第24話



 ―――数刻前の俺。



 ダリアのいなくなった『不全室』からエラーガールを助け出すのは簡単なことだった。俺、リヴィーズのレベルはヴァルキリアの一般戦闘員には及ばないにしても、それ以下になら勝てるほど成長していたからだ。


 衛兵の心の臓に剣を刺し、鉛玉を脳天にブチ込み、食らう。


 そしてぐっすり寝ているエラーガールを米俵のように担いで、ヴァルキリアを後にした。女ひとり持ち上げるのに、片手じゃ無理だと思っていたけど、意外といけた。まぁ、これは夢だからな。夢世界に重力はない。


 エラーガールを抱えながら、まず目指すはここから7つ離れた向こうにあるバブル。



 そこは海の見える街だった。


 潮風のにおいがしそうで、足元はレンガ調の白い石が敷き詰められていて、朱色の屋根の家と緑色の木々が鮮やかに並ぶ、綺麗な街だった。


 そこを歩いていると、人間と出会った。



「お、お前。ウィズパーを殺したやつじゃんか!」


「誰だ、それ。それよりソンズに話したいことがある。案内してくれないか」


「ソンズに? まぁ、いんじゃね」



 話せばわかってくれて、やつらはすぐにソンズのところに案内してくれた。


 彼らはソンズを慕っているが、ソンズを中心に集まっているだけで、ソンズが上の階級社会を作っているわけではない。だから敬語も使わない。彼らは夢世界には秩序やルールは不要な物だと考えているから、人に上も下もないという考えなのだろう。



 彼らはソンズと俺の正面対決を望んでいたらしく、俺が話し合いをしたいと言うと、少しがっかりしたようだった。


 ソンズは葉と葉をブレンドさせて、新作の煙草を他のやつに吸わせていた。そして他のやつが作った煙草をソンズが吸う。互いに煙草に対するイメージが違うから、微妙に味が違うんだろう。そういうのを楽しんでいるようだった。



「で、話って何さ?」


「第五層への扉を、シルクが見つけたらしい。俺もその場所を教えられた」


「へぇー、それって、どんくらい信憑性のあるハナシ?」


「ヴァルキリアに向かってみろよ。ダリアの要塞が消えて、もぬけの殻になってるぜ」


「マ?」



 ソンズは楽しそうに身を乗り出して話に食いついて来た。


 その頃になって、ようやくエラーガールも睡眠状態から覚めて「ここはどこアタシは誰」なんて口走り始めた。



「これから第五層に向かうための準備をする。もちろんお前も来るだろ、エラーガール」


「あら第五層だなんて素敵ねもっと長く夢を満ちられるってことでしょうそうでしょう? それってつまり異世界ライフも同じじゃないのもしかしたら現実のあたしの体はとっくに目を覚まして活動している可能性も考えてはいるけどもしもそれがそうじゃないならそれをそうしたいと思うの!!」


「あー、もう分かんねぇ。まぁでも、下層へ行きたい気持ちは、みんな一緒だろ」


「ところでアナタってアタシの王子様?」


「人違いだな」



 俺はしょんべん臭いイカれ女をポイと放り投げる。


 こんなんでも、白兵戦ならレオと張るほどの強さだ。第五層のボスがどれほどのものかは知らないが、役に立たないということはないだろう。いや、きっと役に立つ。


 だから連れてきたんだ。こいつはクイッキーの仇らしいが、まぁ、知ったこっちゃない。


 手を離すと、エラーガールはかさかさと動き始めた。


 


 一方でソンズは手を叩いて喜んでおり、スピーカーを作って、周囲にいる味方に大声で呼びかけている。



「第五層への冒険に行くぞ、ついてくるやつだけついて来ーい!」



 ウキウキと、外食に出かける前の子供のように跳ねている。まるで幼稚園の年長さんだ。ここは子供たちの集まりなんだ、きっと。見た目は大きく見えるが、中身は子供のままなんだ。


 ソンズはキッズ向けのクリスマスカタログにありそうな、先の戦艦を足元に作り出していった。


 俺も気兼ねなく、ソンズが作り出す戦艦に乗りながら声をかけてみた。


 船は、悪くない乗り物だった。SFがモデルなら加速イメージがしやすいだろうし、バブルとバブルの間を超特急で駆け抜けていく様は宇宙旅行みたいで爽快だ。夢世界の冒険にあたって、これほど最適なものはないだろう。


 俺は鉄板の上で船長ごっこをしているソンズに声をかけてみた。



「なぁ、ソンズって何のために夢世界にいるんだ」


「俺っち? 何でって、夢見れんなら、見続けんだろ」


「そんだけ?」


「そんだけそんだけ。深い意味なんてないっしょー。皆そうさ。まぁでも最初はさ、やっぱ法律とか、現実世界のモラルっつーか、コンプラ? そういうの持っててさ。無意識に自分をセーブしてたんよね」


「そりゃ、他人と一緒に暮らすんなら、最低限のルールはいるだろ」


「ぷ、はは! 何、お前。リヴィーズったっけ? 中途半端にジョーシキあんのな。ウケる」


「ウケるって……」



 人を小馬鹿にしたように笑うのに、どこか憎めない。


 ソンズは無邪気な子供のように笑ったかと思うと、垂れたのんびりとした目で俺を見る。どこか大人びた愁いを帯びているような気がした。



「モラルとかルールってさ、突き詰めると『そうすることでより良い生活が送れるから』って理由じゃん? でもさ、考えてみなよ。ウチらって飢えないんよ。つまり生きていく上で『何をする必要もない』んさ。だから他人とのつながりも、ぶっちゃけ必要ない。あるのは『生きていく残り時間』だけ。だから、他人と一緒にいるのは面白い時間か、面白くない時間か、そんだけなんさ」


「俺といると楽しいか?」


「ああ、楽しい楽しい。今じゃ、どこのやつらも『ソンズ』って聞いただけで震え上がって、ビビっちまっていけねぇや。その点リヴィーズは俺に対してもビビらず、こうしてほら、良いニュースもくれる。それって、最高じゃん。トモダチって、こうやってできてくモンだと思うんさ」


「で、つまらない人間は殺すのか?」


「ああ。だって、つまらねぇなら、いらねーじゃん? まぁでも、気まぐれに殺すとかそういうのはしないさ。そーいうのは、快楽殺人鬼っつー列記とした理念があるしな。オレっちに崇高な理念なんてない。最強を目指しているわけでもなければ、世界の覇権にも興味ない。オレらはただ、ラクしていい思いができればそれでいいんさ」


「それが人の命を奪うようなことであっても?」


「それが人の命を奪うようなことであっても、さ」



 そう言って、ソンズはにしし、と歯を見せて笑う。


 綺麗な、汚れのない白い歯だった。


 そんな笑いを見て、俺も、鼻で笑った。



「ああ。そうだな」



 俺は否定もしないし、肯定もしない。


 俺は俺が生きるのに都合のいいものと悪いものでしか、人を分けたりはしない。



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