第18話



 散々。


 散々迷いに迷って、俺はようやくこの結論に至った。


 俺は、悪党を殺すことにした。


 だってよく考えてみろよ。人が人を襲う警備を任されたとして、悪党は市民を食ってどんどん強くなるのに、不殺を誓ってたんじゃ俺はいつまで経っても強くなれない。それじゃあ、今は俺の方が強くても、いつかは追い抜かされて負けちまうだろ。そうしたらもっと多くの人間が困るだろ。


 だからこれはエゴじゃない。ヴァルキリアのためでもあるんだ。


 俺は左手にリボルバー拳銃と右手に日本刀を手に、悪党へ攻撃を仕掛ける。


 ふたりの悪党は、女性の服をむしり、鼻の下を伸ばすような下衆な笑みを浮かべていた。



「手前のハートは心臓か脳かどっちだ」


「ひィっ!?」



 剣で切り込む。右足を前に、右手を前に出して斜め縦一文字に切り払う。避けた相手に空かさず拳銃で追撃。脳も心臓も撃ち抜いちまえば死ぬ。ひとり撃破。


 接近戦になれば剣を逆手に持ち替えて殴るように切り払い、引き金を引く。振り下ろされた撃鉄のハンマーが弾丸のケツを火花が散るほどぶっ叩き、爆ぜる火薬は9.1mmのマグナム弾を撃ち放つ。骨を震わすような振動と、鼓膜を刺激する轟音に、鼻につく鋭い火薬臭。


 殺した手応えには、充分すぎるほどだった。


 衝撃が手の平を伝わり、生温い芋虫が肌の上を這い回っているかのような感覚がずっと残っていた。


 でも、それにももうすっかり慣れていた。



「あ、ありがとうございます」


「……?」



 なぜ礼を言われたのか気づけなかった俺は、そういえばこれはヴァルキリアとしての自警行動だったことを思い出す。


 助けたやつのことなんてどうでもいい。


 ここがダリアの手の平の上じゃなきゃ、こいつもきっと、食っていた。


 俺はレオが不在の間、バカみたいに人を斬っては撃って、レベリングに努めた。これは最高の環境だ。シリムを消費し敵の器からシリムを補充すれば永久機関の完成だからな。


 はは、何がレオだ。何がこのチームの顔だ。バカらしい。



「誰もお前が思うほど、お前のことなんか思ってねーよ」



 俺が月に向かって独り言をぼやくと、足元からスピーカーが現れ、ダリアの声が響く。



『リヴィーズ。加害者は可能な限り生け捕りにしてください。初犯で死刑は、あまりにも残酷です』


「とかなんとか言いながら、こまめに連絡くれるじゃん、ダリア。先のエラーガール騒動で仲間も大勢減った。新参者の俺にさえそんだけ期待せざるを得ない状況なんだろ」


『……はい。貴方は、よく働いてくれています。ですがっ』


「認めてくれよダリア。これが俺のやり方なんだ」


『……』



 ここはダリアが描いた町の上。彼女の手の平の上も同じだ。ここでは何をしても言っても、ダリアに見られているし聞かれている。けど、彼女が何かをできるわけじゃない。


 名目上でも正義のヒーローなら、大抵のことは許される。


 犯罪者が俺に殺されるか、被害者が犯罪者に殺されるか、どっちがいいかという話だ。ダリアはもちろん、俺を選んでくれている。



「っていうか、レオのやつ、ここを出て行って丸一日くらい経ってるけど、まだ追ってんのかなぁ」


『レオは必ず帰ってきます。それまで、治安の維持に努めてください』


「なぁ、レオとクイッキーって、デキてたのかなぁ」


『……これ以上の私語は厳禁です。警備に集中してください』


「硬いこと言うなよ。いくら疲れないからって24時間はキツいよ。なぁ、ダリアはどうなの」


『……』


「彼氏とかいるの? 美人だもんな、ダリア」


『通信を切ります』



 お咎めもないまま、俺は浮かれていたのかもしれない。


 俺はそんな風に、しばらくの間、限りある富を食らいまくった。



 しかし、盛者必衰とはよく言ったもので、そんな束の間の俺の栄光も、すぐに終わりを迎えることになる。



「……ダリア。おい、ダリア。聞いてるんだろ。確認しろ。空に何か見える」


『何か、とは何ですか。報告は具体的にお願いします。こちらは、多数の戦況から耳を傾けているのです。必要最低限の言葉で、簡潔にですね……』



 銀河が瞬くミルキーウェイの奥から、それはやってきた。


 どんぶらこっこ、どんぶらこっこと波もないのに起伏を描き、宇宙から船がやってくる。


 それは菱形をした鉄の船だ。大きな大きな鉛色の戦艦だ。船首の方が恐ろしく広く、悪魔の触手みたいにわらわらと砲台が生えている。遠目で見たときは小さな粒のようだったが、接近してきて、ようやくその実寸がわかった。



「ダリア。戦艦だ。町ひとつありそうなバカでかい戦艦が、突っ込んでくる!」


『戦艦?』



 きゅらきゅら、と戦艦の砲台が動き、ズン、ズズンと砲撃が始まる。


 いや、攻撃じゃない。花火だ。手から離れたシリムはすぐに消えてしまうから、ただ派手に遊んでいるだけだ。ひゅ~、ドンドンと。色とりどり輝く花火の残影を見つめながら、ぞくり、と背筋が凍る。


 バカげている。


 どれだけシリムの量を持っていれば、どれだけ火薬の知識があれば、あんな芸当ができる? アホみたいな花火一発で俺の全身全霊よりもシリムの量が上回っていることが分かる。


 俺は花火を上げて接近してくる戦艦を、その場で退かずに仁王立ちしていた。


 恐怖で固まって、動けなかった。


 ただただ俺は、目の前で起こる人智を越えた現象を見守るしか術がなかった。


 やがて戦艦が目と鼻の先まで近づいて来た。が、止まらない。止まる気配がない。



「ぶつかるぞ!!」



 俺はダリアのいるビルの方まで退避し、その三軒手前ほどで、戦艦は地面に突き刺さるような形で墜落した。隕石が落ちてきたかのような衝撃が地面を伝って足の裏に伝わる。


 土煙を上げる船からは、ぞろぞろと色とりどりの人間が上陸してくる。夢の世界だ。統一感などあったもんじゃない。芝犬の着ぐるみを被っているやつもいるし、金髪碧眼の超絶イケメンもいれば、薄ハゲのおっさんもいる。


 そして、信じられないことに、そのバカでかい戦艦はカチャカチャと崩れたパズルのピースみたいに粉になって消えていった。


 作った物だったんだ。誰かが。


 ふざけてる。砲撃の一発一発が俺よりも強かったのに、それを支える船ごとあっさりと消して、ケロリとしている。


 バカみたいな、力量の差を感じた。



「さぁさぁ皆様ご注目~。我らが太陽。ソンズ様のおな~り~」



 遠くにいてもはっきりとわかる、アレがボスだと。


 彼の頭には太陽の輪郭のような冠が、片目を隠すような燃えるような赤い髪に乗っている。もう片方の目はやる気なさそうに垂れている。細長い顔立ち。体の全体的なパーツが細く、首元もひょろりと長い。トランプのモノクロみたいな柄のシャツを着て、濃い紅色みたいなパンツを履いて、やたらと尖がったブーツを履いている。


 飄々としているように見えるが、内に秘めたシリムが、にじみ出てきて、感じる。


 あれの内には、戦艦以上の武力を秘めている。



「ダリア。返事をしろ、ダリア!!」


『そ、ソンズです。まさか。レオの不在を聞きつけて……!?』



 俺は状況を整理する。


 レオの不在はヴァルキリアでも一部しか知らされていない。当然だ。抑止力がいなくなったとなれば、俺や他の戦闘員がどれだけ駆け回ったところで騒動は止まらない。


 だから、レオのエラーガール追跡作戦は秘密に行われていた。ご丁寧に、レオは自分の姿形を『女性』の姿に整形してから出発している。バレるはずがない。


 何でもアリの夢世界だが、手から離れたものはただちに消える。つまり通信機器などなく、離れた相手と会話をするなら今のダリアのようにスピーカーを生やすか、糸電話のようなものを作る必要がある。


 ヴァルキリアから糸が伸びていないということは、ヴァルキリアの中に情報を漏洩させた敵がいたんだ。何だよ、俺以外のやつも大概クズばっかじゃねぇか。


 ソンズという男は、煙草にジッポライターで火をつけて、ふぅと軽やかに息を吐き出す。



「おーっ、すげぇな。俺っちのことを見ても逃げてねーやつがいるぞ。バカか勇者かどっちかさー。お前らー。相手してやれ」



 ソンズの背後から、わらわらと巣を突いた小蜘蛛のように敵が湧いた。


 夢世界の住人。色とりどりだ。黒い鎧を着ていたり、ヴォ―カロイドみたいな格好をしていたり、学生服のやつもいれば、宇宙服みたいなやつまでいるし、本当に、好きに生きている連中なんだと思った。


 俺は銃と剣を構えて、攻勢を取る。



「俺がやるぜーっ!」



 湧いた小蜘蛛の一匹が、俺に向かって駆け込んできた。


 中国の陰陽師みたいな、モノクロのローブみたいなものを羽織っている男だった。



「俺は何日もかけて符を作り続けているっ! お前に俺の符を受けられるかーっ!?」


「はぁ!?」


「食らえっ! 爆符・バクレツボンバー!」



 意味の分からない札のようなものを投げつけられ、本能的にそれを大振りに避ける。符は手榴弾のように爆発し、びゅうと爆風が吹いて髪を撫でた。



「何のっ! まだまだあるぞ!」



 わざわざそう宣言しながら、相手は両手いっぱいに札を広げてみせる。


 っざけんな。


 こんなん、雑魚の能力じゃねーか。


 俺は銃撃で札を撃ち抜く。ドカン、ドカンと札は立て続けに爆発していく。やつの手元で爆発させればさせるほど爆発の威力は高い。当然だ。手元から離れたら消滅するのがこの世界の基本ルールだからだ。


 なのに、手元から離れてもなお、俺を弾き飛ばすほどのこの威力。


 非効率的なのに、なんで、こんな。


 こんな、こんな雑魚の一匹でさえ。


 俺と互角かそれ以上……!?



「氷符・アイススパイク! 炎符・えーと、インフェルノゥ! まだまだ、雷符・サンダーボルツ!」



 こんな羽虫みてーな雑魚共が、数十人いる。


 イデリアでレベリングをした時間イコール強さだとは知っているが、ここまで一方的になるものなのか。


 ふざけんな、マジで、ふざけんなよ……!



「あぁぁぁぁぁああああ!!」



 俺は腹の底から湧き上がる行き場のない怒りをせめて声にして振り絞りながら、全身全霊の剣激と銃弾で、札をぺらぺら振りまいてくるやつを攻撃する。


 雷が肌を舐め、氷は剣の柄を冷やして手の皮を焼き、爆風は骨を震わせた。


 残りあるシリムの量など知ったものか。こいつを殺さなきゃ、まず、俺が殺されちまう。


 渾身の弾丸は札を撃ち抜いて男を貫通し、爆雷を放つ札は剣で切り伏せた。


 肉薄し、銃口をやつの胸元に押しつける。



「おい、待てよい」



 間の抜けたような男の声。



「こ、殺すのか?」


「殺さなきゃ、殺すだろ」



 ガウン、と引き金を引いて


 男はカラカラと崩れ落ち、俺は中から溢れたシリムを食らった。

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