迷宮器

 王都ダンジョンの1階はゴブリンだけが現れる階層だ。


 ゴブリンは基本的に人間の子どもと同じ程度の力しか持たない魔物。

 群れになれば脅威だけど、成人した大人なら戦闘を生業にした者でなくとも苦労せず倒せるような弱い魔物だ。


 緑色の肌と骨の浮き出た痩せた身体、醜悪な顔貌。

 二足で歩き、四本指の器用な手を持つ上に、そこそこの知恵があり武器を操ることもできる。

 強化種ともなれば群れを率いて効率的な狩りをしたり魔法を使えたりもするらしいけど、ここに出てくる基本種のゴブリンは普通に弱い。


「ゲヘヘ」


「行け、ヴィクト!」


「ギャアアアア」


 みたいな感じで特に苦戦することもなくゴブリンたちを倒していく。


 ヴィクトが大剣を薙ぎ払えばゴブリンは簡単に吹き飛んでいくし、こいつら程度の力ではヴィクトの白銀の鎧に傷をつけることは敵わない。

 負ける要素は一つもなかった。


 ヴィクトがゴブリンを蹂躙している隣で、私は素材回収係だ。

 ゴブリンから回収できる換金可能部位は魔石だけなので手間取ることもない。

 さくさくと回収して持ってきたリュックに詰め込んでいくだけである。


「我ながらなかなかスプラッタなことしてるなぁ」


 ゴブリンの心臓あたりを短剣でぶすりとやって、魔石を取り出す。

 魔物とはいえ、ゴブリンだって一応生物。

 それを解体して魔石を取り出すなんて前世の自分にはできなかったと思う。

 でも、農家の娘だった今世の私は日頃から家畜や獲物の解体など手伝ってたので、その経験のおかげで抵抗なく魔石を取り出せる。


「慣れってすごい」


 苦戦することもなく戦うヴィクトのおかげで、ダンジョン探索の足を止められることもなく私は進んでいく。

 1階には罠も無いので楽なものだ。

 ときおり他の冒険者とすれ違うと、ヴィクトの姿にびっくりされてしまうくらいのアクシデントしか起きない。

 ヴィクトがゴブリンを狩り、私が魔石を回収する。それをひたすら繰り返す。

 とても順調だ。


 このダンジョンに潜る前にある程度下調べしてきた。

 王都ダンジョンは入ってすぐの浅層。ある程度の深さまで進んだ深層。さらにその下の、未踏域と大雑把に分類されている。

 当然ながら、下の階層に行くほど敵が強くなり罠も悪辣になっていく。


 敵の強さがB級に達する40階くらいからが深層。それ以前の階層が浅層。

 そして人の力の及ぶ限界とされる70階以降が未踏域。

 未踏域の魔物は極めて強力で、最高位のA級冒険者がパーティを組んでも死の危険が常につきまとう。

 王都ダンジョンの公式に発表されている最高到達階層は73階。未だ終点が知られていない未攻略のダンジョンだ。


 そんな危険なダンジョンだけど挑戦する者は多い。

 ダンジョンは不思議なもので魔物を生み出す他に、武具や道具などのお宝も生み出す。

 そのお宝の名は迷宮器。

 ダンジョンで手に入る特殊な効果を持った武具や道具の総称だ。

 強力な迷宮器を手に入れれば大きな戦力アップに繋がる。あるいは売ってしまえば、ものによっては一生働かなくても良いほどの金銭を得られる。

 そんなわけで、一攫千金を狙う人たちがダンジョンに潜るのだ。


 手に入れることのできるお宝は下の階層に行けば行くほど良いものが見つかる。

 さっき一つだけ宝箱を見つけたけど、入っていたのはなんと干し肉。

 1階じゃろくなものは出てこなさそう。さっさと次の階層に行くべきだ。


「この先がボスだね。わかりやすい」


 しばらく探索するとこのダンジョンに入ってきたときに見たような広い広間が見えた。

 奥にはこれみよがしな大きな両開きの扉が鎮座していてその先がボス部屋だと一瞬で理解した。

 広間にはボス戦の順番待ちをしているのか数組の冒険者がたむろしている。

 案の定ヴィクトの姿に驚かれたけど、誤解を解いて私も順番待ちに加わった。


 1階のボスは事前に調べた情報ではホブゴブリン。

 ゴブリンの強化種だけど、多少強化されただけでそんなに強くないらしい。

 魔物の大まかな強さの指標として分類される等級としてホブゴブリンはE級。ついでにゴブリンがF級で、ヴィクトの種族である霊鎧騎士リビングナイトはD級だ。

 そんな感じなので、おそらくヴィクトなら難なく倒せる魔物のはず。

 弱いボスなので他の冒険者が倒すスパンも短く、順番待ちはどんどん消化されていく。


 すぐに私の順番が来てボス部屋へと入る。

 すると扉がひとりでに閉まってしまった。別に閉じ込められたわけではなく、内側からなら開こうと思えば普通に開けるらしいので焦ることはない。

 ボス部屋の魔物は自発的にはここから出られないので勝てそうにないなら逃げることも選択肢の一つだ。


 ボス部屋はとても大きな開けた空間になっていた。

 部屋のちょうど真ん中あたりに黒いモヤが集まっていく。たちまちに形を変えていき、やがてモヤが晴れるとそこには大きなゴブリンが現れる。


 普通のゴブリンと比べると、身長が人間の大人くらいまで高くなっていて身体も筋肉質。

 手には大きな棍棒を持っており、なんだかかなり強そうに見える。

 でも、見た目で言えばヴィクトの方がもっと強そうなので怖気付くことはなかった。


 私を見て鋭く睨むホブゴブリンを精一杯の威圧感を出しながら睨み返してヴィクトに一言、告げる。


「やっちゃえヴィクト!」


 その言葉と同時に飛び出したヴィクトはホブゴブリンに迫り、大剣を振るう。

 しかしホブゴブリンは普通のゴブリンとは違って、さすがに一撃で終わりとはいかないようだ。


 反応すら許さずゴブリンを屠ってきたヴィクトの攻撃を手に持った棍棒を盾にすることでなんとか防ぎ、果敢に反撃を繰り出す。

 ヴィクトも今までのゴブリンのようにはいかないと判断したようで、ギアを変えて大剣を操り出した。


 やはり地力ではヴィクトの方が圧倒的に上だ。

 E級のホブゴブリンとD級の霊鎧騎士リビングナイトの戦力差はそう簡単には埋まらない。

 本気を出したヴィクトが瞬く間にホブゴブリンを追い詰めていき、敵はなすすべもなくやられるばかり。


「ギャアアアアアアア!!」


 それからすぐホブゴブリンは断末魔の雄叫びをあげて倒れる。

 ヴィクトの完勝だ。


「ありがと、ヴィクト!」


 騎士のように立膝をついて敬礼するヴィクトを労う。

 そこで気づいた。さっきまで何もなかった場所に、素敵なものが出現しているのだ。


「は! 宝箱!」


 ボスの討伐報酬といったところだろうか。

 喜び勇んで突撃し、宝箱を開けると中から出てきたのは指輪だった。

 水色の宝石が嵌ったシルバーのリングで、光を反射してキラキラと輝く姿はとても綺麗だ。


「これが迷宮器……」


 ダンジョンで手に入れたものだ。ただ綺麗なだけの指輪じゃなくて、この指輪は迷宮器。

 なんらかの効果があるはず。ギルドで鑑定してもらわないとどんな効果があるかわからないけど。


 初めてのダンジョン探索でいきなり迷宮器が手に入ったのはとても嬉しいし達成感がある。

 多分、こうやって小さな達成感を積み上げていくことで人はダンジョンに熱中していくのだ。

 私はヴィクトの後ろで応援してただけで直接戦ってないけどね。


 その後、ホブゴブリンから換金可能部位である魔石と角を剥ぎ取ってついでに武器の棍棒も回収した。

 この場所でやり残したことがなくなったので、入ってきた扉とは逆側の階段を降りて2階へと降りた。


 2階も1階と同じような景色で変わり映えはしない。

 本当はもっと探索したいけど、初のダンジョンで慣れていないせいか思ったより疲れたから今日はここまでにすることにした。

 ヴィクトの影に隠れているだけとは言え、ここは一応命のやりとりの場所だ。

 慣れないうちは慎重にやってこう。


 入口の広間の脇にある魔法陣の上に立って「1階へ」と呟けば景色がぐにゃりと歪んだ。

 1階と2階で景色が同じなのでわかりづらいけど、これで1階に戻ってこれたはず。


 ダンジョンでは各階層の入口の広間に設置されている魔法陣で行ったことのある階層へと移動できる。

 なんとも都合の良い便利機能だけど、使う側からしたら大助かりなので疑問やらなんやら飲み込むことにした。

 きっと全部乙女ゲームってやつのせいなので。


 私は来た道を返して階段を登り帰路に着いた。


 手に入れた迷宮器の指輪。

 いったいどんな効果があるのか、楽しみだ。

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