第19話
倒せた。倒せたがダメージが大きい。攻撃のために消耗したシリムも無視できない。シリムは攻撃手段であり生命でもある。血液を弾丸にして打ち出しているようなものだ。今食った分を踏まえても、同等レベルのやつが出てきたら、俺はもう……。
なんて考える間もなく、次の敵がやってくる。
敵は、まだまだ湧いた。
俺は周囲にいた雑魚兵に、あっという間に組み伏せられた。
もう抵抗する余力はロクに残っていない。
俺は成す術もなく、圧倒的な腕力の差で地面にねじ伏せられた。
この世界じゃ腕力もシリムに否定する。振りほどけないということは、少なく見積もってもひとりひとりが俺と同等の力を持っていることになる。
やっぱり、さっきのやつが特別強かったわけじゃないんだ。
「おい、お前、やるじゃん」
ふと、俺を押さえつけているやつから、気さくに声をかけられた。
目の前で仲間が殺されて、へらへらと、何とでもないように笑ってる。
「お前さ、ヴァルキリアなんてやめてさ。ウチ来なよ。強くなれるぜ」
「見ない顔だな。新人か? その割にやるじゃん」
「ウチは実力至上主義だからな。歓迎すっぞ」
「新人で強いってことは、今みたいに、お前も、人喰いだろ。な」
「どうせお前も、いっぱい人、殺してんだろ」
ぞ、と俺の背筋に冷たいものが走り、動きが止まる。
確かに俺は殺した。でも、悪人だけだ。まだ、お前らみたいな快楽殺人者なんかじゃない。仲間の命を軽んじるようなクズになんて、なるものか。
「お前らと一緒にすんな!!」
そう叫ぶと、男たちはきょとんと互いに顔を見合わせて、ゲラゲラと笑った。
何を大真面目に言ってんだ、と一笑に付すかのように。
それを見て、俺はこいつらとは本質的に分かり合えないんだと悟った。
こいつらにとって、これは楽しいセカンドライフでしかないんだ。どうせ時間制限のついた夢なら、せめて自分だけが楽しく遊んでいようと、そう思っているんだ。
分かり合えるわけがない。『戻ったら死ぬ俺』と、『一度だけの異世界生活』を手にしたこいつらと。
「レオの不在はまたとない好機だ。好きなだけ暴れるぞー。ってお前ら、なーにやってんの?」
ひょいひょいと、気さくな足取りで、ソンズが紫煙をくゆらせながら歩いてくる。
俺はびくりと、縮こまるように押さえつけられたまま、その場に伏せをした。
「あ、隊長。イキのいいやつがいたんで、勧誘っす」
「おう。そいつぁイイな。どうだ少年。好きなだけ壊して食って強くなって、五大欲求から煙草や酒まで楽しみたい放題だぞ。お前もイッパツどうさ?」
「……こ、断ったら」
「ん?」
「断ったら、どうなりますか」
「殺す」
ソンズは煙草を人差し指と中指で軽やかに掴んで、ピッと首を真横になぞり「ちょんぱ♪」と楽しげに笑う。
俺はそう言われて、完全に抵抗する力が抜けて。
それに気づいたか気づかなかったのか、男たちが押さえつけていた手を離す。
俺はソンズを見上げたまま、地面に這いつくばったままだった。
ソンズは舞台役者のように両手を広げて、どこか芝居めいた口調でこう言った。
「さぁ! 勇者よ決断のトキだ! 自分たちを守り育てた聖戦士に反旗を翻すか、それとも夢を楽しむ我らとともに歩むのかーって、あらら、これじゃ一択か。ふはは」
からからとソンズが笑うと、隊員たちも笑う。
「ソンズ、国語の問題だぜ」
「俺、理系なんさー。参った参った」
楽しく談笑している。
その横では、散った団員たちがヴァルキリアの住民たちを攻撃している気配があった。
ところどころから、悲鳴が上がっている。
でも、殺しているわけじゃないんだ、こいつらは。切りつけて、叫ばせて、逃げる様子を楽しんだり、人権を犯したりしてただ楽しんでるだけなんだ。
そんな、悪魔みたいなやつらと、一緒に歩むか、それとも俺ひとりでこの大軍勢と戦うか。
選択肢はふたつにひとつで。
俺は―――。
「お、俺は―――」
「どうするさ」
でも、俺は。
俺は、あんなに、『悪』を毛嫌いしていたのに。
俺の『正義』なんて、こんなちっぽけなんだと思い知る。
沈黙の末、俺は、『俺』を自覚した。
「……生き残れるなら、俺はヴァルキリアも殺せます」
「ぷ、ははは! はっはっは! ふはははははは!!」
俺の回答を聞いて、ソンズは、腹を抱えて、目に涙さえにじませるほど大きな声で笑った。
「こいつはイイ! マジでイイ! お前らマジで面白いやつを見つけたモンじゃん! いいね、お前、ウチ向けだよ。マジで。仲良くやろうさ、な」
笑いいながら、ソンズは煙草を持っていない方の手を俺に差し出す。
俺は友好の証に、その手を取ろうとした、次の瞬間。
「あら?」
ソンズが、あさっての方向へ首を動かした。
「あちゃぱー」
ソンズは冠を抑えるように髪を抑えて、眉をしかめる。
皆、ソンズが見ている方を見る。
ズン、ズズンと地響きを鳴らしながら、それは近付いて来た。
「ソッチが帰ってくるって情報は、聞いてねぇさー」
ズン、とビルを破壊しながら、その男はやってきた。
ひゅん、と背の丈ほどの白杖を振り、土煙が払われる。エメラルドみたいな緑色の目に、灰色の髪をした、高校二年生くらいの少年のように見えた。やや垂れ気味で優しそうな目は、しかし切れ長で怖そうに尖ってもいて、どちらにも見えない。ああ、まだ頬にはふわふわの産毛が残っている。少年という枠組みの中でも細めの骨格で、無地の黒いロングティーシャツからは細い鎖骨が覗いている。そんな少年が、何の装飾もされていない白杖をひゅんひゅんと振り回し、そして長くしなやかな足を駆動させて、ソンズへ飛びかかった。
「おっとぉ!」
白杖の一撃を、ソンズは咄嗟に作り出した棒状の武器で防ぐ。
ソンズの持つ棒はただの棒じゃない。何だアレは。あんな武器は見たことがない。実在しない、夢の武器だ。それはまるでリボルバー拳銃の弾倉のように、火薬筒をいくつも携えた大金槌、あえて名前をつけるとするならば、ガンハンマーだった。
戦艦、花火、火薬、理系、そして煙草。
ここまで情報が出揃えばわかる。ソンズは、火薬の扱いに長けているのだ。
そしてあの大槌は、インパクトの瞬間に装填されている弾倉から火薬が爆ぜる棒つき爆弾だ。
「装填、蒼華結晶・ブルーバレット! 行くぜ、俺的爆殺法ォー!」
ソンズはヒーローみたいに技名を叫びながら、自身の体形以上の大きさを誇る大槌を軽々と振り回し、頭上高く飛翔した後、落下しながら大槌を叩きつける。同時に、強烈な爆破が周囲を襲った。地面を震わす爆音、肌を殴る爆風。
やはり強い。この男。三強と呼ばれるだけはある。
レオさえいなければ敵はいない……?
「まだまだ行くさー! 俺的爆殺法・滅多殴り!」
いや、見間違いか。
否、見間違いではない。ソンズの爆撃を食らって、少年はけろりとした様子で、撃ち返している。
「俺的爆殺法ー! レッドカーペットォ!」
一撃一撃で爆薬をガシャコンガシャコンと装填し、次から次へと大槌を振りかぶるソンズ。ガードしても、ガードの上から爆撃で追撃。振りかぶる度に装填し直し、絶え間なく出鱈目な絨毯爆撃が続いている、ように見えたのは一瞬で、すぐにそれがソンズの一方的な攻撃ではなく、少年からの反撃も含まれる、互角の攻防だったことが分かった。
あのソンズと互角に渡り合っている。しかも、あんな何の変哲もない白杖で。
「ぷっ」
ソンズは煙草を吹き捨て、戦いに集中する。
違う。押されているんだ。三強の、ソンズが。
「何で、あんな白杖で」
「ただの白杖だからだよ」
俺の隣にいる男が、なんか説明しだした。
「何でもアリのこの世界で、大事になるのはシリムの量もそうだが、それを伝える『イメージ』も大事なんだよ。んで、俺たちにとってあの『白杖』は最悪なイメージなワケ」
「でも、所詮はただの棒だろ? 火薬つきのソンズの方が、絶対強いだろうが」
「棒はな、すごいんだよ、棒は。よし、お前に人間の武器の歴史ってやつを教えてやるよ。原始時代、人は木の棒に石をつけて武器にした。だんだん石はより硬い石が選ばれるようになって、研磨されて、剣になった。つまりただの棒ってのは、武器のオリジンなんだよ」
「武器の、オリジン?」
「アイツはこう言ってたぜ。俺たちはそう『イメージ』させられちまってるんだ。『突けば槍』『払えば薙刀』そして『構えは長刀』。ほら見ろよ。隊長でさえ、近づけないんだ」
なるほど、そう言われれば、確かに俺にも見えてきた。
ソンズが戦っている敵の獲物が。
まるで、幾百、幾千もの武器の集合体のように、ただの白杖が強く見える。武器の元祖にして、あらゆる武器の特徴を併せ持つ、何でもアリだからこそ『何も選ばない』故に何者にもなり得る武器。それが、白杖。
つーか俺もイメージできるようになっちまったぞ。どうしてくれるんだ。
しかし、タダのイメージだけで張り合えるってわけじゃないんだろ。
あいつは、それ以上にソンズと互角にやりあえるだけのシリムがある。
ふと、攻防の最中、少年が空へ飛翔した。
まるで月と重なるように上空に位置取ると、喝と白杖が青白い光を帯びた。夜しかないこの世界で久しぶりに見た、眩しい光だ。まるで澄んだ夏の日の地平線の向こう側に広がる青い青い空みたいな、爽やかな光だった。
「痛恨の一撃」
世界が滅びる前の、一瞬の静寂が訪れた。目の前を流れる箒星のように流麗な閃光が迸った。その刹那の間。眼前の世界が崩壊した。
ゾン、と、世界を壊すような一撃が撃ち放たれて、世界が泣いたような音が鳴った。
……は?
その一撃が去った後には、巨大な穴が空いていた。デカいマンション一個分くらいの敷地が消し飛んでいた。穴の底が見えない。世界そのものであるはずの大地が、ことごとく消滅している。こんなにも、あっさりと、一撃で??
俺は、空いた口が塞がらなかったので、右手で無理やり押し込んで閉ざした。
どいつもこいつも、バカげてる。
まるでゼロとイチで構成された世界に対するデリートキーのように、この世界に対する死神のような攻撃だった。まさに、言葉通りの『必殺技』を、彼は放って見せたのだ。
「は、は。さっすがー。『飛び道具はない』この世界で、唯一、遠距離からでも一撃で仕留めてくる理解不能な痛恨の極みな一撃。強さは相変わらず、三強って感じさー。カンパイカンパイ」
相変わらずの軽口だが、ソンズの笑みは強張っている。
やっぱり、イカれてるんだ。
三強の内の一強ってことは、残ってるのは、つまり。
「シルク……」
とん、と軽やかな足取りで着地し、シルクは銀の髪をなびかせてソンズを見下ろすかのように目を細める。
「僕が来た。状況が分かったんならさっさと撤収するんだな、ソンズ。君と僕じゃ、勝負にならない」
「ぷっ、はは! そりゃ、傑作だ。いやいや、言う通りにしてやるさー。だから今日はこの辺で勘弁してちょー」
ソンズは大槌に一発だけ弾を装填させると、ポンと上空に一発の花火を放った。花火は赤の明滅を繰り返し、周囲を赤色に包んだ。
「撤収の合図さ。そんじゃまったねー」
ピッと人差し指と中指を揃えて小さな星を弾くようにウインクして、ソンズは去っていった。
「帰るか」
「ちぇ、今日は収穫ナシかぁ」
それに続いて、ソンズ部隊が次から次へと撤退していく。
俺はそれには続かずに、その場に佇んだままだった。
ちらりとソンズの仲間のひとりが俺を一瞥したが、追ってこないのを見て、ふぅんと頷いた。
「俺たちはここから7つ先のバブルを拠点にしてる。来たけりゃいつでも来な」
三強の内が一強、シルク。
化け物みたいな強さを持っているのに、逃げていくソンズ軍へ追撃する素振りは見せない。しかも、殺していないのか。道中、ビルを破壊しながらやってきたが、中で暴れていたソンズ軍も懲らしめただけで、仕留めていない。
死んだら終わりの世界だから、命を大事にしているのだろうか。
それにしたって、実力差がありすぎだろ。ソンズを圧倒し、雑兵も道中で機能不全に持ち込む圧倒的な強さ。俺は、彼らのレベルの高さと、そして俺自身の現在のレベルを突きつけられて、絶望した。
「シルク!」
背後のマンションから、ダリアが駆けてきた。駆けてきたと言っても、彼女は地面から足を話すわけにはいかないから、相変わらず亡霊のような足取りで、ずるずると歩いて行って、そして。
ちゅ、とシルクと口づけを交わし、抱き合う。
「ダリア。心配かけたね」
「……もう、勝手にどこかに行かないで」
なんだ、そういう仲だったのか、と、俺は、ひとりでなんだかフラれたような気分になった。
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