第21話



 俺はどこかのマンションの屋上で立ち呆けて、夜空に輝く星々を眺めていた。


 何もかも失った。ヴァルキリアとしての居場所も、自信も、生きていられる時間さえも。なんなら、自分はイイ感じだと思っていたダリアにさえ、見限られた。



「ぷ、はは」



 師匠クイッキーは殺され、同期はエラーガールとして暴れて。


 もう、逆に俺に何が残ってるのか教えてほしいくらいだ。笑えるな。ホント、笑えるな。


 ……俺は、現実世界じゃロクデナシだった。何で生きてるのか、自分でもはっきり答えられないくらい、惨めな人生を送っていた。そんな人間が、異世界転生みたいな機会を与えられたとしても、急に変われるはずがなくて。


 俺は結局、こうなるんだな。



「なんか、選択肢を間違えたんかなぁ。もっとエラーガールに言葉をかけていれば、クイッキー師匠を慕っていれば、ダリアの意向を汲んでやったら、ソンズの後に続いていれば、結果は変わったんかなぁ」



 俺は煙草を作り出し、火をつけて吸う。


 煙はソンズのものよりも香りが違くて、煙草の銘柄も、俺はひとつしか作れてないのだと思った。嗜好品なんだから、もっと楽しんでおくべきだったのに、いつしか義務のように吸い続けていた。


 生き方にこだわりもなければ、誇りも生まれず、流されるままに時間だけが過ぎ去った。


 俺は、何者でもなかった。


 現実でも、夢でも。


 そんな人間が別の世界に転生したところで、変われるわけもなく。


 ―――ああ、畜生。


 俺はビールを作り出し、それを飲んだ。味は現実と変わらないのに、一切酔うことはなかった。



 もう何本目か、何杯目か。


 煙草の吸殻が意味もなく地面を撫でている。ダリアの建物に焦げ跡つけちまったな。まぁ、もうどうでもいいけど。


 俺が落胆していると、地面からにゅっと何かが生えた。


 ラッパみたいな形をした、拡声器みたいなスピーカーだった。



『……リヴィーズ、聞こえますか』


「今さら何の用だよ」


『その……聞いてしまいました。貴方の、事情を』


「事情?」



 そういえば、最初に306号室をあてがわれてこうして煙草を吸ったとき、俺は部屋の中で独り言を呟いていた気がする。


 現実の体は死にかけていて、今俺が見ているのは最期の夢だと。



『……私は貴方に、同情しています。貴方のような人を救いたいとも思っています』


「そいつぁーご立派だね」


『第五層の場所を、報告します。私たちは数刻後に旅立ちます。この町も消えてしまうことでしょう。貴方は時間を空けて、私たちが攻略をし終えてから扉に来てください。貴方の余生が、末永くあらんことを願います』



 そう言って、スピーカーの下につらつらと記号のようなものが展開されていく。地図だ。バブルとバブルの位置を正確に捉えた、この世界地図だ。


 そして、左方向、バブルを十数個か超えた先に、第五層への扉があるようだ。


 生への執着から、その情報に貪るように食いついた。


 はは、と笑みが零れる。


 なんでこんなに、俺は生にしがみついているんだろう。



 それについて、俺はひとり、こんなことを考えついて、合点していた。



 この世界で死ねば、記憶も消されて、現実で目を覚ます。


 それってさ、疑似的な死だよな。


 ああ、俺、気づいちまった。


 俺たちは、現実世界の人格をベースに作られた二次創作物的な魂なんだ。夢から覚めれば、すべて忘れて現実に戻る。


 でもさ、よく考えてみろよ。それって、現実と同じだろ。俺たちは夜眠る度に現実の記憶を一度リセットさせて、記憶を引き継いだ新しい俺が新しい朝を迎えているんだ。


 俺らは、朝を迎える度に死んでいる。


 そんな人生に、一体何の意味がある?


 そうだよ。あってもなくても、どうでもいいんだ。


 現実に帰るとか帰れないとか、どうでもいいじゃねぇか。今、俺がここにこうして考えて、動いて、『生きていて』、そんで死んだらお終いだっていうんなら、やっぱ毎日を楽しく生きようって思うんだ。


 刹那的快楽主義。短絡的だが真理だろ?


 だからこれから俺がやるべきことも、決まっているんだ。


 圧倒的弱者である俺が取れるべき手段は、いつだって、卑怯なものばかりなのだから。



「ふ、ひひ」



 俺は、自分の口から発せられたものだと思えないほど、歪な笑い声が漏れていた。



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