第23話



「ああ……分かってきた」



 そう、シルクには理解が及んできた。


 どんがらがっしゃんと鳴り響く轟音と、眼球を貫くような閃光、空間をステップを踏むかのようにジグザグに進み、触れた者に感電しショートさせる現象。


 この世界にはシリムしか存在しない。そしてシリムを作り変えることで住人は無限の創造を行うことができる。これまで人々は、火や水、金属や武器を作り、それを攻撃手段としてきた。


 しかし、雷とは? 電子とは何か?


 天使は天使の解釈で雷を招来している。


 それを探るべく、シルクは先の攻防でどうせ全身が助からないのなら抵抗しようと、一瞬だけ左腕で耐えようと試みた、が、一瞬で左腕はショートして焦げ落ちた。


 防御力に関係なく撃ち込まれる攻撃。



 レオの渾身の一撃が空を切り、雷が迸る。


 それを払おうとしたレオの右腕さえ、やはり耐えられない。


 レオは瞬時に右腕を自分で切り離した。


 レオはそのシリムの多くを腕に込めている。それを切り離す決意は決して軽いものではない。


 しかし、そうせざるを得ないほど、天使の電撃は強烈なものだった。



「シルク! ゼストキーウダルを使え!」


「あれは劣勢を払拭するような技じゃなく、必殺の一撃なんだ。連発はできない。地道に攻略してくよ」



 シルクの腕の再生が終わり、次は他の戦闘員たちがおっかなびっくりと言った様子でちまちま攻撃をしては、落雷の一撃を避けている。


 受けたら一撃で死に至り、防御も意味をなさない攻撃。


 それだけの超威力の攻撃を連発しておきながら、一切消耗している様子がない。


 戦闘員たちの攻撃を受けても、まるで意に介していない。



「……防御力の高さは、レオと同じ身体にシリムを多く分配しているから」



 シルクは冷静に天使を分析していく。


 主に。ヴァルキリアの頭脳はシルク・ダリアと言われてきた。ダリアは事実、聡明な女性だった。しかし、知恵比べにおいては、シルクに勝てたことは一度もない。


 こと戦場の中、瞬間的な判断力や洞察力が必要となる場面においては、シルクの右に出る者はいない。



「全員、聞け!」



 シルクが叫ぶ。


 雷鳴が鳴り響く暇を縫うように、シルクの指示が飛ぶ。



「雷の正体が分かった! それは『オーバーエネルギー』だ! 僕たちのシリムに、追加でシリムを無理やり与えているんだ! 攻撃ではなく供給なんだ。つまり対抗できるイメージは、『氷』だ!」



 シルクは棒をしまい、丸腰で天使に肉薄する。


 瞬く間に翼がシルクを包み込むように展開され、雷撃が迸る。



「シルク!?」



 レオとダリアの驚く声に構わず、シルクは前進する。


 死の恐怖を含んだイカヅチを前に、シルクは呼吸と瞬きさえ忘れるほど集中し、両手に、それをイメージする。


 『触れた対象のシリムをマイナスするイメージ』。マイナスエネルギーを受けた部分は、空間であろうと凍結し、水もないのに氷のように結晶を作る。


 雷がその結晶に触れた。


 すると、雷は氷の中に吸い込まれるかのように、するすると消えていった。



 天使が少し興味が出てきたように、シルクを見た。


 シルクはニヤリと口角を上げる。


 雷を攻略したシルクは白杖を作り出し、払われた翼をゴリゴリと突破し、天使に殴り込む。


 ドス、と白杖は天使の腹に突き刺さり、天使の胴体がぐにゃりと曲がる。



(硬っったい……!!)



 ぎりり、とシルクは棒を強く握り、追撃のため一度棒を引っ込め、再度打ち込むため振りかぶる。


 その間に、天使は口をかぱりと開けて、吠えた。


 犬の遠吠えを真似したヒトの声のように、歪な叫び声だった。絹を裂くような、遠吠えのような、人の真似事をするケダモノのような声だ。


 声はビリビリと周囲を震わせ、シルクの耳にもまた、届く。



「……っ!?」



 ずずん、と今度はシルクの体が地面に吸い込まれるように沈み、片膝をつき、両腕でそれに抗おうとするも敵わず、地面に這いつくばる。



「……ぐぐ、がっ!?」



 ずずん、べこん、とシルクの周囲の大地が窪む。


 遠距離攻撃はあり得ないこの世界で、手も足も出せない攻撃を受けて。


 理解不能のまま、ただ地面に押し潰される。



「!!??」



 シルクは理解できず、ただただ混乱する。


 地面に落ちたシルクを見て、レオは駆けだした。


 『オーバーエネルギー』『氷』。どちらもレオには全く理解できないものだ。だが、理解できないからこそ、ハッキリとわかることがある。



「シルクを守れ! 現状『天使』攻略にシルクは不可欠な存在だ! 絶対に守れ! 殺させるな!」



 レオは物怖じしていた戦闘員を叱咤する。


 天使がシルクへトドメをくだすよりも早く、レオが天使へ殴りかかる。天使はぎゅるんと首を動かし、レオのパンチに反応する。


 レオは腰をやや落とし、左足を前に出し、右腕を突きだすと同時に左の脇を締め、腰を捻り放つ、基本に忠実な正拳突き。


 ごきん、とその拳が天使の鼻先に当たったが、天使は一切怯まず、レオに翼を伸ばす。


 レオは退くしかない。落雷が轟き、レオの周囲一帯が焦土と化す。


 レオに注意が向いている隙に、他の戦闘員が天使の左右から飛び掛かる。


 天使は広げていた翼を、ひゅっと薙いだ。


 たったそのひと薙ぎで、戦闘員たちの体は真っ二つに裂けた。



「あ……しま」


「やだ……!」



 そのまま翼の指先が戦闘員たちに向けられる。


 体を半分失っても、夢世界では死にはしないが、器を潰されれば、死ぬ。


 閃光、そして宙が裂けるような音が鳴り響き、戦闘員たちを襲う。


 間一髪で、足元からダリアが作り出した影からビルが盛り上がり、辛うじてその場を切り抜けた。


 ふっとシルクの周囲の重圧が解け、シルクはその場から距離を取る。



 しかし、半身を失った戦闘員たちは、もはや戦意を削がれていた。


 情けない声を上げながら地面を這いつくばり、ずるずると体を引きずりながら逃げていく。



「……ちっ」


「全滅か」



 残ったのは、シルクとレオしかいなかった。


 ふたりは背中を預けるように天使と向き合う。



「重圧……。シリムしかないこの世界には重力もない。重力を『作った』のか、それとも……」



 拳にありったけのシリムを込めていくレオと、ブツブツと攻略法を呟くシルク。


 対照的なふたりが、現在ヴァルキリアの最高戦力。


 純然たる戦闘では最強のレオ。閃きと一撃必殺技を持つシルク。


 そのふたりをもってしてもなお。



(死んだ仲間の分まで、負けるわけにはいかないというのに……っ!)


(雷は氷で防げる。じゃあ、重力は? どういうイメージで重力を作り出している。考えろ、考えろ……)



 攻略の糸口さえ掴めていない状況だった。


 ふたりが攻めあぐねている間に。


 天使が、ひょいと動く。


 あっという間にふたりの眼前まで近づき、翼を広げ、口を開け、シリムが込められていく。



 雷撃と重力。


 大慌てで距離を取り、ダリアも防御のサポートをするが、腕が、足が、次から次へと捥げていく。


 死ぬ。


 ふたりがそう予感しながらも、一秒でも、一瞬でも長く生きていよう足掻いていたときのこと。


 それは突如、現れた。



 死を予感させる落雷の閃光……ではなく、赤や青の、派手な装飾のされた閃光が、ドン、ドンという音と共に走る。



「……は?」



 真剣な戦場に場違いな、ふざけたような花火が上がり、シルクとレオと、天使さえも空を仰ぎ見る。


 空には大きな、大きな戦艦が、主砲から花火を打ち上げながら、突っ込んでくる。



「なんで……」



 絶句する、間もなく。


 その船の先頭に立っている少年を見つける。


 いや、少年の恰好をしている、男を。



「リヴィーズ……! あいつ、何てことを……!」



 その男は、狂犬のように、クハハと片方だけ犬歯のある歯を見せて、笑った。

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