サクサク攻略

「また指輪だ」


 宝箱から出てきたのは、前回と同じく指輪だった。

 宝石などは付いていなくて、流れ星を模ったような意匠の指輪。

 銀でできているように見えて、光が当たるとうっすらと赤色を纏う不思議な色合い。

 豪華さはないけど、落ち着いた上品さとたしかな質の良さを兼ね備えた美しい指輪だった。


 鑑定によると『流れ星の指輪』というらしい。

 効果は、運の上昇。


「運かあ」


 なんとも漠然な。

 腕力や体力などが鑑定によって可視化されるこの世界。そんな世界でも、運というステータスは存在しない。

 これに関しては前世と同様。

 信じられてはいるけど、本当に存在するのか否かわからない。

 そんなとても漠然とした概念だ。


 こういう迷宮器がある以上、その概念自体はやっぱりあるのだとは思うけど。


 まあでも、呪いの装備とかではないのでとりあえず着けてみる。

 これで私の運は上がったことになるね。


「うん、わからない」


 やっぱり実感できるものじゃない。

 果たして今なら宝くじ当たりやすくなったり、麻雀が強くなったり、ソシャゲで最高レアが出やすくなったりしてるのだろうか。

 どれもこの世界にはないけど。


 カジノはあったかな。

 でも、あれは前世と同じで未成年は入れない。


 でも、運でもなんでも低いよりは高い方がいいよね。

 私は『流れ星の指輪』をそのまま装備しておくことに決めた。


「さ、次に行こう」


 ボスを倒し、この階層でやることはなくなったので先に進む。

 階段を降りた先は12階だ。

 長らく11階で止まっていたからなんだか新鮮。


 出てくる魔物は、『暴れ豚クレイジー・ピッグ』という魔物だった。

 名前の通り豚の姿をした魔物だ。

 黒い毛をした大きな豚の頭部には下顎から伸びる立派な牙が二本生えている。

 戦闘になると大きな身体に宿るパワーを発揮して、力強い突進攻撃を行う。二本の牙を突き出した突進による破壊力と突破力は極めて凶悪だ。


 イノシシでは。などとは言ってはいけない。

 鑑定さんによると豚なのだ。


 この世界では魔物から取れる食材が一般的に普及している。

 この暴れ豚の肉も有名。柔らかい赤身は食べやすく、旨味が詰まった程よい脂身はジューシーでとても人気だ。

 もっとも、それは家畜化され品種改良された『暴れない豚ノークレイジー・ピッグ』の話。


 野生の暴れ豚の肉は硬すぎて常人の歯ではとても噛めたものではない。

 その上ワイルドな臭みに溢れているので、一部の愛好家とペットの餌にしかならないので需要は低い。


 やはりイノシシでは。などと言ってはならない。

 豚なのだ。


「イノシシィィィィイインン!!」


 そんな雄叫びを上げながら巨体が突進してくるので、なかなか迫力がある。


 といっても私の魔物たちとのレベル差は歴然。

 鎧袖一触に蹴散らし、早くもボス部屋へと辿り着く。


 12階のボスは11階のゴブリンたちとは違って、単体だった。

 暴れ豚をより大きくした魔物で、その牙は天を貫くように長大に聳え立つ。

 D級魔物。名前は『真・暴れ豚トゥルー・ピッグ』だ。


「イノシッシィィィィイイイイイ!!」


 雄叫びを上げながら突進攻撃を仕掛けてくるボス。

 その勢いは暴れ豚の比ではなく、この突進をまともにくらえば鋭利な牙によって鉄塊すら貫かれてしまうだろう。


「ヴィクト!」


 しかし、立ち塞がるのはもちろんヴィクト。

 ヴィクトの振るう大剣から青白い衝撃波が溢れ出し、ボスを目指して突き進む。

 突進と斬撃、お互いが向かい合うように突き進むのだから衝突はすぐだ。


 豚は急には曲がれない。

 斬波によって発生した衝撃波へ一心不乱に突き進むボス。そのさまは、まるで自らの意思で断頭台へとかけ上がる哀れな受刑者のよう。

 青白い衝撃波に飛び込んだ真・暴れ豚は、断末魔の叫びすら発することができない。

 その身体を綺麗に真っ二つにスライスされてしまった。


 一撃で終わりだ。


「さすがヴィクト!」


 ヴィクトが誇らしげに剣を掲げる。


 あまりにもあっけないボスだった。

 でも、このボスも普通にやったらなかなか厄介そうだ。

 F級冒険者であの突進を受け止めきれる盾役はきっと少ない。

 避けるにしても一手遅れてしまえば簡単に死んでしまう。そんなプレッシャーにさらされながら戦うのは並大抵の精神力ではきつそうだ。


 私が簡単に勝てた要因は単純に仲間の強さ。

 つまりレベリングの賜物だ。

 レベリングをサボってヴィクトを進化させていなければ斬波は使えなかった。

 仮に斬波が使えなくとも今の高レベルのヴィクトならどうとでもなるだろう。


 しかしあの突進を進化前で低レベルのヴィクトが受け止め切れるかは賭けだ。苦戦は免れないだろう。

 やはりレベリングだ。レベリングが全てを解決する。


 私は急に溢れ出してきたレベリングがしたい衝動を必死に抑え込み、次の階層へと降りていく。


 このあたりの階層における推奨レベルのようなものがあったとして、今の私たちはそれを優に超えているのだろう。

 足止めを食らうこともなくダンジョンを攻略していく。

 苦戦らしい苦戦はない。

 ボスたちもたしかに強いが、私の魔物の方がもっと強かった。

 さくさく攻略だ。


 注意しなくてはならないのはやはり罠程度。

 階層を進めば進むほど罠は危険で悪辣になっていくのだと思う。この辺も、何か考えておかないと。

 索敵とか罠破りができる斥候タイプの魔物がいれば契約したいんだけど、残念ながらめぼしい魔物は今のところいない。

 今後の課題だね。


 ダンジョンを下へ下へと降りていく。

 私たちの快進撃の末、たどり着いたのは20階のボス部屋だ。

 時間はそろそろ遅くなってきているので、今日はこのボスまでになるかな。


 王都ダンジョンは10階ごとに敵のランクが決まっている。

 1から10層の敵はF級でボスがE級。11階から20階の敵はE級でボスはD級。

 そしてランクが上がる直前の階層にいるボスは、かなりの強敵が潜んでいる。


 10階のボスのフットラビットがまさにそうだった。

 小さな魔物で力も弱いけど、すばしっこくて的が絞れず攻撃を当てづらい。

 そして何よりの特徴が、その数だった。


 百体を優に超える数のフットラビットの群れが襲いかかってきたのだ。

 一体一体はぶっちゃけホブゴブリンより弱い。

 でも、あれだけの数が同時に攻めてくればピンチにもなってしまうよ。

 結局テオドールのおかげでことなきを得たけど、私がこのダンジョンで一番苦戦したのはあのときだった。


 そんなわけでこの20階のボスは、今までのボス以上の強敵が出てくる。


「わあ……強そう」


 ボス部屋の中央に現れたのは赤い巨人だった。

 長身のヴィクトの倍以上の大きさ。筋肉の浮かぶ肉体は赤熱したように赤く、その手に握るのは荒々しい石柱。

 怒りを浮かべる鬼のような形相、側頭部から伸びる二本の大角。


「鬼……」


 それは『鬼人オーガ』というD級魔物だった。


 ものすごい威圧感を感じる。

 でも焦りはない。

 私はただ、仲間たちを信じていつも通り後ろから応援するだけだ。


 威圧感を放つ鬼人オーガへと、キッと睨み返してやる。

 そして私は自らを勇気づけるように、仲間たちを鼓舞するように大きな声を張り上げた。


「やっちゃえ、みんな!」


 鬼人オーガとの戦いが始まった。

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