そんなことよりダンジョンだ

 入学初日に、さては乙女ゲームだな。

 なんて思ったけどやっぱりそんな感じの人が集まったクラスだった。


 ヒロインっぽい平民特待生の女の子。そんなヒロインにやたらと絡みに行く第二王子。

 そして鋭い目つきでヒロインを睨む悪役令嬢っぽい公爵令嬢。

 さらに宰相の息子と騎士団長の息子と大商人の息子とエトセトラ。

 見事に揃って美男美女のこてこてなメンツである。


 私も立場で言えばヒロインと同じ平民特待生。

 なので第二王子に一度は絡まれたのだけど、アンリエットが対応してくれたので無難にやり過ごした。

 一週間で作り上げられた私への周囲の印象は、きっとアンリエットの従者的な何かだ。

 大貴族の娘と、その家に後見されている領民の娘。その関係性を知ればそこに疑問を抱く人はいない。

 こうなってくると第二王子の関心もヒロインの方に集中するようになった。


 私はヒロインや第二王子たちとあまり関わろうとは思わない。

 この世界が乙女ゲームだとして、前世においてそのゲームを実際に私がやったことはない。

 だから、この先何が起こるか私は知らない。


 彼女たちに私が関わった結果の不都合があったとして、それがこの世界にどんなふうに影響するのか予想ができない。

 なので私は乙女ゲーム関連の人たちにはなるべく関わらない方針だ。

 私の知らないところでハッピーエンドを目指していてほしい。


 そんなこんなは置いておいて。

 今日はレヴール王立学園に入学してから初めての休日だ。


「わぁ、冒険者ばっかり」


 私は学園の寮を朝早くから出て王都のある一角を訪れていた。

 周りには一目で戦いに身を置く人だとわかるような剣や鎧といった武具を身に纏った人が多い。

 それに合わせて武具や戦闘に役立ちそうな道具を売る店に酒場などが立ち並んでいる。

 どこか物々しく、粗野で荒くれた雰囲気でありながら活気に溢れたにぎやかな場所だ。


 国一番の広大な都市である王都は学園区や農業区、工業区などいくつかの区画に分かれている。

 ここはその一つである迷宮区。

 王都に唯一あるダンジョンを中心にした迷宮区は、王都中の冒険者が集まる区画だ。


 なんで私が迷宮区に来ているのかというと、当然ながらダンジョンに潜るためである。

 転生を自覚して前世の記憶を取り戻した私は、すぐにでもここに来たかった。

 この世界が剣と魔法のファンタジーだと知っていて、なおかつダンジョンまで存在する。現代人がそんな魅力的な代物に惹かれないわけがないよ。


 学園生活がひとまず落ち着いたらすぐに行こうとずっと考えていた。

 そんなわけで学園に入学してから最初の休日の今日、満を辞してここに来たというわけなのだ。


 まず私は、冒険者ギルドにやってきた。

 すぐにでもダンジョンに行きたいところだけど、ダンジョンに入るには冒険者登録が必要なのだ。

 朝の時間帯だけど人はそれなりにいて、受付に少しの間並んでから私の番が来た。


「冒険者の登録、お願いします」


「では、こちらに名前など記入してください」


 受付の女性からそう言って渡された紙へと名前や出身などを記入していく。

 冒険者はランクを上げるのは難しいけど、なること自体は簡単だ。

 ただこの紙に自分の情報を記入するだけで登録完了なのだから。


「はい、これで登録は完了です。ギルドカードは再発行にお金がかかりますので、なくさないようにしてください」


「はーい」


 発行されたギルドカードに書かれている私のランクはG級。

 もちろん一番下の等級。

 この等級は正式な冒険者というよりも、見習いのようなものだとか。

 ここから実力を示すことで、等級は上がる。

 最高ランクはA級。英雄と呼ばれるような実力者揃いのランクだ。

 私もいつかA級になりたいな。


 冒険者ギルドでやることは終わった。

 ギルドを出てダンジョンへとやってきた私は、入り口に立つ衛兵にギルドカードを見せる。


「入ってもいいですか?」


「む。駆け出しだな? 学園の生徒なら10階ぐらいまでは問題ないだろうが、油断しないように」


 レヴール王立学園の入学には実技試験である程度の能力を示す必要がある。そのため、戦う力はみんな持っている。

 私の着ている服を見て学園の生徒だと判断した彼は、私ならダンジョンでも問題ないだろうと判断したようだ。


「気をつけます」


 道を開けてくれた衛兵にそう返して、ダンジョンへと入っていった。


 王都のダンジョンは地下へと降りていくタイプのダンジョンだ。

 地下に続く階段を進むと大きな広間に出た。

 周囲は薄暗いけど視界は十分に確保されていて周りが見渡せる。

 石造りの壁には淡く光る石が点々と壁に埋まっている。これが光源になって明るさを確保しているようだ。

 通路は結構広く、大人が数人並んでも歩けるくらい。天井もまあまあ高い。この広さならよっぽど大きな物でなければ武器を振り回すことは容易だろう。


 もっとも、私が武器を振り回すことはない。

 一応適当な店で買った短剣を持って来ているけど、これは倒した魔物から素材を剥ぎ取るためのものだ。

 なんと言っても私は魔法使い。それも特待生になれるような特別な魔法使いだ。

 戦うのは私ではなくて私の仲間である。

 魔力を活性化させ、魔法を唱える。


召喚サモン:ヴィクト!」


 私の魔法によって魔法陣が出現し、その中から現れたのは白銀の美しい甲冑だ。

 それぞれの手には大剣と大盾を持っていて、兜のバイザーなどの隙間からは青い燐光が漏れる。

 白銀の甲冑は、騎士のように私の前に跪いて頭を垂れた。


「ヴィクト、よろしくね」


 黙して頷くことで肯定を示した騎士は立ち上がる。

 その身体は大きく、見上げるほどだ。

 小柄な私の身長と比べて、二倍弱といったところだろうか。

 人間の身長として考えればありえない大きさだが、その大きな背中に守られるとなればかなりの安心感を与えてくれる。


 私の魔法は『召喚魔法』だ。

 契約した魔物を召喚し、その力を借りる魔法。

 希少魔法の一つで、この魔法が発現したのが私が特待生になれた理由だ。しがない農家の娘でも、国内最高の学校に通えるようになる特別な魔法。


 私が召喚した『霊鎧騎士リビングナイト』のヴィクトは私が初めて契約した魔物。

 見た目の通り攻守に優れたバランスの良い能力を持つ。


 まあ私もヴィクトも実力で言ったらまだまだだけどね。

 辺境伯家の騎士と何度か模擬戦をさせてもらったことがあるけど、ヴィクトは一度も勝つことができなかった。

 この世界、魔物やら人やらを倒すと身体能力や魔力が上がり強くなるのだ。


 意味がわからない現象に思うかもしれない。

 でもこの世界が乙女ゲームの世界だという前提があるのなら納得できる。

 要するに魔物を倒すと経験値が手に入ってレベルアップするということだ。

 そう考えれば単純明快で、ゲーマーだった私には馴染み深い。


 そんなわけなので、たくさんの魔物を倒してきた辺境伯家の熟練騎士とヴィクトとではレベルが違う。

 勝てないのは当然だ。

 今はまだ、だけどね。


 このダンジョンを攻略していってレベルをガンガン上げていけば、もっともっと強くなっていく。

 ダンジョンでは強い武器などのお宝だって手に入る。

 敵を倒して、強くなって、もっと強い敵を倒して、さらに強くなって、お宝を見つけて、魔物を仲間にして。

 そうやって際限のない強さを積み上げる。

 前世ではゲームをよくやっていたオタクだったから、私はこういうの好きなんだ。


 ヒロインとか第二王子とか悪役令嬢とか。

 そんなのよりも私はダンジョン攻略がしたい。

 乙女ゲームなんかより絶対こっちの方が楽しい。

 自然と口元に笑みが浮かぶのを自覚しながら、ワクワクした気持ちを抱いてダンジョンの先へと歩き出した。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る