第16話
『レオ……大好き』
クイッキーが残した最後の言葉は、レオの耳に呪いのように残っていた。
最後に残す言葉は、他にもたくさんあったはずだ。仲間への思いとか、相手の攻略法とか、自分のこととか、それこそ『死にたくない』とか『生きたい』とか『畜生』とか。
のに、彼女が残した言葉は『大好き』だった。
ぎり、といくら歯噛みをして悔いても悔やみきれない。しかし、悔やみ続けていても仕方がない。レオは我武者羅に髪を掻きむしり、『敗因』を考える。
足一本、完全に修復する前に駆けつけるべきだった。いや、そもそも不覚を取って攻撃を受けたのがそもそもの敗因だ。
シリムの配分は、人によって異なる。レオは生粋のアタッカーだ。だから拳に大半のシリムが集まっていて、また攻撃を当てることに躍起になりすぎて、脚部への守りが薄くなっていた。
そこもきっと、恐らく見抜かれた上での一撃だった。
エラーガールの動き、あれはアイソレーション・ダンスだ。自分の体の、あらゆる関節の動きをコントロールし、第三者を巧みに翻弄する。芸術の粋。
あれを攻略し、やつに有効な攻撃を加える手段は、今のレオには無い。
「隊長。エラーガールを見つけたそうです」
「わかった」
レオを含めた『エラーガール対応部隊』は、合計3人の精鋭となっていた。精鋭とはいえ、彼らは戦闘を得意としているわけではない。戦うのはあくまで、レオひとりだ。
エラーガールはマンションの屋上を駆け回っていた。
イデリアは場所によって地形が異なる。山や草原ばかりではなく、ダリアが作っていたような都市のような形をしていたりする。まるで現実世界の一部分を切り取って持ってきたかのように、歪にぽつりぽつりと文明が点在している。
この世界を見れば見るほど、いかにここが『夢』なのかがわかる。
コンクリートの地面に見えて、生クリームみたいな沼になっている場所があったり、湖面に見えて歩ける場所もある。
マンションの屋上は、トランポリンのようにぼよんぼよんと弾んでいた。
エラーガールはマンションの屋上から屋上へ、陽気に飛び跳ねている。病的に華奢な細い体に不釣り合いなふっくらとした胸元、一等星のようにギラつく目が、夜空の下で光を放っている。
「アは」
その屋上はトランポリンのように弾力はなく、革靴の音がカツコツと鳴るような場所だった。
エラーガールと、レオが邂逅を果たす。
「嗚呼見たことあるわアナタお久しぶりねお久しぶりよねご無沙汰はまだしてないわよねええええそうでしょうとも会えなかった時間で他人との距離感を選ぶなんてコトバって傲慢よねどれだけ思いを詰めたって思いが積もるだけなのに!!」
「……『エラーガール』。お前を捕らえる」
「捕らえるですって捕らえるって言ったわよね生け捕りにするって意味よねあらあらあららおかしな雰囲気だわだってアナタのその目ってば血の味を覚えた野犬みたいにギラギラしていてとてもじゃないけど手を出したら噛み千切られてしまいそうなんだもの!!」
「捕らえる」
「そうねそうねそうなのねアナタってばそうなのね覚悟をキメた人っていうのは薬中みたいに厄介だわでもそうやって自分を貫いて来たからこそ今のヒーローみたいなアナタがあるんでしょうねだってだってなりたいなりたいと思っているばかりじゃアタシたちいつまで経っても玄関のベルだから!!」
人が聞き取れるレベルの早口ではなく、気を違えたとしか思えないほど、彼女は早口でまくし立てるように話す。しかしエラーガールは気を違えているわけではない。ただ、他人の認識が追いつくよりも前に会話をしてしまうだけなのだ。
世間はそれを、気狂いと呼ぶのだが。
「お前を逃がさない。『レオ』の名に賭けて」
ばさり、とレオの羽織っていたマントが広がった。夜空を覆い尽くすほど広がり、あっという間にマンションを包み込み、球状のドームを作り出す。
周囲一帯が、レオのマントで逃げ場もなく包囲された。
「……アは?」
「お前のデタラメな回避を見切ることは今の俺にはできない。だが、お前をここにとどめ、攻撃し続けることはできる。今度は不覚も取らんぞ」
レオはそう言いながら、余裕をもって、ずんずんと歩を進める。
エラーガールは周囲を見て、その異様な光景に、ただただ目をぎゅるぎゅると回す。
どれだけのシリム量を分散すればこれだけ巨大なドームを作り出せるのか。またそれを維持しながら余裕綽綽としていられる『三強』の一角の力の差に気づき、バタバタと慌て、ふためく。
「ば、ばばばばバカげてるわアナタ!? マントを広げてアタシを飲み込んでこの中でずっとダンスを踊ろうっていうの頭おかしいにもほどがあるわだってそれってワンナイトどころじゃ……」
「安心しろ。夜は明けない」
捕らえられないのなら、捕え続けるしかない。攻撃が当たらないのならば、攻撃を打ち続けるしかない。レオは不器用な男だ。しかし、けして諦めない男だ。
レオの作戦は、シンプルで、バカげていて、エラーガールよりも、ぶっ飛んでいた。
筋骨隆々なレオの拳が次から次へと放たれて、薄っぺらいエラーガールの体がそれをひらりひらりと回避する。何発避けられても関係ない。エラーガールは何度か反撃を試みるが、油断をしていないレオの体は巌のように硬く、まるで攻撃が通らなかった。
シリムの差は歴然。エラーガールのいかなる攻撃も有効打にはならない。が、エラーガールにはアイソレーションがある。攻撃はいくらでも回避できる。
『集中力を切らさなければ』。
漆黒に包まれたドームの中で、心を摘み取るような戦いが、延々と続いた。
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