ヒロインと第二王子

 これ、もしかしてヒロインの危機を第二王子が助ける的なシチュエーションのイベントだったのでは。

 なんて思ったところで、もうどうしようもない。


 私はクラスメイトの恋愛事情なんて興味ない。

 でも、この世界が本当に私の知らない乙女ゲームの世界だったと仮定して。

 ヒロインのシェリーが攻略対象のアルベールたちと恋愛することが世界にとって重要な可能性がある。


 たとえば、なんかヒロインの愛の力的なものが世界を救うとか。

 そんなストーリーの乙女ゲームだった場合、私はシェリーの恋路を邪魔してはいけない。

 仮にバッドエンドで世界が滅びる。みたいなことになれば、あたりまえだけど私も困るからだ。


 そんなわけで私はシェリー周りの乙女ゲームっぽい人たちとはあまり関わりたくなかった。

 変に関わって本来の流れを乱すのが一番良くないから。


 干渉するとか、不干渉でいるとか、そういうレベルの話でもない。

 私はそう、モブ。

 背景に描かれるようなセリフも顔もないただのクラスメイトAでいたかった。


 だけど今回私は見事に関わってしまった。

 それも、第二王子がヒロインを助けるというフラグをへし折るような最悪な形だ。

 でも目の前で女の子が路地裏へ連れ込まれるところに遭遇したのだ。普通助けるでしょ。

 どうすればよかったんだ。私はもう頭を抱えるしかなかった。


 せめてもの抵抗として、私はその場を足早に去ろうとした。

 しかしシェリーに引き留められてしまったのだ。


「ネージュさんも同じ方向なんだから、一緒に帰ろう!」


 なんとも断りづらい誘いだった。

 赤の他人ならまだしも、私たちはクラスメイト。目的地が同じなのに、わざわざ別れて帰っても不自然かもしれない。


 これが別の時間帯なら「他に用があるから、先帰ってて」が使えるけど、今それをやって困るのは私だ。

 それをやれば寮の夜ご飯に間に合わなくなる。

 元王宮料理人の作る寮のご飯を無料で食べれる環境。私のような農家の娘はその魅力に抗うことができない。


 シェリーの期待するようなものキラキラとした目を前に、屈したとも言っていい。

 その目を悲しみに曇らせるのは気が引けたのだ。


 なんというか、シェリーは魔性なのだろう。

 顔がかわいいとか単純な話ではなく、なんか雰囲気とか存在自体がかわいい。

 守ってあげたくなるというか、放って置けないというか。

 なるほど、これがヒロインなのかと。

 同性の私ですらそんなふうに思ってしまうのだから、男たちにモテモテになるのも仕方のない話だと思った。


 まあ明日からまた今まで通り、関わらなければいいか。


 そんな感じで、私は二人と一緒に寮へと帰ることになったのだ。

 ちなみに賊たちは衛兵に引き渡した。

 私やシェリーが事情聴取を受けそうになったけど、アルベールという第二王子の権力で事情聴取はなくなった。


「ネージュさん、改めてさっきはありがとうございました! あたし、本当に怖くて……」


「ネージュ、俺からも礼を言わせてくれ」


「ううん。たまたま通りがかっただけです」


 二人からお礼を言われるけど、謙遜しておく。

 実際、あそこで助けなくてもアルベールが間に合っただろう。私は彼の活躍を横から掠め取っただけだ。

 もちろんそんな意図はなかったし、シェリーを助けられたのは良かった。


 でも、この世界が乙女ゲームの世界であるならば。

 シェリーとアルベールの仲が深まってくれないと、私が困る可能性があるのだ。


「それに、私がいなくても殿下が間に合っていましたよ」


 なので、そんなふうにアルベールを持ち上げておく。

 二人がくっついてくれたら私は安心なので、フラグを折った責任として背中を押すくらいしなくては。


「たしかにそうだが、それでもお前には感謝している。俺がシェリーから離れたばかりに危険な目にあわせちまった」


 沈痛な面持ちで後悔を浮かべるアルベール。

 赤髪ワイルドな俺様王子ってイメージだったけど、実は結構真面目なのかな。

 意外だ。

 人は見た目じゃないね。


「アルベールさんも、すぐに助けに来てくれてありがとう! 嬉しかったよ!」


 沈むアルベールを励ますためか、はじけるような笑顔でお礼を言うシェリー。

 その様子を見て、彼はふっと険しい顔を緩めた。


「……そうか。何はともあれ、お前が無事で本当に良かった」


「二人のおかげだよっ!」


 笑い合う二人。

 よしよし、その調子で仲良くなってしまえ。


「それにしても、ネージュは強いんだな」


 ふいにアルベールがそんな言葉を口にする。

 それに対して、私が何かを言う前にシェリーがすぐに反応した。


「そうなの! さっきのネージュさん、すっごくかっこよかった!」


 強いのも、すごいのも私じゃなくてテオドールなんだけど。


「私、ネージュさんの姿を見たとき、本当に安心したの」


 熱がこもった視線で私を見つめるシェリー。

 なんだその視線は。隣のアルベールに向けなよ。

 頬を赤くするな。もじもじするな。やめて。

 

「強いのもすごいのも、私の仲間たちです。私自身は本当に弱い、雑魚です。冒険者の中でも駆け出し。きっと、殿下の方が強いです」


 なんとなく、このままではまずいと思った私は、慌てて自分がいかにすごくないか弁明を始める。

 ついでにアルベールを持ち上げるのも忘れない。

 それにしても意味がわからない。なんで私は自分のこと雑魚なんて言わなきゃならないのか。

 なんだこれは。


「ネージュさん、謙虚なんですね」


 感動したようにキラキラした目を向けてくるシェリー。

 なるほど、これが全肯定ヒロインか。もはや何を言っても褒められる運命なのだろう。

 そんな諦めの境地に至る私へ、思わぬ追撃が降り注ぐ。


「いや、俺なんかよりお前の方が強いさ。たしかに俺とお前が直接戦えば、俺が勝つかもしれん。だが、召喚士なんだろ? 仲間の強さも含めてすべてお前の強さだ」


 いっそ清々しいほどの賞賛だ。

 しかし、その言葉は普通に正論だったので私は何も言えない。

 ヴィクトやテオドールたちの強さに関しては、私も自信を持っているので否定なんてしたくなかった。


 というか、なんでこの二人は揃って私を褒めるのか。

 シェリーはアルベールを、アルベールはシェリーを気にかけるべきだ。

 こっちの気も知らないで。

 なんて身勝手だけど、思ってしまう。


 乱れる精神を安定させるために、私はテオドールを吸った。


「あの、もしよかったら、ネージュさんのこと名前で呼んでいい?」


 小首を傾げるシェリーに、私はすぐに返せなかった。

 理性ではダメだと答えたい。私はあまり彼女たちに関わりたくないから。

 もし関わって、乙女ゲームのストーリーをぐちゃぐちゃに乱して。

 その結果、世界が滅びたりしたらどうするんだと私の理性が必死に訴える。


 私はこの世界の元になったであろう乙女ゲームを知らないから、バッドエンドで世界が滅ぶなんて考えすぎかもしれない。

 そもそも乙女ゲームなんて最初から存在しない可能性もある。

 すべて杞憂ならそれでいい。

 だけど『もしかしたら』がある以上、私の理性はシェリーたちと関わることをためらっていた。


 君子、危うきに近寄らず。

 そんな言葉が頭をよぎる。


 しかし、感情ではシェリーと仲良くなりたいという思いがあった。

 この短い交流でも彼女が良い子なのだと十分わかった。

 こんな純粋な子だ。

 私の乙女ゲームやらなんやらという、言ってしまえば妄想のような考えで悲しませてしまうのかと。

 そんなふうに思ってしまう。


 シェリーはヒロインかもしれない。

 この世界は乙女ゲームなのかもしれない。

 彼女と関わった結果巡り巡って世界が滅びたりしてしまうかもしれない。

 だけど全部『かもしれない』の妄想だ。


 今ここにいるシェリー・シャトンという少女はたしかに今を生きている一人の人間だ。

 そんな彼女を無意味に傷つけていいのだろうか。


「もしかして、嫌だった?」


 答えを返さない私に、問いかけるシェリー。

 彼女の不安に揺れる顔を見て、私は決めた。

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