第三節 古代文明
ゴーレム。
神話時代にて女神の雑兵として造られたとされる自立型機兵。
その存在は現代において架空の存在とされ、御伽話と同列に語れるものだったのだが────幻想と信じられていた存在が、現実となってティクヴァールとミカエラの前に姿を現している。
そんなゴーレムの伝説と概要をティクヴァールに説明したミカエラは、少し興奮した様子を見せていた。
「こんな、こんな事があるなんて! これは世紀の発見よ。バズり間違いなしだわ!」
ダンジョンストリーマーとしてブレない姿勢を見せ、視聴者に向かって嘯く。
この一部始終を見ていた視聴者たちも、歴史を動かしかねない発見に興奮し、狂乱怒濤としたコメントを書き込んでいく。
[うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! マジか! マジのゴーレムなんだよな!?]
[世紀の大発見どころじゃないって! 国の上層部が動くレベルだって!]
[イエーイ。ソフィア教の信者たち見てる〜? 今、我らがミカエラちゃんが女神の遺産と対峙してまーす]
若干、ソフィア教に対する煽りコメントも見受けられたが、誰もがこのダンジョンでの発見を絶賛している。
そんな彼らの熱意がミカエラのやる気に変換され、いっちょやりますかと張り切りながらゴーレムの前に出ようとする。
その刹那────ゴーレムが吹き飛んだ。
「……は?」
吹き飛ばされたゴーレムが中間フロアの壁に激突し、めり込む。
ミカエラは、ゴーレムが吹き飛ばされる光景を目にして呆気に取られた。
意味が分からない。神話時代の女神の遺産がこんなにも容易くやられてしまうなんて、脳が理解を拒んでも仕方ないだろう。
壁にめり込んだゴーレムから視線を外し、彼の自立型機兵が吹き飛んだ元凶に目を向ける。
────そこには、拳を突き出したティクヴァールの姿があった。
「……手痛ぇ」
突き出した拳をぶらぶらと振り、小声で痛みをごちる。
その反応からして、ティクヴァールが素手でゴーレムを吹き飛ばしたのだと理解できる訳で……ミカエラは「は、はあ!?」と奇声をあげながら猛接近した。
「あ、あんた何してんの!? ほんと何してくれてんの!?」
「悪ぃ、思ったより硬い敵だったわ。拳が赤くなっちまった」
「当たり前でしょ! ゴーレムは特殊な金属を用いられて製造されてるって伝説があるんだから、グーパンすれば痛いに決まってるでしょ! そんなゴーレムをグーパン一発で粉砕するアンタイズ何!?」
「捲し立てるなよ。何がなんだかよく分からん」
「分からないのはこっちの方よ!」
ティクヴァールの奇行、蛮行、普通ではない行動にミカエラは混乱を隠せない。
ゴーレムを一撃で粉砕する膂力や、神代の金属を素手で殴打しても赤くなる程度に済ませている耐久力など、色々とツッコミどころが多すぎる。
コメント欄も非常識な光景に阿鼻叫喚の嵐が巻き起こっていた。
[俺はミカエラちゃんの大発見をリアルタイムで見ていた筈だった。けれど気づいたら、イケメンがゴーレムを素手で殴り飛ばしている姿を見せつけられていた。意味が分からねえと思うが、俺も未だに状況がワケワカメだぜぇ]
[何だ……これは!? 幻術なのか!? 幻術か? いや……幻術じゃない……! ……いや、幻術か? 本当は幻術なのか!]
[おぉ女神よ、汝が眷属たるゴーレムをぶん殴ったこのバカタレの罪を赦したまえ……。彼はいかに己の愚かさに気付かず、暴威の拳を振るっています。嗚呼、哀しきかな、彼は女神の両頬を差し出し、鉄槌という名のビンタを受けるべきでしょう]
[↑許してなくて草]
[↑ご褒美で草]
[皆んな正気を失ってやがる]
一先ず全ての感情を吐き出した後、少し冷静になったミカエラは壁にめり込んだゴーレムに再度目を向ける。
完全に機能を停止しているようで、安全を確認した彼女はゴーレムの残骸に近づいて物色を始めた。
「何してんだ」
「あたしはダンストだけど、ダンジョン攻略での成果を持ち帰らなきゃいけない潜り屋でもあるから。こうしてゴーレムのコアや、素材なんかを採取してんのよ」
「そうか。そういう仕事も含まれてんのか……てっきり、死肉を漁る畜生を似たような類いのもんだと」
「失礼ね! 誰がグールよ誰が!」
[側から獲物を横取りしてるように見える分、どちらかと言えばハイエナでは?]
[バカ野郎。ハイエナは狩猟成功率上位に食い込む程のハンターなんだぞ……ただ、横取りする方がより効率がいいだけで]
[どちらにせよカスで草]
「ちょっとリスナー! なんか当たりがキツイんですけどー!?」
そんなコント染みたやり取りをしつつも、ミカエラは終始手を止めず採取に励み、ほくほくとした顔で戻ってくる。
対象が神代の遺物という代物なだけに、満足する成果を得られたようだ。おそらく
そのような表情で戻ってきたものだから、ティクヴァールは思わず言い放った。
「幸せそうだな」
「誰の頭がハッピーセットですって?」
ただ単に感想を呟いただけなのに、斜め上の受け取り方をしてしまったようだ。
「悪く捉えるな。俺は皮肉なんぞ言える頭はしていない」
「……あっそ。じゃ、アンタの言葉はそのままの意味で受け取るとするわ」
少しバツの悪そう顔で、すまん、とポツリと零す。
別に気にしてはいなかったが、彼女からの謝罪は素直に受け取り、おう、と軽い返事で答えた。
「さて、このフロアにはもう何も見るものはないわね」
「そうだな。さっさと先に進んで、晩飯前までに帰らないとアドラにどやされる」
「はは、まだ晩御飯のこと言ってる」
ゴーレムにしても、フロアにしても、見るもの、取るものは全てやり尽くした。
二人は更なる最奥を目指して足を進める。
続く道は変わらず一本道で、ダンジョンの外観も変化が見られない。
原生生物の気配も姿もなく、中間フロアで目の当たりにしたゴーレムのような変わり種も道中にて出現する様子が一切なかった。
「もしかして、このダンジョンの見処って、さっきのゴーレムだけ?」
「何を心配して……ああ、撮れ高というやつの心配をしているのか? 見せ所がなければ盛り上がりに欠けるし、ダンストにとっては死活問題か」
「ええ、そうよ。余りにも平坦な場面が続くせいで、配信のコメント欄が雑談会場と化してるわ」
テコ入れが必要な状況になり、何かないものかと周囲を見回して────ティクヴァールの顔が目に入った。
面白い、または興味深いネタと言えば、この男の存在自体がそれ足り得るのではないかとミカエラは思い至ったのだ。
ミカエラはすかさずドローンカメラを彼に向ける。
「じゃ、アンタの事少し教えてよ」
「何が“じゃ”だ。いきなり過ぎるぞ。そもそも俺の話題が話の種になるのか? 多分、面白くないと思うぞ」
「そんな事ないわよ。ほら」
[ゴーレムを素手でぶっ飛ばせるイケメンが面白くない?]
[冗談をおっしゃる。絶対ネタの宝庫やないか]
[ミカちゃんの配信に映り込んで何だこいつと思ってたけど、今はミカちゃんそっちのけで気になってるよ]
[とりあえず質問は……彼氏いますか!?]
予想外の反響と質問に「は?」という声を漏らす。
[彼氏は草]
[ホモォ]
[のっけからする質問じゃねえwww]
「……ホモではねえから、彼氏はいねぇ」
「こんなネタ質問に答えなくていいってのに」
「答えなくていいやつだったのかよ」
真面目に返答して損した気分だ。コメントとのやり取りはこういった見極めが大事なのかもしれない。
ティクヴァールは流れるコメントを眺めながら一考し、その中から無難な質問を拾って回答する事にした。
一番当たり障りのない自己紹介系である。
「ティクヴァール・マリアン。年齢は十七。ネタンスの海岸に浮上した『廃院エクレシア』には実入りがいいから潜っているが、本業はタラッタにある酒場の給仕係兼ボディーガードだ。
趣味……趣味と言えるものは特にないな。タラッタ自体、何もない漁村だから趣味にできそうな楽しみもない。
好きな食べ物はとりあえず辛いもの。嫌いなものは……そうだな、前に一度だけ食べた甘い豆か?」
「タラッタって、ネタンスの隣にある村よね? 確か年寄りしかいないっていう。アンタ、ガチのど田舎ボーイだったのね」
これまでの世間知らずな言動にミカエラは納得した表情を見せる。
おそらく寒村とまではいかないが、文明の利器が普及しにくい程度には物静かな村なのだろう。
そんな村に住まう少年が現代における最新機器の一端に触れたとあれば、まあ興味を示すのも仕方がない。ミカエラにとって慣れ親しんだ技術であっても彼にとっては未知なるテクノロジーなのだから。
「じゃ、次の質問は────『なんで町服なの?』だって。まあ、あたしも現在までアンタの格好はダンジョンに潜るには相応しくないと思ってる訳で……質問の回答どうぞ」
「なんでって、仕事着だからだが。やっぱりおかしいか、この格好?」
「格好自体は別におかしくないわよ。だた、その格好でダンジョンに来るのがおかしいっつってんの」
常識的に考えても危険でしょうがと諭すが、ティクヴァールは納得のいっていない顔をする。
ミカエラの言う危険は、彼にとって危険の内に入らないのかもしれない。隔絶した意識の差が両者の間にあった。
「……アンタに常識の違いはこの際置いとくわ。議論するだけ不毛だし。えーと、次の質問は『何でそんなに強いの?』ね。ゴーレムを素手で粉砕した力はあたしも気になるところだわ」
視聴者から新たな質問には即座に回答せず、少しだけ黙考する仕草を見せる。
「……俺が強い
「ふーん、まあ言うのを止められてるなら踏み込む事もないわね。それで、さっきからちょくちょく出てるアドラって誰?」
「育ての親だ。俺の仕事場の酒場の店主でもある」
「……育ての親って言い方から察するに」
「ああ、実の親じゃあない。もっとも、実母の妹らしいから叔母と甥の関係だから血縁者ではあるが」
複雑な家庭環境だが、ティクヴァールは淡々と吐露する。
人間という生き物はこういった複雑な家庭の話を聞けば、しんみりとした気持ちになるものだが、この配信を見ている視聴者たちは一味違った。
[強くて、家庭が複雑で、イケメンなんて属性過多だろ。主人公かよ]
[イケメンってだけでも許すまじなのに、ストーリー性も入れんといてな]
[既に高性能なキャラに追加強化とか、運営ちょっと調整ミスってなーい?]
これらのコメントを見てミカエラは顔を引き攣らせる。
別に湿っぽくなれとは言わないが、もうちょっと情緒とか、何かあっただろう。
しかしコメント欄に並ぶのは、思ったよりスペックの高いティクヴァールに対する
このまま質問コーナーを続けていいものかと、ミカエラは軽い葛藤を覚えるも、自分から始めた物語なので、雑談を交えつつ続けた。
そうして暫くの間歩いてゆくと、変わらぬ景色の一本道に変化が訪れた。
「おい、これ」
「ええ、どう見ても行き止まりね」
彼らの目前には、天にて輝く十字の星と、地にて儚く咲く百合の花が描かれた壁画があった。
これこそが終点。これ以上の最奥はないというダンジョンからの回答である。
「ゴーレムを出して、変わり映えのしない通路を歩かせておいてコレ? 期待値を散々高めておいてコレ? ……許すまじよ」
「なぁ、この壁の絵は何なんだ?」
「……女神ソフィアを象徴する十字星と百合の花よ」
「へぇ、これがソフィア教に関係する何ちゃらと。これはこれで歴史的発見じゃないのか?」
「こんなもの、教会に行けば好きなだけ見れるわよ」
「Oh……」
この壁画は重要な意味を持つ価値のあるものだと、ティクヴァールの直感が働いたのだが、そうでもなかったようだ。
自身の世間知らずと審美眼の無さが露見した瞬間だったので、ティクヴァールはしょんぼりした。
「……で、どうする?」
「どうするも何も、この一本道の通路を隈なく調べるしかないでしょ。このまま別ルートを見つけなきゃ、一生ダンジョンに閉じめられる事態よ? 覚えてる? あたしたちは、転移でここにいるのよ?」
「……そういえばそうだったな」
事の重大さに気付かされ、一気に不穏な空気が広がる。
転移によって移動させられた最初のフロアには出入り口はなく、そこから最奥まで一本道なダンジョンに出口なんて存在しない。
踏破も、脱出も、全てが不可能。外部から救助を要請しようにも、仮にここに来る為の手段が廃院の転移のみなら期待はできないだろう。
[おいおい、マジでヤバくないか?]
[ダンジョンに閉じ込められるって洒落にならんて!]
[おい! 誰が救助要請出したか!?]
[もうこの配信のURLを載っけた要請は出したぞ! ただ、どうやって救助するかが問題に……]
[ああ、ミカちゃん]
[転移技術にキャッキャしてたさっきまでの自分を殴りてえよ]
コメント欄も先ほどまでの茶化すような雰囲気とは一転し、深刻な状況を目の当たりにして焦燥している。
既に視聴者の一人が救助要請を出したと書かれているが、それで助かる可能性は半分を下回っているだろう。
だが、ここでウダウダと立ち止まっても仕方ないし、自分の性にも合わない。先ずはできる事を片っ端からやろうと、ミカエラはティクヴァールに目をやる。
「とりあえず、逆走しながら別ルートがないか調べるわよ……って────」
信じられないものを見た。
思わぬ光景に言葉を途切れさせ、目を見開いて唖然とした。
「おー、光ってる」
ミカエラの視界は、手で壁画に触れて、壁画を光らせているティクヴァールの姿を捉えていた。
「アンタ、一体何を……何をしたの!?」
「いやなんか触ったら、なんか勝手に光った」
「何その、何にもしてないのに壊れたみたいな言い回し!? 子供の言い訳か!」
「そんなこと言われてもなぁ」
ミカエラの一方的な口舌に、ティクヴァールは困ったような様子を見せる。
全て包み隠さず正直に話したというのにこの反応である。
人差し指でこめかみをポリポリ掻いて、どうしたものかと考えるも、光を放つ壁画は彼らの事情なぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに、更なる変化を見せつける。
「おぉっと、壁が……」
「……開いていく。そんな、まさか隠し扉みたいになっていたなんて」
神秘的な輝きを放っていた壁画は、雑貨店の自動ドアのように横に開いていく。
これ以上の最奥はないと決めてかかってからの、思いもよらないギミック。
一体何がトリガーとなって壁画の扉が起動したのか定かではない。ただの偶然か、それとも実際に壁画に触れて反応させたティクヴァールが何かしらの鍵を握っているのか、ミカエラには見当がつかなかった。
ティクヴァール自身は何も知らないだろう。子供のような純粋な表情を浮かべて、秘密の扉に心躍らせている様子から見ても。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「さっきのゴーレムみたいなやつが出るかもしれんぞ?」
「そういう意味じゃないわよ」
こんな時でも緊張感のない彼にツッコミを入れつつ、壁画が全開するのを待つ。
驚きはしたし、咄嗟の事で余裕のない態度を思わせる言動を取ってしまったが、ミカエラだってこれからの未知との遭遇に期待していないわけではない。
寧ろティクヴァールと同じ程度にはワクワクしている。
壁画が完全に開かれる。石柱がズラズラと列をなして立ち並び、古代文明らしき幾何学模様が四方八方の壁に刻まれた空間がそこにはあった。
「何よこれ……礼拝堂にも見えるけど」
「最初の所と比べたら随分様変わりしたな」
ダンジョンの最深部は小部屋のような広さではなく、巨大な教会の礼拝堂に近かった。
「女神ソフィアに縁深い場所かもって話だったけど、中間のゴーレムといい、壁画といい、最奥のコレといい、これはもう決まりね」
ミカエラはドローンカメラに最奥の間を一周させた後、目の前に引き戻す。
「ここ『廃院エクレシア』は女神に
彼女の言葉に動揺したり、お通夜状態だったりしていたコメント欄が沸き立つ。
[うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 絶望からの逆転ホームランスゲエェェェ!!!]
[もうダメかと思ったのに、こんなドンデン返しがあるなんて、ミカちゃん配信とダンジョンに愛されているのでは!?]
[おみゃえらw、最奥開けたイケメン君に感謝してやれよw……マジでイケメン君のお陰で活路を開いたんだから]
[イケメン、マジ感謝。マジ
[↑忘れる気満々で草]
[おいヤバイって! 同接数エグいことになってる!]
[は?]
[やっばぁ♡]
[◯◯万人とか見たことねえや]
コメントと同時接続数が示す通り、この配信はバズり散らかしていた。
仮令、人気のあるダンジョンストリーマーであっても、ここまで話題になるのは稀な事である。
現代において母数が高くなった影響で数字を取ることが難しくなっている。そんな現実を知っているミカエラは、自分は世界から注目を浴びている事実に胸を弾ませる。
────しかしそこへ、ティクヴァールの警戒するような声が投げかけられた。
「おい、あれってもしかしなくてもヤバイんじゃないのか?」
彼の指がさし示す方向には、眠るように蹲るゴーレムの姿に酷似した像が礼拝堂の祭壇に鎮座していた。
「……なんか、今にも動き出しそうな雰囲気よね」
と、ミカエラが口した瞬間、像に刻まれていた紋様が光を帯び始め、機械が起動するかのように両眼が発光する。
そして蹲っていた体を立たせ、その全容を露わにした。
「ちょっと!? 言ったそばから動き出したんだけど!?」
「口は災いの元だな。喋らない方がいいんじゃないか?」
「うっさいわね! 喋らないダンストなんて、具材のないサンドウィッチみたいなものなんだから、口を閉じる訳ないでしょ!」
「具材のないサンドウィッチ……つまりただのパンでは?」
「今それ拾う必要ある!?」
そうしている内に像は祭壇から降り、二人の前に立ち止まる。
「来るわよ!」
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