古物商

 喫茶店の奥の部屋には、マスターが集めた古物が所狭しと並べられていた。


 柱時計や棚といった家具から、皿やカップにカトラリーといった食器類、楽器に本といった趣味のもの、果ては剣や槍などの武器の類まで。


 広い部屋の中を埋め尽くすほどの古物たちが雑多に置かれているここは、なんだか不思議な魅力があった。

 ここにあるすべてのものにそれぞれの歴史があって、最終的にこの喫茶店にやってきて今私の前にある。そんなふうに考えると、いろんなものが特別に見えてくる。


 今ならアンティークとかビンテージを集めるのが趣味の人の気持ちも多分わかるよ。


「どうだ、悪くないだろう?」


 そんな言葉に私は頷いて返す。

 古物たちに見入っていた私に尋ねてきたマスターの顔は、好きなものを自慢する少年のように誇らしげだ。


「冒険者にとって有用なものもあるぞ」


 棍棒を持っていたことから、私が冒険者であることを見抜いたのだろう。

 歩き出したマスターについて行くと、そこには指輪やブレスレットなどの装飾品に加えて鞄や服などが置かれていた。


 置かれている鞄を手に取ってみる。クラシカルな赤茶色の鞄で、レザー素材特有のしっとりとした手触りが高級感ある一品だ。

 しかし鞄を開けてみると、不思議なことに中が見えない。見えないというか、真っ暗というか。


「もしかして、迷宮器?」


 不思議な道具は基本的に迷宮器。そんな適当な感性のまま尋ねてみると、どうやら正解だった。


「正解だ。ここにあるのは全部迷宮器だよ」


「全部!?」


 予想以上の答えが返ってきた。

 ここにある全てが迷宮器だとしたら、とんでもない宝の山だ。迷宮器はどれもこれも高価なものばかり。


 ダンジョンの1階で手に入った指輪に5千ルタの価値が付くくらいだ。そんな迷宮器がここにはたくさんある。

 当然私の指輪よりも価値があるものがほとんどだろうし、ここにあるものだけでいったいどれだけのお金になるのか。

 というか迷宮器は古物というジャンルでいいのかな。


「ちなみに嬢ちゃんが持ってる鞄は一千万ルタな。ここにあるものを全部入れてもまだまだ余裕がある魔法鞄だ。腐敗停止も付いてる」


「ひゃあ!」


 即座に鞄をもともとあった場所に戻した。

 そんなの国宝級の迷宮器でしょ。

 もっと大事にしまっていてほしい。指紋とか付いたけど大丈夫かな。

 あまりの衝撃に慌てる私を見て、マスターは愉快そうに笑う。


「嬢ちゃんは欲しいものとかあるか?」


「えぇと」


 考えてみる。

 この鞄は欲しい。高位冒険者には必須の便利迷宮器な魔法鞄。これはデザインもいいから、なおさら良い。


 でも正直なところ今の段階ではまだ魔法鞄は必要ない。

 もちろんあれば便利なのは間違いないけど、もっとダンジョンの下層の方まで行けるようになってからの方が真価を発揮する迷宮器だ。


 それに、まだ弱い私がこんなものを持ち歩くのは鴨がネギを背負っているようなもの。

 もし情報が漏れれば厄介ごとを呼ぶことになってしまう。最悪、同業者や暗殺者に狙われたりとかあるかも。怖い。


 というかそもそも一千万ルタなんて払えるわけがない。

 日本円にして一億円だ。農家の娘が買えるものじゃないよ。

 となると欲しいものは。


「鑑定の効果がある迷宮器ってありますか?」


 鑑定の迷宮器が欲しい。

 手に入れた迷宮器をいちいちギルドに持ち込まずともその場で能力を見ることができるようになるし、敵の分析も可能になる。


 あと、なんといっても一番大事なことは自分やヴィクトの能力を視覚化できること。

 ダンジョン攻略はゲームで例えるならばハクスラと似ている。

 その醍醐味はどこまでも強くなり続けることだと私は思う。


 敵を倒して、成長して、次の階層へ行って、もっと強い敵を倒して、もっと成長して。

 そうして成長して行く自分の能力を見て一人で達成感や満足感に浸り、それ自体がモチベーションとなるのがハクスラというものだ。


 自分の成長が確認できないハクスラは、ライスの無いカレーみたいなもの。鑑定の迷宮器は充実したダンジョンライフに必要不可欠なのである。


「ほう、鑑定か。直接戦闘に関係あるものじゃないんだな」


「私の魔法、召喚魔法なので!」


 戦うのは私じゃなくて私と契約した魔物たちなので私用のすごい武器とかいらないのです。


「へぇ、召喚士か……! 驚いたな」


 驚愕するマスター。私が魔法鞄の値段に驚いたときと真逆の立場だ。


 シトルイユ王国の記録では召喚魔法を使う召喚士の存在は建国時代まで遡らないと出てこない。

 そんな超希少魔法ゆえに、マスターのようにその珍しさを知っている人はみんな驚く。


 もっともあまりにも希少すぎるマイナー魔法なので、大半の人はその存在を知らず「ふーん、何それ」としか思わないっぽいけど。


「それで、鑑定の迷宮器だったな?」


 マスターは笑みを浮かべて「なら、こいつだな」と私にそれを差し出してきた。

 手のひらにコロコロと転がる球体。透き通る真紅の球体結晶は、宝石のように綺麗で神秘的だ。


「これ、迷宮器ですか?」


「ああ。『智慧の義眼』って迷宮器だ」


「義眼」


 義眼の用途なんて一つだ。嫌な想像をしてしまう。

 いくら鑑定の能力を持った迷宮器とはいえ、健康な眼を抉り出してこれと入れ替えるなんて絶対に嫌だ。


「そう嫌そうな顔をするな。これは迷宮器だぞ、普通の義眼とは違う」


 そう言ったマスターは義眼に魔力を込めた。

 すると、手のひらの上から義眼が消え去る。マスターの顔を見ると彼のグレーの目の片方、左目の虹彩が赤色へと変化していた。

 宝石のような神秘的な色合いの赤は『智慧の義眼』と同じ色。


「それが……」


「ああ。こうやって装備することで使う迷宮器なんだよ。ちゃんと解除もできる」


 そう言ったマスターの目の色が元のグレーへと変わり、その手のひらにはさっき消えた義眼が戻ってきていた。


「使ってみるか?」


 手渡された赤い球体をじっと見つめ、意を決して魔力を流して装備する。

 すると、やっぱり手のひらから義眼は消え去った。


「ほら、鏡だ」


「どうもです」


 手鏡を覗くと、ちゃんと私の左目が赤く染まっていた。 

 ヘーゼルの右目と真紅の左目のオッドアイ。

 視界はどうなってるのかと、右目だけ閉じてみるけど問題なく見えるので義眼にも視力はあるみたいだ。


 では一番大事な機能はどうなのかと、自分の手のひらに焦点を合わせて鑑定能力を使ってみる。


 すると、ちゃんと自分の能力を見ることができた。視界にゲームのステータスみたいな情報が出てくるわけではなく、脳内に浮かび上がってくる感じだ。

 その情報によると私のレベルは現在3であるらしい。


「私、よわい」


「まぁ、駆け出しなんてそんなもんだろ」


そう言って笑うマスターのレベルはどんなものなのかなんて思ったけど、見るのはやめておく。

 人のプライバシーを覗くみたいでなんとなく咎められたのだ。

 敵とか犯罪者相手なら自分の安全のためにも迷わず見ると思うけど。


 それにしてもこれはまたすごい迷宮器だ。

 というか、さっきの鞄もそうだけど迷宮器ってなんでもありだね。本当に不思議。


 でも直接移植するような義眼じゃなくて、解除もできるならこれはとても有用な代物だ。

 さっきギルドで見た鑑定の迷宮器と違って両手が空くし、見るだけで鑑定できるわけだから無駄がない。


 それだけじゃない。

 わざわざ虫眼鏡を向けたりなんかしてたらこれから鑑定するぞって宣言しているようなもの。

 でもこっちの迷宮器なら鑑定される側も鑑定されたことに気づけないんじゃないかな。


 一見すると迷宮器を装備してるなんてわからないから奪われる心配もなさそうなのもいい。


 多分、この迷宮器は鑑定の能力を持ったものの中でも、すごくいいものだ。

 オッドアイが厨二病チックなことくらいしか欠点は見当たらない。私の心の天秤はもうすでにこの迷宮器を購入したいという気持ちに傾いている。


 となると、当然ながら気になるのは値段である。こんなに有用な迷宮器、ものすごく高そうだ。


「これ、いくらですか?」


「そうだな……鑑定の迷宮器の中では間違いなく破格の逸品だが、効果に関しては普通の鑑定と変わらんからなぁ」


 腕を組んで少し考えたマスターは、答える。


「百万ルタでどうだ?」


 その言葉を聞いた私は、思わずがっくりと肩を落としてしまった。


「買えないです……」

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