第19話 卵焼き
19話 卵焼き
「犬原君悩みすぎ。時間切れだよ」
「あっ!? ま、待ってください! ちゃんと選びますから!!」
「だーめ。優柔不断な後輩君にはもう選ばせてあげない」
きっと犬原君はこの先、私が止めなければ何分でも迷い続けるだろう。そんな愛らしい姿を見ていたい気持ちもあるけれど、昼休みは無限じゃない。
だからーーーー
「そんな顔しないでよ。別に交換っこをやめるって言ってるんじゃないんだからさ」
「えっ……?」
私はさっきまでお弁当を食べるのに使っていたお箸をもう一度手に取り、犬原君から取り上げたお弁当箱から卵を摘んで。彼の顔の前に移動させる。
彼が自分で決められないのなら、私が決めよう。ただ置いただけのトマトでも、焼いただけの焼き鮭でも。揚げただけのウインナーでもなく、私が最も時間をかけており、食べてもらいたいものを。
「はい、あーん。食べさせてあげるから口、開けて?」
「つっ!?!?」
かあぁ、とみるみるうちに犬原君の顔が赤くなっていく。
あーんはまだ早かっただろうか。でも、犬原君は彼氏だし。これくらいしてもいいよね。
「じ、自分で食べますよ。あ、あああーん、なんて……」
「ふふ、顔真っ赤だよ。そんなに恥ずかしいの?」
「は、恥ずかしいというか……うぅ、まあ間違ってないですけど……」
「私はせっかくなら食べさせてあげたいな。こういうの、なんか恋人同士のお昼って感じがして憧れない?」
「こ、恋人同士の……ごくりっ」
こんなにベタなこと、漫画で初めて見た時は「なんだこれ」と一蹴していたのにな。
自分がその立場に置かれてみるとよく分かる。
私が手作りしたお弁当。別にこれは犬原君のために作ってきたものではなく普段から自分のためにやっているものだから、これを恋愛シチュエーションにおける手作り弁当と同列に並べるのは少し卑怯かもしれないけれど。
それでも、自分の手作りをこうやって人に食べてもらうなら。お弁当箱からひょいっと取られてしまうよりも、自分で食べさせてあげたくなる。
好きな人には……ちゃんと、直接プレゼントしたい。
「で、でも、やっぱり……」
「あれれ? ここでも優柔不断になっちゃうのかな。昨日のかっこいい君はどこに行っちゃったの?」
「……」
「このままだと、私のあーんまで取り逃がしてーーーー」
「はむっ!!」
「あっ」
ぱくり。揶揄い気味にそう言った、その瞬間。お箸の先端ごと、卵焼きが丸ごと犬原君の口の中へと包まれる。
ようやく腹を括ったのか。とてもいい食いつきだ。
二回、三回……何度か真っ赤な顔で咀嚼を繰り返し、飲み込む。その様子をずっと机に肘をついて眺めてから、尋ねた。
「どう? 美味しかった?」
「……今まで人生で食べた卵焼きで一番、美味しかったれふ」
「ありがと。口に合ってよかった」
それにしても、なぜ犬原君はあそこまで恥ずかしがったのだろう。
恥ずかしいという気持ち自体は理解できる。私だって見せないようにはしていたけれど、確かにその感情が胸の内にはあったから。
しかし、それを踏まえてもやはり違和感が残る。いつもの犬原君ならむしろ、喜んで食いつきそうなものなのに。
「あーんしてもらうだけじゃなく、先輩のお箸でなんて……ぼ、僕もお返ししますね! やっぱりちょっと恥ずかしいですけど……」
「え? 私のお箸で……って。あっ……」
その瞬間、私は瞬時に理解した。
彼が異様に恥ずかしがっていたのは、ただあーんをしてもらえたからではない。
(か、間接キス……しちゃった……)
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