人形だらけの喫茶店

「こちらが買取査定額となります。ご確認ください」


「どうもです」


 かっちりと制服を着こなすメガネのギルド職員から、今回のダンジョン探索で手に入れた魔石やらの換金額を受け取る。

 ホブゴブリンの持っていた棍棒は売らずに私自身が使うことにしたので、それ以外の分だ。

 

 シトルイユ王国で使われる通貨は『ルタ』という。

 高額の紙幣と低額の硬貨を併用した使いやすい通貨だ。


 ゴブリンのF級魔石が一つ2ルタ、ボブゴブリンのE級魔石が5ルタに角が10ルタ。回収したゴブリンの魔石は84個あったので、今日の稼ぎは合計すると183ルタとなる。


 安いパンや屋台の串焼きなんかが10ルタで購入できることから、日本円にすると1ルタがおよそ10円くらいの価値だ。

 とすると、183ルタは1830円ということになる。日雇いの肉体労働者の日給が800ルタくらいなのと比べると、とんでもなく安い。


 まぁ、危険が全くと言って良いほど少ないダンジョンの1階で稼げる額なんてこんなものだろう。


 冒険者はローリスクローリターン、ハイリスクハイリターンの極みみたいな職業。掛け金は自分の命だ。

 ダンジョンの深層に潜れるような強い冒険者は迷宮器が手に入らなくても、素材売却だけで一日十万ルタ以上稼ぐ人もいるらしい。


 もちろん迷宮器が手に入ればその稼ぎはさらに跳ね上がる。

 夢のある話だ。


「鑑定もお願いしていいですか?」


 もらった換金額から鑑定の代金となる百ルタを取り出して、鑑定のお願いをする。


「ふむ……良いでしょう。私がやります」


 ちら、とギルド内を見渡して私の後ろに誰も待っていないことを確認した彼は頷く。

 ギルドには受付がいくつかあるが、ここが一番空いている。というか私以外誰も並んでいない。

 それは人が少ない時間帯というのもあるけど、この受付の職員が原因だろう。


 メガネをかけた神経質そうな細身の男性で、三白眼の鋭い目つきをしていて愛想のかけらも感じない。

 はっきり言ってちょっと怖い。


 それに比べて、他の受付は綺麗どころを集めたような女性ばかり。なのでみんなそっちの受付を利用するのだ。

 男女比が男に偏った冒険者稼業ではなおさら。

 私もここが空いてるから利用しているのであって、もし他の受付が空いていたらそっちを利用するよ。


 彼は虫眼鏡のようなものを取り出す。

 これが鑑定の効果を持った迷宮器なのだろう。私も鞄の中からダンジョンで手に入れた指輪を取り出して、彼に手渡した。


 虫眼鏡を指輪に近づけて、それを覗き込むとすぐに鑑定は終わったらしい。


「……魔力を底上げする迷宮器ですね。効果はそれほど強くはないですが」


「そうですか……」


 その言葉に肩を落とす。


 迷宮器の中ではよくある魔力を上げる効果を持ったもの。効果が強くないのも1階で獲得したことを考えれば当たり前の話だ。

 少し残念だけど、そんなもんだ。


 返却された指輪を付けてみると、たしかに魔力が上がった感覚がする。体感で二倍になったかな、といった具合だ。

 これなら私のレベルが低い間はそれなりに有用かな。


「売ったらいくらくらいになりますか?」


「ふむ……おそらく五千ルタほどでしょう。効果も効果量もありふれたものですが、この指輪は造形が美しい。装飾品としての価値も加味すれば、悪くない品だと思います」


「おー!」


 思ったより高値がついた。

 ゴブリン84体とホブゴブリン1体を倒して手に入ったのが183ルタなのを考えるとかなりの金額だ。


 もっとも、今日はかなり運が良かっただけだと思うけど。

 聞いた話では迷宮器はかなりの頻度でダンジョンに潜る冒険者が、月に一つか二つ見つけられるかどうかだとか。

 きっと私は相当なビギナーズラックを発揮したのだろう。


「ギルドの方で買い取りますか?」


「うーん……聞いといてなんですけど、やっぱりやめときます」


 効果が弱いとはいえ今の私にとっては有用だし。

 なんといっても初めて自力で手に入れた迷宮器だ。それも初めてのダンジョン探索で。


 思い出はプライスレスというか、そんな感じの気持ちがある。記念品みたいなものだ。


 特に気分を害した様子もなく「そうですか」とだけ返した彼にお礼を行ってギルドを出た。


 寮に帰るにはまだ早い時間なのもあって屋台で買い食いしつつ迷宮区をブラブラ。

 ガラの悪い人が多いこの区だけど、巡回している衛兵も多いから治安は意外と良かったりする。昼間なら私みたいな未成年の女の子が出歩いてても安全だ。


 目的地も決めずに適当に散策していると、気になる店を見つけた。


「人形だらけの……喫茶店?」


『喫茶ブロカンテ』

 喫茶店と名乗りつつ店先のディスプレイに前世で言うところの西洋人形のような人形が並べられている。

 陶器の肌とガラス玉の綺麗な目、よく手入れされた美しい髪と綺麗な衣装。

 人形自体は可愛い。


 だけど大通りから外れた日当たりの悪い路地にひっそりと佇んでいるので、おどろおどろしいというか。

 なんだか妙な雰囲気が出ている。一言で言うと不気味だ。


 私はこの手の人形に忌避感があまりないので平気だけど、怖い人はそうとう怖いんじゃないだろうか。


 今にも動き出しそうというか、今動かなかった?

 気のせいだよね。


「喫茶店には見えないけど」


 こんな外観なので、本当に喫茶店なのか疑わしい。

 だけど興味がひかれたので入ってみることにする。

 しばらく歩いて喉が渇いたので休憩するにはちょうど良いタイミングだし。


 重厚感のある木製のドアを開くと、ちりんちりんと鈴が鳴る。

 鼻腔を刺激するコーヒーの香りが漂う店内は落ち着いた内装で、いくつかのカウンター席とテーブル席が並ぶ喫茶店らしい喫茶店だった。


 そんな店内を見て、ちゃんと喫茶店だったのがわかって少しホッとする。


 ただ、やはりというか店内にも多くの人形が飾られていた。

 きっと、こういうコンセプトの喫茶店ということなのだろう。

 人をかなり選ぶとは思うけど、好きな人は好きそうなコンセプトだ。お客さん私の他にいないけど。


「いらっしゃい」


 入店した私に、渋い男性の声がかけられる。

 カウンターの向こうでコーヒーカップの手入れをしている彼が、この店のマスターなのだろうか。


 服の上からでもわかる鍛えられた体をした大柄な男性だ。スキンヘッドに鋭い目つき、左頬から鼻まで刻まれた傷痕が目立つ強面の顔。

 どう見てもカタギには見えない男だ。間違ってもこんなファンシーな人形喫茶にいていいタイプの人間ではない。


 マスターの見た目が怖すぎるよ。

 ちょっと怯んでしまいそうだ。


「こ、こんにちは……」


「ご注文は?」


「……おすすめで」


「そうか」


 おすすめを注文してカウンター席に座る。

 しばらく待つと、マスターが私の前へとコーヒーとパイをことりと置いた。


「待たせたな。当店自慢のブレンド、それから今日のおすすめのカボチャのパイだ」


 ふわりと広がるコーヒーの上品な香りと、くどくなく適度な甘さに抑えられたカボチャのパイ。

 コーヒーはすっきり目の飲みやすいブレンド。カボチャのパイは生地はさくさくで中はしっとりと絶品。


 人形だらけに強面マスターとなんとも奇抜な喫茶店ではあるけれど、コーヒーもパイもすごく美味しい。

 穴場を見つけたようなちょっとした幸せな気分になる。


 美味しいコーヒーとパイに舌鼓を打ちながら、マスターと軽い雑談していると随分とリラックスしてきた。

 マスターはその見た目によらず気さくで、話してみると全然怖くない。

 人を見た目で判断しちゃって反省だ。


 マスターとかなり打ち解けてきたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみることにする。


「この喫茶店はなんで人形が飾られているんですか?」


 私の座るカウンターの隣に置かれていたテディベアのようなぬいぐるみを抱き抱えて、私は尋ねた。


「こいつらは人が好きでな。ディスプレイの方は街を眺めるのが好きなんだ」


 マスターはまるで人形に意思があるかのように語る。

 なかなかお茶目なところもあるみたいだ。


「そうじゃなくて、ここって喫茶店ですよね。どうしてこんなに人形が?」


 マスターは私の質問に得心がいったように頷く、


「ああ、喫茶店と一緒に古物商もやってるんだ。人形はよく引き取り依頼が来るものでな」


 どうやら喫茶店と古物商を兼ねた店らしい。変な組み合わせだ。

 となると、ここにいる人形たちはかつての持ち主が手放したということ。


 人は変わるし、歳をとる。

 なんだか物悲しいけど、子どもが成長してかつての友達だった人形を忘れ去ってしまうのは仕方のないことだ。


 なんとなく、抱き抱えたぬいぐるみの頭を優しく撫でる。ブラウンの毛並みはよく手入れされているようだ。

 ふわふわ、もふもふとした手触りが心地良い。

 この店でこんなに大事にされているのなら、この子たちも報われるのだろうか。


「よかったら古物も見ていくか?」


 気になった私は頷いて、古物をまとめてあるという奥の部屋へとマスターについていった。

 

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