第28話 静かな怒り
28話 静かな怒り
「殺す!!!」
「おい馬鹿、やめろ! もう充分だろ!!」
金髪の片方が茶髪の人を静止するが、どうやら堪忍袋の尾が切れてしまった様子の彼は。私の胸ぐらを掴み、右手を振りかざす。
(嘘……失敗、したの?)
どうやら、私は言葉選びを間違えてしまったらしい。
あれだけ言って凄みを効かせれば、きっと怯んで引いてくれると思ったのに。
ああ、こんなことなら絡まれた時用に言葉を考えておくんだったな。って、今更そんなこと考えてももう遅いか。
金髪の人にはどうやら凄みが効いたらしく必死に私との喧嘩を防ごうとしているけれど、これじゃ間に合わない。私はあと数秒もしないうちに殴られる。
(でも、これはこれでよかったのかも。一発は殴られるけど、きっとその後すぐにこの金髪の人が宥めてくれるだろうし)
怯ませること自体は成功していた。この人も今は理性のタガが外れているけれど、確かに一瞬。私が眉間に皺を寄せて言葉を発していた時、ほんの一瞬だったけれど、背筋を凍らせていたから。
犬原君、まだ戻ってこないよね? もう少し。もう少しだけこっちを見ないで。きっとこの喧嘩は、私が殴られるだけで済ませられる。そうしたら何も無かったフリをして、公園デートに戻るんだ。
「死ね、月島明里ッッ!!」
「っーーーー!」
振り上げられた拳が、一直線に私の顔へと振り下ろされる。
怖い。でも、絶対に悲鳴はあげない。殴られたらどれだけ痛くても、効いてないフリをしなきゃ。お前なんかじゃ私には勝てないって。伝説のヤンキーさんになりきらなきゃ。
(顔、腫れないといいなぁ)
男の人の、私のより一回りも二回りも逞しいそれを前に、目を閉じる。
大丈夫。ガマンしてみせるから。犬原君には絶対に迷惑、かけないからーーーー
「何、してるんですか」
「「!!?」」
「……え?」
人生で経験したことのない、そんな痛みを覚悟していた。
けど、いつまで経っても私にその拳が当たることはなくて。聞こえた声にそっと目を開けると、そこには。
「犬原、君?」
彼がーーーー私の大好きな人が、立っていた。
どうやら拳が私の顔の横で止まっているのは、彼の声に反応したかららしい。私だけでなく目の前の二人も、犬原君の方を見て振り返っている。
(ダメだよ。そんなの……)
私は、彼を巻き込んでしまった。
もし彼が私が絡まれているところを目撃してしまったら。きっと、助けに来てしまうから。だから、私一人でって。殴られてでも彼を巻き込まないようにって。そう、思ってたのに。
結局、間に合わなかった。結何もかもうまくいかなかった。この人を怒らせて、そのうえ犬原君を巻き込んで。
「先輩を離してください」
「ぷっ……ははははっ! なんだそれ、なぁにかっこつけてんだよ。お前みたいなチンチクリンが、一丁前に王子様気取りか!?」
もう、一眼見ただけで分かる。
犬原君とこの人とじゃ、あまりに体格が違いすぎる。身体の大きさも、力の強さも。
彼じゃ、勝てない。私のせいで、犬原君まで酷い目に遭ってしまう。
それだけは、絶対にーーーー
「先輩を離してください」
「ん〜? なんか言ったかなぁ? 背が小さすぎてよく聞こえないなあ!」
逃げて。私はいいから、早く逃げて。
必死に声を出そうとしているのに、身体が震えて口に力が入らない。
今こうしている間にも、犬原君はこっちに近づいている。私が止めなきゃいけないのに。彼だけは……絶対に巻き込みたくないのに!
「先輩を、離してください」
「っ、ぅぁ……っ!」
必死に喉を絞っても、漏れるのは言葉にならない声だけ。
ダメだ。喧嘩が始まってしまう。このままじゃ、犬原君が……犬原君がッ!!
彼を静止しようとする私の意志とは裏腹に、彼はどんどん私に近づいていて。
「……へぇ」
瞳の中に静かな怒りを宿した彼は、そう言って。
私の前へと立ったのだった。
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