赤目のドムの後継者
一度寮に帰ってからアンリエットと合流する。
それから遊びに行くのだけど、私が知ってる良い場所なんて喫茶ブロカンテだけ。
なのでどこに行くかは基本的にアンリエット頼りだ。
彼女は何度か王都に来たことがあるらしいので、さまざまな場所を知っていると自信満々に語ってくれた。
「私の完璧なプランに任せてください!」
と意気込むアンリエットであった。
最初に行ったのは中央区にある大闘技場。
「王都観光の大定番です。ここは外せません」
アンリエットが言う通りの人気スポットのようで、人がすごく多い場所だ。
闘技場と言ってもシトルイユ王国は奴隷を禁じているので、剣闘士は奴隷などではなくみんなそれを職業とする人たちだ。
賭けができたりと少々アングラな部分はあったものの、剣に魔法とファンタジー全開の決闘は見応え抜群。
戦況につられてワクワクドキドキと観戦してて楽しかった。
次に案内されたのは劇場。
こちらも王都観光の定番の一つ。
「国中から実力派の劇団や楽団が集まってくる劇場だとか。シトルイユ王国で一番レベルが高いことで有名なんです」
「そうなんだ」
こちらも満員御礼の人気スポット。
馬蹄の形をした劇場内で、アンリエットは貴族らしく上から見下ろせるボックス席を取ってくれた。
二人で並んで一緒に鑑賞する。
今日の演目は、パーティメンバーに追放された冒険者の少年が成り上がるという話だ。
殺陣もあるらしい。
追放された先で強力な魔剣を手に入れた少年がどんどん力をつけていって、ついには元パーティメンバーを超えるほどの冒険者になる。
やがて国有数の冒険者へと成長していき、国王にも認められる。
爵位をもらった少年は王女を妻にもらい、幼なじみや義理の妹を側室に迎えた。
そんな少年にまたパーティを組んでくれと懇願する元メンバーに、彼はこう言ってやるのだ。
――もう遅い。
劇場に響く拍手喝采の歓声に私はなんとも微妙な表情をしてしまった。
でも、懐かしい気持ちにはなった。世界が変わっても人気が出るジャンルは同じなんだなって。
うん、面白いよね。追放もの。私もよく読んだよ。
隣を見たらアンリエットは綺麗な顔して寝てた。
ちゃんと見ようよ。
その後もアンリエットの案内でいくつかの場所を周った。
終わってみればどこも楽しかったな。
とくに闘技場なんかは個人的に行ってもいいくらい。
でも、アンリエットの方がのびのびと楽しそうにしてた。
忙しい中で息抜きになったのならよかったよ。
それから夕方くらいの時間に今度は私の案内で喫茶ブロカンテに行くことにした。
「これは、なかなか……」
ブロカンテの前で硬直するアンリエット。
端正な顔は頬が引き攣っていた。
怖がってるわけではないと思う。ただまあ。
「不気味だよね」
「人形はかわいいのですが、今の時間に外で見るものではありませんね」
今は夕日が差し込んでいる時間帯だ。
外のディスプレイに入っている人形たちの不気味さが際立っていて昼間に見るよりも明らかに怖い。
私はもう慣れたけど初めてここに来たのが昼間じゃなくて夕方や夜だったら、そのまま回れ右して二度と来なかったと思う。
ドアを開けて店内に入る。
コーヒーの香りが漂う店内はもう見慣れた景色だ。
「お? 嬢ちゃんか。いらっしゃい」
「こんばんは、マスター」
いつもの席に座る。アンリエットは店内の人形を気にしながら私の隣に腰掛けた。
外と違って明るい店内ではそれほど怖くないけど、外の人形たちがあまりにも不気味だったから引きずってるみたい。
「そっちは?」
「アンリエット・ド・ゼフィールと申します」
立ち上がって綺麗なカーテシーを見せるアンリエット。
人形たちにびびりながらもすぱっと切り替えるあたり貴族なんだなあって感心する。
「ゼフィールって言うと、辺境伯か。俺はここの店主やってるドミニクだ、よろしくな」
二人が自己紹介したところで、マスターに何を飲むか聞かれたのでコーヒーを注文する。
「美味しいコーヒーですね」
「お、嬉しいこと言ってくれるな」
コーヒーを飲んでリラックスしたのか、アンリエットの表情が柔らかくなった。
普段から良いものを口にしてる彼女が美味しいって言うんだから、本当に美味しいコーヒーってことだろう。
正直なところ、私はコーヒーの味の違いがなんとなくしかわからない。
こういうところで飲むコーヒーは基本的に美味しいから、比べることもなく飲んだだけで満足しちゃうんだ。
「エッタ、ケーキも美味しいよ」
でも、甘いものに関しては一家言あると自負している。
私は果物が添えられたケーキをパクつきながら、アンリエットに勧めるた。
喫茶ブロカンテはコーヒーとデザートが基本のメニュー。
デザートは主にケーキ類で、日替わりで二種類か三種類のケーキが置いてある。
ケーキはコーヒーと違ってこの店で作ってるわけじゃなくて、知り合いのスイーツ店からもらってきてるとか。
そして、このケーキたちがそれはもう絶品。
どれも美味しいのに日替わりで変わるから食べ飽きることがなくて。
マスターには悪いけど、この喫茶店で私の一番の楽しみはコーヒーじゃなくてケーキだ。
「わ、本当ですね……これならお母様に食べさせても絶賛されそうです」
「大貴族にそんなに褒めてもらえるなんてな。作ったやつに言っとくよ」
アンリエットの言葉を聞いたマスターは、まるで自分のことのように笑顔を浮かべて喜ぶ。
きっと、このケーキを作ったのは仲の良い相手なのだろう。
「ところで、つかぬことをお尋ねします。マスターさんは、以前冒険者をやっていましたか?」
「ああ、昔の話だがな」
唐突に切り出したアンリエットにマスターが答える。
「やっぱり! その特徴的な傷跡、マスターさんって『赤目のドム』ですよね!」
キラキラした目で尋ねるアンリエット。
「もう十年も前の話だ。若いのによく知ってるな」
「当然です! 『赤目のドム』の竜退治は吟遊詩人に語られるような偉業ですよ!」
「あれかぁ……」
吟遊詩人て。
すごいのだろうけど本人は嫌そうに顔を顰めている。
自分が歌で語られるのって、どんな感覚なのか。
私だったら恥ずかしいからやめてって頼んじゃうかも。
というかさっきから『赤目のドム』ってなんだ。
冒険者だったってことは聞いてるけどそんなイカした二つ名は聞いたことがない。
「エッタ、『赤目のドム』ってなに?」
「A級の有名な冒険者です。引退したって聞いてましたけど、王都で喫茶店をやってたんですね」
楽しそうに語るアンリエットの目は、キラキラと輝いている。
きっと彼女にとって有名な冒険者はヒーローみたいなものなのだろう。
アンリエットはこんなお淑やかな美少女って感じの容姿だけど、戦うのが好きだ。
自分が強くなるのも好きで、強い人も好き。
夢のため、誰にも負けないくらい強くなる。
なんてことを大真面目に言っちゃうタイプの女の子。
強くなるために余念がなく、辺境領では隙あらば魔物をしばいていた。
今はこっちに来たばかりで忙しくて魔物をしばけないからストレスが溜まってるらしいけど。
「赤目のドムは身体能力に特化した戦士で、その腕力から放たれる攻撃は竜の鱗を割るほど。なんと言っても特徴的なのは、二つ名にもなった真紅に染まった左目で……」
そこまで語ったアンリエットは突然口をつぐむ。
「あの、リディ」
「な、なに」
突如として覗き込むようにずいっと近づいてきた綺麗な顔にちょっと焦る。
近いんだけど。
「その迷宮器、このお店で買ったって言ってましたよね。……もしかして」
アンリエットの言葉に答えたのは、私じゃなくてマスターだった。
「あぁ、嬢ちゃんの持ってる迷宮器は俺が使ってたやつだよ」
「やっぱりっ! これはすごいことですよ、リディ! 赤目のドムの代名詞にもなった迷宮器を譲っていただけるなんて!」
「お、落ち着いて、エッタ!」
肩を押して落ち着くように言う。
アンリエットは興奮しすぎた自覚があったのか少し恥ずかしそうに頬を染めて、居住いを正すとこほんと咳払いした。
「リディ、これは期待ですよ。マスターさんは、あなたなら自分を超えると。その後継者に選んだのです」
「そうなの?」
マスターに視線をやると、彼は目を逸らした。
「あー、いや。まぁ、嬢ちゃんなら俺くらい軽く超えるさ。なんたって召喚士なんだ。うん、期待してるぞ」
「やっぱり……!」
アンリエットは嬉しそうだけど。
マスターは後継者とかそんなことなんてとくに考えず『智慧の義眼』を私に売ったと思うよ。
目が泳ぎまくってる。
まぁでも、いつかドラゴンを倒せるくらい強くなれたらいいな。
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