関わっちゃった

 鑑定によると鬼人オーガの体内から取り出したキューブは『赤熱の心臓』という迷宮器らしい。


 効果は五分間すべての能力が三倍になりそれまでのダメージが全回復する。

 ただし効果時間終了後死亡するというもの。


「デメリットありの、超強化かあ」


 どうりで鬼人オーガがあんなに強くなったわけだよ。

 ボスとはいえ20階に出てきていい強さの敵じゃなかったから。


 迷宮器を持った魔物。

 これは冒険者たちの間で『イレギュラー』と呼ばれる事例だ。


 迷宮器の獲得方法として一番可能性が高いのは、宝箱から入手すること。

 世に出回る迷宮器のほとんどがこれだ。


 しかし、まれにダンジョン内の魔物が迷宮器を装備した状態で現れることがあるのだ。


 イレギュラーは極めて危険で、ダンジョン内での死亡事故の多くがイレギュラーが要因だったりする。

 なにせ迷宮器は強力なアイテム。

 それを魔物たちが利用してくるのだからその危険性は押して知るべし。


 イレギュラーは周囲の階層の魔物の強さから著しく逸脱した個体だ。

 レベルを上げて安全圏から攻略しよう、なんて考えている冒険者は当然ながら私だけじゃない。

 だけどいくらレベルを上げても、それを無意味だとばかりに蹴散らしてくる理不尽な存在。


 危険なイレギュラー。

 しかしそれは同時に、チャンスとも言える。


 なぜならイレギュラーの持つ迷宮器は他のものと一線を画す。

 故に、イレギュラーは死への近道であり。同時に栄光への入り口でもある。

 もしこれを倒すことができれば、強力な迷宮器を確実に獲得することができるのだ。


 私が鬼人オーガを倒して手に入れた『赤熱の心臓』も同様。

 D級の魔物が一時的にB級相当の能力を発揮する絶大な強化。

 デメリットが重すぎるのが難点だけど、これほど強力な迷宮器はなかなかないだろう。


「これ、どうしよ」


 手の中のキューブを見つめる。

 実は、この迷宮器は召喚魔法とものすごく相性が良かったりする。

 というのも召喚魔法で契約した魔物が死亡した場合、二度と召喚できなくなったりするわけではなく。

 しばらくの時間が経てば何の問題もなくまた召喚できるようになるのだ。

 そのため、『赤熱の心臓』の持つデメリットを実質的に踏み倒すことができる。


 ただ、私は悩んでいた。

 そもそも、これを使っていいのかと。これを使うのは仲間の魔物に死ねと言ってるのと同じだ。

 いくらでも復活できるとはいえ、だからって死んでいいとは思わない。

 たしかにこの迷宮器を使えば戦力は劇的に向上する。

 でも、私は踏ん切りがつかなかった。


「ヴィクト?」


 ただ、悩んでいたのはどうやら私だけだったらしい。

 私の手の上の『赤熱の心臓』を、大きな手が取り上げる。

 ヴィクトだ。

 そのまま迷宮器を胸元へと持っていくと手の中からそれは消え、ヴィクトの体へと吸収されてしまう。


「それ使うと死ぬらしいけど、いいの?」


 私の言葉に跪いて応えるヴィクト。

 その姿から、力強い意志を感じた。

 愚問だったようだ。


 ヴィクトが決めたのなら私が悩んでいても仕方がない。

 彼の主人として、覚悟を決めないとね。


「ヴィクトの命は私のために使いなさい」


 そんなことを言ってみちゃう。

 ヴィクトがあまりにも綺麗な騎士ムーブをしてくるから、思わずそれに乗ってしまうのだ。


 我ながら厨二病である。

 貴族令嬢とかならまだしも、こちとらただの農家の娘。

 こんな姿を誰かに見られたらおそらく恥ずか死んでしまうことだろう。

 

『赤熱の心臓』はヴィクトに預けることに決まった。

 あまり使いたいものではないけど、これで私たちは最後の手段と言えるような奥の手を手に入れた。


 それにしても、と私は自身の指にはまった指輪を睨む。


「運が良くなるって、言ったじゃん」


『流れ星の指輪』

 こちらもついさっき手に入れた迷宮器。

 装備者の運が上がるという効果を持っているくせに、舌の根も乾かぬうちにイレギュラー出現だ。


「何が幸運じゃい」


 そんな愚痴も出てきてしまう。

 迷宮器を獲得できた、という結果だけ見れば確かに幸運。でもその過程は明らかに不運。

 イレギュラーの鬼人オーガを倒せたから良いものの、一歩間違えたら死んでた。

 ふざけおって。


 そんな感じで荒む心をテオドール吸いで癒し。

 ふと、時間を確認するともうだいぶ遅くなっていた。

 早く帰らなければ寮の夜ご飯に間に合わないかもしれない。


 私は足早に21階への階段を降りて、転移陣で1階へ戻ると寮への帰路に着く。

 換金のためにギルドへ寄るのはまた今度でいいや。





 最近の私は、もっぱら21階でのレベリングに夢中だ。

 イレギュラー鬼人オーガ事件からしばらく。

 私はレベリングの重要性をますます確信した。


 あの時、もしヴィクトたちが進化していなければ。

 ホブゴブリンをしばき回すことをしていなかったら。

 たらればであるけど、まず間違いなく私は死んでいた。


 私が今ここに生きているのは、レベリングのおかげ。

 再びこうしてレベリングをできているのは、レベリングのおかげ。

 やはりレベリングは偉大だったのだ。

 私はレベリングの喜びを噛みしめた。


 21階に出現する魔物は、もはや見飽きたほどに見てきたゴブリン。


 ホブゴブリンの進化先である複数種のゴブリンたちがひしめく階層だ。11階のボスで現れたゴブリンたちも出てくる。

 さすがにD級の魔物が連携を組んで襲いかかってくるのだから、それなりに手強い。

 しかし、それと同時に大量の経験値を稼ぐことができているのだからレベリングが捗る。


 すくすくと仲間たちのレベルが上がっていき、能力がにょきにょきと成長していく。

 成長したステータスを見比べる瞬間が、私は一番好き。

 充実したレベリングライフだ。楽しい。


 もちろん、今日も今日とてダンジョンだった。

 今はその帰りだ。

 朝一からのレベリングを終えて満足した私は、ルンルンとした気分で夜の迷宮区を歩く。


 テオドールの『体内収納おなか』の中の容量はレベルの上昇にともなって増えている。

 こうなると換金は複数日分をまとめてすればいい。

 最近はギルドへの換金に訪れる日を減らして夜ギリギリまでダンジョンにこもる毎日だ。


 迷宮区は衛兵の巡回が多くて意外と安全。

 それでも夜の迷宮区は少し怪しさを帯びている。こればっかりは、どんなに治安が良くても夜なのだからあたりまえ。


 まるい満月に照らされた街は、どこか魔性に満ちていて。


「ん、なに? テオドール?」


 腕の中のテオドールから何かの思念が伝わってきた。

 テオドールの示す先へと目を向けると、人気のない路地裏へと連れ込まれる女の子の姿が。


 私は咄嗟に駆け出していた。

 人攫いだ。さすがに見過ごすことはできなかった。


 女の子の連れ込まれた路地裏へとたどり着く。

 暗いせいで見えづらいが、そこには口を布で塞がれ拘束される女の子がいた。

 ぎらりと光を反射する短剣を突きつけられ、抵抗ができないように抑え付けられている。


 少女を捕らえているのは四人組の男。

 きっと盗賊か何かだろう。見るからにガラが悪く、少女を拘束するその動きは手慣れているように見えた。


「お願い、テオドール!」


 私の指示を受けたテオドールが念動力を発動する。

 路地裏に打ち捨てられていた廃材や瓦礫。

 それらが一斉に浮かび上がり、男たちに襲いかかる。


 まるでポルターガイスト。

 ダンジョンのような物が少ない場所ではなく、こういった物に溢れた街中こそテオドールの得意な環境だった。


 男たちが背後に立つ私に気付いたようだけど、もう遅い。

 テオドールに操られた数多の廃材たちに打ち据えられた彼らはなすすべもなく倒れていく。

 殺してはいない。

 器用に打ちどころを選んだテオドールによって気絶させられたのだ。


「ありがと」


 頑張ったテオドールを撫でてやる。

 それから路地裏の奥へと入り、蹲る少女へと声をかける。


「大丈夫ですか?」


 少女は一瞬びくりとするが、私が女だとわかって安心したようでぎこちなくだが笑みを浮かべる。


「……あ、ありがとうございます。私、怖くて」


 だけど、泣きそうな顔で見上げる彼女の顔はどこか見覚えがあって。


「あれ、どこかで……」


「シェリー! 無事か!」


 急に後ろから聞こえてきた大きな声にびっくりして振り返る。

 その先には、見覚えのある赤髪の男がいて。


「って、お前は……もしかして、ネージュか?」


 そこにいたのは私のクラスメイトであり、この国シトルイユ王国第二王子。

 アルベール・ド・ロワ=シトルイユその人であった。


「関わっちゃったぁ……」


 第二王子とヒロイン。

 二人のクラスメイトに挟み撃ちを受けた私は思わず天を見上げて途方に暮れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る