第22話



 ―――シルクとレオの視点。



 第一層のステージは『家』で、ボスは、『家族』だった。


 不思議なもので、誰が見ても『親』だと認識できる形をした敵で、一切攻撃を加えてくる素振りをしなかった。ただ、あまりにもそれが自然なものだったから、誰も壊さなかった。


 しかし、日ごろから両親から暴力を受けている人間がこの世界に迷い込んだとき、『暴力を振るわないなんて親じゃない』と気づき、壊したことで第二層への道が開けた。


 第二層の『ステージ』はボスは『蛇』だった。


 噛まれればどんな人間でも猛毒で死ぬ、当時の一般人のシリム量から考慮すれば強力な化け物だった。


 第三層のステージは『おもちゃ箱の中』で、ボスは『歯の生えた赤ん坊』だった。


 胎児のような姿形をしているが、体は鋼のように硬く、駄々をこねたように振るった拳は簡単に人を押し潰し、鳴き声は耳をつんざき、噛みついて人を食った。


 第四層のステージは真っ黒で、ボスは『人面を持つ六本指の怪物』だった。


 人の体を極端に、鉛筆のように細くさせたような姿形をしていて、顔と思しき部分には目と口と思われる三つの穴が空いているだけの虚ろな表情の化け物だった。目には破滅願望を抱かせような『イメージ』が込められていて、目を合わせると自ら死を選ぶかのように棒立ちになった。


 そして第五層のステージは『真っ白な城の跡地』。石灰石を積み重ねたような土地に、まるで騎馬を防ぐかのような城壁。そこに囲まれた鋭い三角屋根の城は半壊していて、中にある貴族の部屋が丸裸になっている。


 そして、ボスは城壁の内部にあり城を背景にした、広場の中央にいた。



 背中に輝く円形の後光に、六枚の白い翼。その翼と同じくらいの白い肌の色に、金色の長い髪と瞳。年齢は10代前半かその辺りに見えるし、青年のようにも見えるし、美少女のようにも見えた。


 ボスは『天使』だった。


 中性的。いや、中性そのもの。服には羽衣のようなものを纏っていた。


 言葉が通じるような見た目をしているが、一切言葉を発さず、ただ黙って岩の上に鎮座している。岩は削り出されたようなものではなく、崖から崩れ落ちた岩石が川で転がっていく内に丸くなったかのような、自然でありながら歪な形をしていた。



「あの岩に近づかない限りは攻撃をしてこない」


「シルク、あれが、五層へのボスなの?」


「多分、そう。内在するシリムの量からして異質。あれは第四層のエネルギーじゃないよ」


「攻撃パターンは?」


「翼を縦横無尽に伸ばし、そこから雷撃を打ち出してくる。食らえば多分、即死。生き残っても、多分、しばらく行動できなくなる」



 さりげない会話の向こうに、常に臨戦態勢。


 天使から、けして目を離さないように情報を交換し合う。



「……それだけ?」


「確認できたのはそれだけ」



 天使の周囲の地面には、木の枝でなぞったような円がぐるりと書き記されていた。



「この線は何?」


「やつのテリトリー。この線より一歩でも踏み出すと攻撃してくる」



 シルクとダリアの会話を聞いていた、ヴァルキリアの戦闘員のひとりは不敵に笑う。



「第三層に比べりゃ可愛いもんじゃん。目を合わせるだけでゲームオーバーのあの化け物に比べりゃ、全然なんとかなりそうじゃん」


「……初めは僕もそう思った、でも、僕が引き返してきた理由は、すぐにわかるよ」



 シルクは手の平から白い棒を作り出し、ひゅんひゅんと回し、後ろ手に構える。


 現実世界の基準で考えれば、歪な構えだ。まるで素手で受け、棒で反撃を志すかのような構えだから。しかし、夢世界においては有効な構えになる。


 シルクの、本気の構え。


 それを見て戦闘員も冗談の類ではないとすぐに感じ取ったのか、ごくりと生唾を飲み込んでそれぞれ武器を作り出し、構える。



「翼を伸ばして、そこから電撃を撃ってくるんだな?」


「目にも止まらぬ早さで、ね。くれぐれも気を抜かないでね」



 シルクたちは円状に散らばり、四方から武器を構える。


 中にはクイッキー仕込みの拳銃を構える者もいた。


 距離にして10歩程度の距離。シルクが描いた円を前に、冷や汗を流しながらじりじりと近づいていく。


 それまでぼうっとしていた天使だったが、徐々に近づいてくる彼らにはもちろんとっくに気づいていて。


 それが、あまりにも浅はかだったから。


 ふぅ、と嘆息した。



 ただ溜息をついただけなのに、それだけで、一同にぞくりと背筋に冷たいものが走った。



 体が強張ったその一瞬の隙で、天使の翼が、ひょいと伸びる。


 眼前に現れた翼を前に、現実世界出身の人間は、多くはそれが攻撃の予兆だと見抜けず、呆然と立ちすくみ、刹那の静寂。


 白い閃光が目を焼いた。


 どん、がらがっしゃんと、幾万の紙をまとめて引き千切ったかのような大轟音が響き渡る。



「―――っ!!」



 辛うじて避けられた前衛はシルクとレオとわずか五人の戦闘員のみ。


 残りの戦闘員は、残らず落雷の餌食になり黒炭の燃えカスのように黒く焦げた。


 ぷすぷすと黒ずんだ炭が体の節々から漏れ出し、そして、カラカラと全身がシリムとなって散っていく。


 死んだ。


 ……死んだ?



「ひっ……」



 あまりにもあっさりと、不条理に奪われた命に、羽根よりも軽い命の有様に、戦闘員のひとりが息を呑む。


 規格外の威力を持つ攻撃を前に、一同はなぜ先ほど溜息程度の所作で戦慄したかを思い知る。溜息程度、ほんの微かに意識を向けられただけで、本能がアレを拒絶したのだ、と。



「シルク!」



 背後でダリアの叫び声。


 シルクはメンバーの中では唯一、ある程度の余裕を持たせて回避できていた。


 すかさず銀色の拳銃を作り出し、打ち込む。爆ぜる火薬と打ち出される弾丸が天使の眉間にブチ当たり、天使は空を仰ぐようにのけ反った。


 シルクは銃を捨て、中距離まで近づき、フレイル、薙刀、長刀と攻撃を連続して打ち込み、そしてトドメにその集大成である棒を構えた。


 瞬間、天使の翼がシルクを包むように展開される。


 今度は、シルクの目にもよく見える。翼部とは、鳥類が空を飛ぶために進化させた器官で、その基となった部位が何かまで、ハッキリとイメージできる。これは手だ。翼の形をしているが、要は便利よく広がる指なんだ。


 白い翼の指先から、青白い光の球のようなものがぽうっと光り、そしてそれが、次の瞬間に爆ぜる。


 落雷。



「~~っ!!」



 ダリアの声にならない叫び声。


 がらがらと鳴り響く轟音の中、シルクは何とか左腕を犠牲にしただけで雷を回避していた。


 カチャカチャと壊れた部位を再生させていく間に、レオが天使に挑む。


 天使はゆっくりと上体を元に戻す。弾丸は、とっくに消えていて、傷跡ひとつなかった。

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