第四節 ギボリム

 ミカエラが勇ましく声を張り上げて前に出る。まるで今回は自身は戦う番だと言わんばかりに。


「おい、アンタ一人で戦うつもりか?」

「ゴーレム戦ではアンタに見せ場取られちゃったからね。今度はあたしが戦って────撮れ高いただくわよ」


 不敵な笑みを浮かべ、両手に自身に武器である二丁拳銃を出現させる。

 彼女の手に握られている銃は、武器屋などで出回っている既存品ではなく、改良と改造を重ねたカスタム式の短銃である事はガンマニアであれば一目で気付く代物であった。


「あたしの名前を覚えていきなさい。五大元素銃式エレメントリガーのミカエラ・ロンギフローラム────その名をね!」


 先ずは小手調べに双銃から一発。

 銃口から撃ち出された弾丸が像の眉間に直撃して弾ける。

 直撃した銃弾は、像に僅かな銃創をつけるだけに留まり、全くダメージを受けていない様子だ。

 しかし、そんなものは予想の範疇だとミカエラは次なる一手を講じる。

 ────トリガーガードに刻まれた術式が光を帯びる。


「ノームの鉱物、サラマンダーの火種、アンダインの冷水、エアリアルの螺旋、アーカーシャの器を束ね、汝を討ち抜かん!」


 詠唱を終えると同時に引き金をひく。銃口の目に魔方陣が出現し、撃ち出された弾丸が通過すると、対戦車ライフルさながらの凶弾へと変貌し、凄まじい速度と衝撃波で像へと襲いかかる。

 この攻撃はさすがに危険だと感知したのか、左腕に内蔵されていた剣を引き出し、流れるような動きで凶弾の軌道をズラした。デカブツとは思えない程の俊敏な動きであった。


『────個体名、ミカエラ・ロンギフローラムのデータを記録』


 像が音声を発した。

 男女に混ざり合ったような、決して人間が出すことができない複雑怪奇な音質。まさに機械が発しているのが一目で分かる機械音。

 そんな機械音が、ミカエラのデータを記録したと発したのだ。


『五大元素を確認。██原理を感知。対悪性獣類ディブック殲滅用自立型機動尖兵ギボリム、天命を開始します』


 像が────自らをギボリムと呼称した自立型機動尖兵が攻勢に転ずる。

 地を蹴り、ミカエラに向かって跳躍する。この一連の動作はその巨体からは想像もつかない程に俊敏であり、見ていた者たちの度肝を抜いた。

 ミカエラも内心早いと驚愕したが、持ち前のクソ度胸で感情を抑制し、正常な思考のもとギボリムを迎え撃つ。

 尖兵の軌道上に遮蔽物を形成する銃弾を数発撃ち込み、地の魔術を発動させる。


「聳え遮り、駆ける者を追い立てよ! ベルグリシの柱!」


 銃弾を撃ち込んだポイントが隆起し、複雑な意匠がが施された柱が形成される。

 突如として軌道上に構築された遮蔽物に、ブレーキをかける事なく、ギボリムはそのまま突撃した。

 このままでは激突する未来が予期されたが、そんな予想を覆す挙動を見せる。


「はあ!? 空中で方向転換しやがったわよアイツ!」


 直線上にあった遮蔽物をスルリと回避したのだ。

 滞空中の体の制御は難しく、急激な方向転換など特別な姿勢制御のアタッチメントでもなければ不可能に近い。

 にも関わらず、ギボリムはあの巨体でやって退けた。

 賞賛に値する動きだろう。名誉ある決闘では拍手すら贈られたであろう。

 だがこれは純然たる命を賭けた死戦である為、ミカエラからすれば苦々しい感情しか芽生えない。


「こんのぉ!」


 回避したから何だというのだ。ならば、次の一手で追撃すればいいだけの話。

 ミカエラは柱の意匠を媒介して魔術を発動させる。


「剣よ、生まれ出でよ!」


 すると、柱から無数の刃が飛び出す。

 至近距離からの凶刃はさすがのギボリムを回避はできなかったようで、もろに受けてしまう。そして動きが鈍り、一瞬の隙が生まれた。

 この隙を逃がさないとばかりに、ミカエラは風と虚空の元素を編み込んだソレを、各銃口から八発ずつ────計十六発の魔弾を同時に発砲した。


「ステュムパリデスの鏃!」


 極限まで貫通力を高めた十六発の魔弾。加えて指定した座標を追尾する機能も備えており、逃れることはできない必中の痛撃である。

 遮蔽物を避けて縦横無尽に動き回る疾風の矢は、まるで獲物に群がる無数の怪鳥を彷彿とさせる。

 一瞬の隙を見せてしまったギボリムは、回避行動が間に合わず全弾を被弾し墜落した。


「どんなもんよ!」

「……意外と物騒なんだな。まさかチャカをドンパチするとは思わなかったぞ」

「何よ。じゃあどんな風に戦うと思ってたのよ」

「え、んー……こう、鞭でペシンペシンと」

「……ドン引きだわ、アンタ」


 ミカエラの反応にコメント欄が騒つく。


[鞭使いの私、遺憾の意を表する]

[ライン超えたな? 世の鞭使いたちを敵に回したぞ]

[こりゃいかんなぁ……遺憾だけに]

[え? 何か言った? もう一回大声で言って?]

[おかしいな。まだ死者の冬には早い筈なのに、なんか寒い]

[誰だよ、ネクロマンシーで屍人アンデッドを呼び出したの]

[↑取り消せよ……!!! 今の言葉……!!! ネクロマンサーはただ死後の魂を研究テーマにしてるだけだ!!! 俺たちに風評被害をばら撒くんじゃねえ!!!]

[敗北者おって草]


 一貫性のないコメントであった。鞭についての話題 もあったが、即座に流されてしまい、今では敗北者の文字がコメント欄を多くを占めていた。

 ジト目でコメント欄を眺めていたミカエラは、気を取り直して自立型機動尖兵に向けて銃口を構える。


『────脅威度ヴリコラカスを修正。敵性個体の脅威度をシュトリガと認定し、第二フェーズへと移行します』


 その音声と共にギボリムの紋様の輝きが更に強まり、辺りの空気も一層重圧的になっていく。


対魔力障壁アンチエーテルフィールド────プレーローマ起動』


 ギボリムの機体が白く透明な膜で覆われていく。

 明らかに相手の様子が変わった。あの機体から滲み出る光の出力も、ミカエラに対する認識も。

 ここから本番であると、否応なしに理解させられてミカエラは緊張をほぐすように空気を吐き出す。


 刹那────目にもとまらぬ速さでギボリムが肉薄していた。


「ッ!?」


 間一髪のところで避ける。殆ど反射的な、野生の勘に身を任せた無理矢理な回避運動。

 無茶な体勢で神速の一撃を避けたせいで、横転した際に足首を捻り、更には肩を殴打してしまった。被弾もなしにダメージを負うとは、よろしくない結果だろう。

 しかし、総合的な結果を見ればミカエラの無理な回避は間違いではなかったと言える。

 彼女が視線を動かす。ギボリムによって振るわれた一閃は、最奥の間を両断する勢いの大きな溝を作り出していた。

 背筋に冷たいものが走る。


「これ、固定砲台ではいられないわね」


 全身の骨格、筋肉、神経に至るまで魔力を行き渡らせ、身体の強化を図る。

 飛躍的に上昇したギボリムの出力は殺人的な脅威だ。一撃でも貰ってしまえば良くて両断か、悪ければミンチになるだろう。

 そんな未来など冗談ではない。起死回生の機会を伺い、大金星をあげるのだ。


「銃器使い兼魔術師だからって、動けないとは思わない事ね!」


 ミカエラが疾走する。姿勢を低くしながら駆け抜け、ギボリムの背後を取ろうと回り込む。

 そして走りながら銃口をギボリムに向け、第一工程の火の魔弾を撃ち出す。これは威力は低いが連射性が高く、魔力が続く限り機関銃のように発砲し続けられる。

 狙いを定めて掃射された火の魔弾は、ギボリムに命中────する寸前に消失し、ダメージを与える事は叶わなかった。


「はあ!? 何よそれ……! 魔力を受け付けないなんて……対魔力障壁アンチエーテルフィールド……インチキ性能も大概にしなさいよ!」


 悪態を吐きながらも足を止める事はなく、無駄だと判明しても尚トリガーを引くの辞めない。

 ミカエラの目論見は、ギボリムの背後に回る事ではなく、彼女自身が撃ち出した『ベルグリシの柱』を遮蔽物とし、狙撃手としての地の利を得る事であった。

 もう少しで目標地点に到達する。身を隠して難局を脱する手立てを思案し、魔力を無効化する障壁の突破口を練ればいい。

 後もう少し。もう数歩────のところで、ミカエラの直感が危険を察知し、本能のままにスライディングの要領で柱の影に隠れる。


『────閃葬アクティナ


 眩い閃光が、ミカエラのいた地点を通過する。そして次の瞬間、凄まじい衝撃波と爆発音で最奥の間が満たされた。

 まるで閃光手榴弾スタングレネードが弾けたような眩しさと轟音により、ミカエラは咄嗟に閉じた瞼を開ける。

 するとそこには、唖然を通り越して引き笑いをしてしまう程の惨状が広がっていた。


「……塩化してやがる」


 ギボリムが放った光線は、射線上にあった全てを抉り、爆心地を中心に塩の結晶を生み出していた。

 ミカエラはこれを知っている。塩化を引き起こす光の攻撃など、この世には一つしかないからだ。

 地に塩を、世に光をもたらす浄化の力────ソフィア教の光の力。

 魔術とは異なる原理と法則を有する、神より賜りし奇跡の力。

 それこそが、ギボリムの放った光線の正体。


「まいったわね。圧倒的なまでにあたしが不利じゃない。遠距離攻撃は障壁がある限り効かないし、だからと言って距離を取り続けてもあっちはビームを射ってくるし……あれ? 不利どころか詰んでない?」

「まあ、打つ手がない手詰まりの状態ではあるな」

「ッ!?」


 影も形も気配もなく、ティクヴァールは這い寄る混沌の如くミカエラの背後に現れた。


「はっ、はっ、はっ、心臓止まるかと思った……急に背後から現れないでくれる!? マジでびびったんだけど!」

「すまん、驚かせるつもりだったんだ」

「愉快犯! てか、アンタ今までどこで何してたのよ!」

「普通に安全地帯から観戦してたが」

「ホントに神経疑うくらい暢気ね!? あたし死にかけたんですけどぉ!」

「アンタが自分一人でやる、撮れ高ゲットだぜって言ったんだろうが」


 正論ではあった。コメント欄も『確かに言ったな』と頷くような投稿が多数見られたので、ぐうの音も出なかった。


「……だが、それも最初だけだ。あのデカブツが出力を高めた辺りからは、そうも言ってられん状況になったから、こうして来たんだよ」

「そうね。正直、アンタのその訳の分からない膂力が必要だと思ってたのよ。魔術がアレに通用しない以上、物理攻撃に頼るしかない。だから、あたしがアレの攻撃を逸らすから、その隙にアンタが全力でぶん殴りなさい」

「単純明快でなんの捻りもないシンプルな策だな。分かりやすいのは良いことだ」

「貶してるんだか、褒めてるんだか」


 軽口を叩きつつ、二人は柱を影にしたまま立ち上がる。

 合図は一度きり。移動も、攻撃のタイミングも全てぶっつけ本番。


「さあ、行くわよ。1……2……散開!」


 ミカエラが一歩踏み出し、それに合わせるようにティクヴァールも駆ける。

 両者が柱の影から出た瞬間、閃葬アクティナの第二射が開始された。

 放たれた光線は遮蔽物として使用した柱を大破させるも、射線上から外れたミカエラに命中する事はなく、ティクヴァールに至っては最小限に動きで掻い潜った為に無傷であった。

 ダメージを負っていない事を確認したギボリムは、光を集束させ、閃葬アクティナとはまた別に遠距離攻撃を仕掛ける。


多砲機関閃葬アクティノヴォロー


 あらゆる生命を一掃する勢いの光線の大群が押し寄せる。

 まさに光線のガトリングと形容できる広範囲攻撃。一直線に伸びる光線を想定していただけに、それ以外の光線は不意打ちに等しかった。

 ミカエラは急いで幾重にも重ねた障壁をティクヴァールの前に作り出し、自分はまだ破壊されていない柱の影に避難する。


「うひぃ、アイツどれだけ手札持ってんのよ」


 柱を破壊せんと、荒々しく爆ぜる音がミカエラの鼓膜に叩き込まれる。


「……でも、通常に光線よりは威力が落ちてるわね。柱がまだ壊れない」


 これならば付け入る隙はあるだろう。

 現に、弾幕の嵐の中ティクヴァールは僅かに通れる隙間を見つけ、燕の低空飛行の如き低い姿勢のまま肉薄した。

 見事な身体能力であるが、人間なのにキッショい動きしてんな、と接戦を繰り広げている味方に対してそぐわない感想をミカエラは抱いていた。

 ティクヴァールは弾幕を完全に通り抜け、ギボリムに膝蹴りを見舞う。

 その衝撃により機体はぐらりと後退し、多砲機関閃葬アクティノヴォローも停止させられた。


「よくやったわ! このデカい隙、活用させてもらうわね!」


 ミカエルは双銃を構えて術式を発動させる。

 座標はギボリムの四方八方。脳内に浮かべるは自然によって生み出された強大で強靭なる岩柱。幾星霜の時を経て、雨風によって削られ、より強硬になっていく天然の建造物。

 ただし、これは攻撃に転用するものではなく、相手の身動きを封じる為の拘束具。

 そもそも対魔力障壁アンチエーテルフィールドを展開しているギボリムに魔術をぶつけるなの愚策である。

 では、現在ミカエラは構築している魔術も無効化されてしまうのではないのか? ……その可能性を極力低くする為に彼女は地の属性のみを使用し、それを極限まで重ねている。

 地の属性は魔術界において、魔力濃度がもっとも薄く、それでいて物質にもっとも近い元素とされている。

 よって、ギボリムに有効打となる魔術は地の属性のみとミカエラは予測し、この一手に力を注いでいるのだ。


「名前は即興だけど、壮大に重ねて圧縮させた魔術よ。これで観念しやがれ! アルケイデスの巉巌ざんがん!」


 ギボリムの周囲が隆起し、鋭く尖った無数の岩柱が突き出る。

 鋭利な先端を直撃させる必要はない。岩柱を編み込むようにして出現させ、雁字搦めにするだけでいい。

 無論、相手も抵抗しようと足掻くが、そんなものは想定済みとばかりにティクヴァールが妨害する。

 そして奮闘も空しく、ギボリムは拘束衣を着せられた囚人のように身動きが取れない状態に晒された。


「今よ! キツイの打ちかましてやりなさい!」

「任せろ!」


 無防備になったギボリムに一瞬で接近し、頭部に当たるであろう部位を両手で掴む。そして、力の限りを使って首を捻じ切りにかかった。

 生物ではないにしろ、何かしらの原理で動くのであれば頭部に該当するであろう部位を捥いでしまえば機能を停止できるのではとティクヴァールは睨んだ。


「終わりだ……!」


 完全無防備のこの状態であれば、全力で力を込められるこの状況であれば、首を捻じ切るなど造作もない。

 ギボリムの首に亀裂が走り、神経の役割を果たしていたであろう金属繊維が少しずつ引き千切られていく。

 ティクヴァールが気合いを入れるように雄叫びをあげ、腕の血管が浮かび上がる程に力を込める。

 ぶちり、ぶちり────やがて、金属繊維と頸椎部分が限界を迎え、とうとう引き千切る事に成功した。


 シン、と静寂が生まれる。


「────デケェ敵、獲ったぞぉぉぉぉぉおおおおお!」


 戦利品を見せびらかすかのようにギボリムの頭部を掲げる。

 ティクヴァールに目線は、戦いの様子を最初から最後まで撮影していたドローンに向けられていた。ちょっとしたダンジョンストリーマー気分である。

 そんな彼の浮かれようにミカエラが呆れた表情でやって来た。


「何よ、それ」

「ちょっとした予行演習だ。俺、ここから出たらダンストになってみてぇんだ」

「……いいんじゃない? バズるかどうかはアンタ次第だけど、アンタの非常識っぷりはこの配信で十分宣伝できたと思うし、良いスタートダッシュは決めれるんじゃない?」

「そうか。先達が言うのなら間違いないな」


 先ずは貯蓄して機材を……と、ティクヴァールがこれから先を見据えているのを横目に、ミカエラは一先ず放置されたギボリムの頭部を眺める。

 ────これを、あたしたちが倒したんだ。

 おそらく、ゴーレムと同じで神話時代に製造されたであろう女神の機兵。ただし性能はゴーレムと比ぶベくもなく、ギボリムが全てにおいて圧倒していた。

 まあ、ティクヴァールに瞬殺されたせいでゴーレムの性能はいまいち知らないんだが。


「とりあえず、記念に写メっとこ」


 ミカエラの使用しているドローンは動画配信と写真撮影らの機能を併用できるので、配信中であっても記念撮影が可能である。

 ドローンにセルフタイマーを設定し、今時の女子たちの間で流行りとなっているポーズを取り、写真を撮ろうとする。

 画角や、写りは大丈夫かをスマホで確認しながら、ついでにコメントも確認すると、案の定お祭り騒ぎであった。


[一時はどうなるかと思ったけど、皆んな無事でよかった]

[……ところで、なんか外喧しくなーい?]

[今更。外どころかテレビのニュース、ネットニュースで超大騒ぎよ]

[そらぁ、世界各国で影響力を持つソフィア教関連の古代遺産だからな。ビッグニュースを超えて世界が動く規模よ]

[俺たちのミカちゃんもついに世界進出か]

[……お前らさぁ、敢えて触れないようにしてるんだろうけど、空気読まずにぶっこむわ。古代遺産よりイケメンの方がやばない?]

[はぁぁつっかえ。せっかく目を逸らしてたのにさぁ]

[ヤバくない訳ねえんだよなぁ! 専門家がコメントしてた既存の武器では傷つけるのは難しいって言ってた相手をさぁ! ヘッドロックで頭部ぶっこ抜きとかどう考えても普通じゃないですよネェ!? どこのマスクドライダーですかぁ!?]

[ライダーはちゃんと変身してからやってるから……素でやり切った奴と同じにしないでもろて]

「こう改めて字面を並べると凄まじいな。これが人間のやった事なんて信じられない]

[こんなのがダンストを希望ですか。いやぁ、ダンスト界隈の未来は明るいですね(白目)]


 コメント欄は『女神に遺産レイプサナ』と思しきギボリムについて言及していたが、それ以上にティクヴァールという非常識且つイレギュラーが強すぎた。

 続きを閲覧していく。


[結構な数の大手企業がイケメン君に目をつけてるらしいぞ]

[なんの装備も無しであの強さだからな。将来性は約束されてるようなもんだろ]

[……何だろう、そこはかとない不公平さを感じる]

[まあまあ、世の中の不条理を嘆いたところでよ。そんな事よりミカちゃんの記念撮影を目に焼き付けようぜ]

[ミカちゃん可愛い!]

[ミカちゃんかわいいよ!]

[配信の入りでいつも清純派を演じるけどすぐに化けの皮が剥がれるミカちゃんかわいい!]

[イジメか!]

[なあ、奥の方なんか点滅してね?]

[そういえば光ってるな]


 そのようなコメントを目にし、ミカエラは指摘された不可解な点を見つけ、スマホの画面を凝視する────ギボリムのツインアイが点滅していた。

 ハッとなって振り返る。


『出力の低下、機体の損傷を確認。機体部品パーツ切除パージ攻性型機構オフェンシブシステム切替パターンシフト粛聖形態ギディオンモードへと移行します』


 全てが遅すぎた。気づいた時にはギボリムは機体を分離させ、人間と同程度の身の丈となって復活を果たした。


「この……!」


 咄嗟に双銃を構えるが、身軽になった影響かスピードが尋常ではない程に上昇しており照準が合わない。

 流星の如き神速に翻弄され、やがて接近を許してしまい、加速を利用した膝蹴りを腹部に食らってしまう。

 防御の準備すら間に合わなかった会心の一撃は、ミカエラの内臓を抉り、血反吐を吐かせながら吹き飛ばす。

 礼拝堂の壁に激突する。衝撃により視界がチカチカと点滅する。追い討ちとばかりに後からやってくる激痛に悶絶し、思わず銃を手放してしまう。

 全てが一瞬の出来事であった。瞬く間に勝利から一変して敗北が────死が迫っていた。


「ま、まだ……まだ……!」


 しかし、ミカエラは諦めない。目には未だ抗う意志が燻り続け、戦う意思を捨ててはいなかった。

 ────だからどうした? と言わんばかりに無慈悲にして感情なき兵器は彼女の視界に現れ、生命を奪わんと剣を振り下ろす。


 ────あたしは、まだこんな所で!


 ザン、大気を裂く斬撃の音が鼓膜を叩く。


「……え?」


 ミカエラは信じられないものを目の当たりにして、言葉を失う。

 ギボリムの凶刃は────刈り取る生命に届かなかった。

 立ち塞がる者によって。暴威から護る者によって。

 目を見開くしかなかった少女は、喉に詰まった言葉を搾り出すかのように、震える声で呼びかける。


「アン、タ……」


 振り下ろされた刀身は、少女の肉を斬り裂くのではなく────突き出されたティクヴァールの、輝ける紋様が浮かび上がった腕によって受け止められ、阻まれていた。

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