農家の娘と辺境伯の娘
喫茶ブロカンテは今日も閑古鳥が鳴いていた。
前回と同じ席に座りコーヒーとチーズケーキを注文してから、さっそくとばかりにテオドールのことをマスターに聞いてみる。
「テオドールって、魔物だったんですね」
「お、気づいたか。その様子なら契約もしたみたいだな」
テオドールを見て、満足気に頷くマスター。
「この店に来る人形は、ほとんど似たようなもんだ」
その言葉に促されるように店内の人形たちを鑑定していくと、やはりというかみんな
「この間、古物庫見せただろ? あれとは別にもうひとつ部屋があってな、曰く付きのもんはそっちに保管してる。ここにある人形たちは曰く付きだけど、安全なやつだけだ」
マスターが言うにはここの人形たちは安全な子たちらしい。実際テオドールが私に何か危害を加えてきたことはないので事実なのだろう。
とはいえこれだけの数の魔物だ。知ってしまえば、こんなふうに囲まれている現状に何とも落ち着かない。
でも、ここの人形はみんなテオドールと同じだ。
マスターが安全だって言うのだし、身構えてたらこの子たちがかわいそうだから堪えよう。
そのうち慣れると思うし。
それとマスターの言う曰く付きのものを保管するもうひとつの部屋。
気になる。
「もうひとつの部屋ですか?」
「気になるか? 古物商なんてやってると、どうしてもそういうもんが入ってくるんだよ。普通の客に見せられるもんじゃないから、普通の古物とは分けて保管しててな」
いわゆる呪物というやつだろう。
たしかに、古物と呪物は紙一重というか。そんなイメージがある。
「つっても嬢ちゃんにはまだ見せれないけどな。危険だ」
その言葉に少しがっかりする。
興味はある。もしかしたら、テオドールたちみたいな魔物が憑いた古物がそっちの部屋にはあるかもしれないから。
私は召喚士なので、強そうな魔物とか見つけて契約したいみたいな欲求がどうしてもある。
でも、マスターが見せられないというなら仕方ない。
私がもっと強くなってから見せてもらえないか改めて交渉すればいいだろう。
「ま、そんなわけだ。テオドールが嬢ちゃんに懐いていて、嬢ちゃんが召喚士だから引き取ってもらおうってな。黙ってて悪かったが」
「いえ、テオドールと契約できて良かったのはたしかなので、気にしなくていいですよ」
膝の上のテオドールを撫でながら答える。
騙されたような感じではあるけど、テオドールと契約できたのは望外のことだった。戦力的にも、癒し的にも。
フットラビット戦でテオドールがいなかったら怪我してたと思うし、事情がわかれば恨むことなどまったくない。
「そうか、それはよかったよ。テオドールも嬢ちゃんといれて幸せそうだ」
「わかるんですか?」
「その手のものに長く触れてきてるからな」
そう言って苦笑するマスター。
私は残念ながらテオドールと意思疎通できないので、ちょっと羨ましい。
ずっとテオドールと一緒にいれば、私もわかるようになるかな。
それからマスターと他愛のない雑談をしつつコーヒーとケーキに舌鼓を打っていると、外の景色に茜色が差し込み始めていた。
日が落ち始める時間だったので、お暇することにする。
店を出て、寮への帰路に着いた。
レヴール王立学園は大貴族や王族が通う学校なのもあって、贅を凝らされた豪華な学校だ。
その敷地内には用途に合わせたいくつもの建物がある。
それぞれのクラスの教室があり主に座学を受けることになる本棟、国内随一の蔵書量を誇る大図書館、パーティに使われる大広間のある舞踏館、武術大会などで使用される円形闘技場などなど。
そんな敷地内の片隅に建てられているのが学園寮だ。
男女別で二つの寮が建てられていて、王立学園の全校生徒は基本的にこの寮内で寝泊まりすることになる。
食堂で提供されるのは元宮廷料理人が腕を振るう絶品料理。
多種多様な湯が張られた大浴場にはロウリュや岩盤浴まで完備。
学生同士の交流のためのホール、軽い運動やトレーニングができるプールに室内運動場まである贅の凝らしっぷり。
そんな学校なので学費はものすごく高い。
大商人などの極一部を除いて平民は絶対に通うことができない学校として王国中から憧れの目で見られる学びやだ。
もっとも、私は特待生なので全部無料でむしろお金がもらえるんだけど。そうでもなきゃ絶対に通えない学校だ。
私の寮の部屋は六帖ほどの大きさなのでそんなに大きくはない。
だけど、実はこの世界は過去に私以外に転生者がいたんじゃないかと疑いたくなるほど技術が発展している。
空調にお手洗いと洗面所、冷蔵庫に洗濯機。
さらには小さいキッチンまで別で付いている一人部屋なので、部屋が小さくとも不満も不便もない。
私の部屋は主に下級貴族が使用するような一番安いタイプの部屋だ。
これが高位の貴族になってくるとリビングや使用人用の寝室、本格的なキッチンが付いてるような大きな部屋になる。
そんな高位貴族用の部屋に、私は今招かれていた。
「では、その左目が迷宮器なのですね?」
「うん。すっごい良いものだよ」
寮に帰った私は、すぐにアンリエットに呼ばれて彼女の部屋を訪れることになった。
アンリエットの部屋のリビングは絢爛な調度品で彩られていて、絨毯は柔らかくソファは沈み込むようにふかふか。
侍女のジネットさんの淹れてくれた美味しい紅茶を飲みながら、アンリエットと話をする。
話題は私の散財についてだった。
私の口座は辺境伯家が作ってくれたものなので、智慧の義眼を購入するために五十万ルタを使ったことはすぐにバレた。
散財したことについてとくにお咎めなどがあるわけではないけど、詐欺などの事件性がないか確認がしたかったらしい。
辺境伯家からしたら私は世間知らずの農家の娘だ。
前世の記憶があるから詐欺などはなかなか引っかからないとは思うけど、そんなことは私しか知らないこと。
アンリエットたちからしたら騙されないかと心配らしい。
村とは違い良くも悪くも賑やかな王都、貴族ばかりの慣れない環境。
そんなところに身を置く私をできる限りサポートしようと注意を払ってくれている。
アンリエットや領主様には感謝だ。
「そのぬいぐるみもそこで買ったのでしょう? 良いお店を見つけましたね」
「いいでしょー」
テオドールを撫でながら答える。
本当は買ったのではなくもらったのだけど、わざわざ訂正するほどのことでもない。
「テオドールはただのぬいぐるみじゃないんだよ」
「あら、リディがぬいぐるみに名前を付けてます」
「ただのぬいぐるみじゃないんだって!」
くすくすと笑うアンリエットに恥ずかしさが込み上げてくるけど、テオドールのことをしっかりと説明してなんとか誤解を解く。
ぬいぐるみに名前を付ける15歳の女の子はちょっとイタいかもしれないけど、契約している魔物に名前を付ける召喚士の女の子なら至って健全です。
「……エッタも今度一緒に行こうよ。今日はコーヒーとケーキ食べたんだけど美味しかったよ」
「そうですね。今はバタバタしてるので、落ち着いたら案内してください」
アンリエットは大貴族の娘としての社交があって最近とても忙しそうだ。
私ばっかり遊び回ってるみたいで申し訳ないけど、手伝えることなんてないので仕方ない。
「私も早くこっちのダンジョンに行ってみたいです。はぁ、魔の森が恋しい……」
そんなこんなでしばらくお話をしてからアンリエットと別れた。
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