二話 プロットから分かるこんなライトノベルは嫌だ



「とりあえず無事とは言わないが……若干の一名の負傷者は出た。SS(ショートショート)を書き終えたが、どうだ? 語部、誤植はやっていけそうか?」

ラノケンの部室でデスクに座る教子先生はデスクトップPCのキーボードを打ちながら言う。机には入部届の用紙が二枚置かれていた。

「大丈夫です。次は怪我をしないように気をつけます」

 書也の顎の湿布は取れてはいるものの、少し痛そうに何度か顎を押さえた。

「はい、誤字脱字でもラノベ作家を目指します!」

 愛は少し恥ずかしそうに言う。

「意気込みはよしか……分かった。席につけ」

 書也と愛が席につくと、教子先生はラノケンメンバーがいるかを確認した。

「みんな揃ったな……誤植は事前に何度か来ているが、改めて紹介する。語部書也と誤植愛の二名、一年が新入部員となった。優しく教えてやれよ」

【はい】

 揃った声で先輩のラノケンのメンバーが言う。

「久しぶりにSS(ショートショート)を書いたものが多かったと思うが、誤植に限らず、誤字脱字は多かったと思う。変な日本語を使っていたり、改めて自分の文章が下手だと思った奴もいただろう。自分の文章が下手だと思った奴はプロから学べ、自分の好きなラノベ小説を何冊か選んで、文章を書き写してトレーニングするのもいいだろう。最近では小説も音声化しているので、それを聞いて自分の小説と何が違うのか比べるのもいいだろう。小説以外でも学べるものは多い。例えば広告のキャッチフレーズは見た者を引きつける文章が何処かに隠れている。何気なくCMなんかでも台詞や心理描写が表現されているので、それを文字にしたらと考えてみたりな。最近ではアニメ化したラノベ作品もあるので、文章がどう映像化しているのか、見比べても勉強になるだろう」

「教子先生! プロットはいつやるのよ?」

 友美が苛々した口調で言うと、教子先生は顔をしかめた。

「まったくお前は……順序というものがあるのに……一年の新入部員がいるからな。プロットの書き方から説明する。二年、三年は復習だと思って聞いてくれ。先ほどプロットの話が出たが、プロットとは物語の重要な出来事をまとめた要約になる。昔、私が書いたものがあるので、まずはプロジェクターを見てくれ。初めての語部は共有フォルダから私の現語プロットをダウンロードしてくれ」

 プロジェクターには教子先生がプレゼンテーションソフトで書いたと思われるプロットが映し出される。共有データには教子先生のプロットがあり、事細かに文字が記載され、PDF化されている。

「私はプロットをワープロソフトではなく、プレゼンテーションソフトで書いているが、どんなソフトでも構わない。中には論理屋のようにスプレッドシートで書く変人もいるからな。書き方の順番としてはタイトル名、コンセプトだ」

 プロジェクターにタイトルの十二星座物語に黒い丸が付けられ、コンセプトの欄に《地球の少女が天秤座(てんびんざ)星(せい)の女王に選ばれ、戦わなくてはいけない葛藤を解決する》と記載されていた。

「おお……去年のプロットはホラー小説のプロットだったのに今回はファンタジー……さすがプロ作家、書くジャンル広い」

 幽美は呟くように言う。

「私が一年の時はミステリーのプロット解説だったねぇ」

 理香は興味深そうに教子先生のプロジェクターに映ったプロットを見た後、ノートPCとは別のタブレットPCを操作する。

「十二星座物語って確か……アニメ化して大ヒットした作品じゃ!? 何年も続編がずっと出されてなかったけど……」

 書也が思わず立ち上がる。

「そこ、ぶつぶつとうるさい! 黙って聞け」

「ご、ごめんなさい」

「そしてここが重要だ! 物語の骨組みであるコンセプト。疑念、概念とも言うが……ここが破綻すると、物語としてブレたものになっていく。さて、これがブレるとどうなるか?簡単に言えば、赤い服を作ろうとして、青い服に、ダウンベストを作ろうとしてセーターになっていたなんて事になりかねない。作品の全体となる骨格な訳だ」

 書也が手を上げる。

「コンセプト以外にテーマは必要だったりしますか?」

「一応、テーマはあるが、書く人と書かない人に別れる。私の場合は友情とか努力とか、一言で終わってしまう内容だったら、書かないな。このプロットについては十二星座がテーマとなる。次に世界観、これは大まかに言えばファンタジー小説だったら魔法が存在する異世界、SF小説だったら科学が発達した未来、時代小説だったら江戸時代、恋愛小説だった現代日本といった書き方となる。私のプロットの場合は天秤座星、アラビアンナイトを模した世界となっている」

 プロジェクターに映ったプロットの世界観と書かれた記載に赤い丸が表示される。

「次に用語解説だ。ファンタジーやSFの場合、プロットのあらすじのシーンに出てくるオリジナルの造語や歴史、文化、道具、化学技術、特異な動物、敵対勢力をここで説明する。例えばその世界で使われる独特な道具、機械、魔法、モンスターだったり、超能力だったり、独特なスキル、独特な種族を書いたりする。キャラ設定の補足欄に書いても良いが、その世界の固有の動物、乗り物。市民が使うライフラインが独特な場合は用語解説として記載した方が良いだろう。私の用語解説の欄には味方勢力と敵勢力になる十二星座星の各説明と、乗り物である天馬、媚薬などの説明がされている」

 プロジェクターに映し出されたプロットには用語解説と赤い丸が記載される。用語解説の欄にはズラリと並んでいる。

「戦記ものファンタジーとして考えられた小説なので細かく書くとこんな感じになる。次にキャラ設定だ。まずキャラの役割。まず一番の重要キャラは主人公、物語の主軸となる人物だ。日本人である女性の一夜(いちよ)が担っている。次にヒロイン、恋愛対象もしくは友情を育む者としての位置づけだな。私のプロットでは賢者兼ヒロインと書かれているが、右大臣のシェヘラザードがこの役割を担っている。賢者は主人公を導く役割だ。次にライバル(対抗者)にも位置づけられるが、この役割は第二王女のライラが担っている。次に黒幕(魔王)と記載している。裏で戦争を起こした張本人、シャフリヤールがこの役を担っている。その他にも仲間、悪者の役割があるが、そのままの意味だから割愛する。次にスパイ、変化する者という役割で書いてる奴もいるが、左大臣のドゥンヤザードがその役割を担っている。次にトリックスター、冒険を混乱させる者だな。金次第でなんでもやる盗賊統領のモルジアナが担っている。次に使者、切っ掛けや動機を運んでくる存在だ。同盟星座の牡羊座星の羊飼いの村娘、ハイジが担っている。その他は割愛して、私のプロットでは以上が役割分担となる」

 プロジェクターに映し出されるプロットにキャラの役割の項目に次々と赤い丸が記載されていく。

「これって上、下編のプロットですか?」

 書也が手を上げる。

「そうだな。戦記ものだからキャラが多いというのもあるが、お前達が新人賞の応募を目指すなら少ないキャラ数でまとめた方が良いだろう。特に最初の一巻目は読者がキャラを覚えてもらうという意味では五人、最高でも八人以下のメインキャラを出すぐらいが丁度良い。特に熱情のような巨大ロボットもの小説で、ごちゃごちゃ出しすぎると、キャラの印象が薄くなる」

「あれはですね……いえ、なんでもありません……」

 友美は言いかけて、むすっとした表情になり、教子先生から目を逸らした。

「次は名前、性別、年齢、種族や所属、役職、略称、あだ名などの設定を書く。身長、体重、ウェスト、バスト、ヒップ、血液型、誕生日などもあるが、私的にはあまり必要ないと思っている。どうしても物語に必要だと思ったら記載しても良いだろう。例えば極端に身長が高いキャラ、低いキャラがコンプレックスを持っていたり、バレーやバスケのように有利、不得意を表現したいなら書いても良いだろうし。体重の場合は太った人物で、パワータイプを表現したいならそれもありだろうし、太っているという事でコンプレックスを持っているというキャラづけもできる。逆に体重が極端に低い場合は小食で病弱なキャラを設定する事もできる。ハーレムやラブコメなどで、ヒロインをより魅力的に書きたいなら、ウェスト、バスト、ヒップの設定も良いだろう。誕生日も主人公やヒロインを喜ばすイベントとして、設定をするのも悪くはないだろう。血液型も親、兄弟、姉妹などが分かるという伏線やイベントを作る事もできるし、主人公とヒロインの血液型が同じなら、瀕死の時に輸血してあげる事もできるから、絆が深まるイベントも作れるだろう」

 プロジェクターに映ったプロットに名前、性別、年齢、所属、役職、略称の欄に次々と赤い丸が記載された。後からプロットに青文字で身長、体重、ウェスト、バスト、ヒップ、血液型、誕生日の文字が次々と記載されていく。

「次にキャラの詳細だ。私の場合、そのキャラにもっとも特徴ある髪型、顔、眼、口、体型、背丈、服装、口癖、などを記載する。そして重要なのはキャラの性格、どういった行動をするのか? 何を大切にしているのか? 何に対して怒るのか? 行動理念を書き記す。その他にキャラ同士の関係性を書いたりする。私のキャラの千一夜(せんいちよ)の場合、性別女、年齢十五歳、所属日本の女子高生、赤髪のポニーテールにセーラー服を着ている。人の顔色ばかりを気にし、行動をしている。イジメを目撃しても、助けられずに見て見ぬフリをする。後からイジメられた友人を助けられずに後悔し続け、悩み続ける。そんな彼女が未来を見通す力を持つシェヘラザードに導かれ、強制的に天秤座星に連れて行かれ、女王として即位し、仲間に助けられながら成長していく。王に即位してからは護身術として、剣術と幻術を扱う。こんなところだ」

 プロジェクターに千一夜のキャラ設定の部分にスライドし、拡大される。

「次に話の詳細だ。プロローグもしくは一話から終了の話数、エピローグまでのあらすじを書いていく。ここで覚えておきたいのは起・承・転・結だ。起は物語の導入部、人物紹介をしていくパートになる。次に承、起を受け継ぎ、物語が少し進展する。転は転機、事件などの盛り上がりなどだ。結は結果、事件の締めくくりのオチとなる。これらを守って、基本は書いていく。十二星座星物語の上のプロットだとこのようになる」

 プロジェクターのプロットに一話(起)二話(承)三話(転)四話(結)が赤文字で記されていく。

 書也が少し考え、手を上げる。

「この起・承・転・結のパターンを外した物語って、あります?」

「ちょっと書也、先生の話を聞いてた? そんな話がある訳ないじゃない! 起・承・転・結が基本なんだから」

 友美が書也を馬鹿にしたよう目で見る。

「あるぞ」

「ちょっと嘘でしょ!?」

 教子先生の返答に友美が思わず声を上げる。

「有名な小説だと、シャーロックホームズだな。完結した話として、語り手が話しているので、結からの話となる。ただし、結から始める場合は上手く表現しないと、生きている人間がその場にいたりして、ネタバレになる可能性がある。その他にも有名ゲームだと、FFⅩなどは転から始まっている。あれはプロローグで主人公が死ぬ前に語っているので、転からの始まりとなる。転から始めると、読者にインパクトと謎が提示されるが、伏線を上手く回収しないと、つじつま合わせができなくなったりして、読者をがっかりさせる事となる。その他にも学園モノだと承から始まる話もある。例えばプロローグでヒロインと出会って、出会う前に遡る話だ。ただ、起の話が長くなったりすると、プロローグの承で起こった事を読者が思い出せずに混乱したりする。慣れないうちは起・承・転・結でプロットを書いてほしい」

 友美が慌ててノートに記載を始める。

「以上で、プロットの簡単な説明はしたが、これから実際にプロットを書いてもらう。プロットは小説のライトノベル新人賞に出すものとして考え、先ほど言った起・承・転・結を守り、物語を完結させてくれ。特に結の部分だが、古いアクション映画みたいな続きを匂わすような書き方はするな。必ず完結させろ。それじゃあ、さっそく私のプロットを参考にして、書いてみろ。時間は二時間、書いたプロットは明日、みんなの前で発表してもらうから、そのつもりでな」

 教子先生の話が終わり、沈黙の後、一斉にラノケンのメンバー達がノートPCで小説を書き始める。

 それから二時間はあっという間だった。気付いた時にはけたたましい音のアラームが鳴り響いた。

「終了だ! プロットが完成したものはいるか?」

 少し気になった部分はあったが、書き終えていたので、躊躇しながらも書也は手を上げる。他にも愛、幽美、エロスの手は上がっていたが、残りの友美、理香については手が上がっていなかった。

「あーもう! これだからプロットは嫌なのよ!」

 友美は両手でくしゃくしゃと頭を掻きながら言う。

「プロットを完成していない奴は明日にまでには完成させること。完成させた奴も気を抜かず、気になる部分や誤字脱字をチェックし、発表に備えろ」

【はい】

 と、声を揃えてラノケンメンバーが答えた。



 人気ハンバーガーチェーン店、ワクドナルド。老若男女が通う人気店で、現代国語学院の近くにあってか、生徒も集まりやすかった。一階から四階まで飲食スペースがあり、モダンなテーブルと椅子、壁際にはベンチシートがあって、落ち着ける雰囲気があった。

ワクドナルドの飲食スペースで女子や男子の生徒が笑い話で盛り上がる中、友美は疲れたようにテーブルに顎を付いて、討ち取られた生首のようになっている。

「で……なんでこうなったわけ? わたし、プロット終わってないんだけど」

 友美がだるそうに言ってから、顎を付けたまま、生首のモンスターのようにポテトを噛り付く。

「三十分ぐらいのお喋りぐらいは良いだろ? 私の心理の研究もかねて、付き合いたまえ」

 理香が言うと、さらに友美は不機嫌そうな顔になる。

「はっ?」

「こほん……いや、まだ書也君……いや、失礼……語部君だったね。愛君が書也君と呼んでいたので、つい下の名前で呼んでしまったよ」

「書也で良いですよ。俺も下の名前で呼んでもらった方が親近感を感じるので」

 書也は笑顔で答える。

「では……その書也君との絆を深める意味合いで一緒に食事というのも悪くないと思うのだがね」

「何を話すのよ」

 生きた生首を続けている友美は器用にも口だけでポテトを食べ続けている。

「お待たせだよ。混んでたから、それなりに時間がかかったみたいだよ」

 愛が書也の隣に座り、ドンとトレーを置くと、それなりの重量物のような音がする。トレーを見れば、ハンバーガー五個にポテトLサイズ二個、ナゲット、サラダ、Lサイズのアップルジュース、アップルパイなどが置かれている。

「お、おう!?」

 愛が買ってきたその量に思わず書也が変な声を上げる。

「あんたは相変わらずね。よくいつもその量を食べて、太らないわね」

 友美が呆れ顔で言う。

「これでも一キロ太ったんだよ。お夜食のおやつ、減らさないと……」

 少し悲しそうに言う愛に呆れ顔のままの友美。

「あんたの家の体重計、壊れてるんじゃないの?」

「こほ……」

「うわっ!?」

 書也が思わず悲鳴に近い声を上げる。気付けば愛の向かい側に居た幽美が咳をして吐血し、口元を真っ赤に染め上げていた。

「ちょっと幽美ちゃん、大丈夫?」

「ナゲットにケチャップとマスタードをつけたら、むせた……」

「なんだ……ケチャップか……」

 血ではないと分かると、書也が安堵の溜息をもらした。

「ほら、幽美ちゃん。お口拭いてあげる」

 愛は幽美の口を優しく紙ナプキンで拭いて、綺麗にしていく。

「ありがとう愛、お礼に残ったナゲット全部あげる」

 幽美は躊躇いもせずにナゲットの箱ごと愛のトレーに乗せた。

「幽美ちゃんは食べなさすぎだよ……ナゲット、半分も食べてないよ」

「サラダとコーヒーで足りそうだから大丈夫」

「それじゃあ皆様が揃った事だし、ペンネーム決めをやりますわよ」

「そういえばそうだったわね……エロス部長の嬉し恥ずかしのペンネーム会議があったの忘れてたわ」

 友美はテーブルから顔を上げ、書也を見る。それはまるで怪我をした可哀想な動物でも見たかのような顔だった。

「やっぱりエロスさん、部長だったんですね? ペンネームって、筆者につく仮名ですよね?」

「そうですわ。ラノケンでは皆で良いペンネームを考えますの。作家となった場合はその決まったペンネームを使い続けますの。面白いでしょう?」

「うわ……エロス部長、なんかそれ軽い罰ゲームみたいな感じになってません? ちなみにみんなのペンネームは?」

「さぁ、皆様。発表してくださいまし! 学年順で愛さんから」

 ハンバーガーを頬張っていた愛が急に顔を真っ赤に染めた。

「……んとね……ペンネーム、ドジっ娘(こ)食いしん坊だよ」

 愛が答えると、ラノケンメンバーの視線が友美に向く。

「わ、わたし!? つ、ツンデレよ……」

 友美は頬を染め、書也から視線を逸らした。

「私はマッドサイエンティストというペンネームにされたよ。特にやましい研究はしていないのだけれどね」

 理香に自覚はないのか、やれやれといった口調で言う。

「私はヤンデレ……字も設定されて、病(ヤ)ンデレにされた」

 幽美は頬を染め、恥かしそうにボールペンでメモ用紙に「病ンデレ」と記載した。

「そして私のペンネームは……エロお嬢様ですわ!」

 声を上げるエロスに一瞬、ざわついた店内が凍りついたような気がしたが、気のせいだと思いたい。

 エロスは胸を張って言うが、誇れるペンネームではない。お嬢様ならまだしも、そこにエロが付いてしまうと、歩く変態レベルである。

「よりによって言いだしっぺが一番、恥ずかしいのきた!?」

書也は思わず叫ぶように言う。

 うるさいと思ったのか中年親父が咳払いし、書也を睨んで通り過ぎる。書也は慌てて、視線を送り続ける中年親父に何度も頭を下げた。

「では、会議を始めましょう! 書也さんにふさわしいペンネームを!」

 そう言うと、書也以外のラノケンメンバーが隅の方でコソコソと喋り始める。

『わたしの胸を触ったから……エロ大魔王でいいんじゃないの』

 友美の声が聞こえてくるが、トーンは下がっていないせいか、はっきりと書也に聞えた。

『駄目ですわ。エロは私の特権ですわ! それに彼は思った以上に平凡で童貞の匂いがしますわ』

「あの……聞こえているんですけど……」

『これは彼をよく知る人物に聞いてみないとね』

 理香が愛を見る。

『そうだね。書也君は中学二年生の時代に遡ると……SNSのミックシィにこんな写真をアップロードしてたよ』

「お、おい!?」

 チラリとなにか黒歴史の写真が見えて、愛からスマホを取り上げようとするが、友美の背中にブロックされる。

『半裸で何やってんの!? やっぱり変態じゃない!?』

『両腕とお腹のあたりに黒い龍の影みたいな刺青してるよね?』

 愛が言う。

『う~む。タトゥーシールのようだけど……部族の儀式的な刺青か何かかね? 靴下もせずに足にもこの紋章が入ってるようだが……』

 理香がタブレットで何かを調べながら言う。

『独自でいろんな部族のシャーマン研究してるけど……知れ渡っている部族で、こんな刺青しない……どちらかというと漫画やアニメのような……』

 幽美が首を傾げる。

『これは漫画、神魔(しんま)転生(てんせい)白書(はくしょ)の修羅(しゅら)黒龍(こくりゅう)のコスプレですわね。このタトゥーシールも出回ってますわ』

 エロスが検索して、コスプレのショッピングサイトから似たようなタトゥーシールの写真画像をスマホに表示させ、ラノケンメンバーに見せていく。

「まさかこれはいわゆる……ぷぷ……」

 友美が書也を見て、含み笑いする。

【中二病!?】

 書也を除く、ラノケンメンバーが声を揃えて言う。

「ぷぷ……!?」

 友美は何が可笑しいのか、店内で声を上げないように笑いを堪えているようだった。

「おい友美、笑うところか? 愛も酷いぜ……」

 書也はむすっとした表情になり、友美に対してももはや敬語ではない。

「ごめんなさい……でも、何で消さなかったの?」

 言ってから、友美はまだクスクスと笑っている。

「二年前の話だ……そんなの山ほどあったからな……ある程度、消したつもりだったけど、まだ残ってたとは……」

 書也はがっくしと肩を落とし、赤面した。

「決まりね。あんたのペンネームは中二病よ」

「……マジかよ」

 書也はそれ以上はなにも言えず、ラノケンメンバーの顔を何かを確かめるように見ていく。

「書也君に拒否権はあるが、どうするかね? 君自身で考えるか、また別の案のペンネームを私達で考えるかになるが……」

 理香は真剣に考えて言う。

「中二病で良いです。俺だけなんかまともなペンネームですと、あれですし」

「ぷぷ……じゃあ、中二病でよろしく」

 友美が笑みを浮かべながら何度も肩を叩く。

「そう言われると、なんかむかつくな」

 書也は叩く友美の腕を弾いて言う。

「それではペンネームも無事に決まった事ですし、二人の新入部員の祝杯といたしますわ」

 エロスが紅茶の紙コップを掲げる。

【乾杯!】

 ラノケンメンバーがそれぞれ、手に持った飲み物の紙コップを当てた。

 乾杯した後、ラノケンメンバーとの飲み食いの話は面白かった。アニメ化したラノベの話から、ラノベ作家が関わったスマホゲームの話、有名漫画を小説化した話などで盛り上がった。



 食べながらラノケンメンバーと話し込んだせいか、ワクドナルドの陸橋出入口から出た時には夜となっていた。街のビル群に明かりが灯り、帰宅の学生達やサラリーマン達は幅が広いタイル床の陸橋を行き交っていた。

「あー! もう夜じゃない! プロットを書かないといけないのに!」

 友美が両手で頭を押さえて言う。

「ん~? 君の家は菜々里(ななさと)駅の近くじゃなかったかな? 王宮駅からなら十分で到着するのではなかったかな?」

 友美のぼやきに理香が首を傾げる。

「自転車通勤に変えたのよ。自転車だと二十分もかかるし」

「それじゃあ、電車を使えばいいと思うのだがね」

「定期代が勿体無いじゃない! 買いたいラノベとかいっぱいあるし、それで母さんからこづかいを高くしてもらってるんだから」

 その友美の言葉に理香は呆れ顔になる。

「君はまったく……無駄に小説馬鹿というか……」

 理香が喋っていると、ワクドナルドの裏にある陸橋に繋がる百貨店から鐘が鳴り響いた後、独特なBGMが聞こえてくる。恐らくはからくり時計の七時を知らせる鐘とBGMだろう。

「何よ! いけない!? あっ、もう! プロットの執筆時間が無くなるじゃない!? それじゃあ、みんな明日の部活で!」

 友美はスマホで時間を確認した後、ワクドナルドの駐輪場がある階段へと駆け降りていった。

「まったくせわしない……アリスの白ウサギのようだね。まあ、プロットが気になるというのは私も同じだがね」

「理香先輩は王宮の近くなんでしたっけ? 徒歩ですか?」

「徒歩だね。徒歩十分といったところだ。このへんは歩行者で混雑する歩道ばかりで自転車では走りにくいというのが難点でね」

「大変ですね」

「電車通勤が長い君らの方が大変だろう。まあ、気をつけてゆっくり帰りたまえ。明日のプロット、楽しみにしているよ」

 そう言って理香は手を振ると、歩道に繋がる階段を降りていく。

「じゃあ、そろそろ私も帰らないといけない時間ですわね」

 エロスが王宮駅前の出入口で足を止めると、スマホを操作する。

「エロスちゃんも電車通勤? 彩(さい)玉(たま)新都心(しんとしん)の方面だよね? いつも校門前で消えちゃうから駅まで一緒に帰りたいと思っていたんだよ」

 愛がエロスに歩み寄り、笑顔を見せる。

「愛さん、ごめんなさい。ターミナルの方で車を待たせていますの」

 エロスは本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

「車ならしょうがないよ。また今度ねエロスちゃん」

「ごきげんよう愛さん、皆さんも明日のプロット、楽しみにしていますわ」

 書也、愛、幽美が手を振ると、エロスは会釈して、ターミナルに繋がる階段を降りていく。

「やっぱりエロス部長は、お嬢様だから高級車なんだろうな」

「エロスの車……マジヤバい……」

 幽美が青ざめた表情で言う。

「何がヤバいんです? ヤクザみたいな黒い外車とかですか? それとも長いリムジンとか? 金持ちなら何を乗ってても驚きませんよ」

 書也はエロスが降りた方面の陸橋の手すりから乗り出して見下ろすと、何千万もする日本車の白いレクサスが止まっていた。それは見る人によって高級車の外見を全て台無しにしてしまうほどで、全ての人の視線を釘付けにするほどの衝撃があった。レッドムーンのゲーム作品に出てくるキャラクターの少女騎士の巨大なステッカーがあらゆる方向に貼られていた。つまり高級車の痛車だった。

「エロスちゃんのあの車って……宣伝のラッピングカーか何かなのかな?」

 同じように覗き込む愛が首を傾げて言う。

「会社の宣伝もあるんだろうが、趣味の範疇でもあるような気がするな」

 エロスは覗き込む書也と愛に気付くと、通り過ぎる人々の視線に恥ずかしがる事もせずに再び手を振り、笑顔を向けると、ドアの音も立てずに優雅に後部座席に乗った。そしてハイブリッド車かEV車なのか、静かに走行し、歩く人々の目を引きながら去っていった。

「エロスちゃんの車、大丈夫なのかな? いろんな意味で目立ってるよね? レッドムーンの社長の娘さんって、バレちゃうよね?」

 本当に心配そうに言う愛に書也は否定するように手を横に振る。

「いやいや!? レッドムーンの社長の娘さんが、宣伝の為にあんな痛車に乗るとは思わんでしょ普通は……広告のラッピングの電車や飛行機はあるけど、私用の車を宣伝カーにするのもな……普通じゃない」

『さっき、あの子達さー。痛車に乗ったJKと話してなかった?』

『うそ? マジ?』

 他校の女子高生と思われる制服の二人が通り過ぎ、何度か見返していた。

「愛。は、早く帰る!? 走るエロゲー広告塔の身内と思われたくない!」

 歩く人達の視線が気になるのか、幽美は周囲を見回し、おどおどしながら愛の制服の袖を引っ張り続ける。

「怪奇先輩は何処でしたっけ?」

「……岩月(いわつき)駅」

 愛はぼそりと呟くように言う。

「人形の街でしたよね? 良い所に住んでますね。俺は粕壁(かすかべ)駅なんですよ。愛は椙(すぎ)戸(と)高野(たかの)台(だい)だったよな?」

「うん。書也君が降りる粕壁駅とは少し近い駅だね。しばらく一緒だね」

 愛が書也に笑みを向ける。すると、幽美はむすっとした表情で愛の制服の袖を引っ張り、ぬいぐるみのように抱き寄せた

「むう……愛は渡さない」

「はは……一緒に帰りましょう」

 同じ方面の書也達は電車で一緒に帰る事にした。


 書也達はゆっくりと話し合いながら歩いていたせいか、列車には乗り遅れたが、後から来た王宮発の列車に乗れた為に帰省ラッシュ時でも揉みくちゃにされずに三人で座席に座る事ができた。

「あれ? 幽美ちゃん、寝ちゃってる」

 電車の席で幽美が愛の肩にもたれかかるように眠ってしまっていた。

「疲れがたまってたんだろうな。学生と作家の両立じゃキツイだろうし」

「今まで聞きたかったんだけど……書也君はどうして小説家になろうと思ったの?」

「俺、小学生の時に漫画家になりたいと思ってたんだ。でも、絵は超下手くそでさ、好きな絵をどんなに真似しても棒人間みたいな絵しか描けなかった。けどさ、図書館で本を迷っていたら、女の子がある本を勧めてくれたんだ。ズッコケ三人組っていうタイトルの本でさ。絵本かなって借りて見たら、それが小説だった。当時、文字を読む小説が嫌いな俺でもその本だけはなぜか読めたんだ。で、その本に感動してさ。漫画だけでなく、文字でも物語や感動を伝えられるんだって思って……それで俺はラノベ作家になろうと思った。このズッコケ三人組みたいに人をワクワクさせたい、人を感動させたいと思ったんだ」

「書也君……その図書館で会った女の子って……」

愛が下を向いて、ぼそりと言う。

「ん? そう言えば、図書館で会った女の子とは初対面だったな? どうして俺にあの本を勧めてくれたんだろ?」

「きっとその本が面白かったからだよ!? 人に勧めたいぐらい面白くて、いろんな人に勧めたい……そう思ったからだよ!?」

 なぜか愛の顔が急に赤くなって、慌てたように言う。

「愛?」

『岩月駅――岩月駅――』

 岩月駅の到着アナウンスが流れ、誤魔化すように愛が幽美を揺れ動かし、起こす。

「……愛? もう到着?」

「降りよう!? 心配だから幽美ちゃん、改札まで送っていってあげる!?」

 幽美が目をこすり、眠そうに起きる。すると、愛は幽美の手を引っ張り、岩月駅を降りていた。

「おい、愛!?」

 書也は愛を呼び止めようとするが、空いた席に座ろうとする人の波に押され、追いかける事ができない。

「ごめん書也君……先、行ってて……」

 人の波を避けてドアの前に辿り着いた時にはドアが閉まりかけ、愛は幽美と共に駅に降りていた。ドアが閉まり、列車は動きだす。列車のドア窓から見える愛はなぜか下を向いたままだった。

「なんか俺……悪いこと言ったか!?」

 書也は訳が分からず、ドア窓から遠ざかる愛を見送った。駅のホームを幽美と歩く愛は少し恥ずかしそうに頬を染めていた。



 書也がラノケンの部室に入ると、昨日と違い、殺伐とした雰囲気があった。友美のいつも使っている長机にはいつものように原稿用紙の束が山となっていた。それに加えて空のエナジードリンクやコーヒー、栄養ドリンク、ゼリー飲料が転がっており、友美はいつも以上に目の隈を色濃くし、ノートPCの液晶を睨めっこしている。

「まさか友美、プロットが間に合わずに徹夜したのか?」

「うるさいわね。そう言うあんたはどうなのよ? プロットできたの?」

「できているさ。完成はしたし、後は見直しだけだからな」

「へぇ、プロットの批評が楽しみね」

 友美は子供が悪戯した時に見せるような笑みを書也に向けた。

「わあ、凄いね。友美ちゃん。徹夜明けみたいだよ……プロットの批評、できる?」

 後ろから入って来た愛が言うと、友美はくしゃりとエナジードリンクの缶を潰した。

「あんたにだけは言われたくないわよ! この誤植王! そういうあんたはちゃんとプロットの見直しはできているんでしょうね? 昨日みたいに書也を気絶させるほどの誤字脱字だったら、笑い者よ!」

 愛はなぜか友美に反論せず、書也から恥ずかしそうに目を逸らす。

 朝から愛はこんな反応だった。教室で目を合わせても、逃げるように距離を置いた。

「おい、愛! どうしたんだ? 朝から変だぞお前……俺が何か悪いこと言ったか? 俺が傷つけるような事を言ったのなら謝るし、何か言いたい事があるならはっきり言え! 俺達は友達だろ!」

 愛の反応に訳が分からず、書也は思わず愛の肩を掴み、声を上げていた。

「あんた達……どうしたの? 喧嘩でもしたの?」

 友美は首を傾げて言う。

「違うの書也君……わたし、昔の事を思い出してね……ちょっと変になっただけだから……でも、もう大丈夫」

「変になったって……それはどういう……」

 愛は肩に乗せる書也の手を掴み、ゆっくり離すと、頬を染めたまま、逃げるように席に座った。

「席につけ……部活始めるぞ」

 教子先生が入ってくるなり、チベットスナギツネのような目を向けて、書也は威圧され、愛にはそれ以上は何も言えずに席についた。

 教子先生はバックから小型デスクトップPCを取り出してデスクに置き、元から置いてあったデスクトップPCをケーブルに繋げ、その二つのパソコンに電源を入れた。教子先生は移動したかと思うと、ホワイトボードの前にあった教卓にバックから取り出した新たなタブレットPCを置いた。

「みんなプロットはできたか?」

 ラノケンメンバー全員が手を上げる。

「よし、全員できているな。できたプロットは共有フォルダにあげてくれ。プロットをあげた者は共有フォルダにあがっている自分以外の者のプロットをダウンロードし、批評できる準備をしておけ」

 教子先生の指示で皆がマウスをカチカチと鳴らし、共有フォルダのプロットのアップロードとダウンロード作業を始める。

「今回は昨日のSS(ショートショート)と違い、見せ合うのではなく、みんなにプレゼン形式でプロットを説明してもらう。これは社会に出た時の勉強もかねてだが、いざ編集にプロットの内容をつっこまれて、上手く話せないじゃ、せっかく書いたプロットも没になって、小説が書けないなんて事になりかねない。それにラノベで成功した時にアニメ化、ゲーム化、漫画化した時に各クリエイターに小説の設定などを一から説明しなければならない。そういった意味でこのプロットのプレゼンは必要になってくる。ソフトはワープロソフト、プレゼンテーションソフトなど、使うものは自由だ。この教卓にあるタブレットPCにUSBメモリを挿し、プロジェクターにプロットの映像を流し、スクロールして説明してくれ。時間は十分。多少は大目にみるが、長すぎると感じた場合は私が止める。プロットを見る側は設定や物語などに矛盾点が無いか、指摘してくれ。簡単な感想でも良いが、良かった点や悪かった点を言うように。以上だが、先にやりたい奴いるか?」

 躊躇せずに手を上げたのは友美だった。

「わたしよ! 一番にやらせてください!」

 友美は身体をふらつかせながら、立ち上がる。

「お前な……また徹夜してきたろ? 前回のプロットプレゼンの時みたいに時間オーバーは駄目だからな。時間厳守で説明しろよ」

「大丈夫、大丈夫ですから」

 友美は笑顔で言うと、速い速度で歩を進め、教卓に立った。友美は置いてあったタブレットPCにスマホより分厚いポータブルHDDを挿していた。友美が考えずにタブレットPCを持ち上げると、ぷらぷらとポータブルHDDが垂れ下がる。

「お前な。相変わらずそのでっかいポータブルハードディスクを挿すのやめろ。USBメモリは無いのか?」

「教子先生わたし、いつもジュースを零したり、足で踏んづけたりして、USBメモリを壊しちゃうの知ってるでしょ? だから防水と耐衝撃の外付けハードディスク使ってるのよ。ところで長いケーブルある? 家に忘れてきちゃって」

 悪びれもせずに友美は頭を掻きながら言う。教子先生は顔をしかめ、長いケーブルを友美に投げ渡す。

「本当に相変わらずだな熱情……プロットのデータは共有フォルダにあげたか?」

「できてるわ」

 友美がタブレットPCを素早く操作し、プロジェクターにプロットを映し込ませた。

「今回は時間は測らないが、できるだけ十分に説明できるようにな」

「では、始めます! 私のプロット、タイトル(仮)の《魔法少女と変身ヒーローが手を組んでみた》の物語のコンセプトは魔法少女と変身ヒーロの共闘によって愛と友情を育みながら地球侵略を阻止するです。それから……」

 友美がタブレットPCを操作しながらプロットの設定の説明を始める。そこから地獄が始まっていた。最初は書也も指摘する部分の設定をノートに書き記していたが、その情報が飽和状態となり、ゲシュタルト崩壊を起こし始め、友美のプロットの設定が何もかも分からなくなっていく。それが時間通りに終わらず十分を過ぎ、倍の二十分を経過すると、さすがのラノケンメンバー達に重い空気が流れ始める。

「おい! 十分といっただろう! とっくに時間切れだ! 時間厳守と言っただろ!」

 教子先生の糸目が全開に開き、思わず声を上げる。

「すいません! 終わります」

 友美は倒れそうな勢いで頭を下げる。教子先生はマウスを操作し、パソコンモニターに映る何かを数え始める。

「はぁ、相変わらず酷いな熱情は……既に突っ込みどころ満載だが……これだけは私が指摘させてくれ! 熱情、お前のキャラ四十八人いるだろ? 多すぎる! 何度か言っているが、ラノベ長編小説新人賞でもメインキャラは八人以下までに絞り、数ページしか出ないモブキャラなどはプロットに書かなくてもいい。熱情、キャラ四十八人について反論あるか?」

「今、アイドルでも四十八人いる時代よね? メインキャラが四十八人居ても良いんじゃないの?」

 友美はさも当然のように教子先生に反論した。

「熱情、お前本気で言っているのか? じゃあ、お前はその四十八人の全員のアイドルの名前を言えるんだな?」

「確かに言えないけど」

 少しむすっとした表情で友美が言う。

「だろ? せいぜい覚えてたとしてもセンター一位から五位ぐらいまでのアイドルの名前までだ。この小説を読者に読んでもらった時、その四十八人の名前を読者は覚える事はできない。大勢を出す事でメインである一番魅せたい主人公やヒロインの見せ場さえなくし、全体のキャラの印象すらなくしてしまう。多人数キャラは愚策と言っていいだろう。キャラに関して指摘してしまったが、熱情のプロットに指摘がある者はいるか?」

 理香がすぐさま手を上げる。

「いやはや相変わらず酷いね友美君のプロットは……指摘いいかな?」

「あんたにだけは言われたくないわよ……それで指摘したい部分は?」

「それじゃあ先生、私のパソコンの画面をプロジェクターに映していただけますか?」

「分かった」

 理香の指示で教子先生がマウスを操作すると、プロジェクターが別画面に切り替わる。画面は理香が友美のプロットを編集したものらしく、赤字に変えられた箇所があった。

「変身ヒーローの主人公ムラサメが乗る巨大ロボットのジャバウォックに搭載されているナノフレームセンサーの設定が全て謎のブラックボックスとあるが、これは何かね? そのナノフレームセンサーの力によってロボットより何十倍もでかい巨大宇宙ステーションを持ち上げ、地球落下阻止。星をも破壊するデススターレーザーをそのロボットが搭載するナノフレームセンサーが発するバリアによって地球を守っているが……さすがにご都合主義ではないかね?」

 理香は友美のプロットの赤文字の設定部分や物語のあらすじの表示倍率を変更し、拡大して分かりやすいようにしていく。

「これはご都合主義ではないわ。ナノフレームセンサーをデウス・エクス・マキナとして使用しているだけよ。つまりは……困難の解決の手段よ!」

「まさか君が機械仕掛けの神を語るとはね。もっともな言い訳だ。だが、ジャバウォックがマグナムレールガンという戦艦を一撃で沈める兵器に対し、近接武器のアイアンジャベリンというのは何かね? アイアンというのだから、もちろん鉄なのだろう? 近未来兵器が使われているのに鉄の槍を使うのはいかがなものかと思うが……その他にもハイパーモーニングスターというのはトゲ鉄球を投擲して、敵に当てるものだと思うのだが、これもいささか原始的ではないかね? 味方軍や敵軍はレールマシンガンや高周波ブレードを使用しているのに……おかしな話だと思わないかね? まさかこれもナノフレームセンサーの力でアイアンを別の金属に変えるとか言わないだろうね? だとしても、そのトゲ鉄球を振り回して戦う理由は分からない。かっこ悪いと思うのだがね」

 理香はまた別の設定の文字を拡大させて言う。

「そ、それは浪漫よ! アイアンという響きとか、アイアンマンもいるぐらいだし、トゲ鉄球も見る人によってはかっこ良いのよ!」

 友美は赤く染めながらも、無茶苦茶な反論をする。

「あとこれは多人数設定のせいか、印象をつける為かね? 魔法少女とヒーローに和洋中で統一感が無い。チャイナ服であったり、西洋甲冑であったり、着物であったり、忍び装束の忍者、ドレス、全員がバラバラだ。ヒーローといえば、同じ揃ったデザインで登場するものだが、そこに変身ヒーローと魔法少女が登場する事で近未来兵器であったり、魔法であったり、どうもごった煮感があるようだ」

 理香がマウスでプロットをスクロールし、キャラ設定部分の赤文字を拡大させる。

「個性が必要だと思ったからよ! 最近のスマホゲームでも和洋中バラバラじゃない! いろんなキャラが居た方が読者だって楽しめると思ったのよ!」

 友美は納得できないのか、苛々した口調で反論する。

「確かにスマホゲームなら四十八人以上いてもおかしくないだろうね。しかしね。限られたページ数で物語を展開していく小説なら、その四十八人は邪魔だ。スマホゲームは使いたいキャラを選択し、育てていくのが本質だ。プレイヤーが主人公やヒロインを選ぶ事ができる。だが、小説は読者が主人公やヒロインを決めるのではない。作者が主人公やヒロインを決める。まあ、スマホゲームに関してもプレイヤーが魅力あるキャラや強いキャラに限定して編成してプレイしていくのだから、数人がメインの話になっていると思うがね」

「他には……」

 友美は呟くように言って、下を向きながら、ノートに書き殴り始める。

「ゲームで思い出したのだがね。ゲーム的な表現が多いと感じたよ。巨大ロボット戦ではステータス表記がされ、HP(ヒットポイント)と攻撃力、守備力、EP(エネルギーポイント)などがあったと思うが。敵や味方が攻撃し、ダメージを受ける度にそのステータスに謎の足し算と引き算が行われ、特殊武器や特殊装甲の効果、バフ、デバフの効果もあって、ややこしいと思うのだがね。これはスパロボやカードゲーム的なノリで読者を楽しませたかったのかね? TRPGを書いているならともかく、この表現はさすがに読者を混乱させると思うのだがね。それと、この壮大な物語では、どのラノベの新人賞でも、応募規定のページ数を超えてしまうと思うのだがね。一からプロットを見直し、書き直した方が良いと思うが。そうは思わないかね友美君?」

 にやりとした口調の理香に友美は下を向いたまま、力を込めてノートに書き記している。

「……そうですね……アドバイスありがとうございました……」

 友美は反論できず、下を向いたまま、悪の組織にマインドコントロールされた生き人形のように呟くように言った。

「他に意見があるものはいるか?」

 教子先生の問いに対してラノケンメンバーは静まり返る。理香がほとんどの指摘を言ってしまったのもあるが、友美の精神的ダメージを考慮して、これ以上は指摘できない雰囲気があった。

「指摘がなければ次いくぞ。熱情、席に戻れ」

 友美は教子先生に席に戻るように言われると、ゾンビのようにフラフラになりながら歩き、ボソボソと呟くように【どうして好きなものを小説にしちゃいけないのよ】と、嘆きが聞こえてきた。

「次にプロットのプレゼンをしたいものは前に出ろ」

「私がやりますわ!」

 エロスが勇ましく手を上げ、前に出る。まるでランウェイを歩くモデルのように歩き、教卓にあったタブレットPCにレッドムーンのロゴと少女騎士のイラストが入ったUSBメモリを挿していた。そしてエロスはタブレットPCの画面を操作し、プロジェクターにプロットを映した。プロットはプレゼンテーションソフトで書いたのか、図形や記号で分かりやすく記載されていた。

「私が書いたプロットのタイトルは《スープを覗き込んだら擬人化食品少女の異世界だった》ですわ。コンセプトは食の女神達による甘美な触れ合いですわ」

 エロスは堂々と喋り、タブレットPCを操作する。

「待て……エロス、コンセプトで嫌な予感がする。それは普通の中高生が見るラノベ小説として出せる内容なんだろうな?」

 教子先生が片手で頭を押さえて言う。

「ええ、先生。私がエロを書いたとしても、ギリギリの範囲内、殿方のキノコを立たせても、白い汁もラブなジュースも出ませんわ!」

「おい、もうその発言で嫌な予感しかしないな。まあ、とりあえずプロットの説明をしてみろ」

「では、続けますわ。最初に……」

 淡々とプロットの説明をするエロスだったが、書也は指摘部分をノートに書き記そうとしたが、手に持ったシャーペンが思わず震えた。聞いていてその内容がまるで頭に入ってこないのだ。先ほどの友美の時とは違い、分かりやすい内容だが、理解してはいけないと脳が拒否するのだ。それを認めてしまったら恥ずかしさのあまり、死んでしまいそうなほどに……書也のキノコも聞いていて何度か立ち上がり、それを押さえるほど、強烈なプロット内容だった。

「分かりやすいだけに危険だなこれは……」

 教子先生は思わず頭を押さえた。

「このプロットについて、質問などはございますか? もちろん手取り足取り、説明いたしますわ。例えばコウノトリがなぜ赤ん坊を運んでくるのか、という質問でもあろうともです」

「保険体育じゃないんだ……コウノトリの解釈説明はするなよ!」

 教子先生は言って、チベットスナギツネのような目がエロスをずっと見つめている。エロスは教子先生を気にせずに書也に視線を送り、握手を求めるかのように手を伸ばした。

「できればただ一人の男性部員である書也さんには、特に感想をお聞かせ願いたいですわ」

 エロスはさらりと笑顔で言ったが、女性が多い部活で下ネタを指摘するのは、さすがの元中二病の書也でも敷居は高かった。

「……パスで」

 興奮し、鼻を鳴らし続けるエロスの熱い視線を書也は見ないようにし、呟くように拒否の返答をした。

「どうしてですの!?」

 エロスは納得できないのか、声を上げ、教卓を叩くように両手を突いた。

「よし、じゃあ他の奴が指摘してやれ」

「はい、エロスの小説をツッコミたい」

 幽美が手を上げて言う。

「よし、いいぞ」

 教子先生がキーボードを操作すると、今度は幽美のパソコン画面がプロジェクターに映し出された。

幽美はワイヤレスキーボードと自前のタブレットPCのタッチパネルを操作する。スクロールされていく画面は幽美が編集したのか、エロスが記載した設定や物語の部分に吹き出しのようにコメントが付けられていた。

「まずエロス。コメントの記載の通り、説明していく。給食室のスープから声が聞こえ、顔を突っ込み、異世界に行ってしまい、食べ物モチーフのヒロインのハーレムとなる展開、これはラノベ的にとても良いと思う」

「お褒めいただき光栄ですわ」

「でも、この部分はやりすぎ」

 幽美はタッチパネルを操作し、スクロールさせ、次のページを表記させる。

「悪食魔神パスタロールのパスタがんじ絡めからの白子ソースカルボナーラのぶっかけやモチモッチーの尻餅搗きはまだ許せる範囲。けど、相手を卵にするエッグクィーンの卵回帰の部分で尻穴に入れるシーンがオ〇ニーを連想させる描写になっていて、アウト臭い」

「おほほほ!? 甘いですわ幽美さん! オ〇ニーではありませんわ。アナルいえ、お尻の穴ですもの」

 誤魔化すように笑い声を上げるエロス、その額に冷や汗が流れており、何度かハンカチで拭き取っていた。

「エロス、際どいのはまだある……ソーセージ男爵の取り巻きであるポークビッツボーイのチンチンブラブラソーセージ踊りも下品! アニメ化したら、主婦の皆様にクレームがくるレベル! ふたなりバナナガールボーイの股間のバナナを強制的に男性主人公やヒロインに咥えさせたり、尻穴に突っ込んだり、マジヤバい! 以上!」

「幽美さん、ご指摘ありがとうございますわ。お子様には少し刺激が強すぎたのかしらね。描写を少し変えますわ」

 エロスは幽美に会釈した後、スマホを操作し、メモの為かポチポチと何かを書き記している。

「他に指摘したい者はいるか?」

 教子先生の声に反応する者はなく、手は上がらなかった。

「エロス……ラノベにエロ展開はいらんとは言わんが、少しは自重しろ。プロになった時だけでなく、新人賞の下読みにもエロや下ネタに苦手な者はいる。特に小説のネット投稿に関しても、ギリギリのエロであっても寛大ではないサイトもあるし、最悪、小説だけでなく、アカウントが消されるなんて事もある」

「肝に銘じておきますわ」

 エロスは教子先生に会釈すると、タブレットPCからUSBメモリを抜いて、自分の席へと戻っていく。

「次、やりたい奴」

「先生。わたし、やる。やる! やります!」

 長机に座っていた幽美が小さな身体をぴょんぴょんとウサギのように跳ねて、手を上げ、アピールする。

「怪奇、一度言えば分かる。前はプロットのプレゼン中に失神したが、大丈夫か? 無理しなくても休み休みで大丈夫だからな」

「……これで大丈夫」

 幽美は栄養ドリンクのキャップを開けると、それを一気飲みし、大きなげっぷをした後、親指を立てた。

「いや、いくら栄養ドリンクでも即効性はないからな」

 教子先生が呆れ顔で言う。

「こほっ、大丈夫……身体が燃えたぎるみたいに熱い何かが!? ぐふっ!?」

 幽美が咳き込んだかと思えば、その拍子で鼻血を吹き出し、よろけた。

「お、おい!? 言ってるそばから大丈夫か怪奇!?」

「無理しちゃ駄目だよ幽美ちゃん!?」

 駆け寄った愛がポケットティッシュで幽美の鼻の周りの鼻血を優しく拭き取っていく。

「大丈夫……栄養ドリンクで気合を入れすぎただけ……問題ない」

 愛から貰ったティシュを鼻に詰め込むと、教卓の前に立ち、タブレットPCに骸骨人形のUSBメモリを挿し、プロットをプロジェクターに映した。

「本当に無理しなくていいからな。怪奇、お前が何度も倒られたら、上や教育委員会、保護者にまで……私がいろいろ言われる事になる」

『……本当に大丈夫! 今回は死ぬ気でやりたい!』

 幽美はティッシュを鼻に詰めたせいか、鼻声になっている。

 そしてちらりと、幽美は書也を睨んだ。ティッシュに鼻を詰めているせいで、怖くはないが、書也の背中に殺気のようなものが感じとれた。

「本当に死ぬなよ……ふらついたりしたら、止めるからな」

『……わかった』

 教子先生が立ち、座っていたチェアに幽美を座らせた。

「こんな状況だ。怪奇は座わりながらのプロット解説になる。みんな協力してくれ」

 教子先生の言葉にラノケンメンバーがこくりと頷くと、幽美が小さく会釈する。

『みんなありがとう。倒れないようにプレゼンする……わたしのプロットは《愛し合う二人だけの世界》コンセプトは主人公とヒロインの純愛で……』

 書也はプロジェクターに映し込まれる幽美のプロットに何度か何かの見間違いではないかと、覗き込んでしまう。悪い意味でそれだけ記載されている文章の羅列にインパクトがあり、まるで呪いの言葉のようであった。

「……以上、質問あればする……エロス、なに?」

 エロスが少しむすっとした表情で手を上げる。

「幽美さん、貴方……私に下品だと言っておきながら、この罵詈雑言、どういうことですの? 主人公の黄泉の愛称がオタク眼鏡、ヒロインの極楽が雌豚、他のヒロインを取り合うライバルの男達の愛称に対しては特に酷いですわ。精神異常者、殺人鬼、ヤクザ、乞食、薬物中毒者といったネーミングセンスはどうも下品な悪口としか思えませんわ!」

『これぐらいは普通。これぐらいの罵詈雑言はラノベやテレビ放送のドラマでも言ってる』

「そういうどSキャラならまだしも……それが別々のクラスメイトで言い合っているのはどうかと思うのですけど。だいたいいろいろと心理描写が酷いですわ! 先生、私のPCの編集したプロットを映してくださいますか」

「ああ、分かった」

 教子先生がパソコンを操作し、プロジェクターの映像をエロスのノートPC画面に切り替える。エロスが編集した幽美のプロットのあらすじには赤のアンダーラインとコメントが追加されている。

「他にも男性主人公である黄泉(よみ)の嫉妬心が酷いですわ。これが女性のヒロインならまだしも、男の嫉妬心ほど醜いものはありませんわ。男性に対しての罵詈雑言の心理描写、デブ、不細工、馬鹿など、見てて気持ち良いものではありませんわ!」

『で、でも……これぐらいの人の心理は誰でもある』

「確かにリアリティーは必要ですわ。でも、少しぐらいオブラートに包みませんと、読者の方が幻滅しますわ。読者の方が罵詈雑言の多い文字を誰が読みたがると思いですの?」

『そ、それは……ほ、ホラー小説だったら罵詈雑言の描写はよくあるし……』

 エロスの言葉に幽美は言葉が詰まり、どもり始める。

「ホラー? これは恋愛の話ではなかったですの?」

『れ、恋愛で!? そ、そうだけど……』

 真っ直ぐな瞳で見つめるエロスに幽美はたじろぎ、それ以上は言い返せずに目を逸らした。

「続けてこちらも質問させていただきますが、応募予定は角川スニーカー大賞とありますが、男性向けの読者層で書かれていらっしゃるんですよね?」

『そう』

 幽美はこくりと頷き、答えた。すると、プロジェクターに映し出された幽美のプロットのキャラ設定部分や性別男部分に赤いアンダーラインが引かれていく。

「男性向けであるなら、なぜヒロインを多く出しませんの? 女性ヒロインキャラの極楽(ごくらく)の取り合いとなっていますが、全てライバルの対象が男になっていますわね。逆に美形設定である男性主人公の黄泉にはサブヒロインはおろか、女性のモブキャラすら出てこない。男女共学の高校の設定なのにですよ。他の女性ヒロインの絡みが無いかわりに、男同士の絡みが多くありますわね。黄泉が俺の極楽に近づくな! と言って、顔を近づけるシーン があったり、ここまでのBL要素は許せる範囲でしょう。しかし、二人三脚のシンクロ率を高める為に男同士で二人羽織ですよ!? その他にも男同士のマッサージとか、ふざけあって男同士の股間を触るとか、あげればキリがありませんわ! しかも黄泉が極楽との浮気相手と疑っている男性グループの葦原(あしはら)、桃源郷(とうげんきょう)、蓬莱(ほうらい)に対しての行為です。ありえませんわね」

『こ、これは女性読者に対するファンサービス……男性向けでも女性向けの萌えはあっても良い!』

 必死に反論する幽美に失望したようにエロスは溜息をつく。

「八方美人な女性読者サービスも良いですが、男性の読者を喜ばせる要素は全くありませんわね。男女の絡みは黄泉と極楽しかありませんし、男性向けであるなら、男性ハーレムではなく、女性ハーレムを作るべきだったんではありませんか?」

『ちゃい!? 寝取られ展開とかふぁ!? 男でも萌え展開はあると思うかも? かも? そもそも私は黄泉と極楽の純愛を書きたかっただけだった!?』

 目を回したように話す幽美は呂律が回っておらず、意味が分からない言葉になってきている。

「男性向けなのに男同士のスキンシップが過激ですわね。続けますが、純愛と言っておきながら、黄泉のやっている行動は極楽の飲み物に睡眠薬を盛って、キスをしたり、極楽の行動を観察して日記をつけたり、極楽がゴミ箱に捨てた物を舐めたり、黄泉のやってる事は純愛ではなくストーカーですわ!」

『……あ……あ……あ……』

 幽美は世界の終わりを経験したかのような目をし、エロスに対して何も言えなくなっていた。

「主人公の黄泉も可笑しければ、ヒロインの極楽もです。黄泉が自分の髪を極楽にプレゼントしたシーンがあったと思いますが。極楽は黄泉の髪を指に巻いて喜んでいるんですよ。狂気ですわ! そして極楽が黄泉のストーカーに気付いているのに注意もせず、見られている事に喜びを感じ、黄泉の全ての行動に肯定的であるんです! 人間の感情としてありえませんわ!」

『……人間の感情として……ありえない……あうっ!?』

 エロスの言葉に幽美は鼻に詰め込んだティッシュと共に鼻血を吹き出し、大きく仰け反って、チェアと共に倒れた。

「大丈夫ですか怪奇先輩!?」

 書也が駆け寄って助け起こそうとすると、幽美は鼻血を手で拭き、拒否するように真っ赤な掌を向け、自ら立ち上がる。

「大丈夫……もう既に致命傷」

「大丈夫じゃねえじゃねえか!?」

 幽美のだらだらと出る鼻血に書也は思わず声を上げる。

「幽美、保健室、行くか? 本当に無理しなくていいぞ」

 教子先生が本当に心配そうに言う。

『本当に大丈夫だから……最後まで意見を聞かせて』

 駆け寄った愛に再びポケットティッシュで拭いてもらうと、幽美はティッシュをまた鼻に詰め込んだ。

「以上ですわ……個別に気になる部分があれば、また相談に乗りますわよ」

 エロスが笑顔で言う。

『ありがとうエロス……良いアドバイスだった』

 幽美が手を差し伸べると、エロスは躊躇うことなく握手していた。

「貴方こそ、鼻血を出しながら喋り続けるその根性、ナイスファイトですわ」

「エロス先輩……手に鼻血ついちゃってます」

 エロスの手を見て、書也は思わず青ざめる。なぜなら幽美が手を拭き忘れたか、意図的な意地悪か、掌に付いた鼻血がエロスの手にべっとりと付着していた。

「鼻血? このぬるぬるしたのは手汗では……ひいいいっ!? なんで血を拭いていませんの!? 私に対しての嫌がらせですか!?」

 エロスも毛虫でも落ちてきたかのような青ざめた表情で、慌ててスカートのポケットからハンカチを取り出して手を拭き、カバンから汗拭きシートを取り出し、完全に血の跡を拭き取った。

『ふふふっ、大丈夫……わたしの血を使って、黒魔術でエロスを呪ったりしない』

 幽美はあさっての方向を見て、妙なオーラを出し、不気味に笑みを浮かべる。鼻声で、鼻にティッシュを詰め込んでなかったら、周りが少しは恐怖していたかもしれない。

「なんですの!? その呪う条件が整ったみたいな言い方は!? 呪わないでくださいませ!」

「あー。とりあえずコントはいいから席に戻れお前ら。他の意見がなければ次に進むぞ」

 教子先生の指示で皆が何もなかったかのように席に戻っていく。



「次にプロットのプレゼンをしたい奴」

 教子先生が言うと、理香がゆっくりと手を上げた。

「私に発表……いや、プレゼンさせてくれないかな先生」

「出たな問題児。私はお前のプロットに関して口出しはしないからな。小学校から道徳をやり直せとだけ言っておく」

 教子先生のチベットスナギツネのような目が理香を見つめ続ける。

「つれないですね先生……貴方にもぜひ、批評していただきたい。生徒ばかりではデータいや、意見が足りないと思うのだがね」

「……分かった。皆が私の言いたいことを言ってくれることを願おう。論理屋、前に出てくれ」

 理香が前に出て、SSDと刻印されたUSBメモリを教卓のタブレットPCに挿入し、プロジェクターに自身が書いたプロットを映した。

「私が書いたプロットのタイトル名は《異世界ロールプレイング》となっている。コンセプトはRPGゲームの世界を現実にしてみたらという過程で書いている。世界観は……」

 理香はそれから淡々とプロットの説明をした。世界観設定、キャラ設定、物語まで分かりやすく説明されたが、全ての設定の倫理観が崩壊しているように思えた。一つ二つ、目論見通りに倫理を外した内容であれば、問題ないが……プロットのほとんどの設定の倫理観が壊れているように思えた。仮にこれが小説化したら、読者はどう思うのだろうか?

「……以上だが、質問はあるかね?」

 プロットの説明が終わり、理香が質問を投げかけると、さすがのラノケンメンバーが静まりかえる。倫理に関してはさすがに批評しにくい部分があるのだろう。これが悪の主人公なら問題ないように思えるし、そこに何が問題があるのかと言われれば、それまでのような気がした。

「おい! 頼むぞお前ら! こいつに私が小学生の道徳の授業をやらねばならんのか!?」

 教子先生が思わず両手でデスクを叩く。

「それじゃあ……先生! いいですか?」

 友美は気持ち悪そうにしながらも、手を上げる。

「おう!? 熱情、なんでも言ってみろ」

「じゃあ、わたしのパソコン画面を映してもらっていいですか?」

「よし、ちゃんとできているな」

 友美が編集した理香のプロットにはコメントではなく、文字部分にルビを振り、批評の文章を記載している。

「友美君……君の文字の羅列が多く、批評が多いように思えるね。実に心外だ」

 冷たく言っているようだが、理香のその表情は笑っているように思えた。

「じゃあ、初めに最初のページだけど。主人公のタケルが眠っていたら幽体離脱して、勇者になる設定だったかしら? 乗り移った元の人間はどうなるのか気になったんだけど、例えば依り代の人間の意識とか……」

 友美の質問に皆が生唾を飲んだ音が聞こえたような気がした。友美はは真っ直ぐな瞳で理香を見つめた後、マウスを操作し、カソールで主人公タケルの設定部分を指し示した。

「ああ、物語に書いてあったと思うがね……王の指示で、勇者の儀式というものが行われる。地球の世界の次元から人間の魂を呼び寄せ、異世界バンゲアの人間に移す魔法なんだがね。勇者の適合者の依り代はタケルのまま、終わりの章でも記載されていたと思うが、元に戻らない。元の人間の人格も魂も消え去っていると仮定している」

 理香の問いに友美は真っ直ぐな瞳で見る。

「この勇者の儀式に反対する者はいなかったわけ? 王自身がこの儀式に躊躇う描写とか、もしくは兵士、依り代になる人物の家族が反対するような場面があらすじにも記載されていなかったから、気になったんだけど」

「異世界バンゲアではこの方法で勇者を作り出し、世界を救ってきた実績があった。いわゆる生贄かな? 世界を救う為なら一人の犠牲は仕方ないと思っているんだろうね。あらすじにタケルが元の依り代の両親と出会って、食事するシーンがあっただろ? 両親がタケルに質問して、返答を返すと、涙を流していたというあらすじ部分だ。王に全てを伝えられているし、両親には充分な報酬が得られていた。もちろん反対していたかもしれないが、王の命令は断れない。国民からの同調圧力などもあったかもしれない。いや、もしかしたら人格が消える事など半信半疑で送りだしたかもしれない。そこはご想像にお任せするよ」

 静まりかえるラノケンの部室。

「……一話から胸糞悪くなるあらすじね……これは思った以上に救いようがない話になってない?」

「どういうことだね?」

 友美の言葉に理香が首を傾げる。

「……どういうことって? 自覚がないなら、本当にたちが悪いわよ! 周りに道徳を重んじる人がいないって、どういう事よ! 三ページ目のあらすじの一章部分とか!」

 友美がマウスを操作し、三ページまでスクロールさせ、あらすじの一章部分にカソールを合わせる。

「この話は王が悪徳なら、主人公のタケルも悪役になっているのよ! タケルは異世界がゲームのような世界だと思っているせいか、民家に押し入ったり、接収行為? 壺を壊して、国民が隠していたお金を奪い取ったり、タンスから衣類を奪ったり、民家の宝箱から武器や防具などを強奪! これはつまり、RPGゲームの再現でもしてるの? コメディ的な要素には見えないし。この書き方だとタケルは非情な人間で、ゲスに見えるわよ」

「ふはははっ!? 君が何を言うかと思えば……そんな事かね。これは歴史上、様々な世界で接収は行われている事だよ。豊臣秀吉の刀狩りから、第二次世界大戦の日本の金属類回収令、ナチスによる美術品の接収、どの国でも独裁者や王族によって平民から美術品や食料を接収していたのだからね。これは良いリアリティーのある作品だと思わないかね? 友美君」

「悪役を主人公にしているピカレスク小説っていうのは聞いたことがあるけど、この小説の話に出てくる登場人物のほとんどが悪に思えるんだけど」

「悪人ばかりか……確かにね。私的には悪というよりも、皮肉の話を書いているつもりだったのだけどね……」

 余裕を見せていた理香が何度かタブレットPCをスクロールさせ、キャラ設定を見直しているのか、言葉を詰まらせる。

「主人公が悪役でも怪盗や子供向けのアニメに出てくる子悪党三人組のような、多少憎めないキャラだったら、希望を持てる話の内容だったわ。でも、あらすじの一章のヤミーダの酒場を見ると、主人公に好感が持てるポイントがどこにもないのよ。ヤミーダの酒場で奴隷商から戦士、僧侶、魔法使い、弓使い、盗賊、踊り子、吟遊詩人、召喚士を購入。それが全て少女で、ハーレムのようにはべらすだけならまだしも、無給で働かせ続け、モンスターが出たら操りの首輪で命令させろ、ガンガン戦えという命令を出す。奴隷商から買い取った人材を持っている衣服や武器や防具を奪い取って、戦力として能力が低い人材を奴隷商に売り、また別の人材を奴隷商から買う行為を繰り返しているのよ。しかも、召喚士の精霊までに手を出して、戦力外の精霊を精霊石にして、武器や防具の素材にする! 召喚士メフィの精霊友達、フェアリーが可哀想でならなかったわ! これもRPGゲームの皮肉ってわけ?」

 友美は言いながら、説明している一章部分の文字をカソールに合わせ、批評を書いたルビを表示させた。

「確かにRPGゲームの皮肉だがね。状況によっては操りの腕輪で命を大事にする命令も行使できるし、いくら奴隷でも無駄に命を落とさせる事はしない。一応は中世時代の世界観に設定しているから、奴隷なんてごろごろいる世界さ。それに奴隷といっても罪人や戦争で負けた捕虜や別種族がほとんど、罪を償う為にやっているなら、まともだと思うのだがね。まあ、タケルが全て女性の兵を奴隷で雇ったのは性的欲求かもしれないが、エロス君ほどの描写はしないが、全員で一緒に同じベッドで寝るぐらいはするだろうね。精霊を石にする過程はコメディ的な描写を考えていたのだがね」

 理香は冷淡に言う。

「長年連れ添っていた精霊だけに、石になって素材になるのは笑えないわよ! それでもタケルは仲間の命を大事に思っている訳ね。さらに酷いのは敵に対しての扱いよ。タケルは二章のあらすじで、無抵抗のゴブリンの集落を襲って、鎧や剣、金品、その施設を奪い、喋れる相手、リザードマンに対しては殺した後、皮や牙、爪を剥ぎ取り、その集めた武器、防具、金品をよろず屋に売り払ったり、剥ぎ取った素材を武器屋や防具屋で加工しているわよね? 明らかに人道的ではないわ!」

 理香はふんふんと鼻歌を歌うのに対し、友美は声を荒げて、二章のあらすじにスクロールさせ、ルビの批評の文を表示させる。

「そうだね。だけど友美君、これは人間と魔族との戦争なのだよ。君も巨大ロボットの戦争物語が好きなら分かるだろ? 奪いもすれば、奪われるもする。戦争において領土を侵略し、物品や金品を強奪するのはどの世界の時代においても当たり前の行為だよ。戦争の為には武器や防具は必要だし、資金も必要だ。素材の剥ぎ取りに関してだって強い生物を殺して、物に加工するのは原始時代から様々な部族がやってきた事だ。毛皮、カバンやミンクのコート、革財布、襟巻き、革ジャン、楽器、様々な哺乳類の動物で加工されている訳だが、まさかそれが可哀想で使えないなんて言う者はそんなにいないと思うのだがね」

「それはつまり、敵モンスターから出るドロップアイテムの皮肉、つまりリアリティーを持たせた話にしたかったのなら、ここまで酷い物語はないわね。異世界に来た人間がいきなりこんな非情な行動をとれると思う?」

 友美の問いに理香は笑みを浮かべる。

「友美君、私は全ての人間が非情な行動をとれると思っているのだよ。例えば、君があるニュースを見た時。紛争の原因である独裁国家に平和的な国が一方的に攻められ、ミサイルや爆弾で無差別に殺される民間人を見た時、君はこういった感情を抱くはずだ。この人達を助けてあげたいと……君が特別な力を持っていると言われ、その国に協力を求められたら、何かしらの助力をするはずだ。もしかしたら戦争に赴いているかもしれない。それなりの寄付をするかもしれない。しかし、結局は君がミサイルを撃つ装置を使えば、家族を持つ敵兵、女性兵、少年兵、それらの死体はバラバラになってしまう。お金の寄付に関しても、ミサイルの軍資金になるかもしれない。逆に独裁国家の軍人がいくらミサイルや爆弾で殺されたとニュースに流れても、なんとも思わないだろう。どちらもミサイルや爆弾で惨殺されて死体はバラバラ、同じ残虐行為なのは変わらないのだよ」

「はっ? わたしは人殺しの覚悟や強大な力を持つ爆弾を使う過程の話をしているんじゃないわ! 殺した後のオーバーキルの話をしているのよ! 盗みや人を殺した事が無い一般人の感性で殺した後の死体の皮を剥いだり、略奪するような行為ができるのかって、聞いているのよ!」

思わず友美が長机を叩き、理香を睨むように見る。

「例え話が悪かったかね? 私の感覚では皮剥ぎ行為や略奪行為は生きる為の生命維持と武器の強化や食料確保により、生き残る確率のパーセンテージを増やしていっている感覚なのだがね。これは魔族に対する反抗、復讐でもある。先に戦争を仕掛けたのは魔族側の魔王帝国軍だからね。もちろん王や国民から魔族による民間人の虐殺の悪行を聞いていたし、タケルが非情になれるのは魔王帝国軍が完全な悪だからという事と、見た目が人間ではないおぞましい怪物という事で、そのような行為ができるのだろうね。子供がお化け屋敷のアトラクションで、ゾンビ役の人間に唾を吐きかけたり、暴力を振るったりする感情と同じだろうね。魔族の設定や三章のあらすじに記載していたが、タケルは手段を選ばない人間であるし、ゲームのような世界だと感じているせいか、異世界バンゲアに来た事によって、悪に対しては何をしても良いという感覚になっているね」

 理香が説明すると、友美はノートPCを操作し、魔族の設定と三章のあらすじにカソールを合わせた。

「倫理の問題は設定に書けば、はいそうですかという納得のする事じゃないでしょ? その三章の魔族側のシーンが特に酷いと思ったんだけど。魔王帝国軍は戦争という感覚ではなく、狩りという名目で人間側を襲っているとことか! 魔王帝国軍領の人間食品工場のシーンが悪い意味で印象深かった! パンを盗んだ子が人買いに捕まり、魔王帝国軍に売られ、人間農場行きになったり、捕虜や売られた人間が農場で太りやすいように錬金術で品種改良され、豚のように太らされた人間達も問題だと思うし……その太らされた人間がミンチにされ、缶詰に加工されているのとか……スパイとして潜入させた奴隷の盗賊、ピーターにその人間缶詰を食べさせたり、これはどういった意図があるのか分かんないんだけど! 過激なスプラッター描写はあまりラノベ向けではないと思うんだけど……!」

 友美は声を上げるが、シーンを想像してか、気持ち悪そうに言う。周囲のラノケンメンバーもシーンを想像してか、吐きそうになるぐらい、青ざめていた。

「リアリティーを求めるなら、人間を品種改良し、食肉として加工するのは当たり前の行為ではないかな? 君だって品種改良された鶏、豚、牛を食べるだろう? あと、人間缶詰を食べるシーンだったかな? 魔王帝国軍領には人間の食べ物は無いからね。潜入を続けていたピーターは餓死寸前の極限状態であったが、タケル達には分け与える食料が無かった。そこで一番食べやすくなった人間缶詰を与えたわけだ。まあ、魔族が人間を食べる事に関しては、こう解釈できるだろう。魔王帝国の住人は人間とは全く異なる種族である為、食料としてしか見ておらず、人間を魔法技術で食品として加工する。トラなどの強い生物が人間を襲って食べるのと同様だと思うがね」

「他にも魔族が人間に首輪を付けてペットとして飼っていたり、人間を錬金術で改造して、モンスター兵にする描写もあったわね。かつての恋人がワーウルフとなって、第三王女が殺される事件、公爵だった人間がヴァンパイア化され、次々と貴族令嬢を襲う。ゾンビ兵を人間の盾として使ったり、思った以上にカオスな状態よね。これで大義名分としての悪を描写したかったのなら、大失敗よ! 人間も魔族も非情な策をとってばかりで、心休まる部分がどこにもないじゃない。どうして人間と魔族に善の心を見せようとしない訳? わたしの知っているアニメや漫画、ラノベ小説、ゲームでは味方も敵も善と悪の部分を見せ、それぞれの正義があったわ! あんたの小説には悪を淡々と描いていて、敵や味方にも善の心を持ったキャラクターがいないわ! 感情移入がぜんぜんできないのよ!」

「ふむ……つまりは人道が必要という事かな? しかしまあ、犬や猫なんかの動物は野生動物を従順になるように品種改良し、実際に従わせている訳なのだが、それこそ人間の都合の良いように役に立つように、いろんな品種をかけ合わせ、猟犬や牧羊犬などを作っている。これを人間に当てはめると……」

「それも皮肉? 人間を品種改良し、従順に従わせたのがゾンビ、ヴァンパイア、ワーウルフになる訳ね……最低な発想じゃない!」

 友美が呆れたように言う。

「これはあくまでもフィクションだ。ブラックユーモアと受け取ってくれたまえ。いくら科学部でも、私のやりたい実験や思想ではない事を付け加えておくよ。まあ、確かに皮肉をこめて書きすぎたかな? これで以上かな? お手数をおかけしたね友美君」

 理香は冷淡に言う。

「まだよ! 最後に四話のあらすじになるけど、魔王サイヤークがタケルに世界の半分を人間の領土とする契約を結ぶなかったのはなぜ? 少数精鋭で魔王城に忍び込み、魔王サイヤークを集団でフルボッコ。これじゃあ、只の暗殺者じゃない。そして魔王サイヤークが倒されると、魔王城は崩れ去り、魔王サイヤークの首を持ち帰り、脱出。その後は魔王サイヤークの首は国民の前に晒され、魔王軍の領地は全て国王軍に占領され、人間に平和の時代が訪れるって……これじゃあ、人間側が完全に侵略者になっているじゃない!」

 友美は理香のプロットをスクロールさせ、四章のあらすじ部分にカソールを合わせ、批評文を表示させた。

「友美君、それは実に単純な答えだよ。タケルは魔王サイヤークの話が只の時間稼ぎだと気付き、それに乗らなかった。世界の半分といっても、侵略された領土ばかりだ。それでもほとんどの土地は返還されないからね。魔王サイヤークの暗殺に踏み切ったのは、抵抗が激しく、拘束できる相手ではなかったからね。どっちにしろ、拘束されても絞首刑かギロチンだろうと思うけどね。ああ、それと国王軍が魔王の領地を占領したのは、魔王軍残党が降伏せずに反抗が激しかったからだね。元々、プライドが高い魔族は人間を食料やペットとして、見ていなかったという事だね。強い種族や民族が生き残るのは現代でも同じさ」

 理香は冷淡に言う。

「よく分かったわ。理香のキャラクターには感情移入できないことが! ライトノベル作家を目指すエンターテイナーなら、悪行を見せ続けるより、読者を楽しませる事の方が重要じゃないの? 例えばシンデレラなら、継母と連れ子である姉たちに虐められるシンデレラの話があるでしょ。虐げられる現状が魔法使いによって変えられる。シンデレラの貧相な衣服がドレスに変わり、カボチャの馬車で舞踏会に行き、王子様に惚れられ、結婚してハッピーエンド。それで良いじゃない! シンデレラの物語は夢と希望があるわ。シンデレラが非情になり、復讐の為に継母に焼けた鉄の靴を履かせる事はほとんどの読者は望んでいないと思うわ!」

「ふむ……すると、友美君はパンドラの箱のように私の話に希望を残して欲しかったのかな? しかし、現実は非情だ。皮肉や風刺といった風な書き方が私のスタイルだし、それを面白いと言ってくれる人間がいると私は信じているんだがね」

「理香、あんたの言っている事は分かるわ。過激な悪行の描写はあるけど、面白そうになる部分はあったと思う。でも、ライトノベルは夢と希望を与え、勇気づけてくれる。こんな世界があったら良いな、この主人公と同じ恋愛がしてみたい、この主人公のように強くなりたいって思うものになって欲しいのよ。これはわたしの個人的な意見よ、これを直す直さないはあんたの自由だと思う。以上よ」

 友美は理香を見つめた後、静かにノートPCを閉じた。

「分かったよ友美君、皆の重い空気を感じないわけではないからね。直す部分を熟考しよう」

 そう言って理香はUSBメモリをタブレットPCから抜くと、自分の席に戻っていく。



「次は誤植と語部か……どっちが先にやるかだが……」

「あれ!? これ間違っているよ!?」

 愛がキーボードをカタカタと打ち鳴らし、あたふたと迷っていると、書也が手を上げる。

「俺がやります! まだ愛のプロットは完璧ではないみたいですし」

「分かった語部、前に出ろ」

「ありがとう書也君……助かったよ」

 愛が笑顔で言うと、書也は安堵の溜息をした。

「良かった……俺のこと嫌いになったわけじゃなかったんだな」

「あの……わたしその……昨日はちょっと調子が悪くなっただけなんだよ。急に胸が熱くなったというか……」

「風邪か? 部活続けて大丈夫なのか?」

「い、今は大丈夫だよ!?」

 愛はそう言うと、顔を真っ赤にしているので、まだ本調子ではないのかと書也は思った。

「そうか……まだ顔が赤いけど、大丈夫なのか?」

 書也が額に手を当てると、愛はさらに顔を赤くした。

「う、うん!? 本当に大丈夫だから!?」

「おーい、リアルなラブコメしてないで、早くしろ」

 教子先生がチベットスナギツネのような瞳をこちらに向けて言う。

「リアルなラブコメって、何です?」

 周囲な反応がなぜか可笑しいと書也は思った。なぜなら、エロスはなぜかにやけ顔で見ており、幽美に関してはむすっとお餅みたいに頬を膨らませ、こちらを睨んでいた。友美は無反応だが、理香は面白い実験動物でも見ているかのような目だった。

「はぁ……分からないならいい。準備しろ」

 書也は納得がいかないものの、前に出ると、タブレットPCにお気に入りの竜のロゴマークが入った紅いUSBメモリを挿入した。挿入すると、何度も紅い光を発するので、気に入っている。

「語部、お前のUSBメモリ目立つな」

 教子先生のジト目が書也に向けられる。

「かっこ良くないですか? この光具合とか……」

「お前にそういう趣味があるとは……分かった、続けろ」

 書也はプロジェクターに自身のプロットを映した。

「俺のプロットのタイトルは《新東京都心異能力バトル》です。えと……コンセプトは異能力をかっこ良く魅せるバトル展開です」

 書也は緊張のためか、足を震わせ、声まで震わせて言う。

「ちょっと書也! いきなりコンセプトではっきりしなくない? どうかっこ良く魅せるのよ? 小説は漫画じゃないのよ!」

 友美がヤジを飛ばすように言う。眠そうな瞳と目の下の隈のせいか、睨んでいるように思えた。

「熱情、語部がプロットのプレゼンを終えてから言え。言い忘れたが、いつもの通りに批評はプレゼンを終えてからがルールだからな」

「……分かったわよ」

 友美は肯定するも、納得できないように言う。

「そ、それじゃあ……まずはキャラ設定から主人公は……」

 書也はしどろもどろになりがらもプロットのキャラ設定、あらすじの説明を始めた。

「……い、以上です。ご清聴ありがとうございました」

 書也は勢いよく会釈し、プロットのプレゼンを終えた。

「まあ、語部は入ってから間もないし、プロットのプレゼンは初めてだ……批評する奴はお手柔らかにな。というわけで語部を優しく指摘できる奴」

 教子先生の声に皆の全ての手が上がる。

「多いなおい、突っ込みどころ満載なのは分かるが……」

「わたしが書也君の批評をしていいですか?」

 愛が言うと、書也は思わず安堵して、息を吐いた。

「仲の良い友達同士の批評だと、評価が甘くなるんだがな……分かった、批評してみろ」

「ありがとうございます。それじゃあですね、わたしのパソコンをプロジェクターに映してください」

「分かった今すぐ……誤植、ちょっと待て……」

 教子先生がパソコンのマウスとキーボードを操作してから、モニターを青ざめた表情で見る。

「教子先生……どうしました?」

「どうしたもこうしたもない!? 誤植! 誤字脱字のチェックはしたのか? 編集した語部のプロットのコメントが誤字脱字だらけだぞ!?」

「へえっ!? ご、ごめんなさい!? す、すぐに直します!」

 教子先生は謝る愛に歩み寄り、レーザーポインターを渡した。

「とりあえずは指摘したい部分をこのレーザーポインターで指し示せばいい。語部、少し面倒になるが、誤植が示した部分をスクロールしてやってくれ」

「はい、分かりました」

「それじゃあ、書也君、ばしばし言うから覚悟してね」

「お、おう。どんどんこい!」

「誤植、お手柔らかにと言っただろ。語部はお前とは違い、入ったばかりだ」

 呆れ顔で言う教子先生。

「構わないです! 頼むな愛」

「うん! それじゃあ、批評していくね。まず設定の部分で気になったんだけど。世界征服を企む悪の超能力者組織アクダマーの侵略が地域限定で新東京都心にしか現れないのが気になったんだけど……新千葉シティの遊園地や海に行ってる時に主人公の竜(りゅう)牙(が)君が奴らは新東京都心にしか現れないからと言ってヒロインの美(び)獣(じゅう)姫(き)ちゃんを安心させたと書いてあったから、どうしてかなと思ったの」

 愛は悪の超能力者組織アクダマーの設定部分を教子先生に渡されたレーザーポインターを使い、赤いレーザーで指し示した。

「うんと、確か……アクダマーの組織は新東京都心を拠点に活動している組織で、東京を支配してから、他の都道府県を支配するっていう魂胆だったかな……深くは考えてなかったな」

「うん、ありがと。それじゃあ、世界征服を企む悪の超能力者組織アクダマーは新東京都心はおろか、都市の一つも支配できていない訳だね。五十年前から活動している組織の設定だけど、超能力者を拉致して洗脳する事を行っているんだけど。やっている事は企業に取り入って悪さをするとか、小さな飲食店とかスーパーで嫌がらせするとか、規模が小さい悪徳業者の印象があるんだけど」

「地下の基地に研究や計画を重ねてかな……まだ世界征服の段階ではないと、アクダマーは思っているのかもしれない」

 書也の問いに愛は本当に不思議そうに首を傾げる

「五十年もかけて? 書也君、その設定は少し甘いと思うよ。とりあえず次の質問なんだけど、一話の自分の弱点を暴露する敵キャラ、アクダマーの超能力者、ダイヤエースだったかな? 自身の身体をダイヤにして防ぐダイヤアーマに対し、竜牙君の能力は人を武器に変える能力。竜牙君は美獣姫ちゃんを剣に変えて攻撃するんだけど、歯が立たない。そこでダイヤエースは巨大なハンマーでなければ、俺は砕けないと言って、弱点を暴露しているよね? どんな武器になるか分からないけど、妹の炎(えん)華(か)ちゃんをいちかばちか、武器に変えてみようって、運良くハンマーになってダイヤエースを撃破。ちょっと気になる部分かな?」

「弱点を暴露したのはダイヤエースの余裕からの舐めプだし、ハンマーになったのは竜牙の運の良さというか……俺は問題ないと思う」

 書也はちょっと納得いかないように言う。

「そうかな? そこは竜牙ちゃんか美獣姫ちゃんの知識やヒントを得て、倒した方がかっこ良いと思うよ。あと、人狼に変身する超能力を持つ美獣姫ちゃん。キャラ設定欄には変身に十秒かかるのが弱点と書いてあるけど……あらすじには変身中に攻撃されて、ピンチになるシーンは無いみたいだけど……かといって、変身の為に竜牙君やその仲間が時間を稼ぐシーンも見当たらないよ」

 書也が慌ててタブレットPCをスクロールさせ、キャラ設定の美獣姫にカソールを合わせる。

「これは設定だけで……シーンにはない!」

 書也は少しむすっとした表情で言う。

「ごめんね書也君、そこが気になった部分だから」

 気を悪くせず、愛は笑みを浮かべて言う。

「ああ、くそ……この十秒の設定は消す」

「それと二話についてだけど、殺すチャンスがいくらでもあるのに殺さないライバルキャラ、リーサルウェポン君。このキャラは悪の組織、アクダマーの人間なのに竜牙君を殺そうとしないよね? とどめを刺さずに《もっと強くなってから、俺に挑戦しろ!》と言って帰っていく。その他にもこのリーサルウェポン君、三話に関しては敵の幹部の一人、重力使いのストレングス君を能力で岩を狙撃ライフルに変えて、腕を撃って、竜牙君を救ってるよね。四話に関しては竜牙君とリーサルウェポン君と全力で戦うけど、なぜか仲良くなって、味方になってる。しかも、五話から戦闘狂の殺し屋みたいなリーサルウェポン君が殺された仲間の為に泣く美獣姫ちゃんや炎華ちゃんを慰めてるんだよ。性格が変わりすぎてない?」

 書也が唸るようにプロットのあらすじの二話、三話、四話、五話をスクロールさせていく。

「そ、そこは男のロマンというかな……女には分からねえよ」

 変な言い訳をする書也に愛は首を傾げる。

「そこは男でも分からないと思うよ。あと、五話の最高幹部、時間停止能力の超能力者、クロノスタイマーとの最終決戦、竜牙ちゃんのピンチに美獣姫ちゃんが母の形見のペンダントの効果で覚醒して、謎の光を発して時間停止能力を無効化したよね? 美獣姫ちゃんは変身能力だけじゃなかったの? どういった経緯で新たな超能力に目覚めたかよく分からないんだけど」

「それはな……奇跡の力だよ……助けたいという想いが力になって、母の持っていた形見によって超能力を消す力が継承されたんだ」

「書也君、その設定を書かないと、書いていないのと一緒だよ」

「分かった……直す」

 納得いかないのか、書也はむすっとした表情で言う。

「最後にコンセプトなんだけど、確かに友美ちゃんが言うように、もやっとしているコンセプトだけど。かっこ良く魅せるバトル展開というのは、わたしは伝わっていると思う。以上だよ」

「……ありがとう」

 書也は頭を下げるも、やはり納得いかないような表情であった。

「他に書也のプロットに指摘したい奴はいるか?」

 教子先生の言葉に手を上げる者はおらず、さっきまで言いたそうにしていた友美も首を横に振った。

「じゃあ、最後は誤植だな。プロットは完璧なんだろうな?」

「だ、大丈夫ですよ!?」

 愛はそう言うも、ぎこちないロボットのように前に出る。

「……頑張れよ愛」

 席に戻る書也はすれ違いざまに呟くように愛に言った。

「うん! 頑張るよ!」

 書也の言葉に愛は笑顔で言って返答した。

「さあ、完璧なお前のプロットを見せてもらうぞ誤植」

 愛はタブレットPCに可愛いキューピッドの人形を取り出したかと思うと、ハートの矢の部分のカバーを外し、挿入した。

「どうして独特なUSBメモリを持った奴が多いんだ」

 教子先生は頭を押さえて言う。

「わたしのプロットの小説のタイトルは《転生したら刺すペンが当たり前な近未来世界に飛ばされ、異能力が無い俺はどうやって生きていけばいいんですか?》です! ええっ!?」

 愛は誤字脱字のタイトルを読み上げ、プロジェクターに映し込まれた文字に自分で驚愕の声を上げていた。

「誤植、相変わらずだなお前は……とりあえずは最後まで読み上げてみろ」

「は、はい!? はわわわっ!? タイトル間違えました!? 《転生したらサスペンダーが当たり前な近未来世界に飛ばされ、異能力が無い俺はどうやって生きていけばいいんですか?》だよ! いや、ああっ!? 違います! サスペンダーじゃなくて、サスペンスなの!」

「噛んで誤字になるのか、お前の舌は……」

 思わず呆れ顔になる教子先生。

「ご、ごめんなひゃい!? 緊張しちゃうと駄目みたいでにゃ!?」

「にゃ?」

 思わず書也が笑う。

「笑うなんて酷いよ書也君! こっちはこれでも一生懸命なんだよ!」

 頬を赤らめて言う愛に書也は微笑しながらも、頭を下げる。

「ごめん、続けてくれ」

「それじゃあ、続けるよ! この小説のコンセントは! はわわわっ!? コンセプトだよ! 主人公のサスペンスなヤンデレラストーリーとコメディ的な要素を見せたいと思っているよ!」

「んっ? 誤植、すまん。途中で分からない単語が出てきたんで質問するが、ヤンデレラストーリーって何だ? ヤンデレか?」

 思わず教子先生が聞くと、愛は頬をトマトのようにさらに真っ赤に染め上げた。

「ご、ごめんなさい!? シンデレラストーリーです!?」

「はぁ……分かった」

 教子先生が溜息をついて答えた。

「次にキャラ設定にいきます。えと、主人公の灰田(はいだ)栗栖(くりす)君は……」

 愛はその後もめげずにキャラ設定の説明を始める。緊張のためか噛んでは読み間違え、誤字脱字の部分も読んでしまい、そこも訂正し、何度か言い直す。そのせいか、キャラ設定の説明から一向に進まない。

 ラノケンメンバーから重い空気が流れ、特に友美は貧乏ゆすりをし、今にも何か言いたそうに愛を睨んだ。そして友美は立ち上がった。

「おい熱情! 批評はプレゼンが終わってからだって言ったろ。席に座れ」

「いいえ先生! これだけは言わせて! 愛、書也が入部して、ただでさえ人数が増えたことでプロットプレゼンの時間が押してるのよ! もう十八時前よ! あんたの面白可笑しい誤字脱字の設定を淡々と聞いてる暇はないの! そのあんたの無駄な誤字脱字のリピートを聞く時間でラノベの勉強がどれだけできると思ってるの? プロットのネタがどれだけ書けると思ってるの? 真面目にやんなさいよ!」

 黙ったまま、下を向く愛。

「おい、熱情。誤植にそこまで言うことはないだろ。部活だっていつも十九時ギリギリまでやってたろ? お前が熱心に部室に残ってプロットや小説の添削を私に頼むことは知っているが……愛はまだ一年生だし、この部活に正式に入ったばかりだ」

 教子先生は溜息をついたように言う。

「愛が正式に入ったばっかりって……教子先生、本気で言ってるんですか? 愛は一年前の中等部からこのラノケンに通い詰めてたんですよ! もちろん愛が見てるだけでなく、部活動の参加もして、過去にプロットプレゼンも何度もしてます! それなのになんの成長もしていない! 未だにプロットは誤字脱字だらけで、緊張して読み間違いだらけ! たるんでるか、気を抜いてるかのどちらかです!」

 野犬のように吠え続ける友美に教子先生のデフォルトの糸目が見開いて、狼のような瞳になる。

「熱情! 言いたいことは分かるが、いい加減にしろ! 人の成長っていうのは人それぞれなんだ! お前も未熟なところはある……熱情を叱れる立場じゃない」

「愛には悪いけど……あんた物書きにむいてないのよ!」

「本当にいい加減にしろ熱情! 部室からつまみ出すぞ!」

「……ごめんね……友美ちゃん……これでも本気でやってるんだよ……でも、わたし馬鹿だから……いつもすぐ間違えちゃうんだ」

 愛は笑顔で誤魔化すも、その目から涙が零れ落ちていく。その愛を見て、友美は拳を震わせる。

「くうっ……高校生になってなに泣いてんのよ! ばっかじゃないの! ああ、もううざったい! 先生わたし、先に帰らせてもらいます! 宿題が残っているから!」

 友美はそう言ってノートPCを閉じて、乱暴にスポーツバックに入れ、足早に部室から出ていった。

「おい、熱情! 待て!」

 教子先生が追いかけて呼び止めるが、ドアは完全に閉まり、友美の返事は返ってこなかった。代わりにむなしくオートロック機能のドアの錠が閉まる機械音が鳴った

「友美君はまったくせわしないねぇ。彼女にはパーソナリティー障害の疑いがある。心療内科でケアを勧めた方がいいかもね」

 理香がやれやれといった風に両手を上げる。

「愛、大丈夫か? さすがに友美は言いすぎだ」

 心配になって、書也は駆け寄って愛の肩を軽く叩いて言う。同じように教子先生、エロス、幽美、理香が心配してか、ぞろぞろと愛に歩み寄っていく。

「……本当にわたしがいけないんだよ……間違いだらけの文章ばっかり書いてるから」

「愛、気にすることない! あいつは元から自己中! 後で電車が遅延する呪いをかけておく」

 幽美は不気味に笑い、懐から藁人形を取り出した。

「でも、友美さんの言ってる事も正しいんですのよ。正規なお仕事のプレゼンでしたら、大変な事になっていますし。少しは努力して成長した部分を見せませんと、また怒る人が出てきますわ」

 エロスが複雑な表情をして言う。

「それなんだがな……誤植、あの事をみんなに話していいか?」

「分かりました……病気のせいにはしたくなかったんですけど……もう無理そうだよね」

 愛は涙を拭き、教子先生に向かって頷き、アイコンタクトをした。

「愛は……過去に子供の頃に自動車との接触事故で脳に損傷を受け、失読症(しつどくしょう)になっている」

「失読症!? あれかい……脳卒中の後遺症として現れる……話すことや聞くことが困難になると聞いたことがあるけれど……いや、あれは失語症(しつごしょう)だったかな?」

 理香はスマホで検索を始める。

「その失語症の一種でな《話す》《読む》《書く》その中でも一つ、あるいは複数に機能障害が起こる。特に《読む》機能に障害が現れるものを失読症と呼んでいる。脳の中の言語をつかさどる領域が損傷し、文字や文章を正しく認識したり理解したりする能力が愛には失われているんだ。失読症の人は文字が読み取りづらく、語句や行を抜かしたり、音読が苦手な傾向があるそうだ」

「文字を読むとね。時々、文字がにじんだり、ぼやけたり、歪んだり、左右に反転したりするんだよ」

「そんな状態で小説を書いていたのかい!?」

 理香が驚いたように言う。

「自分でも小説家に向かない障害を持っているのは分かっているんだよ……でもね、これがわたしがやりたい好きなことで……夢だから……やりたいの!」

 愛は力強く言う。

「みんなには迷惑をかけるが……愛のリハビリの為に協力して欲しい。失読症は地道な読み書きで改善していくケースもある」

「先生、友美さんにはどう話しますの?」

 エロスが心配そうに言う。

「熱情には私からレインチャットで話しておく……散々なプロットプレゼンになってしまったが、今回はこれでお終いにしよう。誤植、プロットはできる限り、誤字脱字を直してこい。幸い明日から休日だ。充分に直せるだろう? 部活の時に特別にプロットを添削してやる」

 教子先生が愛の頭を撫でると、愛は優しく微笑んだ。

「ありがとう教子先生」

 その微笑みに教子先生は恥かしそうにそっぽを向く。

「これでも教師だからな」


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