。
だけど今では身の回りが落ち着いてきているとか。
この間ダンジョンに行ったと嬉しそうに語っていたのを思い出した。
「私はまだ20階ですね。本当はもっと先に進みたいのですが……」
「まだちょっと忙しいの?」
「はい」
頷くアンリエット。大貴族の令嬢は大変みたいだ。
王族のアルベールはわりと好き勝手遊んでいるみたいだけど。
アンリエットはアルベールと違って頑張ってて偉い。
でも、アンリエットの実力なら時間さえあればダンジョンをあっという間に攻略してしまいそう。
なにせ王国一の武闘派である辺境伯家。
その中でもトップクラスの実力者がここにいるアンリエットなのだから。
私も簡単に追い抜かれないようにもっと強くならなきゃね。
「そうだ、マスターさん。古物庫の迷宮器見せてもらってもいいですか?」
ふと思い立って、私はマスターに尋ねる。
「あ? まぁいいが」
お金がかなり溜まってきたから何か良い迷宮器を買いたいと思ったのだ。
レベルを上げることは大事だけど、装備を整えることも大事。
せっかくお金があるのだから、使っちゃいたい。
他のみんなを置いてマスターと古物庫に行く。
「何か気になるものはあるか?」
「うーん……」
古物庫にやってくるのはこれで二度目。
ここにはたくさんの迷宮器があるけど、やっぱり一番すごいのは例の魔法鞄だね。
でも、この迷宮器はもう必要ない。
私には『体内収納』を持つテオドールがいるのだから。
なので他の迷宮器を一通り見てみる。
魅力的なものがいくつかあるけど、これって思うものはなかなかない。
そんな中、一つの迷宮器に目が止まる。
「これは……」
真っ黒で、マチェットのような片刃の短剣。
艶がなく光を吸収するような暗色の短剣は、闇に溶けて目立たない。
暗殺者が使ってそうな怪しさを秘めた迷宮器だった。
「お、『痛みの刃』だな」
マスターに『痛みの刃』と呼ばれた迷宮器を鑑定してみる。
効果は、一定時間の間に受けたダメージの合計を倍にして敵に返すというもの。
どこにでもあるような、シンプルなカウンターの能力だ。
だけど私は、これを見てビビッと来た。
私の魔物たちと、この迷宮器を組み合わせたコンボ。
検証は必要だけど、上手くいけばすごいことになるかも。
「これ、いくらですか?」
「ふむ。ま、これぐらいだな」
マスターの提示してきた金額は、そこそこの額だった。
効果がシンプルで強く、単純に武器としても使える短剣型の迷宮器だ。
さすがに『智慧の義眼』と比べるとだいぶ安いけど、懐へのダメージは結構なことになる。
だけど、私は即決で購入することに決める。
私の考えていることが実現すれば、この金額ならお得なんてものじゃない。
「買います!」
「よし、毎度あり」
お金を渡して『痛みの刃』を受け取る。
ついでに、他にもいくつかの迷宮器を見繕った。
それぞれ筋力を上げるものと速度を上げるもの、魔力を上げるものと魔法の威力を高めるもの。
購入した『痛みの刃』はレキに持たせる予定だ。
これでレキは消臭の迷宮器と合わせて、二つ。
レキにばっかり買い与えると、クーリエとミュールがかわいそうなので他の迷宮器は二人のためだ。
早くこの迷宮器を試してみたい。
私はうずうずする気持ちを我慢して、みんなの元へ戻った。
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