第20話 間接キス

20話 間接キス



 そうだ、どうして気が付かなかったのだろう。


 これはまごうことなき間接キスだ。私が使ったお箸に口を付け、犬原君は卵焼きを食べた。


 そしてーーーー次は、同じことを私がされる番だ。


「な、なに間接キス程度で赤くなってるの。全く、犬原君は子供だなあ」


「うぅ、揶揄わないでください。女の人と間接キスなんて初めてなんですもん。しかもその相手が大好きな先輩ですよ? 済ました顔なんてできないです……」


 ふ、ふぅん。犬原君、私が初めてなんだ。嬉し……じゃなくて! 


 まずい。どうしよう。絶対動揺を見せちゃダメだ。


 気づいていなかったとはいえ、私は自ら間接キスによるあーんを提案して実行した。それは犬原君にとっては憧れの先輩からのリードであり、少なからず″かっこいい先輩″としての行動だったはず。


 ついさっき人体模型の件で弱いところを見せたばかりなのに、またこんな。絶対恥ずかしがってたまるものか。


「ど、どうぞ。先輩……」


 照れた様子の犬原君から、生姜焼きが差し出される。


 どうやらゆっくりと心を落ち着かせている暇は無いようだ。すぐに覚悟を決めなければ。


「……」


 ドクンッ。心臓の音が脳内に響き渡る。


 しょ、所詮はただの間接キスだ。今は見る影も無いけれど一応昔は友達がいたし、覚えていないけれどこんなこと、女の子相手にならしたことはあるはず。


 間接キスなんて、結局はただ他人が使ったお箸に口を付けるだけの行為にすぎない。本当にキスをするわけでもないんだし、これくらい簡単に……


「先輩? どうかしましたか?」


「へっ!? い、いや、なんでもないよ? 大丈夫。気にしないで」


 頭の中ではそう、何度も言い聞かせているのに。


 ーーーー身体が、動かない。


 早くしないといけないのに。犬原君のお母さんが作った生姜焼き、絶対に食べたいのに。


 動かない私の身体は、生姜焼きただ一点を見つめることしかできず。言うことを聞いてくれなくなっていた。


「先輩……顔、真っ赤です」


「違う! 違うよ!! 間接キスくらい、できる。こんなのが恥ずかしいわけないでしょ? さっきだってできたんだから」


 ドクンッ。ドクンドクンドクンドクンッ。


 心臓の音がみるみるうちに爆音へと変わり、思考力を奪っていく。


 ダメだ。もう自分が何を言っているのかすら分からない。


 もう、彼に恥ずかしいところは見られたくないのに……


「先輩、悩みすぎです。このままだと時間切れになっちゃいますよ?」


「あぅっ!?」


 それは、ついさっき優柔不断だった犬原君に対して言った言葉だ。


 さっきは揶揄うようにそれを言ったのに。あっという間に立場が逆転してしまっている。


 私は先輩だ。彼より一つ年上なんだ。リードされる側じゃなく、する側にならなきゃいけないのに。


「ふふっ、恥ずかしがってる先輩も可愛いです。でも逃しません。ほら、観念して口を開けてください!」


「っ、っつ! ま、待って! あと十秒だけ……気持ち、整えさせてっ!!」


「ダメです! 僕だってさっき頑張ったんですから!!」


 どうして、こうなってしまったのだろう。


 いや……原因は明白だ。




ーーーー私は、彼のことを好きになりすぎてる。

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