第25話



 ―――そして時は天使へ戻る。


 レオとシルクの情けない顔を見て、俺は歯を見せて笑った。


 そら見たことか。全戦力で挑むもんだろうがよ。ボスってもんは。



「リヴィーズ!!」



 レオが俺の名を叫ぶ。


 様子から子細まではわからないが、かなり消耗しているようだ。


 部下ももう残ってないようだな。



「随分くたびれたな、ヴァルキリアのフェイスさん」


「貴様、そいつらがどんな人間か、わかってるのか!」


「わかってるさ。でも、こいつらは俺を殺さない。それがすべてだ」


「貴様ぁ……っ!」



 説教の途中に、白い翼を生やした白い天使が、雷を撃ち放った。


 雷鳴に声を阻まれ、レオは回避を余儀なくされる。


 すげぇな。雷って、避けれるんだ。


 金髪金目。白い羽衣のような衣類を身にまとう彼が、いや彼女こそが。第五層のボスに、相違ないようだ。思ってたのと違うな。もっとなんかこう、ガーゴイルっぽいやつかと思ったが。



「おかしいね。リヴィーズがなぜこの場所を知っている。『耳』を作るほど冴えていたか? しかしまぁ、背中を預けるには薄情なやつらが集まったもんだ」


「リヴィーズ!! 貴様というやつは……自分が何をしているか分かっているのか! 犯罪者を手引きしているのだぞ!」



 シルクとレオが別々のことを話している。


 俺はそれを見下ろしながら、心底どうでもよさそうな相槌を打った。



「あー? まだそんなこと言ってんのかよ。古いんだよ考えが。今を生きようぜレオさんよぉ」


「そいつらは、放っておけば次の善なる者を殺す! 自分たちの快楽のためなら人の命も奪う連中だぞ。そんなやつらを、お前は……っ!」


「だーかーらぁ。しょうがねぇだろ。奪い合いこそが人生なんだから」


「不要な奪い合いは、暴力しか生まない!」


「もー、生きていくことに暴力も糞もねーだろうがよ」


「他者を尊び、己の在り方を見つめ、支え合い創造的で文化的な生活を送るのが、人間だろうが!!」



 レオがそう、大真面目に返すものだから、俺はもう、溜まりにたまりかねて、腹の底から笑いがこみ上げてきた。


 真面目な人間って、おもしれー。



「ふっふふ! はふふ……! うっふふふ……!」



 ああ、我慢した。我慢したさ。ここで笑っちゃったら悪役確定だから。


 でも、ダメだった。


 抑えても抑えても、圧力釜を手で抑えているかのように、感情に蓋ができずに、爆発した。



「.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・★:.。. .。.:*・。


あっ、はっ! はっ! はっ! はっ!


.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・★:.。. .。.:*・。」



 俺の大きな笑い声に、天使さえも振り向くが、今はそんなことぁ、どうでもいい。



「なぁ、家畜が何かを生み出すか? 人間が何かを生み出すか? 植物は何のために葉を広げて根を張っている? それらは全部、奪うためだろう、そうだろう! お前らは誰かを守ったり、何かを組み替えたりして、それが『生産的行為』であると錯覚しているだけだ! 本当は生み出しているのは糞だけなのにな! 認めろよ、奪い合いこそが生命の本質じゃんかよ! 他のやつらのイノチなんて二の次だ! 俺は!! 俺が生きるために必要な物を奪い続ける。これまでもこれからも! これが俺の、リヴィーズの流儀だ!!」



 俺の宣言に、遠巻きで見ていたダリアはどこか苦々しそうに顔を背けた。


 まるで高校生卒業後に別れ、成人式で荒れてすっかり変わり果てた後輩を見ているかのような目だ。ああ、それを見下ろされる側で味わうのは、人生で初めてかもしれない。


 落ちている人間は、自分が落ちている感覚はないもんだ。相対性理論ってやつだ。


 シルクは諦めたかのように俺から目線を逸らし、ソンズへ声を張る。



「今となっては後の祭りか―――なら、破れかぶれだ。お前ら! 聞け、この天使は翼を高速で駆動させ、一撃必殺の雷を打ち込んでくる! 回避に注力し、暇に攻撃しろ!」


「シルク!?」


「苦肉の策だ、レオ」



 シルクが凶器である棒をひゅんひゅんと振り回しながら指示を飛ばす。


 ゴリゴリのパワータイプかと思ってたけど、思ったより頭使うんだな、あいつ。



「お前らー! あのエンジェルちゃんっぽいのが五層のボスだってよー! やるぜやるぜー!!」



 ソンズの号令と共に船が激突し、男たちが武器を持って下りていく。


 総勢20名以上の、俺以上に強い戦闘員だ。


 これで勝てないなら未来はない。


 文字通りの、総決算だ。



 ソンズ部隊の男や女どもが天使に群がり、そして雷に焼かれ、あっという間に数人死んでいった。



「―――は?」


「一撃必殺と言っただろう! 迂闊に距離を詰めるな!!」



 間の抜けたようなソンズの声に、シルクの怒号。俺を含めた戦闘員たちは、一気に気を引き締める。


 いや、確かに一撃必殺とは言われたけど、マジで一撃必殺とは思わねーだろうが。



「……」



 シルクやレオ、ソンズの三強を中心に、天使と程よい距離を取りながら、ほんのおまけ程度の攻撃を繰り返し、牽制し合っている。



「……」



 俺は、素っ頓狂なことかもしれないが、この天使を見て田舎の大自然を思い出していた。


 俺は元々、電車も上下線の二本しかないような田舎で育った。


 だから、大自然がどういうものなのか、体験として知っている。


 天候は人間の意志に関係なく動き、風は吹き、人間は雨に打たれ続けるだけでもあっけなく死ぬ。


 普段、コンクリートの安全な家に住んで、ぬくぬくとゲームをしている現代人は、自然の恐怖を忘れている。


 大自然は、ゲームと違って必ずクリアできるように作られていない。どれだけ適切な判断をして、正しい道を歩み、最適な行動をしたとしても、殺される時は殺される。自然とはそういうものだ。


 登山家とかが死ぬのはそういう理由だ。選択を間違えたり、自然を侮ったりして死ぬのはまだしも、最適解を出し続けて何ひとつの間違いを出さなかったとしても、死んだりする。


 自然は、人間が攻略できるように作られているわけじゃない。


 バットエンドしか用意されていない『詰みゲー』要素が、自然にはあるんだ。


 このボスも、そうだ。


 人間がクリアできる前提で生まれたものではない。今、夢世界の三強を集め、考え得る限り最善の人員を投入しているが、だから倒せるなんて保証はどこにもない。


 ……ああ、わかってる。


 それでもやるしかない。進むしかないんだ。『クリアできる前提』で動かなければ、ダメなんだ。



 俺は銃を作り、発砲する。


 弾丸は天使に当たったが、ダメージはなく、ぐにゃりと弾丸の方が歪み、塵になって消えていった。

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