第17話
レオは、現実ではただの喧嘩が得意な悪ガキだった。幼い頃から他人より一回り体が大きくて、強かった。それで調子に乗って暴れまわり、あっという間に警察のお世話になった
レオは世界を小馬鹿にしていた。どいつもこいつも「親の言うことを聞きなさい」だの「お利口にしなさい」だのと寝言を垂れるからだ。レオの両親は酒に入り浸り、平気で子を殴るクズだった。
レオはただムカついていた。家とその家を中心に広がるこの世界に。
(胸糞悪ぃ……)
レオがこの世界に迷い込んだのは、そんな矢先のことだった。
レオがイデリアを訪れたとき、世界はまだ混沌としていた。秩序も法もなかった。
人が人から命を奪うのは、当たり前の世界だった。
それが、『なんとなく目障りだった』から、レオは虐げる方を殴ることにした。
崇高な理念とか、大義名分があったからではない。ただ、強い者から尻尾を巻いて逃げる癖に、自分よりも弱い者を見つけると目敏く攻撃をするような人間の、性根が気に食わなかっただけだっただろう。
それでも、そうやって悪者をシメていると、やがて風評が広がるようになった。
『金髪の青年が暴漢を一瞬で殴り飛ばしてくれた』
『マジでヒーローかと思った』
『彼にはピンチを救ってもらいました』
『獅子みたいな男だった』
『獅子、レオって格好良いよな』
『レオじゃん』
『レオだ』
『レオ』
他人から、そう言われるようになった。
「レオだよ。君の存在はこの世界の救世主になりうる」
そんなレオに、声をかけたのは自分よりもずっと小柄な少年だった。
女みたいな長髪に、小顔。睫の長い中性的な美少年が、学ランに学帽を被ってそこに立っていた。
彼はレオに向かって笑顔を向けた。現代と古風の中間みたいな格好で、性別もどっちつかずで、年齢も大人でも子供でもない彼は、何もかもがアンバランスだった。
「誰だ、あんた」
そのレオの問いに、少年は答えず。
ただ、ひょろ長い人差し指で地面を示して、こう言う。
「混沌」
「……は?」
唐突な物言いに、首を傾げるのが自然。
逆説から話したがるのは、学帽の少年の癖だった。
少年はトンボを捕まえるときの子供のように、くるくると指を回した。
「混沌、この言葉の意味がわかるかね」
「はぁ? ……こんがらがっているっつう意味だろ」
「どう書くかわかるかね」
「知るか、ンなモン」
「混沌は、どちらもさんずいがつく水に由来する漢字だ。混沌は山や川と同じ、象形文字なのだよ。混沌という言葉の本来の意味は、水の中で糸が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになる様のことを言う。わかるかね。今、この世界は、この街は、混沌の渦を巻いているんだ」
「はぁ?」
「複雑に入り乱れてしまった糸を戻すためには、水の中に錘を投擲するように、ひとつに集める必要がある。一点だ。可能な限り重い、ひとつの錘だ。つまり象徴だよ、わかるかね、レオ」
「はぁ」
「君がその象徴になるんだ。ヒーローとして、どうか、この世界を救ってほしい」
どん底にいたレオに、手を差し伸べてくれる人がいた。
彼は、名をシャークマティと言った。
ヴァルキリアは、レオとシャークマティのふたりから始まった慈善活動の延長線に出来上がった国だった。
「(今だから分かる。俺は、運が良かっただけなんだ。ただの素行の悪いガキからヒーローになれたのは、あのとき手を差し伸べてくれた人がいたからだ。本当なんだ。それ以外の、何物でもないんだ)」
だが目の前で気を違えたように口を動かすエラーガールは。
きっと、誰にも救ってもらえなかったんだ。だから、ピーチクパーチクと、がなり立てることでしか自分を表現できない。気狂い少女と化している。
「お前が本当に苦痛を味わい、絶望の淵にいたときに、誰も助けはいなかったんだろう」
胸が締め付けられるような思いがして、レオはより力強く拳を握りしめた。
どんなに腕っぷしを鍛えても、過去に戻って彼女を救うことはできない。
クイッキーの死を無かったことにもできない。
過去に戻れないから、今、手を差し伸べるしかないんだ。
「……辛かったよな。悲しかったよな。だけど、想像してみてくれ。頼むよ、想像するだけでいいんだ。お前がもう駄目だと挫けたそのときに、俺がお前の傍にいてやれたら、助けになれたかもしれないんだ。他の誰でもない、お前の助けに」
エラーガールは、けろりとした顔で、人より大きな口を開けた。
「きんも」
ドズン、と大砲のようなレオの拳が、エラーガールを打ちのめす。ビグン、とエラーガールは痙攣するように跳ね上がり、飛び下がる。
多少の怪我なら治せる。『多少の怪我』なら。しかし、度重なる損傷を受ければハートの中のシリムが尽きれば回復のため昏睡状態に入る。
世界最強の一角、レオの攻撃を、何発耐えられるだろうか。
レオは、エラーガールが機能不全になるまで戦い続けるつもりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます