進化

 王都ダンジョンは10階層ごとに危険度が跳ね上がる。


 1階から10階までがF級、11階から20階までがE級、21階から30階までがD級と魔物の強さが段階的に上がっていくのだ。


 そんなわけなので、上の階層とランクが変わる下一桁が1になっている階層は特に危険とされている。


 さらに11階に関して言えば、それまでなかった罠が出現し始める階層でもある。

 10階を突破した駆け出し冒険者が喜び勇んで突入し、E級魔物や罠を前に屍の山を築き上げる。


 誰が呼んだか『初心者殺し』

 死と隣合わせの夢と冒険、そして栄光。

 ダンジョンの本当の始まりは、ここからだ。


「ふぃー。さすがに疲れるね」


 休憩のために広場に腰を下ろして、緊張をほぐすように身体を伸ばした私は思わずそんなひとりごとを呟いてしまう。


 私は昨日に続き朝から元気にダンジョンに潜っていた。 

 今日の目的は主にレベル上げだ。

 10階のボスであるフットラビットとの戦いが少し危なかったから、慎重を期してレベルを十分に上げてから攻略していく方針にすることにしたのだ。


 前世の私はもともとレベリング至上主義。

 ゲームにおいてギリギリの戦いを楽しむ人も多いと思う。

 だけど私はレベルをこれでもかと上げてから挑んでいくタイプだった。


 レベリングや素材集めという単純作業をまったく苦にしないどころか、むしろ好んでいたからだ。

 適正レベルを上回ってからレベル差の暴力で蹂躙無双していくことに楽しみを見出していた。


 だから私はこの世界でも初心に立ち帰ろうと思うのだ。

 レベルを上げに上げて、この王都ダンジョンを安全圏から攻略していく。


 レベリング無双作戦だ。

 前世のゲームとは違って、こっちは命がかかってるのだからなおさらこの方針が最適解だと思う。


 そんなわけで、今やっているのは11階でのレベリング。

 この階層に出てくるホブゴブリンをひたすら倒していく作業だ。


 1階のボスだったホブゴブリンと比べて強さはそれほど変わらない。

 ただし、出てくる数が多いのでたしかに初心者には厳しい難易度の階層だと思う。


 とはいえヴィクトにとってホブゴブリンなんて最初からたいして苦戦する相手ではなかった。

 なんなら1階を攻略していた頃よりレベルも上がっているので、もっと楽になってる。


 基本的にヴィクトが前に出てホブゴブリンを倒していき、テオドールがその補助と私の護衛。

 そして私は応援係という布陣だ。


 フットラビットの時と違ってヴィクトの対応力を超えたホブゴブリンが迫ってきても、テオドールが吹き飛ばしてくれる。

 そもそもホブゴブリンはフットラビットほど異常な数で攻めて来ることもないので、私の近くまで接近を許すことは滅多にない。


 そんな感じで危険は一切なく、パターン化したような楽しい楽しいレベリング作業に邁進していた。

 注意するべきなのは罠くらいだね。


 それで今はちょっと休憩。


「進化ってどんな感じだろ」


 テオドールのレベルが上がらなくなったので、鑑定で確認したら進化可能となっていたのだ。

 だから進化を兼ねた休憩です。


 召喚魔法は魔物と契約して召喚するだけじゃなくて、契約魔物をサポートする魔法でもある。

 進化もそのひとつ。


 本来の野生の魔物は進化が可能なレベルになっても簡単には進化できない。

 レベルを上げ、さらに年月をかけることでやっと進化する。

 だけど召喚魔法なら進化も一瞬だ。

 さすがは希少魔法である。


 テオドールの進化先の魔物は一種類だけだから選択する余地はない。

 初めての進化にわくわくしながら、私は魔法を発動した。


進化エボルブ:テオドール!」


 私の言葉と同時にテオドールを光が包み込む。

 溢れる光がテオドールの身体を覆い尽くし、球状の光となったそれが一際強く輝く。

 やがて光が収まると、そこには今までと変わらない愛くるしいぬいぐるみの姿があった。


「変わってない……? あ、もふもふ感が増したかも」


 本当に進化したのか不安になったけど、抱えてみるといつもよりもふわふわもふもふしてる気がする。

 進化して、毛並みが良くなったようだ。


「いやいや」


 確かめるために鑑定すると、やっぱりちゃんと進化しているのでほっと一安心。


 E級魔物の『物霊デミ・スピリット』だったテオドールは、D級魔物の『仮霊魂スピリット』へと進化した。


 能力面では魔力と念動力が大きく強化されたようだ。

 強みを伸ばした順当な強化と言えるだろう。あと、転移の範囲も強化されたみたいだ。


 もともと範囲内の知ってる人のところに転移する能力を持っていたけど、その範囲がさらに広がったらしい。


 転移できるのが能力使用者のテオドールだけなので使いどころがあまり良くないけど、この調子で成長していつか私を連れて転移できるようになってくれたらいいな。


 これでD級の契約魔物がヴィクトに続いて二体目。


 だけど、安全マージンを考えるならもっとレベリングしたい。

 なにせ、11階のボスはD級の魔物になる。

 今のヴィクトやテオドールと同格だ。


 フットラビットのこともあるし、油断はできない。

 それを考えれば、二体ともC級まで進化させるか他の魔物と契約して頭数を増やすかしておきたい。


「よし、休憩終わり!」


 というわけで、ホブゴブリンを倒す作業に戻ろう。

 今日は喫茶ブロカンテに行きたいからおやつ時くらいまで篭ろうかな。


 思う存分レベリングをした私は、昨日よりも早めに切り上げてギルドに向かう。

 おやつ時のギルドは仕事終わりにはまだ少し早く、冒険者が少ない。

 今日はメガネの人がいて、相変わらずその人の受付だけ露骨に空いているのでそこに並んだ。


「こんにちは。換金お願いします」


「はい、こちらに」


 今日の収穫はホブゴブリンのE級魔石がたくさんともろもろの素材。

 魔石は全部回収できたけど素材の方は荷物の容量的に無理だったのであまり回収できなかった。

 このままじゃもったいないし何か考えないとだね。


 それでも換金額は全部合わせて1500ルタほど。

 まだ冒険者始めて二週間なんだけど。かなり稼げてる。


 だけど今日も迷宮器はなし。残念。


「1日でこの量ですか?」


「そうです」


 驚愕した様子の受付さんにドヤと胸を張る。

 多くの冒険者を見てきたであろう彼が驚くってことは、私はなかなかレアなケースなのかもしれない。


「召喚魔法……」


 テオドールを見ながら意味深に呟く受付さん。

 この子が魔物だって気づいたのかな。


 街中じゃヴィクトは目立ちすぎるから送還してしまうけど、テオドールは癒しと護身目的でずっと召喚しっぱなしだから気づく人は気づくか。


「遅くなりましたが、E級への昇格おめでとうございます。ですが、E級に昇格したての駆け出しが一番死にやすい。気をつけてください」


「はい、もちろんです」


「……これだけホブゴブリンばかり倒しているのですから、野暮でしたね」


「しっかり強くなってから、次の階層に行くつもりです」


「それがいいでしょう」


 心配してくれたみたいだ。

 目つきが鋭くて、いかにも融通が効かなそうな生真面目な怖い人って雰囲気だけど優しいところもあるらしい。

 人は見た目で判断しちゃダメだね。


 受付さんにお礼を言って、ギルドを出る。

 次の目的地は喫茶ブロカンテだ。おやつ時だからちょうどいいね。

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