怪しいミュール
今日もダンジョン。
だけど今日は午後にアンリエットと喫茶ブロカンテに行く約束をしているので、早めに切り上げる予定だ。
レヴール王立学園に入学してからずっと忙しそうなアンリエットだけど、少し落ち着いてきて今日の午後に時間が取れるから王都で遊ぼうって話になったのだ。
辺境領ではよくアンリエットと遊んでいたけど、こっちに来てからは学園内以外では基本的に別行動。
一緒に出かけるのは久しぶりだから楽しみ。
まあでも、それは午後の話でひとまずはダンジョンだ。
「でもその前に古着屋……」
昨日ヴィクトを街中で召喚していたことで騒がせてしまって、クロードさんやイネスさんに迷惑をかけちゃったので寮に帰ってから対策を考えておいたのだ。
「ここでいっか」
どこの古着屋がいいとかわからないので、迷宮区にある冒険者用の実用性重視な古着屋に入る。
「いらっしゃいませ」
店員さんに会釈して、中を見て回る。
目的は魔法使いが好むようなローブが売っている売り場。
「これとか、いいかも」
全身をすっぽりと覆い隠すような大げさな黒いローブを見つけた。
フードが大きく、目深にかぶることで顔を隠せそうなのが良い。
私の目的に合致しているのでこれを買うことに決める。
「あとは……手袋と、ブーツも」
それから、小物の置いてあるコーナーで革手袋を選ぶ。装備としての性能は求めてないから、適当な安いやつ。
頑丈そうなロングブーツも見つけた。
「顔を隠せるものも欲しいんだけど……こんなのあるんだ」
仮面などがある場所を物色していると、嘴の形をしたマスクを見つけた。
いわゆるペストマスクとか呼ばれるやつだ。
雰囲気があって良い。
「買っちゃお」
お会計をしてもらって、購入したものをリュックの中に詰める。
それからさっさとダンジョンへ向かった。
ダンジョンの11階に入り、早速魔物たちを召喚する。
テオドールはずっと召喚しっぱなしなので、呼び出すのはヴィクトとクーリエにミュールだ。
「ミュール、こっち来て」
指示通りにやってきたミュールに、古着屋で買った衣装の一式を着せてみる。
骸骨の体を完全に覆い隠す大きなローブは、私の見立て通りミュールの指先から足元まですっぽりと覆う。
でも、動くとチラチラ指先と足先が見えてしまうので革手袋とロングブーツでカバー。
顔にはイカしたペストマスクを装着することで、前面からは髑髏の顔が見えなくなった。
仕上げにローブに付いているフードを目深にかぶることで完成だ。
「うん、完璧だね」
今のミュールは全身真っ黒の怪しい魔法使いって感じの風貌で、骸骨の部分は完全に隠れている。
これなら、知らない人が見てもミュールのことを魔物だとは思うまい。完璧な変装だ。
「これなら街中を歩いていても、問題ないでしょ」
そう、これが私の考えた『ダンジョンからギルドまでの荷物運びどうする問題』への対策案である。
冷静に考えて、ヴィクトの何がいけなかったのかと言うとやっぱりその身長の高さだ。
私の二倍弱くらいあるヴィクトの大きさは人間の範疇を完全に逸脱していて、そりゃあ目立つと言うもの。
身長さえ普通の人間サイズであれば、ぎりぎり騎士鎧を着た人間ってことで押し通せそうな風貌ではあるのだ。
というわけで、とにかく身長。それが大事だと私は結論づけた。
ミュールの身長は成人女性より少し高いくらいなので、余裕で人間の範疇。
骸骨の身体はこんなふうにして隠してしまえば良い。
このミュールなら怪しさはあっても魔物とは思われない。街中にいても何とかなるんじゃないかな。
クーリエでもよかったのだけど、ミュールにしたのは名前がそれっぽいから。
名は体を表す。
お薬屋さんやってそうな怪しい見た目へと見事にジョブチェンジだ。
「ふー、今日はこんなもんかな」
予定通り早めにダンジョンを切り上げてギルドに行く。
「よしよし。大丈夫そう」
隣には背中と右腕にリュックを二つ持ったミュール。
やはりというか、怪しい風貌に注目は集まるが昨日のヴィクトほどではない。
もともと、迷宮区にはいろんな格好した冒険者がいるのでうまく溶け込むことはできてる。
これなら何とかなりそうでほっとする。
昼時のギルドは閑散としていて、ゆったりとした雰囲気が漂っている。
賑やかすぎる夕方くらいの時間帯と比べるともはや別世界だ。
今日は受付にクロードさんがいなかったが、イネスさんがいた。
私に気づいた彼女が手を振ってくるので、私はイネスさんの受付に向かう。
「リディちゃん、こんにちは〜!」
「どうもです。換金お願いします」
私のとミュールので計三つのリュックをイネスさんに引き渡し、魔石と素材を売った分のお金を受け取る。
今日は午前中だけだったから昨日ほどの儲けは出ないけど、それでもそれなりのお金が稼げた。
「それで、気になってたんだけどそっちの人は?」
「これ、人じゃなくて魔物です。召喚魔法で契約してるんですよ」
「これが召喚魔法!」
目をキラキラと輝かせたイネスさんがミュールのことを
「リディちゃんって、聞いてた通りすごいのね〜! まだ学生なのに一日でこんなに稼いじゃうし、召喚士だし! この先どうなっちゃうのかしら!」
「えへへ。それほどでも」
そんなふうにイネスさんに褒められて気持ちよくなっていると、奥からクロードさんが出てきた。
「こんにちは。今日は早いのですね」
「こんにちはクロードさん。午後から友達と遊ぶ予定なんです」
私の言葉を聞いたクロードさんは目を丸くさせて驚く。
「リディさん……友達いたんですか」
「い、いますよ!」
失礼な。一応友達いるよ。
アンリエットと……アンリエット。うん、アンリエットだけだけど。
大切にしよう。
「冗談です。学園の休日になると毎日ダンジョンに行っているみたいだったので」
そんなふうに苦笑するクロードさんから、目を逸らす。
友達はアンリエットさえいればいいんだ。私は友達百人作るより親友一人作りたいタイプなので。
言い訳ではないのだ。ぼっちではないのだ。
それにしても、クロードさんって冗談とか言うんだ。
生真面目な仕事人間で冗談とか言わないタイプの人だと勝手に思っていたので意外だ。
打ち解けてきたとポジティブに考えようかな。
「それで、さっそく改善してくれたんですね」
そう言って、私の隣に佇むミュールを見るクロードさん。
「この子も魔物ですけどね」
ミュールに仮面を取るように指示を出すと、顕になった骸骨の顔を二人に見せる。
見たら腰を抜かしたりする人も出てきそうなインパクトのある顔だ。
イネスさんはびっくりした様子だけど、クロードさんはとくに驚いたりしない。
ミュールの顔を見て驚かないということは、クロードさんはもともと冒険者とかやってたりしたのだろうか。
他の人に見られたら面倒なので、すぐに仮面を被り直させる。
「これなら問題はなさそうですね」
「よかったです」
満足気に頷くクロードさんにほっとする。
これにて『ダンジョンからギルドまでの荷物運びどうする問題』は無事解決と相なったわけだ。
さて、寮に帰ろう。
午後はアンリエットとお出かけだ。
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