第5話



 さらに下層にやってきた。四階くらいだっただろうか。階を跨ぐごとに、階段での戦闘が激しくなっているように見える。


 ひとつ前のときは地面が焦げてたり、めくれてたり、弾痕がいくつかあったくらいだったのに、四階層は巨大人型ロボットが激突したか、あるいは10m越えの巨人が拳にダイナマイトをつけて殴り合ったのか。まるで隕石落下後のクレーターみたいに地面が抉られていた。


 まぁ、クレーターなんて見たことないけど。そんな感じって話だ。


 日本にあるクレーターの名所ってどこだっけ。知らんけど。



「おっ」



 なんだか視界が賑やかになってきた。


 黒い建物がにょきにょきと建ち並んでいる。三角屋根の西洋風な家を、橙色の街灯が照らしている。黒に橙。ハロウィンみたいだ。建物もところどころ崩壊していて、どこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。


 視界の奥に高層マンションが見えるのが、ちょっと雰囲気を壊している感が否めなくもないが、細かいことはいい。とにかく、人が住んでる町並みだってことだ。上階にいた金髪の話なんて嘘っぱちじゃないか。


 雰囲気ある町の中を歩いていくと、やがて人影が見えてきた。


 やった、モンスターじゃない。住民だ。黒いドレスを着ている上背のある細身の綺麗な人。真っ白な肌に銀色の髪。エルフみたいな美女が、どこかぼうっと呆けながら歩いている。



「あの、すいません」



 声をかけると、女性は猫のような真っ黒な目をこちらに向けてきた。ずっと眠れていない人のような、どこか狂気じみた、底なし沼のような黒い瞳だった。


 彼女は、にっこりと笑みを浮かべて、俺にこう尋ねてきた。



「貴方は、神を信じますか」


「は?」


「神様は、存在するのです」


「はぁ」


「神様はそこにいて、必ずその人が乗り越えられる試練をお与えになるのです」



 やべー人に話しかけちゃったかもしれん。


 神様? いるわけねーだろ。こちとら前の世界じゃアホな車に跳ね飛ばされてるんだぞ。現実に負けじと生きてた俺の心を折るような真似をして、あれが試練なはずないだろが。



「神様なんていねーよ。俺は信じない」


「そうですか」



 意外にも話は通じるようで、彼女は俺の一言であっさり宗教勧誘的な行為を諦め、では、と手をパンと叩いた。



「新しく『イデリア』に来られた方ですね?」


「なんでみんなそんな新参者に敏感なの?」


「顔」



 美女は自分の頬っぺをぷにっと指差して、にこりと笑う。


 無邪気で綺麗な笑顔だ。



「新入りって書いてあります」


「うっそだー」



 そんな可愛らしいことを言う。


 あれ、俺の異世界生活の『残念美少女』はこんな感じなのか?


 ……うん、まぁ、改めて見ればスタイルは悪くないどころか良い方だ。上背はあるが胸もまぁ手に収まるくらいのサイズで、腰もぷりっとしている。


 確かに魅力的、かもしれない。(ごくり)



「ご案内しますよ。まずは私たちのお城にご案内します」


「あ、やっぱあんだ。そーいうの。ギルドっつーの?」


「自警団です」


「なんか物騒な響きだな」


「そうでしょうね。私たちは常に人間と戦っていますから」


「……人間と? なんで?」


「食べられるから、ですよ」



 くるりと背を向け、女性は歩いていく。ずり、ずり、と、出来損ないのゾンビみたいな奇妙な歩き方で、けして地面から足を離さないようにして歩いていく。変な人だ。やっぱり残念な美人かもしれない。


 ついて来いってことだろうか。


 人と戦い続けている組織? 人は食べられる?


 俺は自分の胸の上に手を置いて、心臓の音なんてとっくにしていないことに、今更気づいた。

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