幽霊人形

 テオドールがなんかおかしい。


 テオドールを引き取ってから、部屋の中では常に一緒にいるようになった。


 かわいいし、もふもふしてるから癒し効果があるので気づいたら抱き抱えてしまう。

 勉強するときは膝の上に置いているし、寝るときは枕元に忍ばせている。


 とはいえ、学園へ行く際にはさすがに連れて行けないので寮の部屋に置いて行くのだ。

 子どもじゃないのだから、ぬいぐるみを持って登校なんてありえない。

 あたりまえである。


 なのに、気づいたら私の席にテオドールがいる。


 たしかに部屋に置いてきたはずなのになぜかいる。

 軽いホラーである。


 あるいは誰かが謎の気を利かせて持ってきてくれたのか。だとしたら知らない間に知らない誰かが私の部屋に侵入しているということになる。

 やっぱりホラーである。


 学園に来てしまったのなら仕方ないのでその日はテオドールと一緒にいるのだけど、次の日に部屋に置いて登校してもやっぱりいつの間にか私の席に現れる。


 1日目、2日目、3日目。

 それだけ続くとさすがの私も諦めて最初からテオドールを連れて登校するようになってしまった。


 クラスメイトから微笑ましそうな目で見られるし、アンリエットからは揶揄われるし。

 恥ずかしいけれど、もうすでに慣れた。悲しいことに。


 不幸中の幸いというか、テオドールのインパクトが強すぎたようで私のオッドアイにはあまり触れられなかったのはよかった。

 私の厨二病化よりも女児化の方がみんな気になったのだ。

 やっぱりあんまりよくないかも。


 そんなこんながあったけど、ひとまず今日は学園が休みだ。

 朝早起きしてしっかりと準備を整えると、足早にダンジョンへと向かった。


 もちろんテオドールは部屋に置いてきた。

 ダンジョンは危ないから、戦闘の中で失くしてしまったり傷つけてしまったりしたら嫌なので。


 だと言うのに。


「テオドール、なんでいるの?」


 そんなふうに呟く私に返ってくるのは、物言わぬテオドールのガラスの瞳だけ。


 ヴィクトの活躍と『智慧の義眼』のおかげでダンジョンを順調に攻略を進めていた私だったのだけど、しくじってしまった。

 10階のボスであるEランク魔物『フットラビット』にしてやられたのだ。


『フットラビット』自体はヴィクトの敵にもならない強さだったのだけど、この魔物はとにかく多くの仲間を呼んで集団で攻撃をしてくる魔物だった。


 いくらヴィクトの方が強さが上とはいえ、敵が多ければ単純な手数の問題でヴィクトのカバーが間に合わなくなってしまう。


 そうして前衛のヴィクトを抜けてきた魔物が応援係の私に殺到してきたのだ。

 私もレベルが上がって能力が向上しているので『フットラビット』の数体くらいは倒せるけど、ヴィクトよりも圧倒的に弱い私じゃ多勢に無勢。


 ちょっとやばいかもと思ったときに、周りに殺到していた『フットラビット』がまとめて吹き飛んでいった。

 私は何が起こったのかわからないまま、怒ったヴィクトが『フットラビット』を殲滅して気づいたら10階のボスを攻略していた。


 その後激戦を切り抜けてほっと一息ついた私の足下に、いたのだ。

 テオドールが。


「もしかして、テオドールが助けてくれたの?」


 ぬいぐるみは黙して語らない。


 だけど、今までのテオドールの不可解さに加えて今さっきの出来事。

 私の危機を察知したテオドールがどうやってかここに来て、群がるフットラビットを吹き飛ばしてくれたんじゃないかなんて思ってしまう。


 だから私はテオドールのことを鑑定してみた。


「『物霊デミ・スピリット』……テオドールって魔物だったんだ」


 驚きはぶっちゃけない。

 だって今まであまりにも不自然だったから。むしろ納得しかない。


物霊デミ・スピリット』はE級の魔物。

 名前の通り物に宿った霊で、超能力が使える。

 霊なので魔物の分類で言えばアンデッドだけど、実際は人の霊が物に宿って生まれるのではなく物が意思を持って生まれる存在。


 なので霊魂というよりも自然意思が具現化して生まれる精霊に近い魔物だとか。


「マスター、知ってたよね」


 私は確信を持って呟く。

 なんか思わせぶりなことばっか言ってたし。

 もしかしたら、あの店の人形がみんな物霊デミ・スピリットって可能性すらある。

 あとで聞かなきゃ。


「とりあえず今は……『契約コントラクト』」


 魔物であることが判明したテオドールと契約する。

 これでヴィクトに続いて2体目の契約魔物だ。


 相変わらず声を出すことはできないテオドールだけど、契約する際抵抗が一切なかったしなんとなく喜んでくれてそうな雰囲気は感じる。


 その後、11階へと降りたところで今日の探索は切り上げることにした。

 今日だけで2階から10階まで攻略して肉体的に疲れたし、ピンチになったりテオドールのことがあったりで精神的にも疲れたからだ。


「んー……疲れた」


 外の空気を吸って伸びをする。


「もう夕方だ」


 ダンジョンを出るとすでに日が傾いていた。

 朝からダンジョンに潜って、夕方に出てきたのだからそりゃ疲れるよね。


 でも今日1日でレベルがかなり上がったし、危ないところはあったけど満足だ。


 残念なのは迷宮器が出てこなかったこと。

 初めての探索で手に入ったものだから、もしかしたらって思ったけどそんな甘い話はない。

 前回はやっぱりただのビギナーズラックだった。


 魔石と素材を換金するためにギルドに行く。


「わぁ、すごい人だ」


 夕方なのもあってギルド内は冒険者でごった返していてワイワイと賑やかだ。


 今日は先週のメガネの人がいなかったので、他の受付さんのところに並んだ。

 それにしてもすごい人が多い。


「これはだいぶ待ちそうだなあ」


 冒険者は労働者としてかなり自由な働き方ができるけど、基本的に朝か昼から活動を始めて夕方に終える人が多いらしい。

 そんなわけで、今の時間は冒険者の帰宅ラッシュみたいなもの。失敗したよ。


 その後かなりの時間を並んで、やっと私の番が来る。


「換金とカードの更新お願いします」


「はい、こちらに」


 お金を受け取りギルドカードの更新もしてもらった。


 王都のギルドでは王都ダンジョンの攻略度で等級を決める。

 下級の冒険者にもっとも重要な指標は強さだ。

 なのでダンジョンを攻略しているだけでD級くらいまでは上げられる。

 それ以上の等級になるには他にも条件が必要になってくるらしいけどね。


 11階に到達した私は、F級冒険者として認定された。

 冒険者の等級は同じ等級の魔物を確実に対処でき、かつ1つ上の等級の魔物と互角以上に戦えることを保証するものだ。


 王都ダンジョンの1階から10階に出現するF級魔物を簡単に討伐できて、1階から10階のボスであるE級魔物を倒すことができた私はF級冒険者の資格ありということ。

 本当はヴィクトの後ろで応援してるだけだけどね。


「もうこんな時間だ」


 ギルドを出ると外はすでに真っ暗だった。


 テオドールのことを聞くためにブロカンテを訪れようと思っていたけど、今日のところはやめにする。

 今からブロカンテに行っていたら寮の夜ご飯に間に合わない。

 順番待ちに時間を使いすぎたのだ。


 仕方ないので今日は寮に帰ってブロカンテには明日行くことにした。

 明日も学園は休みだから、ブロカンテに行く前にまずダンジョンだ。

 11階に挑戦するのが今から楽しみ。

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