第14話



 黒い町並みが続く。


 第三区画は、ビルのひとつひとつをダリアが一日かけて建設したものなので、全区画の中でも凹凸が大きい大都市となっていた。


 その中でもとりわけ背の高いビルの上に立ち、クイッキーはいつもの『銃』を作り出す。シュモクザメのように、先端が膨らんだ銃だ。リヴィーズはこれを狙撃銃だと勘違いしていたが、これは狙撃銃ではなく、対物ライフルだ。


 無数の星々と月が輝く夢の夜空の元に、黒々とした凶器が鈍く光る。


 夢世界において、肉体から離れた物質の消滅は、狙撃手の腕に関係なく指数関数的に加速していく。クイッキーであっても狙撃の最大有効距離はおよそ5キロ。それ以上は誰であっても弾丸が消滅する。



「狙撃でやつを殺す」


『よせ、クイッキー!』


「あいつを育てた、あたしにも責任があんだよ」


『あいつは普通じゃなかった。逃げろ、クイッキー!』


「逃げる? ハッ。一方的に狙撃できるこの状況下で、あたしの敗北はあり得ない」



 クイッキーは三脚を取り出し、屋上に寝そべって狙撃の体勢に入る。


 少女は町を歩く人を無差別に食っているところだった。


 今はウキウキとピクニックに行く幼稚園児みたいな足取りで町を歩いている。


 彼女がクズだということに気づけなかった、これは、クイッキーが自分自身へつける落とし前でもある。


 クイッキーはゆっくりと標準を合わせる。スコープ越しに、少女は無邪気に人々を食い殺していた。


 その蛮行を止めるべく。


 引き金が絞られ、爆薬が爆ぜる。


 音と光の伝達は現実世界と相違ない。弾丸は音イメージが届くよりも早く対象物を撃ち抜く。


 撃ち抜かれる側からすれば、無音の一撃。心臓にあるハートを撃ち抜けば、それで仕舞いだ。


 ガウン、と彼女の膨らんだ胸元に風穴が空いて、まるで壁に杭を打ちつけられた吸血鬼のように、ビルの一角にびしゃんと打ちつけられる。


 生温い風が吹いたような気がした。



「……!?」



 少女はゆるりと身を動かし、カチャカチャと胸元を再生させていた。


 ちっ、とクイッキーが舌を打つ。


 ハートが心臓にないパターンだ。やつの核はおそらく『脳』にある。


 次弾装填のためコッキングをし、リンと空薬莢を排出して次弾を作り出し、挿入。再び射撃体勢に入る。少女はじっとクイッキーの方を見たまま、両腕を広げて、かくん、かくんと動き出した。


 奇怪な動きに翻弄され、次弾はまるで当たらなかった。そもそも頭部を狙うのは人体を狙う上で最も難しい。心臓なら外しても他の部位に当たるが、頭の場合はスカしかない。



『クイッキー! 狙撃を外したんならいったん退け! 俺の回復が終わった。俺がやつを追い詰める!』


「バカ言え。あたしが外すかよ」


『これ以上、深追いをするな!』


「あいつの武装はパンツに突っ込んであるリボルバー拳銃だけだ。射程距離外なんだよ。こっから一方的に攻撃できる」



 クイッキーは空薬莢を吐き出し、次の弾を作り出し、再び狙撃する。


 しかし、彼女には当たらない。


 何発も何発も、ビルに水玉模様を描くだけで、当たらない。


 消耗が激しくなり、息切れを起こしながらも、クイッキーは再び空薬莢を弾き出した。彼女は意地になっていた。本当のところは、自分が育てたことに責任感を覚えていたことなんてどうでもよかった。ただ、レオに傷をつけたやつを野放しになんてできないという一心が、彼女を突き動かしていた。



 射撃の間に、少女はパンツから拳銃を抜いた。


 ぬる、ぬるぬるっと。


 人肌に温められた金属の筒が、彼女の太腿を撫でながら顔を出す。持ち手はリボルバー拳銃だが、銃口が異様なほど長い、夢世界のリボルバー拳銃。まるで狙撃銃のような銃身をぬらりと光らせ、それはゆっくりとビルの屋上にいるクイッキーへ照準を合わせられる。


 腰から膝までの長さに改造された、異様なマグナム。



「あっはぁん」



 銃口が長ければ長いほど長距離での射撃は安定する。そして弾丸にライフル弾を使えば、狙撃におけるアドバンテージはスコープ以外に差はなくなる。



 がちゃ、とリロードアクションを終えて、再びスコープを覗き込んだクイッキーが見たのは、銃口をこちらに向けている、青い髪の少女の姿だった。


 ガウン、と強烈な衝撃が、クイッキーを突き抜けた。


 脳天から心臓まで、突き抜ける死の衝撃。


 クイッキーは寝そべった体勢のまま、がちゃりと倒れた。


 スピーカーからは、ずっとレオの声が聞こえている。


 きーん、と金属音のようなものが鳴り響く中、クイッキーは、自分の最期を悟って、こう告げた。



「レオ……大好き」



 パラパラと、ビルの屋上でパズルのピースが砕けるように、クイッキーが散った。


 塵になってきていく彼女を見て、長髪の少女は、ケタケタと、笑った。



「逝った? 逝ったわ逝ったのねだってそうよアタシってばやっぱり悪者だから振りかざすものじゃないのだって悪者なんだから悪は貫くものだからアナタも貫いてそれでお仕舞よ嗚呼そうね一言いっておかなきゃいけないことがあったわね育ててくれてアリガトウ!!」



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