第17話 交換っこ
17話 交換っこ
理科準備室に入り、理科室に続く扉を閉めて腰を下ろす。
かなり食べ始めるのが遅くなってしまった。全く、せっかくの貴重なお昼休みだというのに、犬原君がふざけるから。
まあ……彼といられるのなら、そんな時間も悪くないと思ってしまえる自分がいるけれど。
「うぅ、ほっぺたが痛いです。先輩のせいで伸びちゃったかもしれません……」
「大丈夫、伸びてないよ。ちょっと赤くはなっちゃってるけどね」
そういえば、犬原君もお弁当なんだ。私の勝手なイメージで男子高校生ってコンビニのパンとか、あとは学食とか。そういうのが好きなイメージがあるけど。まあ毎日そんなんじゃお金がかかるし、栄養バランスだって偏ってしまう可能性が高い。案外親目線だとお弁当を作ってあげる家庭の方が多かったりするのだろうか。
「わ、先輩のお弁当綺麗ですね! タコさんウインナーに卵焼き……トマトに春巻きまで!」
「別に普通じゃない? 犬原君のとそんなに変わんないよ」
「そんなことないですよ。見てくださいこれ、冷凍食品と昨日の晩御飯の残りばっかり。なんか全体的に色が濃過ぎませんか?」
「……言われてみれば」
犬原君のお弁当は二段式で、一段目は白米。二段目は豚の生姜焼きに小さなスパゲッティ、ミートボール等々。野菜の類は殆ど無く、男の子が好きそうなお弁当といった感じだ。
「作ってくれることには感謝してます。けど、せめてもう少しこう……バランスとか! いや、家事とか忙しい中で作ってもらってるんで、本当に文句は言えないんですけど……」
「ふふっ、犬原君は偉いね。ちゃんと野菜も取るんだ」
「もちろんです! ピーマンとかグリーンピースとか、みんなが苦手って残す野菜だって全部食べられるんですから!」
むふんっ、と鼻息荒く自慢げに胸を張る彼の頭を、そっと撫でてあげたくなる衝動を抑えつつ。私は無意識に笑みをこぼす。
不満を持っていながらも感謝の気持ちがあるから強く言えない、というのはとても犬原君らしい。
「「いただきます」」
そして、そんな″らしさ”が。たまらなく愛おしい。
なんとなく二人で目配せして、雰囲気でお箸を持って。手を合わせ、いただきますをする。
結局文句を言ってはいたものの、生姜焼きを口に運ぶ彼の横顔はどこか幸せそうに見えた。あんなことを言っていても、なんやかんやでお母さんの料理が好きなのだろう。
「その生姜焼き、美味しそうだね」
「はむふもっ……ごくんっ。先輩もよかったら食べますか?」
「え、いいの? メインだよ?」
「大丈夫ですよ。僕は昨日の夜も食べてますし」
不意に私がつぶやくと、そう言って。彼はお弁当箱を差し出し、向ける。
タレに漬けられて玉ねぎと和えられているそれは、少し味付けが濃そうに見えながらも。家庭の味、といったものが感じられることに期待して、私は思わず喉を鳴らした。
(犬原君の、お母さんの……お義母さんの味……)
それは、私の好きな人が育った味だ。気にならないわけがなかった。
しかし……これを素直に受け取ってもいいものか。
犬原君はこう言っているけれど、これでは私は卑しい女になってはいないだろうか。彼氏のーーーーしかも後輩君のお弁当からお裾分けを貰うなんて。
(うぅ、でもやっぱり食べたい。何かいい方法……こう、貰っても違和感の無いシチュエーションにするには……)
この生姜焼きを食べたいという好奇心が増幅していくと同時に、同じくらい恥ずかしいという気持ちがある。せめて、ただ一方的に貰うのではなくーーーー
(……っ! そうだ、一方的じゃなければいいんだ)
ピコンッ。私の脳内に、電球が光ったかのような音が響く。
何故こんなに簡単なことをすぐに思い付かなかったのだろう。
そうだ、私だけ貰うから変になる。
「じゃあせっかくだし貰おうかな。けど私だけ貰うのも悪いし……」
初めから、こうしておけばよかったんだ。
「交換っこ、しよっか」
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