第26話



「……?」



 俺は思考する。


 あの天使の強さは、どういう強さなんだろう。


 単純にシリムの量が多いのだろうか。それだけなら、先の戦いでレオがエラーガールに不覚を取ったときのように、意識の漏れている箇所が弱点になりダメージが通るかもしれない。



「あっはははは!」



 踊り狂うかのように、エラーガールが天使に鉈を振りかぶる。


 驚いたことに、エラーガールの回避能力は天使にも有効らしく、雷撃も翼の攻撃も躱し、ひらりひらり、ざくりざくりと舞っている。


 が、攻撃しているエラーガールの武器が欠けるばかりで、まともなダメージらしきダメージは通っていないようだ。


 一撃必殺の雷を矢鱈滅多に連発しつつ、防御力もクソ高い? そんな理不尽な強さを持っているのか?


 人類が挑むには早すぎた相手か。



 ふと、天使がこっち側に寄って来たので、俺も応戦せざるを得なくなる。


 とはいえ俺は死ぬわけにはいかないので、全力で回避に専念する。攻撃なんてしない。足にシリムを集中させ、高速移動で雷を避ける。



 パリ、と乾いた風が吹いた。


 ああ、怖いな。怖い。近づきたくもないし、早くここから逃げてしまいたい。



「迂闊に近づくな! そいつの攻撃方法は翼による斬撃、雷撃、そして咆哮による超重力だ!」


「ホーコーによるチョージューリョク? はっ、夢世界ってのは、自由すぎてよくわかんねぇな」



 敵のリーチは三段階。至近距離になると口を開けて咆哮し、重圧で対象者を押し潰す。即死はしないがガードができない。次に中距離では翼による直接攻撃が来る。普通に食らえばスライスされるが、三強レベルならガードできる。最後に遠距離、伸ばした翼の先端から放つ雷。これは食らえば即死。


 この三段階の攻撃を攻略し、やたらと硬い敵への有効打を与えなければ、勝てない。



「いっくぜー! 俺的爆殺法! ブルー・エクスプロージョン!」



 ソンズが攻める。ソンズレベルなら翼による攻撃を押し返しながら接近戦まで持ち込める。


 だが、攻めすぎると……。



「うわっぷ!!」



 人の真似をする物の怪みたいな叫び声が響き、超重圧エリアが発生させられ、身動きできなくなる。


 今回はすかさずレオとシルクが間隙に入ったおかげで、天使の雷撃による追撃はなんとか回避する。



「……」



 しばらくすると超重力のエリアは解除されるのか、ソンズは体についた土埃をぱっぱと手ではたきながら、自慢のガンハンマを構える。


 雷、重力。超耐久。どういうことだ。


 落雷は、電気現象のひとつにすぎない。エレキテル。電気工学。電磁気学。


 俺はごちゃごちゃと頭の中で『雷』について思考する。腐ってもラノベ作家志望は伊達じゃない。ファンタジーRPGにおいて雷属性は当たり前のように存在しているからな。


 問題はこの夢世界のおいて、『どう解釈されているか』だ。


 単純な攻撃イメージのはずがない。こんな高火力攻撃をぶっぱなし続けて隙が無いのは流石にチートすぎる。シリムの総量に差があるとはいっても、ここまで極端じゃないはずだ。


 やつは何らかのギミックで雷を作動させている。


 雷とは―――。



「しまっ―――」



 思考に集中し過ぎたか、天使の翼が眼前に迫る。


 避けきれるか、そう肝を冷やした瞬間、首根っこを掴まれて、銀色の髪が俺の前に躍り出た。


 どん、がらがっしゃんと鳴り響く雷撃に対し、シルクは氷の盾で防いだ。



「気をつけろ」


「た、助かるよ」



 俺はほっと胸を撫でおろしながら、今の現象を整理する。


 一撃必殺技の雷を、シルクはあっさりと受けた。


 氷。冷やす……。


 『エネルギーダウン』。


 そうか。そういうことか。


 俺はひとり、合点する。


 天使はシリムを与えることにより『俺たちが扱えるシリム量をオーバーヒート』させることで一撃必殺技を確立させている。技の威力が、そのまま俺たちの全シリム+1されているわけだ。耐えられるはずがない。


 そしてその理屈で作られた雷は『シリムを減少させるシリム』で相殺できる。


 そのイメージのやり取りが、雷と氷なんだ。


 なら、重力は。



「重力も、加算か」


「……何?」


「なんだ、俺の考察に興味があんのか。イケ好かねー銀髪ヤロー」


「猫の手も借りたい状況だよ、人殺しのクズ野郎。で、重力が加算に気づいたか。いやそれよりも君、たった一回の攻防で雷と氷の性質に気づいたのか」



 天使と程よい距離を空けながら、俺とシルクは仲良くおしゃべりタイムに突入する。


 とてもじゃないが優雅な会話じゃない。


 目の前で死が雷を轟かせているんだから。


 その中で俺は、精々強がって、銃と剣を構え、笑う。



「何でもできる夢の世界で『一度見た技をコピーできる』なんて当たり前だろ。要はハートをオーバーヒートさせてくる攻撃を、マイナスさせるイメージで相殺したんだろ」


「驚いたね。意外と頭が回ると見える。で、重圧に対してどんな目処を立てたのかな」


「あ? 雷と同じだろ。『与えて増やしてる』んだ。この夢世界には本来は重力はない。それを俺たちは『なんとなくこんくらい重いっしょ』っていうイメージで地に足つけて動いている。天使の重力イメージは、多分それより精密だ。咆哮がカギになってるのも引っかかる。そもそも重力って、万有引力の法則とか、重力子とか、時空の歪みによる測地線の変化とか、云々かんぬん。アインシュタインでもお手上げな未知のエネルギーだぜ。解釈なんて無限にある」



 パンパン、と俺はなけなしの鉛玉を打ち出しながら飛び下がる。


 シルクは雷を防ぎながら天使と距離を取る。



「それを天使なりの解釈で発現させている。問題は『何を』増やしているかだよ」


「は。そりゃ全部、じゃねーの。ソンズがやられたとき、周囲の地面までへこんでたぜ。空気のないこの世界で」


「全部……やはりそうか」


「ああ、森羅万象すべて、って意味だぜ」


「つまり、『宇宙』か」


「そうとも言えるな。天使の咆哮は、宇宙を作り出している。要は空間を膨張させているんだ。重力は凹じゃなくて凸の方の理論だな」


「なんだ、それは」


「あ? 重力は空間の歪みであるって理論は、光速度不変の定理を正論付けさせるための詭弁だってオカルトだよ。知らねーの?」


「初耳だな。しかし、おかげでより具体的にイメージできた」


「お前にどうにかできるのか」


「要は宇宙を縮小させればいいんでしょ。アテなら、今できた」


「はっ、さすが」



 仮説が立ったからと言って、俺にできることはない。そもそも雷と氷の原理は分かったが、実際にどうやればいいのか全く分からない。失敗しました、死にました、じゃ話にならん。


 俺は戦わない。


 シルクがやる気出してくれたんなら、それに甘えるさ。全力でな。



「おい、ソンズ、レオ! シルクが咆哮チャレンジする! 万が一、失敗したときにカバーできるよう構えておけ!」


 


 そう指示を飛ばすと。



「ほいさっさ~」


「なぜ貴様が指揮を……!」



 文句を言いながらも、ふたりともそれぞれ武器を構える。


 ソンズは火薬つき棒。レオは自分の拳。



「装填・紅晶」


「黒装。上下二段構え」



 なんかそれっぽい技名を唱えながら、ふたりはシルクを援護するようにサイドから攻撃を仕掛ける。


 技っていうのも、案外悪くないのかもしれない。と思えてきた。


 最初は技名なんてくだらないと思っていたが、思考の暇もない高速戦闘の中では、コンマ一秒の差で勝敗を分けることも少なくないだろう。そんな中、あらかじめ体に覚え込ませていた動き―――すなわち技を―――使用するのは、有効な手段なのかもしれない。


 まぁ、俺には無縁な話だが。



 三強が揃う。


 随一のシリム量を持ち、火薬を用いた多彩な攻撃を仕掛けるソンズ。


 純粋なタイメン性能が高く、リーチこそ短いが最もシンプルで強いレオ。


 ふたりにはシリムではやや劣るが、この世界のルールをよく理解しているシルク。



 これ以上ない三位一体のコンビネーション。


 でも。


 それでも、やはり『攻略するようにはできていない』のか。


 天使は翼を振り回し、一撃必殺の雷を乱発し撃ち放つ。



「それ、マズくね?」


「しまっ……」



 ソンズの軽口に、レオの絶句する声。


 天使の縮めた翼による中距離雷撃が、レオを狙う。


 獅子みたいなオレンジ色の髪が、雷によって白く染まる。



「ああアナタたちってばバカみたいだわ互いに技名を叫びながら攻撃するなんてアンポンタンねまるで戦隊モノの特撮ヒーローみたいなんだものアタシだったら即座に行動に移せるわだってそれをそうするだけなんだもの!」



 けたたましい警告音のような声を鳴り響かせながら割り込んできたのは、長い黒髪をなびかせた気狂い少女。


 レオへ放たれた直進する雷が、エラーガールの手の平の中に吸い込まれていく。



「氷結型データバグアクアマリン! どうどうどうかなどうかしらこれでアタシもアンポンタン!?」


 


 驚き、桃の木、山椒の木。


 エラーガールが、シルク同様に『氷』の理屈を理解していたらしい。雷も氷もそれ自体は複雑なルールでなっているが、必要なシリムはそこまで多くはないと見える。エラーガール程度のシリムでも使用できるようだ。


 だがしかし、理論上では。


 俺にはできる気がしねぇ。



「減らせることができるのならば増やせることができるも道理よねだからアタシもバチバチしちゃうの弾ける刺激のスパークリングよ増幅型データバグボルトガン!」



 さらに、天使が放っていた雷さえも模倣して撃ち放つ。


 さすがに天使にも効いたのか、雷を食らった翼は放棄して、新たに翼を再生させている。


 雷を無効化し、さらに有効打を与えられるエラーガールが、レオと背中を組んでカバーし合う。



「なぜ俺が貴様のようなやつと一緒に……!」


「あハ?」



 レオは、翼による攻撃を自慢の拳で受け流しながら、シルクの通る道を作る。


 しかし、そんなふたりに対してハサミのように挟み込むような天使の一撃。レオは受けられても、エラーガールは受けられない。



「俺的爆殺法」



 その背後に、光る王冠。



「遅延式ボム、クリムゾンマイ~ン」



 ソンズが仕掛けておいたのか、爆発が天使の翼を千切り飛ばす。



「決まったって感じっしょ?」



 三人が空けた道を進み、シルクがついに天使の懐まで潜り込む。


 かぱ、と天使が口を開けた。


 咆哮が来る。おそらく防御不能かつ未知の重力攻撃が来る。


 それを、シルクは―――?


 鳴り響くケダモノみたいな咆哮が鳴り響く、天使正面の地面がずずんと窪む。地面を押し潰すって、なんだよ。どれだけのパワーがあればそんな一撃が放てるのか。


 目を張るような重力攻撃の中にいるシルクは。


 ずん、と一歩を踏み出した。



「!?」



 天使さえも目を剥いた。


 ついに、人類が重力を克服した瞬間だった。


 に、とシルクが笑みを浮かべる。



「お前が宇宙を膨張させているというのなら、僕は『加速』すればいい。寿命(夢時間)を犠牲にしてな」



 かち、こち、とシルクの体からは無数の懐中時計が沸き上がり消えていく。


 はは、膨張する宇宙に対して、加速で対応する?


 超理論同士の対決。もう、俺にはわけがわからねぇぜ。



 しかし、隙が生まれた。


 咆哮を耐え凌いだシルクのおかげで、背後から詰めていたソンズがさらに肉薄する。



「俺的爆殺法! レッドカーペットォ!!」



 火力だけなら三強トップ。


 後方にいる俺の方まで伝わる爆撃が、天使の翼を根元から叩き潰す。



「天地拳・第三系! せいっ、はぁっ!」


「鉈的な物でぶった切リー! あっははははは仏陀って仏教用語だったかしら!」



 すかさずレオとエラーガールも接近し、レオの必殺の打撃は天使の顔面を歪ませ、確かなダメージを与えていく。


 いけるのか、いけるのか、お前ら―――!



 そう期待した次の瞬間、天使が両手を広げて、ぐるぐると回り出した。


 駄々をこねる子供みたいだと思った。


 その腕に当たったレオとソンズとエラーガールが、ことごとく吹き飛ばされていった。



 シリムの量では圧倒的とはいえ、あれだけの強さを誇っていた彼らがこんなにもあっさりと弾き飛ばされる。


 そうだ、雷と重力のギミックはわかった。こいつは『一切シリムを攻撃に回していない』。だから肉体に全シリムを込められるんだ。能力を突破しても、最後に残る砦は頭脳でどうこうなるものじゃない。


 最強の肉体。


 天使の強さを見て、圧巻された。やはり災害級。人の手でどうこうできるものではなかったのか。



 一縷の望みは残る三強のシルクに向けられる。


 しかし、シルクは俺たちの目線の先にはいなかった。彼は重力エリアを突破して、すでに移動していた。


 天使の真上、頭上へと。


 飛び上がり、棒を逆手に構えている。



「痛恨の一撃」



 シルクの持つ白杖が青白く光り、振り抜けば世界が壊れる音が鳴る。


 夢が泣き叫ぶ音がする。


 鳴ってはいけない音が鳴る。


 怨、と森羅万象を穿ち抜く致命にして必殺の一撃が、ついに、撃ち放たれた。


 それを受けて、あれだけ殴っても応えなかった天使が、歪んだ。


 ぐにゃり、べしゃりと歪な顔を見せ、一瞬で、粉微塵に砕け散った。


 全世界、いや宇宙を、森羅万象を否定する悪魔のような一撃が、天使を撃ち滅ぼした。



「だから言ったろ、レオ。僕のこれは状況を挽回する一撃じゃなく、必殺の一撃だって」



 ざぁ、と砕けたパズルのように、シリムが舞う。


 俺たちは両手を広げてその残滓を食い漁った。



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