罠対策

「そんなことない。よろしく、シェリー」


「やったっ! よろしく、リディちゃん!」


 ぱあっと明るくなるシェリーの笑みを見て、私はこれでよかったのだと思った。


 こうなった以上、関わらないっていうのはもう無理だ。

 なので、次善の策としてシェリーがアルベールや他の攻略対象とくっつくのを邪魔しないようにしよう。

 あるいは協力してもいい。

 そうしてシェリーが誰かと恋人になれば万事解決だ。


 私は私で、やっぱりいつも通りダンジョンに通おう。

 レベリングをしておけば、もし世界の危機が訪れたとしても抵抗できるようになる。

 仮にこの世界がバッドエンドで滅ぶ系の乙女ゲームだとしても私がレベルの暴力で食い止めればいいのだ。


 なんだ、意外と簡単な話だった。

 結局レベリングがすべてを解決してくれるという結論に達したのだから、やはりレベリングは偉大だ。


 どうやら私のダンジョン通いは間違っていなかったらしい。

 そしてこれからも私のやることは変わらない。

 好きなようにダンジョンに挑み、好きなだけダンジョンを楽しむ。

 今まで通りだ。


「おい、俺は仲間はずれかよ」


 横からアルベールが口を挟んでくる。私とシェリーが仲良くする姿を見て疎外感を感じたのだろう。

 怒っている様子ではないが、少し不満そうだ。


「お前も俺のことはアルベールでいい」


 そんなことをおっしゃる。

 アルベールはこの国の第二王子だ。彼にそんな舐めた口をきいていいのだろうか。

 シトルイユ王国には王族や貴族がいるけど、平民の人権はしっかりと保障されている。

 気を損ねたから殺される、なんて中世みたいなひどい身分社会ではない。

 そんなことをしてしまえば貴族でも普通に罰される。


 でも、やっぱりちょっと抵抗がある。

 アンリエットには砕けた感じで接しているけど、アルベールは王子様なんだ。

 貴族と王族は違う。


「お、おい?」


 私が悩んでいると、アルベールが焦り出した。


「とにかくいいな! 俺のことはアルベールと呼べ!」


「うん、わかった。よろしく」


 仕方ないので、アルベールにもある程度砕けた感じで接してやることにする。

 二人は、顔を見合わせて嬉しそうに笑っていた。


 シェリーとアルベール。

 関わる気もなかった二人と思わぬ形で知り合ってしまったけど、これでよかったと思う。

 今まで、二人のことを色眼鏡で見ていた。

 だけど彼らはヒロインとか攻略対象とかじゃなく、ちゃんとこの世界で生きているんだ。


 そして私自身も。

 転生者じゃなくて、リディ・ネージュというこの世界で生まれ育った一人の人間。

 転生を自覚してからしばらく。

 やっと、浮ついていた足元が地についた気がした。





 今日も今日とてダンジョンだ。


 21階層へと進んだことで私は新しい課題を見つけた。

 それは、『罠が厄介すぎ問題』である。


 以前から思っていたことだけど、私の仲間たちの中に罠を的確に対処できる魔物がいない。

 21階でも厄介だと感じる罠。

 さらに下へ降りていくとなると、罠はもっと厄介になっていくだろう。

 早いところ何かしらの対処法を手に入れないと厳しそうだ。


 私は召喚士なので、必要な戦力は魔物と契約して補充すればいい。

 だけど、残念ながら罠解除のような盗賊系や斥候系技術を持った魔物はいまだにこの王都ダンジョンで見ていない。

 契約するとかしないとか以前に、できない状態だ。


 そのため私は、別の手段を講じることにした。


 まずやってきたのは王都ダンジョンの4階。

 F級魔物の骸骨スケルトンが現れる階層。クーリエとミュールを見つけた場所だ。


 私はここで、新しく一体の骸骨スケルトンと契約した。

 名前はレキ。

 レキはある意味検証も兼ねた存在だ。

 クーリエが骸骨戦士ウォーリア・スケルトンに、ミュールが骸骨術士メイジ・スケルトンへと進化した現象。

 これを意図的に起こそうと思うのだ。


 それっぽい装備をさせて、それっぽい動きをさせてみて。それで、進化先に罠解除ができそうなものが出てこないかと。

 可能性は十分あると思う。

 やってみなきゃわからないと思うけど。もしこれが成功したら、それはかなり有用な情報になる。


 次にやってきたのは、ダンジョンの18階。

 ここにはある魔物が棲息している。

 でろでろに腐り落ちた身体。白く濁った胡乱な目。ボロボロの衣服と、緩慢な動き。

 E級魔物『動く死体リビング・デッド』だ。

 いわゆる、ゾンビと呼ばれるような魔物である。


 今度はこの魔物を新たな仲間にするためにこの階層にやってきた。


 動く死体リビング・デッドは力は強いけど、動きが遅すぎるのでその能力を活かしきれない微妙な魔物だ。

 たけど、この魔物の恐るべきはその生命力と耐久力。

 手足が千切れても動くし、心臓を破壊されても動く。

 体を真っ二つにされてもすぐには死なない。

 首を切り落とすことで、なんとか。


 そんな感じのものすごくしぶとい魔物が動く死体リビング・デッドだ。

 着目したのは戦闘力ではなく、その耐久力。

 私はこの魔物に、肉壁をさせるつもりであった。


 立ち塞がる罠に飛び込んで、わざと作動させる役目。

 耐久力の高い動く死体リビング・デッドは罠を受けてもそう簡単には倒れないだろう。

 そして一度作動した罠は基本的に二度と作動しない。

 つまり、結果的に罠を解除したのと同じような状態になるのだ。


 題して、『罠が嫌なら、発動させちゃえばいいじゃない作戦』である。

 レキが罠解除できる魔物へと進化できるのかは未知数。なので、こっちは一応のサブプランとしてだ。

 どちらにせよ戦闘時に盾役になれる魔物がヴィクト以外にも欲しかったので無駄にはならない。


 ただ、この作戦を行うのにひとつ大きな問題があった。


「うぅ……臭い」


 動く死体リビング・デッドは腐乱死体のようなもの。

 見た目のグロテスクさも去ることながら、それ以上に問題なのがその匂いだった。

 死臭というか、ようするに腐敗臭。

 下水の匂いか、腐った肉の匂いか、繁華街の路地裏の匂いか。

 とにかくそんな感じの悪臭が漂う魔物なのだ。

 動く死体リビング・デッドは。


「さっさと出たい……」


 テオドールに鼻を埋めることでなんとか悪臭を堪える。

 この階層はもう全体的にとにかく臭い。

 王都の冒険者たちの間で嫌いな階層調査をしたならば、まず間違いなくこの階層が上位に来るだろう。

 そんなひどい場所なのだ。


 こんな臭い魔物を仲間に加えることに躊躇はあった。

 だけど、21階までに出てくる魔物で一番しぶといのが動く死体リビング・デッドだったのだ。

 一応、解決策も用意してきた。


「こんなの、探せばあるものなんだね」


 私が用意した解決策は腕輪だ。

 幅のある金色のバングルで、模様などはないシンプルなものだ。

 これは王都でいろんな店を回って見つけてきた迷宮器。

 装備していると匂いが消えるという効果がある。

 鼻の良い獲物を相手にする狩人くらいにしか需要がないためか、迷宮器のわりには安い値段で購入できた。


 これを契約した動く死体リビング・デッドに装備させることで臭い匂いに対処するという作戦だ。


 鼻がもげるような悪臭にまみれた18階をうろつき、良さげな個体を探す。

 これだけ辛いと適当な個体で妥協したくなるが、私は意地でがんばった。


 そうしてやっと良さげな個体を見つけて、動く死体リビング・デッドと契約した。

 その個体は耐久力が平均の二倍くらいあってまさに私の目的に合致していたのである。


 契約後、即座に18階を脱出して21階へ転移する。


「うぇ……匂いついたりしてないかな」


 私も女子だから、自分の匂いが臭かったりしたら嫌だ。

 服の匂いを確認しようとするけど、もう鼻が壊れていてまともに効いてないみたい。

 匂いが移ったりしていないかとても不安だ。


召喚サモン:レキ、リーフィス」


 気を取り直して、新たに契約した二体の魔物を召喚した。


 まずリーフィスにバングルを渡して、腕につけてもらう。

 効きが悪くなった鼻でも感じ取れるほどの悪臭が、迷宮器を着けた途端きれいに消え去った。

 ちゃんと効果あってほっとしたよ。

 一応鑑定でしっかり効果を確認していたけど、あまりにも動く死体リビング・デッドが臭いからちゃんと匂いが消えるか不安だったのだ。


 次にレキには動きやすそうな服を着せる。

 罠解除といえば盗賊や斥候。ただ、斥候はイメージがちょっと湧かないから、盗賊っぽい服装を意識してみた。

 これから罠解除を試させたりいろいろとやってみる予定だ。


 ひとまずはリーフィスに肉壁として罠を解除してもらう。

 それからレキが私の目論見通りの進化をしてくれたら、レキを罠解除要因に。

 リーフィスはパーティの盾役にするつもりだ。


 何はともあれこれで『罠が厄介すぎ問題』は解決。


「するといいなあ」

 

 

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