第15話



 青い長髪の少女は、鳴りやまないエラーメッセージのようにがなり立てることから、エラーガールと呼ばれるようになっていた。


 エラーガールは、その事件を起こし、見事に逃げ遂せてみせた。


 クイッキーが破れ、その後も25名も食べた彼女は、悪名高いエラーガールとして瞬く間に噂が流布した。そして、彼女はヴァルキリアに最悪の闇を残して去った。それは『人を殺しても捕まらない』という真実。


 この世界に、警察もなければ法もないのだ。


 俺の同期もみんな、人を殺して食らうようになった。


 組織はほとんど瓦解し、町は第一区画まで縮小した。


 今となってはヴァルキリアのメンバーは戦闘員が10名とちょっとしか残っていない状況だった。



「お前もヤるか? 結構、イケるぞ」



 女の髪を掴んで、そんな最低な提案をしてくる同期がいた。


 俺は別に、正義の味方なんてガラじゃないと思ってた。誰かを助ける気なんてさらさらなかった。俺は、俺がハッピーでいられればそれでよかったんだ。


 でも、これは。


 『悪』は、なんとなく胸糞悪いと思っていた。



 俺は銃と剣を取り出し、応戦した。


 結構善戦したと思う。でも、同期の三人組には、もう力及ばなくなっていて、命からがら逃げるので精いっぱいだった。



 人を殺せばあんなに簡単に強くなれるのか、と町の中を走りながら、欠けた右腕を抑えながら嗚咽を漏らした。あいつら、狩りだってマトモにできなかったのに。もう俺より強い。俺は俺の人生の安寧のためにも手段なんて選んでいられないのに、でも、他人を殺すのはどうしても気持ち悪いと思って、できなかった。



 第三者からの干渉がない世界では、秩序は容易に崩壊する。


 夢世界の八割以上の人間は『この世界にルールなんてない』と思い込んでいるようだった。それも当然といえば当然で、彼らにとっては『ただの夢』に過ぎないからだ。別にこの世界で死んでも現実に戻るだけ。彼らの心境は100円玉を握りしめてゲームセンターに入った少年少女のそれだ。ワンコインで遊べるだけ遊んじまおうぜ、としか考えていない。


 他人を殺すことも、ゲームの世界なら簡単にできる。彼らにとってここは第二の現実ではなく、あくまでも、『夢の世界』なんだ。


 俺は三強と呼ばれる人材をふたりも確保していながら、平穏を保つので精一杯だったヴァルキリアの状況を、エラーガールが暴れた後になってようやく理解した。


 『ルールがないのがルール』という考え方で生きている彼らにとって、弱者生存はルールの強要に当たる。何でもアリのこの世界でわざわざ『制限』を設けるヴァルキリアは、『悪』なんだ。『反国民』は俺たちの方なんだ。


 だからこれだけ劣勢に立たされている。どいつもこいつも、自身の快楽のためなら他者を簡単に虐げるし、悲鳴を上げさせて悦び弄び殺す。



 強くならなきゃ、この世界では生きていられない。


 俺が死んだら、あの現実に戻る。


 文字通りの死が、すぐそこまで手を伸ばしている。


 下層に行く以前の問題が生まれた。俺は、こんな世界で生きていけるほど強くならなければいけない。



 俺は拠点となっているビルのエレベーターを昇り、レオとダリアの待つそこに足を踏み入れた。



「なぁ、俺は、どうすればいい」



 俺は、自分でも情けなくなるくらい弱った声でそう尋ねた。


 ダリアもレオも、憂鬱そうな顔で俯いたままだった。


 ああ、そうだよな。お前らにとっちゃ、長く付き合ってきたクイッキーをやられたことの方がショッキングだよな。俺のことなんて、どうでもいいよな。


 落ち込んだ俺に気づく人なんているはずもなく。


 彼らは、俺には分からない会話を続けていた。



「エラーガールは心を閉ざすイメージを携えていた『仮面持ち(マスカット)』だった。気づけていたはずだぞ、ダリア」


「それは貴方もでしょう、レオ。あの眼鏡が『仮面』だったなんて、私だって気づけなかった。ずっと隠していたんだわ。自分の本性を」


「……俺はエラーガールを捕らえる。ダリア、留守は任せるぞ」


「仇討ちするつもりなの?」


「違う。新たに増えた無法者どもはエラーガールを象徴に増幅している。見せしめに捕えれば、有象無象の雑魚どもは大人しくなるはずだ」


「レオ……」


「だから俺は、エラーガールを捕らえる」



 二度、同じことを言って、ようやくレオは顔を上げて、ヴァルキリアを離れた。


 その顔が、俺に向くことはなかった。


 俺は、何が何でもこの地獄を生き延びてやる、と腹をくくった。


 最悪の場合、加害者を食らってでも。

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