第21話 ワガママ

21話 ワガママ



「ごちそうさまでした」

「ご、ごちそう……さまでした……」


 ぱんっ。二人で静かに手を合わせ、食事を終える。


(け、結局あーんされちゃった)


 なんとか対抗したのも束の間。私は犬原君の男の子な力に簡単に負けてしまい、あーんを許したのだった。


 いやまあ、本当に嫌で対抗していたわけではないから別にいいんだけども。さっき私がしたことへの意趣返しとはいえ、少しも心を落ち着かせる時間をくれないのは意地悪だと思う。


「五限まであと十分、か。犬原君、次体育とかだったりしない?」


「はい。次は普通に教室で授業なので予鈴まではここにいられますよ!」


「……そっか」


 つまり、犬原君と一緒にいられる時間はあと五分。予鈴が鳴って教師に戻れば、その後にはまた授業が始まる。


 一限から四限まで長い時間我慢した午前中とは違って、放課後までにある授業はその半分のあと二つしかないけれど。それでもやっぱり、寂しいものは寂しい。


「せ、先輩!? どうしたんです……?」


「んー、少し充電、かな。だって予鈴が鳴ったらまたしばらく離れ離れだもん。だからその間ちゃんと頑張れるよう、養分を吸い取ってるの」


「吸われちゃうと、僕が頑張れなくなっちゃいます」


「じゃあ犬原君も同じように私から充電して? 二人で充電し合えば永久機関の完成だね」


「な、なんですかそれぇ」


 ぎゅっ、と犬原君の無防備な手を繋ぎ、肩に頭を乗せる。


 それは言ってしまえばたったそれだけのもので、何が充電なんだとツッコまれても仕方のないことだけれど。


 私にはこれだけで頑張るための活力が湧いてくる。好きな人と触れ合うというのは、今の私にとって何よりも元気を貰えることだから。

 

「ね、犬原君」


「なんですか?」


「ありがと。犬原君のおかげで私、ずっと楽しいよ。まだ付き合ってたったの二日だけど、どんどん好きになってる」


「へぇっ!? な、なんですか急に!?」


「ふふんっ。ずっとドキドキさせられっぱなしだったから仕返し」


 知らなかった。こうやって好きな人と一緒にお弁当を食べることが、こんなにも楽しいだなんて。


 いや、それだけじゃない。手を繋ぐことも、一緒に登校することも。二人きりでこうやってくっついている時の幸福感だって。今まで、知る由もなかった。


 全部彼のおかげだ。犬原君が私を認め、どれだけ醜い部分を晒そうとも揺るがない好きを見せてくれたから。私の世界が広がった。


(ほんと、敵わないなぁ……)


 ずっとこの時間が続けばいいのに。


 そんな、ありきたりで……でも、それでいて何よりも幸せな言葉を胸に。彼のか細い手を握りしめる。


「あ、あの。先輩……ワガママ、言ってもいいですか?」


「いいよ。私にできることなら」


「……明日もお弁当、交換っこしたいです。あーんも、したいしされたい。ダメ、でしょうか」


 ああ、やっぱり彼は。


「もちろん。でも、そうだね。一日に交換できるおかずは一つまで。この約束、ちゃんと守れる?」


「た、たったの一つですか!? うぅ、でも交換できるならガマンします……」


「よろしい。一日に何個も交換したら段々と慣れてきちゃうでしょ? どうせ食べてもらうなら、明日は何を貰えるのかなって。楽しみに待っててほしいもんね」


 すぐにしゅん、としょげたり、些細なことで太陽のように笑ったり。



 かっこいいだけじゃなくて……可愛い男の子だ。

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