第16話 生意気

16話 生意気



「っ……」


 図星である。


 怖い。人体模型に関わらず、血や臓物は直視できないほどに。


 漫画やアニメではそれなりに見れる。バトルもので流血してるシーンなんかではあまり何も思わないし。まあ流石にめちゃくちゃグロいのは無理だけど、ちょっとした深夜アニメくらいのなら大丈夫だ。


 しかし、三次元だとそうはいかない。


 ドラマや映画でのスプラッターはもってのほか、医療系ドラマも見ていると気分が悪くなる。もっと酷いので言うと、小さい頃に自分の怪我した場所から血が出ているのを見て泣き叫んだこともあった。


 なんというかもう、本能的にそういうのが苦手なのだと思う。


「わ、悪い?」


「いえ、そんなことは。ただ可愛いなぁ、と」


「ぬぐっ……」


 犬原君は虚勢を張ろうとする私を見て、クスりと笑う。


 そんな彼の柔らかい表情に少しドキッとさせられてしまったのを感じながらも。それ以上の羞恥心に、顔が熱くなった。


「退けておきますね。……っと」


「ひゃぁっ!?」


 ゴトンッ。犬原君が模型を動かそうと傾けた瞬間。その傾きで臓物の部分がグラつき、肝臓が落ちる。


 当然、血は出ない。生々しい音もしない。


 けれど、それが視界に飛び込んできた瞬間、私は無意識に小さな悲鳴をあげていて。それを見てまた、彼は微笑んだ。


「……もしかして、わざと?」


「ま、まさか。あはは、力みすぎちゃいました……」


 本当に? と、もう一度聞き返そうとして、やめる。


 彼は私を慕ってくれていて、好きでいてくれて。基本的にはとても優しい性格だし、まずまず悪戯のようなことをする子でもないだろう。


 しかし、それでいてどこか大胆さはある。さっき教室の前を通った時も誰に見られているとも知れないのに手を振ってきたし、今だってーーーー


「? 先ひゃ……いひゃっ!? いひゃいれふ!!」


「やっぱり生意気。私の方が先輩なのに」


 模型を運び終え、彼が振り向いた瞬間。その両頬をつねる。私からの些細な仕返しだ。


 彼は一体、一日に何度私をドキドキさせたら気が済むのだろう。まあさっきのは違う意味でのドキドキだったけれど。それは置いておいて、なんというかこう……やっぱり、年上としてはやられっぱなしだと納得がいかない。


 分かってる。こんな事をしたって私がドキドキさせられっぱなしなことに変わりはないし、むしろこんな事に逃げている時点でとっくに負けている。


「ひっひゃらないれくらはい……むにむにもひないれくらはいっ!!」


(……可愛い)


 けど、やり返さずにはいられなかったのだから仕方ない。というか今こうして一時的ではあるものの優位に立っているはずなのに、むにむにと頬を伸ばされる彼を見てまたドキッとしてしまうのは何なのだろう。もしかしてもう私に勝ち目なんて無いのだろうか。


「はぁ。ほんとずるいよね、犬原君って。そうやってまた……」


「う、うぅ。なんなんれすかぁ……」


「調子に乗ってる後輩君にお灸を据えただけだよ」


「それって、どういう……?」


「教えてあげない。ほら、行こ。早く食べないと時間無くなっちゃうよ」



 これじゃ、どっちが年上か分かんないな。

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